母の想い
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昼休みが終わり、俺は授業……をサボって初心者用の領域の扉の前に来ていた。
正直、あの教室は居心地が悪すぎる。
藤堂先輩のおかげで先生は学園長に注意されたものの、授業中に恨みがましい視線を延々と送り続けてくるし……。
とはいえ、クラスの連中が俺を馬鹿にしたりすると、あくまで形だけではあるがたしなめるようになった。
まあ、所詮は形だけでしかないので、クラスの連中はお構いなしに俺をイジリ続けてたけど。
「よし! じゃあ今日のノルマは疾走丸十個入手と、同じ数だけ初心者用の領域の踏破な!」
『(コクコク!)』
俺は気合いを入れるためにパシン、と頬を叩くと、意気揚々と扉を開けて中に入った。
◇
「ふふ、お疲れ様」
ノルマを達成して外へと出ると、何故か藤堂先輩が待ち構えていて、微笑みながら労いの言葉をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます!」
『(コクコク!)』
で、単純な俺はそんな先輩の優しさが嬉しくて、満面の笑みでお礼を言った。
それは[ゴブ美]も同じらしく、何度も首を縦に振っていた。
「ところで……先輩はどうしてこちらへ?」
「ん? ほら、朝に父……学園長が言っていただろう? 君のご両親に夜にでも謝罪すると」
「ああ……」
そういえばそうだった……。
俺としては、うちの両親とは関係がこじれてるから、余計な波風を立てるようなことはしたくないんだけどなあ……。
「だから、私も君と一緒に行こうと思ってな。まあ、学園長からそう頼まれた、というのもあるが」
「そうだったんですか……」
ウーン……ますます申し訳なくなってきた。
「ということで、さっそく君の家に向かうとしよう」
「あ、は、はい……」
俺は先輩の後について行き、初心者用の領域の小屋を後にする……って、自分の家に帰るのに、俺が先輩の後ろって一体……。
「え、ええと……?」
学園の門まで来ると、なんというかその……高級外車が停まってるんですけど?
「さあ、乗りたまえ」
先輩は後部座席のドアを開けると、そう言ってニコリ、と微笑んだ。
い、いや、まさかとは思ったけど、本当にこれで家に行くんですか!?
「で、ですが、ここまでしていただかなくても!?」
「何を言うんだ、これくらい当然だよ。ホラホラ、早く乗りたまえ」
俺は先輩に背中を押され、後部座席に乗り込む……って、うわあ、革張りのシートってこんな感じなのかあ……。
「では、彼の家までお願いします」
「かしこまりました」
先輩が声をかけると、運転手さんは俺の家に向かって車を走らせる。
「ところで、望月くんは今日もずっと初心者用の領域で訓練していたのか?」
「はい。俺は弱いですから、人一倍頑張らないといけませんので」
「ふふ、そうか。そういえば知っているか?」
いたずらっ子のように微笑みながら先輩が尋ねたので、せっかくだし俺もそれに乗ってみる。
「? 何ですか?」
「ああ。実は一年生の必須である“ダグラス塔”領域がゴールデンウィーク明けの月曜日から探索解禁になるんだが……その前に、二年生が一年生数人を引率して第一階層だけ見学するんだ」
ああ、そういえば『まとめサイト』にもそう書いてあったっけ。
たしか主人公が転校してきた際も、引率した先輩(もちろんメインヒロインの一人)とのイベントを経て仲間になるんだっけ。
「それで、だな……コホン、その時はこの私が君を引率することになったんだ」
「えええええ!?」
いや、さすがにこれには驚いた。
まさか、先輩が俺の引率をしてくれることになるだなんて。
「で、ですが、それを俺に言っても大丈夫なんですか? こういうのって、公平にするために当日まで教えないっていうのが一般的なんじゃ……」
「ふふ、もちろんそうだとも。だから、な?」
そう言うと、先輩は人差し指を口に当て、「シー」という仕草をした。
そんな先輩は、普段の凛とした姿と違い、すごく可愛くて、俺は目を奪われてしまった。
「そういうことだから、楽しみにしていてくれ」
「はい! 俺、すごく嬉しいです!」
「ふふ、そう言ってくれて、私も嬉しいよ」
すると、いつの間にか車は俺の家に到着した。
家の前には黒塗りの高級外車が一台停まっているから、学園長達も既に来ているみたいだ。
「さあ、行こうか」
「は、はい……」
うう……自分の家に帰るだけのに、すごく緊張する……。
「た、ただい……「そんな話、到底許せません!」」
俺はおそるおそる玄関のドアを開けるなり、母さんの怒号が聞こえてきた。
母さんがここまで大声で怒鳴ったところ、俺は今まで一度も聞いたことがない。
「た、大変だ!?」
俺は慌てて靴を脱ぎ、みんながいるリビングへと急ぎ……って!?
