86話『先客』
活気に満ちた大通り。女神の像が安置された噴水。
街全体が生きているかのような一体感は、彼らにとっては見慣れたものだ。
拠点である都市エリュシオンに戻り、通りを歩くアウラたち一行の姿。
既に、エドム王国の冒険者のロアやミズハたちとは別れている。
──『今度の定例会で会ったら宜しく頼むよ。今回のことは俺の口からエイルにも伝えとくさ』
──『どうかお身体には気を付けて。機会があれば、是非手合わせもお願いしますね。特にカレン殿には色々とご教授頂きたいので……!!』
二人は一時の別れを惜しむような素振りは見せず、再会を楽しみにして去っていった。
エリュシオンとエドム王国は山を挟んで隣に位置する。故に、会おうと思えばいつでも会いに行ける距離でもあるのだ。
加えて四大ギルドの主力同士となれば、今後も顔を合わせることになる。
帰還を報告すべく、談笑しつつ自分たちの在籍するギルド──「アトラス」へと向かっていた。
「軽い依頼のつもりだったけど、随分と大事になっちまったなぁ。そういえば使徒の人が、今回の事件にガルマが関わってたことは公にはしないようにするってさ」
「追放されたとはいえ、元冒険者がバチカル派と繋がってたなんて話はギルドそのものの信用に関わりますからね。もし広まりでもしたらあらぬ噂が流れそうですし」
「今回のことはシェムさんの耳にも届いているだろうし、今後の情報の扱い方についてはあの人に任せるのが一番かもしれないわね」
歩きながら、三人はそんなやり取りを繰り広げる。
本人は既に死亡しているといっても、元々はエリュシオンのギルドに在籍していた冒険者がバチカル派の人間と関わりを持っていたのだ。
その事実だけでも、他のギルドの人間が不信感を抱くには十分。
故に、信用できる人間の間でのみ共有する。
グランドマスターであるシェム自身が信頼のおける人材にのみ、だ。
「大っぴらには言えませんからね。多分ですが、定例会議の時まで徹底的に伏せておくつもりでしょう」
「定例会議って、四大ギルドの主力が一同に介するっていう、例の?」
「そう。ただのギルドマスターじゃない……その更に上に立つグランドマスターが集い、近況報告を行う一大イベントよ。実力者同士の対抗戦も併せて開催するし、殆どお祭りみたいなものね」
「前回はカレンが参加してたんだったか。俺とクロノは殆ど内定みたいな感じってロアさんも言ってたし……え、俺達三人だけ?」
「どうなんでしょうね。他の冒険者を抜擢するかもしれないし、あの人ならこの三人だけで行く可能性も全然ありえるわね。主力が他にいないんだもの」
「たった三人か。あーでも、エドムも現状だとエイルさんとロア、それからミズハの三人が主力っぽいし、おかしくはないか。確か、カレンが参加した時も三人だったんだろ」
「えぇ、私とラグナさん、それからエイルさんって魔術師の三人で出場したわ。お陰様で、対抗戦は私たちの圧勝だったわ」
「そりゃお前、大神オーディンの槍なんて代物を持ってる上にアルカナの一人。んで最高位の「神位」でバチカル派の司教を単騎で倒す魔術師なんて、規格外にも程があるだろうよ」
「ちなみに言っておくと、ラグナさんはアルカナの第一位ですよ」
「第一位ってことは、エイルさんとかゼデクよりも上ってことか? もうその人一人で良いような……」
サラッと明かされた情報に、アウラは呆れ気味に返す。
ただ存在するだけで厄災と化す魔獣や、バチカル派の司教。そういった脅威に対応できる十名ほどの精鋭──それが「アルカナ」だ。
アウラが今まで出会ってきた中であれば、「剣帝」の異名を取るエイル、エクレシア王国の騎士団長のゼデクが名を連ねている。
しかし、彼らをも凌駕するのが、エリュシオンのギルドに在籍している魔術師──ラグナ・ヴォーダインであった。
「いくら最高位の魔術師とはいえ、最上位に位置する司教を相手するには手こずるだろうし、そういうことにもいかないわよ。……はぁ、全く連絡寄越さない癖に、ふらりと現れてはバチカル派の魔人やら高位の魔獣を殲滅して去っていくとか、もはや天災みたいなものじゃない」
「あながち間違ってないですよ、カレンさん」
顔に手を当てて俯くカレンと、苦笑しつつ肯定するクロノ。
一度手合わせした者と、師事していた者。二人の彼に対する印象は凡そ同じものだった。
「天災」と形容されるほどの人物。
