スクールバスと後悔先に立たず編
第4章
4‐1 スクールバス
スクールバスは一段と慎重な運転が必要なので、新人の内には回ってこない。
「浅野君も慣れてきたけぇ。そろそろスクールバスをやってみるか。明日は高屋中学じゃ」
「どっちのコースで、誰のバスで研修ですか」いよいよ自分の出番が来たか…
「明日は、上有田やのうて…、小竹からでK目さんじゃのう」
翌朝
「朝はわしが回転場まで運転して行ってやるけぇ、見ときんさい」と、K目さんが黄色い表示の『スクール』に行き先表示をして、『小竹』と書いてあるマークを左上に付ける。
「高屋中学校までは朝8時10分には着かないけんけぇ」と出庫した。
7時20分には小竹の回転場まで迎えに行き、コーヒーで一休みする。コーヒーと一口に言っても、サラリーマンの営業みたいに、喫茶店に入れる訳はなく、缶コーヒーだ。
場合によっては国道からバスの陰に隠れて、小さな用も足す。
K目さんが用を足している間に、そばを流れる川を見ながら…
「そろそろ出発じゃ、浅野君、もたもたしちょると、ここに置いてくけぇ」
「あれ…?何時の間に」K目さんはもうバスに乗り、運転席に座っていた。
「待ってくださいよ。K目さんは左側にどうぞ」
「そうじゃったのう」と、左側の最前列の席に移っていった。
「7時は30分に豊栄から来る、西条行きの路線バス2台を先に行かせてここを出るから」
「西条行きは八本松と、杵原経由と2便あるから、わしらは3台目じゃ」
バスの見た目はほぼ同じゃけぇ、西条行きの利用者は高齢者が多く、自分の運転するスクールに間違って乗ってきては大変だから、一般路線のバスを先に行ってもらうんじゃ」
「はい、分かりました」
「よし、あのバスじゃ。あれが通過したらわしらも出発しようかのう」と教官の指示で出発した。
バス3台が仲良く並んで走るのも面白いもんだな…
始発の小竹では十人くらいが「おはようございます」と乗ってきた。
こっちも「おはよう」と繰り返す。
西条駅へ行く路線にある、実際のバス停の五つおき位で、中学校の生徒達が乗ってくる。
これから授業だと思うと、憂鬱になるのかな。
スクールバスの車内は静かなものである。
「造賀の交差点では、同じ芸陽で上有田からのスクールバスと重なる場合が多いんじゃ」
「西条駅行きの路線とは違い、スクールバス同士ならばどっちが先に走ってもええわ」といつの間にか上有田便と重なって高屋中学校に向かう。
「行きは杵原をまっすぐに昭和団地の方へ行くが、帰りは高見ヶ丘からこの杵原に戻ってくるけぇ、ちゃんと覚えときんさいよ」と杵原、河尻、百円ショップDAISOのある、吉行工業団地を通り高屋中学に向かう。
工業団地を過ぎると、中学生が自転車通学しちょるから気を付けんさいよ。
「高屋中学校に着いたら、前扉も後ろ扉も開けて、生徒達を素早く降ろすんじゃ」
バスの生徒達は、自分の心配をよそに全員が素早く降りてくれた。
「次は忘れ物の確認じゃ。弁当や水筒、体操着を忘れて」と、後ろに探しに行ってくれた。
「よし、OKじゃ出発しようや」と、高美ヶ丘の方へまっすぐ出発した。
「ここは狭い道で対向車も多いし、小学生、左上にある家の軒先にも気を付けんさいよ」
「この道は、怖いっすね…」
西高屋駅から県道59号線で東に向かった高屋踏み切りである。
スクールバス、高屋踏み切り
「チャンスを見計らって、多少の強引にでも大回りで曲がっていきんさい」
「はい…」
この踏切を通過するのは、生徒全員を降ろしてからだけど、大動脈の山陽本線であり、早朝から空港や、広島高校、近大東広島中・高の御用達で上下とも本数が非常に多い。
バスの通過時間には、下りの貨物列車も通過する。荷物を満載した貨物列車が安全に停まれるには4kmから5kmと言われ、しかもこの踏み切りの東には大きなカーブとなっており、列車にはぶつかる直前まで気付いてもらえそうにない。
さらに渡ればすぐにT字路であり、県道を走っている車から譲ってもらえずに、運転しているバスが踏み切りで、もし立ち往生したら…と、最悪の事態ばかりを想像してしまう。
他にも幼稚園や、自動車学校等の大型スクールバスとのすれ違いもあり、理由を挙げれば切がない難所中の難所である。