「……まあ、待つんだ。今君が入ってしまうと、余計に話がこじれそうだからな」
「せ、先輩……」
先輩に制止され、俺はリビングの扉の前で立ち止まる。
「……とにかく、しばらくは様子を窺おう」
「は、はい……」
俺と先輩は、リビングの傍に立ち、中の会話に聞き耳を立てた。
「今回はこちらの不手際で、誠に申し訳なく思っております……」
「謝って済む問題ですか! 一歩間違っていたら、あの子が怪我を負っていたかもしれないんですよ!? それどころか、最悪死んでしまうことだって……!」
「誠に、仰る通りです……」
怒り散らす母さんに、学園長がただ謝罪する声が聞こえる……。
「本当だったら、私はあの子を学園なんかに行かせたくなかった! でも……あの子に精霊が発現して、嬉しそうにはしゃいで、止められなくて……!」
母さん……。
「学園長さん、知っていますか? あの子の精霊、見た目がすごく醜いんです」
「…………………………」
「私にはそんな残酷なこと言えませんでしたけど、学園に行けば同じ精霊使いである生徒達が、あの子の精霊を見て心無い言葉を投げかけると思っていました。それで、あの子が傷つくことも」
母さん、そんなこと考えてたのか……。
[ゴブ美]が可愛くないとハッキリ言われたのはショックだけど。
「そしたら案の定傷つけられて、先生であるはずのあなたが一緒になってあの子を馬鹿にして!」
「あ、いえ、私は……」
「違うって言うんですか! じゃあなんで、傷ついて教室を飛び出してしまったあの子に、そんな危険な目に遭わせるような真似ができるんですか! 言ってくださいよ!」
「あ、う……」
母さんに正論で責められ、先生が言葉を失う。
「……とにかく、もうあの子を学園になんて通わせることはできません。謝罪も受け取れません。どうぞお引き取り下さい」
母さんがついさっきまでとは打って変わり、静かに、だけど有無を言わせないといった口調でそう言い放った。
「……ふふ、いいお母様じゃないか」
先輩がポン、と俺の肩を叩き、柔らかい表情を浮かべる。
「はい……そうですね……」
俺は初めて母さんの心の内を聞いた。
今まであんなにオドオドしたりしてたのは、俺の精霊にビクビクしてたんじゃなくて、ただ、俺のことを心配してて……。
「それで……君はどうすんだ?」
先輩が真紅の瞳で見つめながら問い掛ける。
俺は……。
「ま、待ってよ母さん!」
「っ!? ヨーヘイ!?」
俺はリビングに飛び込むと、母さんが驚いた様子で俺の名前を呼んだ。
見ると、学園長と教頭先生、担任の先生が頭を下げたままだった。
「俺……確かに母さんが言った通り、クラスの連中に馬鹿にされたりしたよ。先生にもひどい扱いを受けた。でも、さ……こんな俺の精霊を、褒めてくれた人もいるんだ。それだけじゃない、こんな俺達の、可能性を信じてくれた人がいるんだ。だから」
そう言うと、母さんが俺から視線を逸らしながら唇を噛んだ。
「だから……俺、これからも学園に通いたい。じゃないと俺は、もう強くなれなくなってしまうから。藤堂先輩が、信じてくれたように」
「「っ!」」
俺の言葉に、母さんと……後ろにいる、先輩が息を飲んだ。
「……本当にヨーヘイはそれでいいの?」
「ああ」
「後悔……しない?」
「しない。だから……」
すると、母さんは学園長へと向き直る。
「……もう二度と、こんなことがないようにしてください。それで、今回は学園の謝罪を受け取ります」
「本当に、申し訳ありませんでした!」
母さんの言葉に、学園長達が改めて謝罪を述べた。
「母さん……ありがとう」
「……しょうがないでしょ?」
震える声でそう言うと、母さんは泣きながら苦笑した。
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