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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
断章 地位向上編
99/122

92話『悪霊の住まう街:遭遇』

「さて、ここが今回の……パッと見、普通に穏やかで良い街だよな」


 馬車から降り、街に入ったアウラはそう零した。

 道端で遊ぶ子供たちの声や、世間話をする民間人の姿がそこにはあった。悪霊騒ぎで苦しめられているとは到底思えない、平和な光景が広がっていた。

 都市から離れた場所にある、長閑(のどか)な田舎町。

 静かさと平和が共存する、ありふれた街の姿がそこにあった。


 隣を歩く紺色の修道女──セシリアも、概ね似たような感想を抱いていたようで。


「教会から送られた書類によれば、この街の多くの人はソテル教の信徒らしいです。規模としては小さいですが、神の教えが根付く良い街ですね」


「とても悪霊に悩まされてるようには見えないな。いや、悪霊となると、夕暮れとか夜の方が活発になるのか?」


「セオリーではあります。ただ、人間に憑りついている場合、ただ潜み続けている可能性もありますから」


「一人一人に聞き込みをする……ってのはあまりにも効率が悪すぎるか。どうやって憑りつかれているヤツを炙り出すんだ?」


「この程度の規模の街なら、そういった騒ぎがあればすぐに情報が教会に届いているでしょう。憑りつかれた本人が自分から出向いている可能性も無くはないですから、まずはこの街の司祭なりに聞くのが手っ取り早いです」


 冷静に、状況を分析するセシリア。

 流石と言うべきか、こと悪霊絡みの事件の対処には手慣れている。


 二人は街の中を突き進み、中央部分にある教会へと向かった。

 赤いレンガの屋根が印象的な教会。

 アウラが以前に訪れた聖都エクレシアの大聖堂や、増築されたエリュシオンの教会に比べれば些か小さい。しかし、素朴な印象がこの上なく街と一体化していた。


 先にセシリアがドアを開き、アウラは深呼吸をしてから彼女に続く。

 礼拝の時間とは外れた時間だったので、中には司祭や修道女しかいない──二人はそう踏んでいたのだが。


「────お願いします!! 私の中にいるヤツを追い出して下さい!!」


 悲痛な叫びが、礼拝堂に木霊した。


「アレは……」


「どうやら、予想は当たってたみたいですね」


 二人の目に映ったのは、眼鏡を掛けた金髪の修道女の前に跪く、一人の青年だった。

 服装から見ても、この街の民間人であることは明らかだ。

 慌てふためていた様子の修道女は、法衣を着たセシリアを見るや否や、


「その法衣、もしかして貴方様は……!」


「ソテル教巡礼局所属の使徒、セシリアです。エリュシオンの教会から連絡は来ていると思うのですが」


「はい!! ええーと、そちらの御方は……?」


「彼は私のサポート役、まぁ助手みたいなものです」


 紹介を受け、セシリアの後ろで軽く会釈するアウラ。

 今は悠長に自己紹介をしている場合ではなく、セシリアはすぐに視線を戻し──跪く黒髪の青年を見据える。

 彼は得体の知れない恐怖心に精一杯抗いながら、訴えを続ける。


「シスター様……俺、最近おかしいんです!! 知らない間に家の中を滅茶苦茶にして、気が付けば墓地にいて……頭の中に知らない声がずっと響き続けているんです……背中にも知らない傷ができて……もう頭がおかしくなりそうなんだ……ッ!!」


