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紅龍ハウス


 グストナム丘陵の廃図書館から撤退した【紅龍】の馬車は、一路ストローツ村を目指していた。

 思いがけない苦戦をしたせいで、まずはハウスに戻り休息を取ろうと言う方針が全会一致で決定されたためである。


「ふぃー。やっぱりミーアの回復魔法は気持ちいいね! 傷もすぐ治るし!」

「うむ。これで良いだろう。だが、ライカ。怪我はしないのが1番なのだよ。《治癒士》の出番なんて本来は歓迎されるべきことではないからね」


「はぁーい。気を付けまーす。ルークくんは怪我してない? ミーアの『キュアリー』はね、効果も凄いけど、じんわり温かくて気持ちいいんだよ!」

「そうなのか。俺、回復魔法ってかけてもらった事ないからなぁ。記念にお願いしようかな?」


「君は本棚と戦っていただろう。……ふむ。まったくの無傷だ。日ごろの鍛錬の成果がよく出ている。今後も励みたまえ」


 ルークは初めての回復魔法を経験し損ねた。

 だが、疲労感はあるものの、ミーアの言う通り外傷はまったくない。

 冒険者を諦めきれずに古書店を営みながら毎日体を鍛えていた成果が現れている事実は、ルークの心に少しばかりの充足感をもたらしていた。


 重ねて来た努力を肯定される事がこれほど嬉しいものだとは。

 冒険者の毎日は初めての体験で溢れているのだと彼は学んだ。


「ところで、3人って一緒に住んでるの?」


「あー! そっか、言ってなかったね! そだよ! わたしたち、クエストの報酬を貯めて、古いお屋敷を買ったの! 今はそこを改修して暮らしてるんだ!」

「どうせ出かける時は3人一緒なのだから、効率を重視した結果、自然とそうなったのだよ」


 ルークはストローツ村について情報を持っていなかった。

 それもそのはず、そこは詳細な地図でなければ記載されていない程の小さな村である。


 農業と牧畜が主な産業であり、村民たちは自給自足に近い生活を送っている。

 そのため、帝国領にありながら、半ば放置されている状態であり、顔も名前も帝国内に轟いている【紅龍】がひっそりと暮らすには持って来いの立地だった。


「みんな、そろそろ着くよ! ルークくん、村の人に会ったらちゃんと挨拶するんだよ!」


「ひどいな、ルルナ。俺だって礼儀作法は弁えているよ!」

「そうだったの? 急に秘伝書の剣技を使うような人が、礼儀作法を語るんだ?」


「うっ……」


「あれはビックリしたよねー。うん、とっても驚いた!!」

「まあ、事情聴取はハウスに着いてから、じっくりと行おうではないか。パンとミルクくらいならば与えるのもやぶさかではない」


 秘伝書についての議論が待ち構えている【紅龍】のハウス。

 Sランクパーティーの住む家は気になるものの、何となく積極的に訪問したくはないという、複雑な心境のルークであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 【紅龍】のハウスは「お屋敷」と聞いていたが、ルークの想像よりもはるかに大きかった。