これを除けば、スクールのコースは朝、夕便以外の合間に、一つは「広島大学の循環便」へ、一つは「八本松幼稚園のスクールバス」をこなすだけなので、昼間の休憩時間が長く、営業所でゆっくり昼寝できるように、仕事量のバランスを量っている。
中学校のスクールバスは小竹と上有田と2コースなので月に3~4回は回ってくる。
「中学校の午前便はどうじゃった」
「まだ、何か落ち着きません。危険なコースで、できればやりたくないです…」
「ま~、ま~、まだ午後もあるんじゃけぇ」
「午後便は朝とはまるで違い、中学生達はバスの中でじっとしている子は、バス停で降りるまでじっとしているが、中にはやたらと騒ぎ、走行中でも席を立って移動するから、そういう子にはしっかりと注意しんさいよ」
「もし、事故でもしたら、全部わしらのせいになるんじゃけぇ」
「午後便は最初に踏み切りで、交通量も多くなく、午前便よりは幾分にも楽じゃけぇ」
「踏み切りのT字路さえ曲がれば、終わったようなもんじゃ」
「そうだと良いんですけど」
何とかコースを変えてくれないかな…
「浅野君、中学校の研修が終わると、次は幼稚園の研修じゃのう」と、先日、幼稚園の研修を無事に終えたところだった。
でも、幼稚園のコースは普段走らない八本松の周辺が多くて、おまけに車内では大声で騒ぐし、自分にはまだ不安だな…と、早速にも自分の公番で回ってきてしまった。
細い道
大型バスで八本松駅裏の団地の細い道を通り抜け、バスの中も外もダブルで神経を使う。
行きは西条の車庫では園児だけではなく、ボランティアの父兄を安全のために乗せて、友待橋、笹、医療センターなどを回って八本松幼稚園まで向かう。
帰りはそのボランティアの父兄だけを乗せて戻ってくる。
幼稚園で園児を降ろし、車内にはあれだけ騒いでいた園児がいなくなり、
「お母さんたちは、もうすぐ、夏休みが始まり子どもが家にいる時間が長いと、何かと大変でしょうね…」と父兄と話す。
八本松駅から友待橋へ向かう途中だった。
「さっきのところは左に曲がって欲しいんですけど」
「え、今言われても…」
しまった…曲がり損ねてしまった…
そうか、今日は東広島医療センターの方へ、坂を上って行かなくてはならなかった。
滅多な所ではUターンはできないし、EAONの駐車場を突っ切る訳にもいかないしな…どうしよう…
旧2号線では他にバスを転回できない。
そうか、西条の車庫だ。ここからは30分位かかってしまうが…
「すみません。間違えたので、今からうちの車庫まで行って戻ってきます」
「運転手さんはここの近くに住んでらっしゃるんですか」
「自分はこの近くで確かに住んでますけど、うちの車庫って…、うちの会社の車庫ですよ」
「はい、はい、分かりました。私たちも暇なので大丈夫です」
ホットしたのも束の間、こんな時に限って、国道486号線は舗装工事で大渋滞だ。
やっとの思いで車庫に着くと、今度は車庫の奥でI木課長が誰かと話している。
「また、誰か何かやったのかな…?」
ここで車庫に入ると、その先が見えている。しょうがない、今は緊急事態の中の緊急事態なので、西条駅前のブールバールで左折、左折と曲がればこっちに戻れる。
「すいません、車庫が一杯で、ブールバールから回ってきても良いですか」
「はい、私たちは無事に帰れればそれでいいです」と、笑いながら返事がきた。
「何度もすいません」
次は11時から夢タウンのバスなので、それこそ、次に遅れたら一大事である。
医療センターから車庫に戻ると、11時には何とか間に合った。
「お前、遅かったな。何してたんや」と、またK谷さんにつかまってしまった。
「はい、道を間違えて…」
「幼稚園か。あれはたまにしかなく、同乗の父兄が当番制で、コースがよく変わるからな」
「まあ、他の人もよく間違えとるらしいぞ。ベテランのK野クラスの人でさえ、今までに何回もある。以前にいたJRバスの路線と間違えたらしく、まだこれだけで気を落とすな」
「はい、ありがとうございます」
「次は間違えるなよ。スクールは中学校でもコースが変わる所があるからな」
数日後
今日はいよいよT田のスクールバスを担当する日がやってきた。
使用される車両は、最も大型の全長11m車である。
