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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
第三章 階級昇格編
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閑話『念願の』

「流石に大変だったろうし、しばらくは遠慮せずに休んでくれて構わないよ」


 エリュシオンのギルド──「アトラス」の執務室。

 そこには、紅茶を振る舞うグランドマスターのシェムと、ソファーに座るアウラ、カレン、クロノの姿があった。

 丁度、三人はシェムへの報告を終えたばかり。

 雑談も交えて少しお茶をしていたが、それにも一区切りついた様子だった。  


「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいますね」


「ああ、クロノ君は療養に専念するように。何せ、一度死の淵を彷徨ったみたいだし……カレンも、しっかり身体を休めてくれ」


「言われなくても分かってるわよ。定例会議も控えてることだし、体調には気を遣えって言いたいんでしょ」


「自覚があるみたいで良かったよ。──それじゃ皆、解散してくれ。本当にお疲れ様」


 シェムが言うと、三人はソファーから立ち上がり、執務室を後にしようとする。

 カレンやクロノに続き、アウラが外に出ようとしたが──、


「あ、忘れてた。すまない、アウラ君は少しだけ残ってくれるかな?」


「え、俺ですか?」


「そう時間を取るようなものじゃないさ。少し、君に伝えなきゃならないことがあってね」


「はあ……分かりました」


「それじゃアウラ、私達は先に失礼するわね」


「あぁ、また後でな」


 カレンは手を振り、クロノは軽く会釈して執務室を出た。

 対して、アウラは踵を返して再びソファーに座る。


「……で、話ってなんです? まさか依頼でもふっかけて来るんじゃ……」


「なに、流石にそんなことはしないさ。君だって、司教と戦って消耗してるんだろうし。でも不思議だね」


「何がです?」


「いや、バチカル派の司教が相手なら、()()だって使った筈だろうに。以前はそれで数日寝込んでいたって聞いたから、随分ピンピンしてるなって思ってさ」


「いや、まぁ……え? シェムさん、俺の身体のこと、知ってたんですか?」


「僕は四大ギルド「アトラス」を率いるグランドマスターだよ? 部下のことを把握していないわけがないだろうに」


 片手を振り、自信満々な様子のシェム。

 ギルドを率いる人間である以上、自身の陣営の戦力、能力に関する情報は大方仕入れている。


「人でありながら、神の権能を振るうモノ。君が「偽神」と呼ばれる存在だというのは、エクレシアの一件から検討はついていたからね。それに、君が最近好んで使っているという雷の魔術も、権能の断片のようなものなんだろう?」


「うっ、全部バレてる……」


「うんうん、良いね。ラグナやレイズ君がいない状態で定例会を迎えるのは少し不安だったが、戦力は十分。ギルド対抗戦でも期待してるよ」


「対抗戦って、俺もう出るの確定なんですか?」


「勿論じゃないか。逆に、君以外に誰がいるっていうんだい。対抗戦の形式は年によって違うが、他のギルドの代表と真っ向から戦うんだし、君ぐらいのインパクトがあれば、主力が抜けていても問題ないアピールにもなる」


「確か、前までラグナって人とレイズさんが主力だったんでしたっけ。最高位の「神位」はともかく、レイズさんの方は「熾天」の上澄みだったみたいだし、以前に比べて見劣りするのは仕方ないか……」


「おや、レイズ君のこと知ってたのか」


「実は、今住んでいる家の大家だったんですよ。今は実家で暮らしてるみたいです」


「そうか。まぁ、彼女は現役の頃、家族を養う為に必死に奔走してたからね……元気そうなら良かったよ──って、君を呼び止めた理由はこんなことを話す為じゃないんだった」


 言うと、シェムはコホン、と軽く咳払いをする。

 今までは穏やかな、雑談でもするような柔らかい雰囲気を纏っていたが──咳払い一つで、何処か威厳のあるような雰囲気に変わった。

 眼差しも真剣なものになり、場の空気が一転する。


「さて、君がエリュシオンに来てから数ヶ月が経った。こなした依頼の数は少ないが、エクレシア王国ではバチカル派の第一位を退け、更には十三位を討伐せしめた。これは君の実力の証左に等しい」