「落ち着いて下さい。……すみませんシスター、早速で悪いのですが、教会のドアの鍵を閉めてもらっても良いですか?」


「は、はいっ!!」


 バタバタと玄関へと走り出す修道女。

 セシリアは男性の方を向いたまま、青年を一旦椅子に座らせる。


「アウラさんは彼の傍に。何が起きるか分からないので」


「了解」


「それと、貴方。名前を伺っても宜しいですか?」


「ルキウスです……正しくはルキウス・アガリア」


「ルキウスさん、確かに混乱しているでしょうが、一度深呼吸をして落ち着いて下さい。──私が対処しますので、言うことに大人しく従って下さい」


 冷静に、セシリアはルキウスに言い聞かせる。

 憑りついたモノを祓う為には、憑りつかれた側の人間の協力も必要。尤も、その気になれば一方的に作業を行うこともできるだろうが、そんな強硬手段を取るつもりは毛頭ない。


 教会の中にいるのは、アウラ、セシリア、ルキウス、修道女、司祭の5人のみ。

 セシリアはアウラとルキウスを残して、別室で待機するように指示する。


 ルキウスが落ち着いた所で、セシリアは懐から一枚のページの切れ端を取り出し、悪霊憑きの青年に持たせた。


「シスター様、これは一体」


「聖典のページです。これから儀式を始めますが、()()()()()()()は絶対に手放さないように」


「は、はい……っ!!」


「では、早速始めましょう。神の信徒として、私の質問に正直に答えてください」


 セシリアが、儀式の開始を宣言する。

 アウラも無言のまま、これから起こるであろう「異常」に備える。


 彼女の合図と共に、教会内に漂う雰囲気が一変する。

 訪れる者に安堵を与える場所から、悪霊を炙り出すための異端審問所となる。

 セシリアはソテル教のシンボル──竜の巻き付いた十字架の首飾りを首から下げ、座る彼に手を翳す。

 そして、


「────汝に問う。その身体は誰の物か」


「この身体は僕の……いや、神様の物です」


「────汝に問う。その心は誰の下にある」


「僕の心は、天にまします我らの父の下に」


 続けられる問答。

 聖典のページを握って両手を汲み、目を瞑ったまま、ルキウスはセシリアの問いに一つずつ答えていく。

 ソテル教を信じる者、神の信徒として正しい答えをつらつらと積み重ねている辺り、彼は心の底から主と預言者の教えを信じている。


(信仰告白、ってヤツか)


 その光景を見て、アウラはそんなことを思う。

 自分が正真正銘、神の信徒であることを、問答を通して再確認する。

 セシリアは神の僕として、確固たる信仰があるか否かを試す。対するルキウスは、言葉に出すことによってその信仰を確かなモノにする。


 魔術が「言葉」を以てカタチを与えるのに対し、信仰は「言葉」によって表される。


 教会内に、セシリアとルキウスの二人の声だけが反響する。


 だが────何度目かの問答で、遂に()()が生じた。 



「────汝に問う。()()()()()()



 少しの間を置いた、使徒の問い。

 主の敵、神に逆らうモノではないことの証明を以て、信仰告白は完成される。

 従来通り、信徒として正しい答えを述べれば全てが終わる。


 しかし、ルキウスはというと。


「僕、は……」


 言葉を、詰まらせていた。

 その額には汗が滲み、呼吸も少し荒くなっていた。


「……ルキウスさん?」


「僕は、神様の────ッ」


 答えが、喉から先に出て行かない。

 決して、自分の意志ではない。己の身体の自由が、何者かによって奪われていたのだ。

 証拠に、その手の中には、大切に握り締めていた聖典のページは無かった。


「うっ……────アァあ────!!」


「……セシリア、これって」


「少し時間がかかって焦りましたが、ようやく出てきましたね」


 突如として苦悶に顔を歪めるルキウス。

 その表情は本来のモノではなく、声色も低く変化していく。


 彼の裡に潜むモノが、宿主の意識を侵食していく。

 眼前で起きる異常に一切怯むことなく、セシリアは補足する。


「信仰を告白することは、神に属することを示します。この世に執着する悪霊……特に、神に逆らうモノどもにとってはこの上ない苦痛ですので、炙り出すのには一番手っ取り早いんです」


「ただ、どうする? このままじゃ、さっきの続きとはいかないぞ」


「祓うのは私の仕事。ですので、彼を抑え込んで頂ければ結構です。私であれば治療もできますので、多少手荒になっても構いません」


 少しずつ距離を取り、アウラとセシリアは言葉を交わす。

 温和な印象とは程遠く、豹変していくルキウス。


 挙動も常人のソレではなく、アウラが昔見た映画に登場する悪魔憑きによく似ていた。

 荒い呼吸に、だらりと垂らした両腕。

 黒目と白目が反転した異形の視線が、己を現世に引き摺りだした人間の姿を捉えている。


「……ニンゲン風情……が……ぁッ!!」


 低く、敵意に満ちた声が、涎を垂らす口から紡がれる。

 無理やり表に引きずり出された悪霊はルキウスの肉体を乗っ取り、人間の力のリミッターを外す。

 悪霊本来の力が、ルキウスという人間に上書きされていく。


 故に──ソレは、人ならざる御業すら可能にした。


「俺に……構うなァァァァァァァァァァァッッッ────!!」


 意識を霊に乗っ取られた男の叫びが、礼拝堂に響き渡る。 

 応じるように、アウラはその前に立ち、臨戦態勢に入る。


 怪物と化したルキウスを真の意味で救うべく、魔術師は力を振るう。

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