大きいから小回りが効かず、アクセルベタ踏みした加速も遅く燃費も悪い。止まりにくくブレーキは消耗するし、路線のストップ&ゴーのような運転はしにくい。
唯一の利点は乗り心地くらいだ。
営業にとってはお得意様だから、他のバス会社とサービスで差を付けるために…
今から行くのは呉にあるT田学園である。
実は彼女と同じ名字なので、それだけでも…それ以上に、戦国武将と同じ名前であり、…乗ってくるのは、強そうな悪ガキばかりではないかいな…と、何となく不安がよぎる…
幸か不幸か、今日の研修で自分を指導してくれるのは、自分より二人前に入社した先輩のJちゃんと呼ばれる紅一点である。
「今日は同乗研修なので、J先生お手柔らかにお願いします」
「J先生なんて、こちらこそ、よろしくお願いします」
「今日の車両は3682か」と、点呼場にかけてあるバスのキーを持ち、車庫へいく。
バンパーにあるスイッチで、バスのドアを開けて、二人で乗り込んだ。
先に乗り込んだJちゃんの、シャンプーの心地良い香りに少し惑わされる・・・
「このバスにはテレビに、冷蔵庫とか装備がたくさん付いてるね」
「元が観光用なので、ほぼそのままにしてありますよね」
「レーザーディスクもあり、カラオケもできるね」と、一通りの操作方法をJちゃんに教えてもらい、今度は外に出てエンジン、ナット、灯火類等車体の点検も済ませた。
出庫時刻の朝7時になり、西条の車庫を左へ出ると、ブールバール、西条バイパスを経て八本松方面へ向かう。
西条バイパスは空いており、高速みたいにスピードが出ても、直進安定性や、板バネも柔らかく、乗り心地が良くて気持ちが良い。加え、隣がおっさんよりは、気持ちが良い。
今のところ、すべての事が順調に進んでいる。
今頃、営業所では…
「浅野は独身で、Jちゃんと年も近いし…」と、あの、いつもの噂好きの先輩たちは、どうせそんな噂話しかしてないんだろう…
八本松からは県道46号線周りで、「冠」の手前まで行き待機する。
そこからは運行表にあるバス停で順に停まっていき、志和堀へ向かう。
志和堀から八本松駅まで志和循環と同じ路線を、生徒たちが乗り降りするバス停だけを止まって乗せて行く。言わば、実際の路線にはない隠れた志和循環便だ。
しかし八本松のロータリーは狭くて、このバスでは回り難いんやよな。そこからは八本松中学校だけ停まりT田学園へ向かう。
このバスの車内では、みんな静かで、殆どの生徒が教科書か、参考書を読んでいる。
さすが進学校やな…と感心しながら、起伏の激しい山道を抜け、長い下り坂が続き、T田学園の看板が見えた。他のスクールバスに続いて、校庭の中に入ろうとする。
「あっ、危ない!」と、車体の右側前部を擦った。
「『ここ斜めに鋭角になっているって』、Jちゃん最初に言ってよ…」と苦笑いしながら…
「すいません。ボーっとしてました」
観光用車両なので小回りが利かなかった。
「何分、今のは見てなかった事に…」
「ええ…、高いですよ」
4‐2 後悔先に絶たず(美容院)
「どうだ、元気でやっているか」と久しぶりに、Y部長から声を掛けられた。
「はい…」
「浅野君、運転手は身だしなみも大事だぞ。そろそろ髪を切ったら?」
自分は京都から広島に来て、いつの間にか数ヶ月が経ち、髪も確かに大分に伸びてきて、このままではシャンプー代も馬鹿にならへんな…
「お金は一向に貯まらず、シャンプーかカット代か、どちらをカットしようかと…」
「カット代は1500円の店が八本松にあるよ」と教えてもらい、そのお店に行ってみた。
そこの店内に入ると、お客は自分の他には誰もおらず、バリカンを持った若いお兄ちゃんに、店の奥へ呼ばれて席につくなり、そのバリカンを自分の頭の後ろへ、
「ザックリ!」と入れられた。まだ若いのに、仕事は豪快で手馴れたなもんだな…
ジョリ、ジョリ…
「どれくらいの長さにしますか」と、そのお兄ちゃんに聞かれたので、
「この髪型で」と、この店に置いてある髪型専門誌に載っているモデルの写真を指挿すと、
「ええ、この髪型では…、今からではもう無理ですよ」
自分の頭はすっかりトラ刈りになっている。
「ええ、ではできるだけ、この本のカットモデルに近付けてくださいよ!」
全く、どないな腕をしとるねん…ここの店は丸坊主専門か?
