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ルークの初任給


 ルークはリンガラムの冒険者ギルドへとやって来ていた。

 本当ならば、パーティーリーダーのルルナが来るはずだったのだが、現在彼女はハウスでミーアによる二日酔いの治療魔法を受けている。


 「そんなニッチな魔法ってある!?」と驚くルークに、ミーアは「失われた古代の生活魔法なのだよ。うう……」と頭痛に耐えながら自分とルルナにその古代魔法を使用しており、回復までは半日かかると言う事だった。


 【紅龍】の酒に対する耐性の無さは、ルルナが突出しており、僅差でミーアがそれを追いかける。

 ならば、ライカとルークはと言えば。


「良かったねー! ルークくんの冒険者としての初任給だよー!! ウキウキだねぇー!!」

「そう言われると、なんだか受け取るのが怖くなってきた……。いくらくらいなんだろう」


 ライカはすぐに酔う癖に、寝て起きると酔いから醒めると言う、酒飲みとして最強かつ凶悪な体質を持っていた。

 ルークはこれまで積極的に飲酒をしてこなかったが、どうやらそれなりに強いらしく、飲んでいる最中は気分が悪くなったりもしたが、今朝起きると体調は回復していた。


「ルークくんがお酒飲める人で良かったよ! これまではさー、ルルナもミーアも飲んだ次の日って使い物にならなかったんだもん! でも、これからはルークくんがわたしの相手をしてくれるね! 嬉しいなぁー!!」


 ルーク・ファシード。

 彼の体にも流れる優秀な血脈が、「なんだか面倒な人に目を付けられたのでは?」と警鐘を鳴らしていた。


 だが、ライカからは逃げられない。


「お手柔らかに頼むよ。俺も酒豪って訳じゃな――」

「はい、着いたー!! すみませーん! 【紅龍】です! 報酬受け取りに来ました!!」


 控えめに断るつもりが、控えめが過ぎてライカの耳にまで届かない悲劇。

 ルークも諦めて、カウンターで手続きをするライカの隣に並ぶ。


「承りました。報酬はこちらになります。ご確認ください」

「ええっ!? こんなに!?」


「はい! 大丈夫です! また来ますねー!!」

「ええっ!? そんなあっさりと!?」


 ライカが受け取った報酬は、帝国銀貨80枚。

 帝国銀貨1枚あれば5日は食うに困らないのに、それが80枚も。

 Sランク冒険者のライカからすれば普通の感覚でも、ほんの少し前まで僻地の古書店主だったルークは眩暈を覚える額だった。


「んー。ルルナとミーア、まだ来てないねぇ。よし! ルークくん! デートしよう!!」

「俺と? 別に良いけど、恥ずかしくない?」


「むぅーっ。そーゆう控えめなとこもステキだと思うけど、ミーア風に言うとね、こほん! 謙虚も過ぎれば相手に対して礼を失する事になるのだよ……だよ!!」

「うっ。確かにそうかも。じゃあ、俺で良ければ!」


 ライカは「いいお店知ってるんだ!」と言って、ルークの手を引っ張る。

 存外2人はお似合いであり、通行人からはちゃんとしたカップルに見えていたのだとか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ライカのお気に入りの喫茶店で、2人はケーキと紅茶を堪能していた。


