座敷童の引っ越し(創作民話16)
吉右衛門は近在の村で一番の長者である。
代々、当主は吉右衛門の名を襲名するので、この吉右衛門も何代目かの当主であった。
吉右衛門の家が大いに栄えてきたのは、座敷童が住みついているからだといわれていた。童の笑い声や足音を聞いた者が、家人や屋敷で働く下男下女のなかに大勢いたのである。
ただ、座敷童の姿を見た者はいない。
そうしたおり。
吉右衛門は京の稲荷神社より稲荷神の神階をもらい受けて帰り、もとより我が家の敷地にあった稲荷の祠に祀った。
ことさら信心深い男だったのである。
朝夕かならず、吉右衛門は祠に油揚げとお神酒を供え、この稲荷神を一心に拝んだ。
するとある日。
まことの狐が屋敷に現れた。
吉右衛門は大いに喜び、この狐を家の守り神として飼った。
そんなある日。
吉右衛門は所用があって、隣村にいる弟の次郎左衛門のもとを訪ねた。そして用をすませ、帰宅の途についたのは夜も遅くであった。
村境まで帰ったときのこと。
月明かりだけの夜道で、吉右衛門は赤ら顔の童と行き合わせた。年のころは六、七歳とまだ幼く、そばには連れ添う大人もいない。
吉右衛門は不審に思い声をかけた。
「オマエ、一人でどこへ行くのじゃ?」
「次郎左衛門さまのところ」
「次郎左衛門はワシの弟だ。して、こんな夜分になんの用があるのじゃ?」
「狐が怖いので」
童は顔をプルプルと震わせてから、隣村に向かって足早に歩き去っていった。
「おかしなことを言う子だ」
吉右衛門はそう思ったが、それ以上は気にかけることもなく、童のうしろ姿を見送った。
そうしたことがあった、のち。
吉右衛門に不幸が重なり、やがて家は滅んで途絶えてしまった。またそれとは反対に、弟の次郎左衛門の家は大いに栄えていった。
今の次郎左衛門の家には何代目かの次郎左衛門が住んでおり、近在の村では一番の長者である。
座敷ではときおり、姿の見えぬ童の笑い声が聞こえるという。