「────」


 ゴクリと、アウラも生唾を飲み込む。

 部屋に、緊張感が走る。


「故に、私の面子的にも、流石に最低位の「原位(アルケ)」のままでいさせるワケにもいかなくてね。率直に言うと、だね────」


 前置きを言い終えると、シェムはアウラの方を指差した。

 当のアウラも、話の流れから、次に何が告げられるかは大方予想していた。

 心の中で、期待が膨らんでいく。


 長らく最低位の階級に甘んじていたが、実際の実力は上位の階級と何ら遜色ない域に至っている。

 その乖離が、長らくアウラの中に焦りのようなものを生んでいたのだ。

 だが──その問題は、この場で遂に解決されることになる。



「これら二つの功績を踏まえて、特例として────魔術師アウラを、シェム・フォランゲルの名の下に、第二階級の「天位(デュナミス)」の階級に昇格させる」



「────」


 アウラは僅かに目を剥き、心臓が一際大きく鼓動する。

 シェムが告げたのは、昇格。 

 本来であれば、依頼を数こなし、その活動と実力が認められて初めて昇級できるもの。しかし、アウラの場合はそうではない。

 依頼数が少ないにも関わらず、ギルドの長直々に実力を認められて昇級することになった。


 紛うことなき特例。

 完全に、グランドマスター──シェム・フォランゲルの裁量によって、第二階級の地位を手に入れた。


「……ありがとう、ございます」


「ん、嬉しくないのかい? 前に昇格を見送った時は随分残念そうだったから、全身で喜びを表現すると思ってたんだけど」


「嬉しくないワケじゃないですよ。寧ろ、安心したというか……ようやくクロノやカレンと足並みを揃えられるなって」


「一応言っておくと、司教を相手に善戦したクロノ君の活躍も加味した上で、だ。だから、彼女を「熾天(セラフ)」の階級に上げることも検討中だよ。もっとも、本来ならとっくに昇格させてるとこなんだけどね」


「すぐに昇格させないんですか? 俺が言うのも難ですけど、クロノのポテンシャルは俺やカレンよりも上だと思いますよ」


 腕を組み、不満げにアウラは言う。

 魔術の秘奥たる神言魔術。アウラのような偽神とは違った方法で、神の権能に手を伸ばす秘儀を、クロノは体得している。

 加えて、ルーン魔術による手数の豊富さや咄嗟の判断力など、魔術師としてこの上なく優れている。

 間違いなく、彼女は全ての第二階級の魔術師の中でもトップに位置し、下手な「熾天」の冒険者を凌駕する実力者だ。


「勿論知っているさ。ただ、特例での昇格を認めるのは実は一度じゃないんだ。……正直に言うと、ラグナ君を最高位の「神位(アレフ)」に任命したのは私でね。結果的に本人がバケモノ染みてたから他のグランドマスターも目を瞑ってくれたけど、えらく反感を買ってしまったんだよ」


「あー、成る程……確かに、グランドマスターともあろう者が自分の裁量でポンポン昇級させてれば、他のギルドマスターはおろか、在籍する冒険者からの信頼も失いかねないか」


「そういうこと。さっきも言ったけど、私にもグランドマスターとしての面子ってもんがあるからね。アトラスが管轄している小規模ギルドの人間に余計な心配をさせるのもアレだしね」


「ってことは、今回の昇格は職権の乱用……ってことですか!?」


「普通に考えればそうなるね。でも、他の冒険者からも実力は認められてるし、問題は無いだろうさ。勿論、管轄下のギルドマスターや四大ギルドの連中への言い訳は考えてあるから安心してよ」


 驚愕するアウラに構わず、シェムは自分のペースで話し続ける。

 アウラの昇級は、ただ彼の独断という訳では無い。

 クロノやカレンを含め、エリュシオンに在籍する冒険者の納得を得られると踏んだ上で決定したものだった。


「とはいえ、君は晴れて「天位」の冒険者、一人前の魔術師になれたんだ。カレン共々、期待しているよ」


「言われなくても、そんなのは分かってますよ。シェムさんの顔を潰すような真似もしやしませんって」


「他のグランドマスターの連中にも、ウチはまだまだやれるってのを知らしめてやりたいからね。どうか頼むよ。──それじゃ、これで話は終わりだ。引き留めて悪かったね」


 シェムが言うと、アウラは応じるように軽く笑い、会釈をして執務室を後にする。

 これで、部屋の中にはシェム一人。

 その表情はどこか安堵したようでいて──何かを企んでいるかのような、そんな笑みを浮かべていた。




※※※※




 ギルドの一階では、普段と変わらず、冒険者たちが行き交っていた。

 受付では数人の職人たちが忙しなく働き、話し声が止むことはない。

  

「────お」


 何かを見つけたような、声が零れる。

 その声の主は、白いメッシュの入った淡い藍色のショートヘアに、狼を彷彿とされる耳と尻尾を備えた少女──獣人のナルである。

 丁度休憩から戻って来たのか、玄関から入ってカウンターに戻る途中だった。

 その琥珀色の瞳が捕えていたのは、上の階へと繋がる階段から降りて来た銀髪の青年。


 青年は少し俯きながら、丁度ナルとすれ違うように歩いていた。

 彼女は声を掛けようと、さっそうと歩を早めて、


「あ、アウラじゃないか! さっき街の方でカレン達と会ったよ~!」


 と、駆け寄る。

 しかし、アウラは未だ俯いたまま。


「……アウ……ラ? どうしたんだい? 随分と元気がないみたいだけ────」


 無言の彼を心配するように、顔を覗き込もうとするナル。

 だが、それは杞憂に終わる。

 その直後────、



「────っしゃああああああああああああああああッッ!!!!!!!!」



 イナバウアーもかくやというレベルで上体を反らし、歓喜の叫びを爆発させた。

 その音圧はギルド中に響き渡り、騒然としていた周囲一帯は水をうったように静まり返った。

 


 事態を呑み込めず、ポカンとするナル。

 シェムの前では喜びを抑えていたが、やはり我慢し切れなかったアウラであった。

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