あのバリカン使いは、一体全体何やったんや?髪が短くなりすぎて、えらい目にあった。
そこで、その事件以降には多少のカット代金が高くても、せめて路線バスの車内宣伝にある美容院へ行くことにしていた。
ここ5年くらいは「美容院」なんて、ずっと行った事がなかったし、勿論、「健(健康)」いう自分の名前の字のごとく、「病院」にも掛った事がない。
次の休日に満を持して、その美容院の扉を開けると、
「いらっしゃいませ~」と、複数の黄色い声が聞こえ、緊張して何か落ち着かない…
「いつもの通りでお願いします」
「今日は会社がお休みですか…会社はここの近所なんですか」と鋏が進む。
「はい、普段はバスの運転をしています」
「ああ、やっぱり、何回か乗せていただいたことがありますよ」
「そうですか」運転手の年齢が若いと目立つのかな…
「そういえば、この間に呉の方で、あなたとすれ違いましたよ。若い女の人が横にいらっしゃったんですけど、誰だったんですか」
「ええ……?」
若い女の人なんか、普段から乗せる訳ないし…、ましてや業務中でもないだろうし…
「女の人って、誰ですかね~?」
「さあ、分かりませんけど?いつも西条でお見かけしていますよ。観光だったんですか」
「休みは家で洗濯か、買い物くらいしかせずに、観光なんかする余裕はないんですよね~」
「いえいえ、観光バスもすでに運転されるんですか」
ああ…、バスで。という事は運転手のJちゃんのことか…
ホッ…
「あの時は、スクールバスの研修を受けていました」
「へえ、スクールバスもですか、色々なバスを運転されるんですね」
「はい、色々と運転できて楽しいですよ」カットも終わり、次に頭を洗ってもらう。
やっぱり…、人に洗ってもらうのは、特に、それが若い女性では…気持ちが良いな~。
「ドライヤーはこの娘がやりますんで」と、店の奥から若い娘がやってきて、
「よろしくお願いします」と交代した。しばらくすると、ドライヤーを持つ手首がグラグラして頭に近すぎて、時々、火傷しそうなくらいに熱い!
「アチイッ」
「すいません、まだ~あたし研修中なもので」左胸には「研修生」と、ピンク色の名札を確かに付けている…
「アチイッ」と、また自分の頭に痛みを感じた。
「あなた、もういいわ、私と変わってちょうだい」と、他の先輩に変えられた。
正直、この娘は「研修生」という免罪符以上に、かなりの不器用そうな娘だった。
髪は年齢が30歳を過ぎると貴重やで。30歳と同様に最低30cmは髪から離して…
そうは言っても、この研修生の失敗が普段の自分にも当てはまっているようで、身に染みて分かるしな…
ま、今回は研修中だから大目に見よう…お互いに、一人前に早くなろう…
4‐3 たまねぎ
今日は西条営業所で昼間に長い休憩がある系統で、先輩と休憩室でテレビを見ていた。
「H谷先輩、休憩時間が長い時って、時間がなかなかに潰れませんね~」
「亡国がミサイル発射」とテレビで緊急放送が入る。
「浅野君はあの国をどう思う?」いきなり難しい質問やな…
「この指導者が生きている限り、何も変わらないと思います」
「ただ、わしは高校生の時に兄貴を亡くしていてね。それ以来はどんな人間でも、人の命の重さは変わらないと思っちょる」
「確かにそうでした」
「生きるか、死ぬかなんて迂闊なことを口にしてはいかんで。お客様の前で喋る時は特に気を付けるんじゃ」
「わしは大学に行きたかったけど、色々とあって行かせてもらえんかった」
