コーヒーと頭痛薬
カタカタカタッ
自分が打つキーボード音だけがオフィスに響く。定時直前に仕事を振られて、残っているのは私だけ。さっき休憩にコーヒーを買いに行ったときに見えた外は雨が降っていた。
その時に嫌な予感はしたけど、そういうのはよく当たるもので…私は偏頭痛と戦いながらPCの画面とにらめっこしていた。幸いもう少しで終わりそうだ。
痛み止め飲んどくか…
そう思っていつも持ち歩いているポーチを取り出し、薬を水で流し込んだ。
「また偏頭痛?」
ひとりだと思っていたので少しビクッとして振り向くと、そこには帰ったはずの同期ー2週間前から付き合い始めた彼ーが立っていた。
「あーうん。でももうすぐ終わるし、薬飲んだから全然大丈夫。帰ったと思ってた。」
近づいてくる彼を見ながらそう答えた。
「ん、ちょっと忘れ物。あとどのくらい?」
「30分くらいかな。」
「わかった。」
隣の席に座り、引き出しの中に忘れ物の携帯を見つけさわりだしたのをみて私も仕事を再開した。どうやら待っててくれるらしい。
「終わったー!」
背伸びをしてPCの電源を落とす。さっき買ったコーヒーが目に入り、そういえば飲んでいなかったなと缶を開けて口をつけようとした。しかし、口をつける直前にするっと缶を取り上げられる。
「えっ、飲ませてよ。」
仕事終わりのコーヒータイムを邪魔された私は少しムスっとして、缶を奪って飲んでいる彼に抗議した。
「だーめ。さっき痛み止め飲んでたじゃん。カフェイン取っちゃダメでしょ。」
そういえばそうだった。薬が効いてきたのか頭が痛かったことを忘れかけていた。そう考えているうちに彼はコーヒーを飲み干した。
「終わったなら帰るよ。」
ささっと上着を羽織って帰る準備万端の彼に急かされる。
「飲みたかったのに…」
荷物をまとめながら小さく不満をこぼす。まあ、そんなに気にしてないけど。準備が終わり顔をあげると思ったよりも近くに彼の顔があった。
次の瞬間、コーヒーの香りと唇に柔らかい感触を残して目の前が明るくなる。
「これで我慢ね。」
そう言った彼は、イタズラが成功したような顔をしていた。何が起きたのかわからずぼーっとする私。
「おいてくぞー。」
気づくとオフィスの入り口から私を呼ぶ声がする。
「//っ…」
今起きたことを理解した私は、顔が一気に熱くなるのを感じる。慌てて手で頬を挟んで冷やしてみるが、そんな姿もバレバレだろう。
「ちょっと待って!」
私は諦めて、エレベーターに向けて歩き始めた彼を追う。廊下の灯りで見えた彼の耳はいつもより少し赤くなっていた。