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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
断章 地位向上編
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87話『広がっていく噂話』

 高く聳え立つ山々の麓。

 緑に覆われた地は、自然な満ちた場所として今日も時を過ごす───そんなことはなく。

 静寂を切り裂くように、一つの声が木々の間を駆け抜けた。


「──アウラ、逃げ切れるか!?」


「……問題ない……ッ!!」


 一言で返答し、木々の間を疾駆する、銀髪の魔術師。

 彼を心配するような声が飛ぶが、その姿はどこにも見えない。

 当のアウラ本人は、声の主に一言返答し、自分の後方から迫り来るモノから逃げ続ける。


 アウラが出てきたのは、岩壁に空いた巨大な「洞穴」だった。

 続くように、そこから現れたのは────左右二つずつの眼を持つ、白い大蛇だった。

 人間など容易に呑み込むであろう体躯に、血走った赤い眼を持つ怪物。

 這いずるだけで地を抉る魔獣は、アウラ一人を標的に捉え、木々をなぎ倒しながら追っていく。


 少し遅れて、洞穴の暗闇の中から二人の男が姿を見せる。

 彼らは魔術で姿を隠していたのか、虚空から実体化するように現れた。


「なぁ、レノ。俺達はあの大蛇を叩き起こすだけで良いって言っていたが……本当に大丈夫か?」


「心配はいらないでしょう、ヴェントさん。アウラ君は位階こそ「天位(デュナミス)」ですが、間違いなく実力はもっと上。先日も巷を騒がせていたバジリスクを単身で討伐したとも言ってましたし」


「バジリスクって確か、鶏と蛇の合成獣みたいな魔獣だったよな。噂じゃ、見たモノを殺すとかいうとんでもないバケモノだった記憶があるが……それ、本気で言ってんのか?」


「ええ。……もっとも、アウラ君が討伐したのは、そのレベルの魔眼にまで到達していない個体みたいですけどね。以前、「天位」の階級の冒険者が数人で討伐に向かったみたいですが、その時は見事に敗走。うち一人は危うく死の淵を彷徨ったって話です」


 語り合うのは、二人の冒険者。

 一人は、大剣を背負い、甲冑を纏った赤い髪の剣士。まだ若々しく、ぱっと見は二十代後半といった出で立ちだ。

 もう片方は黒いローブを羽織った青年──以前、アウラがレストランで夕食を取っていた時に知り合った魔術師である。

 ヴェントとレノ。二人とも、第二階級である「天位」の冒険者である。


「っと……もうこれだけ離れてしまいましたか。ヴェントさん、走って追いつきましょう」


「あ、ああ。本当にヤツ一人に任せて良いのか……?」


「まだ疑ってるんですか? なら、一度見てみると良いですよ──彼の実力を」


 二人は走りながら、アウラと大蛇の後を追う。

 話で聞いただけで、ヴェントは未だにアウラの実力を信じられてはいない。


 今回の依頼は、エリュシオン近郊の集落周辺に棲みついた大蛇の討伐。

 大蛇の巣のある一帯では動物の数が著しく減少しており、餌が無くなって人里に降りるのを防ぐことを目的とした討伐依頼だ。

 元々はヴェントが仲間を募集していたが、そこにレノが加わり、さらにレノがアウラを誘い、討伐に出発して今に至る。


(アウラ……ここ数ヶ月で一気に台頭した魔術師だったか。カレンのヤツに師事してたとか、ガルマの野郎と一悶着あっただとか色々聞いちゃいるが、どうにも)


 ヴェントは未だ、アウラの力を訝しんでいる。

 彼とて、第二階級ではあるものの、冒険者としてのキャリアはアウラとレノの二人よりも長い。

 今まで何度か命の危険はあったが、ヴェントは持ち前の慎重さ故に悉くを生き延びてきた。

 その経験から、他者をあまり信用し過ぎず、常に最悪のケースを想定しながら行動している。


 故に、ヴェントは自分が見たモノしか信頼しない。

 過信や思い上がりを心の中から切り離して、依頼に臨んでいるのだ。


「その様子だと、まだ信じ切れてないみたいですね」


「……まぁ、な。万が一のことがあってからじゃ遅いだろ……っ!!」


 言って、ヴェントは一層強く地面を蹴り、大蛇の後に迫る。

 そんな彼を見て、レノはフッと笑う。

 さながら──数秒後、彼が驚きのあまり言葉を失うのを見透かしているかのように。




 ※※※※




(──さて、これだけ拓けた場所に出れば大丈夫かな)