「本当は君の卒業した大学を志望しちょったけど…、それだけに君には期待しとるんよ。だからこの仕事でもわしの期待を裏切らんといてくれよな」とH谷先輩に言われた。
「はい、ありがとうございます」と私は少し緊張し、身構えながら答えた。
「もしもし、ゆりか…?」
「今から迎えに来て欲しい」と、H谷先輩の携帯電話から若い女の子の声がかすかに聞こえてくる。
「分かった。わしは仕事がちょうど終わったところじゃけぇ、そこで待っとき」
「先輩も隅におけませんね。今の誰ですか?」
「何を言っとるん?今の電話はわしの娘じゃけぇ」と、携帯の待ち受けを見せてくれた。
「まだ高校生じゃないですか、これって犯罪ですよ~」
「だから、わしの娘じゃて」
缶コーヒーを飲みながら、H谷先輩としばらく休憩していた。
しばらくすると、一台の軽トラが目の前にとまった。
「おい、今年はわしの作った、玉葱がよく実ったぞ」と、B崎先輩がやってきた。
「おい、わしの娘っこ、今、高校生じゃろ」
「おう、そんな人もいたかいのう…」と軽トラから玉葱の袋を持ち、こちらに歩いてくる。
「そういう言う方やのうて、『娘がおる』言うて、はっきりと言ったらんかい」
「そうでないと、今までのわしの真面目な話が全部パーになるけぇ」
「わしと一緒におった時に、あんたが真面目な時なんてあったかいのう…?」
「ま~、この話はええわ。ところで浅野君は西条で一人暮らしじゃろ。わしと同じようにその玉葱を分けてやれや」
「そうじゃのう」と、持ってきた玉葱をスーパーの袋へ一杯に入れて手渡してくれた。
「こんなにたくさん入れてもらい、ありがとうございます」
「今度はじゃが芋を持ってきたるけぇ」と、B崎先輩は笑いながら軽トラで走り去っていった。
西条って、のどかで良い所やな…
2‐8おばば
さらに9番は不吉な番号であるが、八本松北は9系統であり、まさにその番号通りに、危険なコースである。
早朝に出庫し、小学生を「笹」から乗せて、途中の「川上小学校」で降ろすのが日課で、まるでスクールバスのようである。
笹と275車内、八本松駅北(広島向き)、同(西条向き)
その後は八本松駅北へ向かい終点となる。八本松駅の北側に着いたとたんに、JRから降りてきた人達で長い列ができており、早くしろ!と運転席の前にいるサラリーマンや、OL達の視線が何本もあり、自分に 向かって、「グサッ!」と突き刺さってくる。
今から9時まではSャープへ向かう通勤客ばかりで、企業の送迎バスのようである。
八本松駅北はとにかく狭い。まずは乗客全員が降りたのを確認してバスをバックさせる。
この時にバスのバック誘導を、車掌のO川さんにしてもらい乗り場に付ける。
「おはようございます」と前から乗ってきた。
「調子はどうかな~」
「いや~、相変わらずにここはいつ来ても落ち着かないですよ」
「早く後ろの扉を開けないと困るで」
「ああ、まだ開けてませんでしたっけ」と自分は急いで操作の準備をする。
はあ~、心臓に悪い…
バスの扉を少しでも早く開けたくても、DAMコーダーに行き先の番号などをセットしないと、バスカードも読み取らんし、発券機も運賃表示機器類も動かない。
「えーっと、方向幕は13、DAMは418.00、往00、正0、4172」とメモを見ながら入力し、扉を開けたとたんに、せっかちな人が多く、みんなが一斉に乗ってくる。
これは出勤前だからしょうがないのか…?
しまった!