「美味いっ! なんだろう、ケーキに挟んであるこのフルーツ。シャリシャリしてて不思議な食感だね」

「おお、そこに気付くとは、ルークくんもなかなか通だねぇー。それはね、ナポレーって言うんだよ! リンガラムの周りで採れるトゲトゲした果物なんだ!」


 名前を聞いてルークも「あ、それ図鑑で見たことある! へぇ、これが」と頷いた。

 見た目は巨大なウニみたいな形をしているが、硬い殻を割ると中からは芳醇な果肉が現れる、この地方の特産物である。


「俺、こんな風に女の子と喫茶店とか来るの初めてで。と言うか、オシャレな喫茶店に来るのも初めてで。何て言うか、今すごく楽しいな!」

「あははーっ! 良かったぁ! やっぱりわたしの方が2つもお姉さんだからね! リードしてあげなくちゃ! おっと! でも独り占めはダメだよねー」


 「何の事かな?」とライカの視線を追うと、ルルナとミーアがこちらにやって来ていた。


「2人で先に報酬を使うとは、ズルいではないかね。山分けもまだだと言うのに」

「ごめーん! じゃあ、2人の分もケーキ頼むね!」


 ルルナとミーアの表情が一気に青ざめた。


「いや、私は結構。……と言うか、今は食べ物の話をしないで欲しいかも」

「……うむ。二日酔いの治療は非常に難解なのだよ」


 とりあえず紅茶だけ飲むと言うミーア。

 ルルナは手早く報酬を4等分にして、袋に分ける。


 そのうちの1つをルークに渡して、「これはキミの分。言っておくけど、変な遠慮とかしたら怒るよ? 仲間はそんな事をいちいち言わない。でしょ?」と静かに微笑んだ。


「ああ! じゃあ、遠慮なく頂くよ! 実は武器屋で剣を見たかったんだ! いつまでも借りものじゃアレだし」


 ルルナの瞳がキラリと輝いた。


「ルークくん、武器屋に行くの!? もう、仕方がないな。それなら、私の行きつけの店があるから、案内してあげよう。仕方がないな、本当に!」

「あ、まだ紅茶が! ちょっ、ルルナ! うわっ、すごい力だ! せめて自分で歩かせて!!」


 いつになく上機嫌の【紅龍】の《戦姫》に連れられて、その後ルークは都合4軒ほど武器屋を巡る事になった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ルークくん! これはどう!? 麒麟刀だって! 外国の剣だよ。刀って言うんだけど。丈夫で長持ちするし、切れ味も抜群! しかも安い! 帝国金貨2枚だ!」

「高い!! 帝国銀貨20枚しかないのに!! 10倍の値段だよ!!」


 ルルナの行きつけの武器屋はどこも高品質のものを取り揃えていた。

 が、それだけに装備ひとつの単価が高い。

 ルークにとって今回の報酬は望外の額だったが、それが子供の小遣いのように思えて来る値札を見ていると、無性に本が読みたくなってきた。


「そう言う事ならば、選手交代と行こうじゃないかね。ルークくん、ボクが誰にも教えていない、秘密の古書店へと案内しようではないか!」

「俺、まだ何も言ってないけど。でも、興味はあるな」


 ルルナの買い物の付き添いはライカが受け持つと言う。

 なんでも、我らがリーダーの買い物は豪快で、誰かが付いていないと急に高い武具を買って帰って来る事も多くあるのだとか。


 納得のルーク。

 見慣れた古書を目指して、今度はミーアとリンガラムの街を歩く。


「あそこなのだよ。先日、クルミを割る生活魔法の古代書を見つけたのもあの店だ」

「それ、すごいけど必要かな? 使う事ある?」


「ルークくんともあろう者がなんと無粋な。必要かどうかと、知的好奇心は別なのだよ。やあ、店主。お邪魔するのだ……やや! これはまた、見た事のない古代魔法の書物!! 見たまえ、ルークくん!!」


 それからミーアは何に使うのか分からない魔導書や古代書を3冊ほど購入した。

 彼女が《治癒士》でありながら多種多様な魔法を操る事のできる理由を少し知ったルークである。


 「ボクは先に馬車に戻って、この本たちを読んでいるのだよ」と言って、ミーアは駆けて行った。

 ルークは「転ばなければ良いのだけど」とその背中を見送る。



「そこのお兄さん! いいところに来られましたな! 掘り出し物がございますよ!!」


 しばらく街を散策していたルークは、怪しげな骨董品を広げている露天商に声をかけられた。

 実はルーク、古いものは本に限らず目がない男。

 《翻訳者》になったあと、迷わず古書店を経営する道を選んだのもそんな性分からだった。

 店主との話も実に弾んで、楽しい時間を過ごしたルーク。



 気付けば、20枚あった帝国銀貨が残り1枚になっていた。



 代わりに、彼の両手には持ち切れない程の骨董品。

 馬車に戻ると、当然のように3人娘から怒られた。


「好きなものにお金を使うのは良い事だけど、無駄遣いし過ぎじゃないかな?」

 ルルナも新しい剣を買っているのにと思ったが、ルークは何も言わない。


「こんなにガラクタ買っちゃってー! 困った子だなぁ、ルークくんは!」

 山積みされた持ち帰りのケーキの箱を見ながら、ルークは沈黙を貫く。


「まったく。骨董品を買うのならば、真贋を見分けられるボクを呼びたまえよ」

 ミーアは自分でさっさと馬車に帰って行った記憶が蘇るものの、ルークは黙る。


 彼の男としての器の許容量がいくらか増えた気がした。


「おや。なんだろう、これ。落書きされてるじゃないか」

「ホントだー。ルークくん、粗大ゴミ買わされちゃってるじゃん!!」


 それは、古ぼけたプレートだった。

 確かに何やら子供の落書きのようなものがある。


 だが、文字に見えない事もない。


「ルークくん。君ならもしかすると」

「ああ、俺もそう思っていたところだよ。どれどれ……」


 《翻訳者》としての仕事をするのは随分久しぶりの事のような気がする。

 解読して見ると、そこにはとある座標が記されていた。


 ルークは帝国領の地図を広げて座標が示す場所を計算する。


 束の間の休日を満喫した【紅龍】。

 彼らの次なる目的地が決まった瞬間であった。



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