 ファシード家の屋敷と比べても見劣りしない。


「すみません、おば様。お留守番、ご苦労様です。こちらが今回の報酬です」

「あら、まあ! 良いのよ! ルルナちゃんたちがこの村に来てくれてから、モンスターに怯えなくて済むようになったんだから!!」


「いえ、リーダーとしてこういう事はきっちりしておかなくては! それと、後で食料の補充をお願いできますか?」

「はいよ! おばちゃんに任せときな! そっちの彼は見かけないねぇ? あら、もしかして誰かの彼氏かい?」



「違います」

「残念ながら~」

「愚問なのだよ」



 もちろん違うので否定してもらって構わないのだが、即答されるとなんだか男としての自尊心が傷つけられたような気がして、何とも言えない気持ちになるのが人情。


「あんた! 頑張んなさいよ! この子たちが男の子連れて帰ってきたのは初めてだからね! おばちゃん、応援してるよ!! じゃあ、後で色々と届けさせるからね!!」


 嵐のようにご婦人は立ち去って行った。


「今の人はドロシーさん。私たちが留守の間、ハウスを管理して貰っているんだ。村長の奥さんで村の顔役だから、ルークくんも失礼のないようにね」

「分かった。あの強烈なオーラには失礼を働けそうにないよ……」


 疲れているのに玄関の前で立ち話をするほど愚かな事もない。

 3人はハウスに入っていく。


「ルークくんも、早くおいでー!」

「おじゃまします」


 ルークは許可を得てから足を踏み入れる。

 彼もかつてはファシード家で上流階級の教育を受けていた身。

 エチケットは人並み以上に身に付けている。


「ああ、疲れた。ルークくん、すまないがミルクをくれ。温めてから、砂糖をスプーン一杯ほど加えて、2分ほど冷ましたものを希望するのだよ」


 ソファに寝転がり「絶対に動かないのだ」と確固たる意志を見せるミーア。

 ルークはルルナに食器の場所を聞いて、人数分のホットミルクを用意する。

 エチケットは実家で身に付けたが、自活能力は実家を追放されてから身に付けた。

 人生、その日その日が経験値を生むものである。


 ホットミルクで一息つくと、リーダーであるルルナが早速本題を切り出した。


「廃図書館で見せた氷の剣技。剣技というより、魔法剣みたいだったけど。一応確認するね。あれはルークくんの元々持っていた能力?」

「とんでもない! 最初の秘伝書を解読した時と同じで、急に身に付いたと言うか。ごめん、俺も自分でどういうことなのか説明ができない」


 そこに助け船を出すのがライカ。

 彼女は「まあまあ、ルルナ! そんな風に問い詰めたらルークくんが可哀想だよぉ」と言ってから、さらに続けた。


「これまでの情報だと、秘伝書は中身が誰かに継承されると消えちゃうって事かなぁ?」

「そうだと思う。俺があの妙な剣技を使えるようになったのは、2回とも秘伝書の1ページ目を解読してからだから」


 最後に、【紅龍】の頭脳担当。ミーアが結論付ける。


「つまり、我々が探して歩いた秘伝書は《翻訳者》、すなわちルークくんにしか解読できない。……ボクたちには読む事もできないという訳だ。うぐぅ。悔しい。ボクも《翻訳者》になりたかったのだよ」


 途中からは恨み節になっていたが、だいたいミーアの言う通りなのである。

 ならばどうすれば良いのか。

 答えはシンプルであった。


「仕方ない。ルークくんから見習いの看板を外そうか」

「賛成! さんせーい!! ルークくんがいれば、わたしたちが秘伝書の力を手に入れるのとほぼ同じだもんね!」


「ふむ。悪くないと思うのだよ。ルークくんと一緒に探索してみて感じたが、思った以上に冒険者の素養を持っている。【紅龍】に加入しても問題ないとボクも思う。まあ、廃図書館でも言ったが、不足している経験値は必死に稼いでもらう事になるがね」


 ルルナが最終的な決断を下す。


「それじゃあ、ルーク・ファシード。キミを正式に【紅龍】に迎えることにする。なにか問題はあるかな?」


 愚問であった。

 憧れていた冒険者になれる。

 それも、超有能な【紅龍】の3人と肩を並べられると来れば、不満などあるはずもなかった。


「俺、頑張ります!! 足手まといにならないように修行もする! 早く3人の役に立てるようにどんな事でも全力でこなす!! だから、よろしくお願いします!!」


 3人はにっこりと笑う。

 こうして、ルーク・ファシードは正式な【紅龍】のメンバーとなった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「じゃあ、明日にでも冒険者ギルドに行って、パーティーメンバー変更の手続きに行かないとだね。ルークくんは2階の左端の部屋を自由に使って良いよ。今日はゆっくり休んで」


「えっ!? 俺、ここで3人と暮らすの!? それはまずいって!!」


 ルークの紳士的な反応に、3人が吹き出した。


「キミ、まさか私たちに何かいかがわしい事ができると思ってるのかな?」

「んー。ルークくんの実力じゃ、まだまだ無理だと思うなぁー」

「身の程を知るところからが修行の始まりなのだよ。ルークくん」


 予想していなかった美少女3人との共同生活。

 だが、もちろんルークの危惧するような事態は訪れない。


 いくつか理由はあるが、最たるものだけ述べておこう。


 ルーク・ファシードにそんな度胸はないからである。

 なお、今後も3人をどうにかしようと言う邪な感情の芽吹きはないと言う事を、彼に代わって断言しておく。


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