番号が一つずれていた。
4172ではなく、4182でないといけない…
こうなると、いちいち降りてもらう訳にもいかず…
八本松駅からSャープまでは人の乗り降りがないので、バスカードの人が降りる時に、運賃箱へ「230円」と、金額を気付かれないように「サッ」と直接打ち込む。
これで入口の機械に通したのと同様に、バスカードから「230円」が抜き取られる。
ただ、ほとんどの人がバスカードなので、手打ちが50人、60人になる時も…
「また間違えた…これはSャープ直通便やった」と、一日一回だけ直通便がある。
そこから急いで戻って、5分後の出発に備え、転回してすばやく扉を開ける。
「しまった、まだDAMがSャープ便のままだった」
このように、9系統は八本松駅北で転回する頃には、待っているお客様に圧倒されて、次の運行のセットすることを忘れてしまう悪循環便である。
まだ数人しか乗っていないので、特徴を記憶し、もう一回扉を閉じて、再セットする。何回かやり直している内に、今度は発券機の中でロール紙が詰まっちまった。
「車掌のO川さん、何とかして…」
「わしゃ、誘導だけじゃけぇのう…ロール紙の仕方は知らんのよ」
あ~もう…頼りにならん…
自分が悪いんやけど…
9時17分発でもう一周回り、回送で踏切を渡り、表(南)側に行き、9時53分の西条行き、方向幕17、DAM101.00、復08、逆8、1011となり車庫へ戻る。
西条プラザ
今日は昼間に約3時間の休憩があるので、腹は減ったが、弁当ばかりでは飽きてきたので、近くにある西条プラザへ食べに行く事にした。
ここは冷房が良く効いて、夏の日中でも涼しいから、自分の大のお気に入りの場所だ。
「そばを一つちょうだい」と、店のおばあさんに言い、300円を支払う。
「あいよ。卵も入れるか」
「いや、やめときます」と、自分は近くの自販機でお茶を買おうとする。
「200円でいいや」と、そばを置かれ、おばばから手渡しで百円玉を返された。
しかも卵も、油揚げも入っていた。
「これ何かの間違いですか」
「いいの、いいの。大判焼きも食うか」
「いや、今日は暑いんでいいです」
「じゃ、ソフトクリームを持って行きんさい」
おばば
「あたしゃ、毎日、毎日あんたのところの芸陽に乗って、ここまで通ってるんじゃきに。遠慮せずに持って行きんさい」と、アイスを差し出してくれる。
「これも、おみやげじゃ。みんなで食べ」と、断り切れずに大判焼きを5つもらった。
西条プラザからバスの営業所まで歩いて戻る。
「これ全部もらえました」と、1階の営業所にいる人達で分けた。
「ああ、あのおばばのう。わしゃよく知っちょるよ。いつもその調子じゃ」と食い始めた。
「今度、わしもお礼を言うとかないけんのう」
バスの運転手って、色んな付き合いができるもんだ…
15時まで休憩して、15時20分の八本松行き、回送で踏切を越えて、また八本松と笹を循環する。
16時に30分ほど休憩となり、O川さんとコーヒーを飲むか、駅前の食堂で、おやつ代わりにラーメンを食うのも捨てたものではない。
O川さんは磯松団地に住む、Mツダの保健婦さんと話すのも日課である。
その後に八本松の循環を9便走る。
こんなの毎日やっていたら、ノイローゼになってしまう。
笹循環便はO川さんのゆるキャラがあってこその路線である。
せめて八本松駅北側から、踏み切りまでの道路の拡張だけでも、早く進めて欲しい。
4‐4 サングラス
八本松から西条に向かう時は、自分と朝日(太陽)とはちょうど真向かいで運転することになり、眩しくて、眩しくて…辛い。
おまけに朝早くから起きて眠いので、サンバイザーを下ろしても目を開けてられない。
気合と根性で朝陽と格闘していたが、後輩も何人か入り、自分も先輩たちと同様に、グラサン(サングラス)デビューも良いかなと、営業所で出庫の始業点呼を受けていた。
「あ、K目さん」
「浅野君、何や格好つけて。サングラスを掛けていたら、お客様をバス停で見落とすで」
「朝や夕方は、陽射しが強く眩しくて目を開けてられないんですよ。だから事故防止にも役立つし、白内障の予防にも良いらしいですよ」
「は、白内障…?ほっとけ」
「それに、サングラスした運転手ではお客様にも印象が悪いけぇ」
今時、そんな話は聞いた事がないけど…
志和循環で八本松から西条を走っている時だった。あ、向かいからK目さんだ。
サングラスの事を言われないように、ちゃんとやろう…手をあげてスライド……
あ、K目さんもずっとこっち見ている。
ちょっと、上を見たような気がして…何か嫌な予感がした。
まさか、また自分は行き先表示を間違えてへんやろうな…、右のスイッチを確かめると、「28」で合っている。
あれ、こんなところにバス停…?