 木々が生い茂るエリアを抜け、アウラは拓けた平地に出た。

 走っていた彼はそのまま振り向き、地面に手を付いて止まりながら、己を追跡してくる大蛇へと視線を向ける。

 初めての依頼でも、アウラが討ち取ったのは大蛇たる魔獣ナーガだった。

 同じ構図に何処か懐かしさを覚えたが──即座に思考を切り替える。


「アグラ────」


 小さく「強化」の魔術の詠唱をして、身を低くする。

 同時に、自分の内側に宿る神性──インドラの異能を表出させ、アウラは雷霆を迸らせた。

 平時でも、神の雷霆を引き出して使うことはできる。

 司教と対峙した時に比べれば、些か破壊力は劣る。だが──ただの魔獣を屠るには十分過ぎる代物だ。


(このサイズを一発で葬るなら、もう少し出力を上げた方が良いか……だったら)


 アウラの碧眼が、迫り来る大蛇を捉える。


「我が身は、雷霆の示現……!」


 今度は、力の籠った声で詠唱した。

 直後、アウラが纏う雷霆は激しさを増していき、彼は投擲するように、少し腕を引き絞った。

 握り締められていたのは、ヴァジュラではなく、雷霆を集束させて作り出した槍だ。

 あらゆる魔を屠る神雷を以て、彼は怪物を迎え撃つ。


 アウラが迎撃態勢を取ったと同時、大蛇は顎を大きく開き、とても蛇とは思えない驚異的な速度で距離を詰め、跳躍した。

 逃げ場を与えない、上方からの襲撃。

 たとえアウラが後方に飛び退いたとしても、大蛇はその舌の長さを活かして眼前の人間を捕えるだろう。


「──アウラ!!」


 追いついたヴェントが、声を挙げる。

 一か八か、間に合うことに賭けて跳躍し、一気に大蛇に接近する。

 そのまま剣の柄に手をかけ、引き抜こうとするが────直後、()()は炸裂した。


「爆ぜろ……っ!!」


 気合いの籠った声が響くと同時に、大蛇の身体を一筋の閃光が貫いた。


 アウラが投擲した雷霆は、分厚い外殻と筋肉を貫通しただけでなく、その体躯を内側から焼き尽くし、瞬く間に崩壊させていく。

 あらゆる障害を打ち砕き、魔性を滅する雷。

 より簡潔に言えば、魔獣に対し、デフォルトの状態で特攻──優位性が働くようなものだ。


 インドラが討ち果たした怪物のことを考えれば、とりわけ相手が蛇、あるいは竜に属するモノであるのならなおさら効果を発揮する。


「────」


 灰と化していく大蛇。

 その頭があったと思しき場所には、堂々たる佇まいのアウラが立っている。

 掌で未だに雷がバチバチと火花を散らしているが、彼はそんなことは意に介していない。寧ろ、呼吸を整えるように深呼吸をしてから、


「っし、ヴェントさん、終わりましたよ」


 と、軽く笑いながら言ってみせた。

 怪物を前にしても一切臆することなく、対峙から僅か数秒で勝負を付けた。

 正確に言えば、最早勝負にすらなっていない。大蛇は、狩る相手を間違えたのだ。

 よりにもよって、太古の時代に天地を覆うほどの蛇竜を屠った神の雷。その担い手を相手にしてしまったのだから。


 圧倒的とも言えるその力を目の当たりにし、ヴェントは少しの間唖然としていた。


「……マジか」


「ほら、噂は本当だったでしょう?」


「ああ、想像以上だよ。あのサイズの魔獣を一撃で葬るなんてな。あれだけの威力の魔術、一体どうやって身に付けたんだ?」


「そこは秘密ってことで。これでも、俺が前に戦ったナーガやバチカル派の連中に比べればマシってもんです」


 腰に手を当て、アウラは言ってのける。

 今のアウラであれば、不死のような異能持ちでもない限り、大抵の魔獣は単独で殲滅できる。

 カレンの指南によって磨き上げられた白兵戦と、中長距離に対処可能な雷霆。実力においても、第三階級以上の者と遜色ない域に至っている。


 ──アウラがバチカル派の司教を討伐してから、既にひと月が経過していた。


 しばらくはグランドマスターのシェムから直接依頼が来ることはなく、各々、戦いの傷を癒しつつ過ごしていた。

 そんな中でも、アウラは適度に休みつつ依頼に奔走していた。

 理由は簡単、次の階級──第三階級の「熾天(セラフ)」に昇格できるだけの「依頼の達成数」を稼ぐためだ。


 ギルドに行っては依頼を斡旋してもらい、即日達成して帰宅。

 少し休み、またギルドに行く──そんな日々の中、アウラは知人だったレノに依頼に誘われて今に至る。


「流石は「雷霆の代行者」って言われてるだけあるね。この程度は朝飯前ってワケだ」


「雷霆の、代行者……? 何それ、俺ってそんな風に言われてんの?」


「知らないのかい? 大神ゼウスの如き雷霆に、戦神トールを思わせる戦いぶり! 神の時代にいた雷神の再来みたいだって、みんな噂してるんだぞ?」


「ゼウスにトールって、んな大げさな……俺はただ、訳あって雷が使えるだけだよ。魔力の量だって平均、長期戦に持ち込まれたら誰が相手でもキツいさ」


「つまり、そうなる前に押し切るって寸法か」


「まぁ、そうなりますね。恥ずかしながら、瞬間火力しか取り柄がないもんで」


 冒険者の中で知れ渡っている自分の異名に、微妙な反応のアウラ。

 ゼウスもトールも、系統としてはアウラの権能の本来の主たるインドラに近しい神である。

 いずれの神も天空と雷を司り、時に全能とまで謳われた。

 そしてインドラが悪竜ヴリトラを討伐したように、ゼウスはあらゆる怪物の祖にして肩から百の竜を生やす巨神テュポエウス、トールは水底で大地を取り囲む大蛇ヨルムンガンドを打倒した「竜殺しの神」でもあるのだから。


 自分の通り名を初めて聞いた彼は、ふと思い出したように、


「ちょっと待てよ……最近やたら冒険者たちが俺を依頼に誘って来るのって、もしかしてそのせいか?」


「普通に考えればそうだろうね。というか、本人の耳に届いてなかったことに驚きだよ。君、少し鈍感すぎないかい?」


「うっ……だって、俺みたいな第二階級になりたての魔術師に二つ名があるとか、普通思わないだろ」


「二つ名があるってことは、それだけお前さんの実力が認められてることの証拠だ。俺らのギルドならカレン、少し前までいたレイズのヤツなんかは異名持ちだったな」


「レイズ・オファニム……「幽冥の魔術師」だっけ」


「アウラ君も知ってたのか。彼女は少し前まで僕らのギルドの主力だった人でね。エリュシオン近郊で大量発生した百を超える魔獣を単独で殲滅した、なんて話があるよ」


「百を超える魔獣を、単騎で……」


 レノが語る、レイズ・オファニムという魔術師の実力。

 彼女──レイズは、アウラにとっては非常に身近な人間だ。

 借りている家の大家であり、同時に魔術師としての先輩にあたる人物だった。

 現在、レイズは一時的に冒険者稼業を引退している。

 それ故、彼女の魔術師としての力量は全く知らない。強いて言えば、ただ第三階級の「熾天(セラフ)」だったという情報だけ、アウラは知っていた。


(カレンやロアさんと階級は同じ。だけど、確かに頭一つ抜けてるんだな……)


「確かに彼女も十分に規格外だったけと、今や君はそんな人たちと同じような存在になったんだ。いくら一人前の「天位」でも、少しは自覚を持ってもらわないと。ヴェントさんもそう思いますよね?」


「ギルドの主力、ましてや四大ギルドの一角ともなれば、言わば「顔役」でもあるからな。それ相応の覚悟はしてもらいたいってのが、一般冒険者の正直なところだ」


「主力、か……」


 レノの言葉に耳を傾けるアウラ。

 現状、エリュシオンのギルドは以前までと比べ、戦力は落ちている。

 最高位の魔術師にして、猛者が集う「アルカナ」の第一位──ラグナ・ヴォーダイン。

 第三階級の「熾天」の中でも上澄みに属する魔術師──レイズ・オファニム。


 この二者が抜けたことによる戦力ダウンは著しいが、それを嘆く暇はない。

 今、主力と言える人材──カレンやクロノ、アウラなどの面々がその穴をカバーするしかないのだ。


「分かった。俺ができる限りだけど、主力に相応しい活躍ができるように努力してみるよ」


 レノや他の冒険者たちがアウラに注目しているのは、期待の表れとも言える。

 一般的な「天位」の階級とはいえ、他の冒険者に実力が認められている以上は主力としての自覚を持たねばならないのだ。


「よし! アウラ本人も気持ちを切り替えたところで、これからも色々と付き合ってもらおうかな」


「え? これで依頼終わったんじゃないのか?」


「生憎、俺も昇格の為に依頼の達成数を稼いでおきたいんでな。それにお前がいれば、高難易度の依頼でも心強い」


「一応、これから受ける予定の依頼をメモしたのがこれ」


「なになに……湿地帯に棲みついた多頭の竜種の討伐に、最近発見された迷宮の探索任務。それから、古代の遺跡の調査に先立つ危険な魔獣の掃討──なるほど。レノお前、最初からこのつもりで誘ったな?」


「あはは、バレたかい?」


「流石にそこに気付かないほど鈍感じゃないよ、俺は。……でもまぁ、乗りかかった船だし、とことん付き合うさ」


 溜息をつき、諦めた様子のアウラ。

 彼とて、依頼の達成数が必要なことには変わりない。要である白兵戦の感覚を鈍らせない為にも、依頼に出る方が有益だ。


 断る理由のないアウラは、そのままレノ、ヴェントらと共に一度ギルドに戻り、僅か3日のうちに予定していた依頼を全てこなしたのだった。

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