「人がいたかな…」しまった。本当に見落としてしまった…
西条の車庫に戻ると、しばらくしてK目さんが来た。
「さっき、あんたはバス停に人がいたのが分かったか。あの人はあんたのバスの方をじっと見てたで。普段なら回送以外は止まるはずじゃけぇ」
「あのお客様は幸いにも、後続の西条行きのバスに乗ってったけどな。あれがもし、西条行きやのうて、シャープに行くお客様やったらどうする」
「はい…」
「わしゃ人がいなくても、見え難い場所は毎回止まって、発車するようにしとるけぇ」
「はい、確かにバス停を見落としました。返す言葉もありません」
「あの時、ずっとこっちを見てませんでしたか」
「ああ、あれはのう、あんたがバスの行き先表示を、志和堀から西条駅行きにしてるかを確かめてたんじゃが、朝陽があんたのバスのフロントガラスに反射して眩しくて、おまけに年をとると白内障気味じゃし、よう見えんかったんじゃ」
「…浅野君、どうかしたんか?」
「いや~、何でもないです……」
「まぁ、あそこは病院の駐車場で、車が止まってると見えにくく、お客様を見落とす可能性が高いわな。今度からはもっと、も~っと、慎重に気を付けて運転をしんさい。じゃけぇサングラスは半年くらいはせん方がええんやないかな?」
ハハハ、やっぱり…そうきたか…
4‐5 パチンコ
「浅野さん、給与明細書じゃ」と渡された。
初任給を貰ったので、郵便局へ早速に行く。
ATMで振り込まれた額を確かめる。
自分の勤務は9日からであり、社会保険も引かれているので、まだ大した額ではないが、
「いや~、やっと初任給か」と感慨にふける。
この仕事での初任給を手にし、気持ちに余裕が出たのか、それとも人間なので、欲が出たのか、会社からの帰りにパチンコ屋へ寄ってみた。
パチンコは研究してないので、スロットをやるとすぐに当たりに入った。
突然の出来事で目押しができずに戸惑った。
「やったげるけぇ」と、隣の人が目押しをしてくれた。でも、この人は誰だっけ…?
「失礼ですが、あなたは会社の先輩でしたっけ」
「いや、いつも乗せてもらってるけぇ、これくらいはお安い御用じゃ」
「ああ、どうも、毎度ご乗車ありがとうございます」
「何や、あんた、わしの事を知ってたんけぇ」
「いえ、全然知りません」
「…さっき、いかにも知っとるような口調で言うてたじゃろ?」
「はあ、つい、癖で…ありがとうございますと…」
「ま~ええわ。また何時か乗せてもらうけぇ」と、誰かと思えば、うちのバスをいつも利用して頂いているお客様だった。
あと、バスの運転手は何処でも、顔をすぐに覚えられて、迂闊なことができないな…
でも町中の人が知り合いとなり、時にはこうして手助けをしてくれる。そんな暖かさも感じられるのが西条のまちの良さである。
4‐6 わがまま
K大東広島のバス停では夏休み中は乗降が少ない。
その近大のバス停で、すぐ後ろに高速バスがやってきた。
ここはロータリーになっており、11mと長い高速バスは停めにくい。
またこの間みたいに、邪魔になってもあれなので…
夏休み期間中でも、登校日なら止まるけど…
他のバス停から塾へ行く途中かも知れないので、止まらなくてゆっくり通過すると…
「すいません、ここで降りるんでした」
オイオイ…自分が降りたいのに、なぜボタンを押さない…
電車じゃあるまいし…
バスは時間調整等の理由もないのに、バス停で余計には止まってられないのよ…
最近の中・高校生はバスの乗り方を知らない子が多いのか、消極的なのか…
これは広島市内でも同じだ。と言うかもっとひどい。
例えば、信号待ちをしている時だ。
「ピンポ~ン」と、おばあさんが鳴らす。
「すいません、あの店に行きたいので、ここで降りたいんですけど」
バス停でもなく、こんなところで降りられる訳ないやん。タクシーじゃあるまいし…
それに、側道をすり抜けていく原付も多いし、もし自分がバス停以外で降ろして、お客様が事故で怪我でもしたら、その責任が運転手である自分にやってくる。
高齢者であっても最低限のルールは守って頂かないと…
「すいませんが、降りるのはバス停以外では無理なんですよ、それにお客様が怪我でもされたら大変ですし」と軽くオブラートに包む。
「いいから降ろして」と、次のバス停まで運転席の隣でずっと立っている。
「走行中は危険ですので、お座りください」と、アナウンスしてもずっと立っている。
こういう身勝手な人がいると、次のバス停へはいつも以上に、ゆっくりと付けざるを得ず、降りるのが結果的に遅くなってるんだけど…
これだから広島市内は走りたくないな~