この顔ぶれの中で、アウラは唯一まだ出会っていない。故に、人から聞いた話だけで、最強の魔術師に対する印象が形成されている。
それは、不愛想で口数が少なく、淡々と獲物を狩る魔術師。
一切の容赦なく、敵と認識した者の命を無慈悲に刈り取る戦の神のようなものだった。
(俺の中でのイメージが、もはやただのバケモノに成り果ててるな……油断しない辺り、アラストルより質が悪い……)
アウラが今まで刃を交えた相手の中で最も強かったのは、間違いなく司教序列第一位のヴォグ・アラストルだ。
ただ、エクレシアで交戦した時には土壇場での神化の行使に加え、権能を最大出力で解放し続けた為に肉薄できたと言える。
全ての司教の頂点に立つ男と、全ての冒険者の頂点に立つ男。
双方とも人を軽く凌駕していることには変わりない。
「でも、基本的には良い人ですよ。ちょっと口数が少なかったり、教え方が結構アレなところを除けば」
「クロノが言うと説得力が凄いな……折角だし、依頼の報告ついでにシェムさんにも聞いてみるか」
「ついでに、昇級の査定もしてもらっときなさいな。具体的な依頼の数とかも教えてもらえば予定も立てやすいでしょうし」
アウラはギルドの上階、グランドマスターの執務室であろう窓を見つめて呟く。
動向について知っている可能性があるとすれば、ギルドの長であるシェムが最も可能性が高いのだ。
最低位の「原位」から第二階級の「天位」に上がるまでに必要な依頼の数なども、グランドマスターなら把握しているだろう。
疲れを感じつつも、アウラ達はギルドの玄関を通り、執務室へと向かっていく。
※※※※
少し遡って、アウラ達がエリュシオンに到着した頃。
エリュシオンの景色を見渡せるほどの高さにある部屋。四大ギルドの一つ──「アトラス」の執務室で、ゆったりした民族衣装のような装いの男の姿があった。
腰まで伸ばした薄緑の髪に、金色の瞳を持つ、このギルドのグランドマスター。──シェム・フォランゲル。
彼は自分の机の椅子に身体を預け、足を組んで黙々と読書に勤しんでいたが、
「最低位とはいえ、代替わりをしたバチカル派の司教を討伐。エクレシアでの件でも十分な戦果だけど、想像以上の活躍だね」
独り言のように、シェムは呟く。
嬉しさが滲み出たような、アウラ達の活躍に期待を込めた、心の底からの言葉だった。
そして、
「──ヴェヘイア・ベーリット、冥界の魔神モレクの化身だろう。あの程度を相手に手こずっているようなら、他の司教どもと渡り合うのは無理な話だ」
重く、冷静な男の声が、シェムに返った。
一地域に君臨した冥界と豊穣の神を「あの程度」と吐き捨てただけでなく、激闘を乗り越えたアウラ一行に対しては些か厳しい口調だった。
声の主は、ややボロボロの、使い古された黒いローブを羽織った若い男だった。
ロクに手入れしていないような黒髪に、灰色の瞳。右目に縦に付けられた傷は、見る者を威圧するような雰囲気を放っている。
男は壁に凭れ、腕を組みながらシェムの話を聞いていた。
「相変わらず手厳しいね、君は。折角後輩や弟子が活躍したんだ、少しは褒めてやるってのが先達としての役目ってもんじゃないかい?」
「一喜一憂している暇はないだろう。まだ仕留めるべき司教もいるし、戦力としてはまだまだ足りん……少なくとも、俺や教会の使徒が屠った旧代の司教よりも、今残っている連中の方が圧倒的に厄介だ」
「今の司教は、君でさえ手こずるのかい?」
「お前こそ、残る司教全員を俺一人が対処できるとでも思ってるのか。随分と楽観的だな」
「そうカッカしないで、冗談だよ。そういう慎重さが、君をこれまで生かして来たんだろうしね。……でもまぁ、君でさえ手に負えない輩がいるのは、ちょっと考えどころだね」
顎に手を当てるシェム。
軽口を叩く辺り、彼が話している相手とはそれなりに付き合いが長いのだろう。
「でも、アトラスの皆も伸びしろは十分だよ。アウラ君やクロノ君は勿論、カレンだって、バチカル派の連中にとっては十分なジョーカーにもなりうる。もっとも、あの子が自分の過去と向き合う前提の話だけどね」
「アルティミウス一人に背負わせるには、少々荷が重いようにも思うがな」
「いやいや、彼女は強いよ。それに一人じゃない、心から背中を預けられる仲間だっているんだ。もしその時が来ても、あの子は選択を誤るようなことはしないと思うよ」
「……」
口角を上げて、シェムは男に言い返した。
部下からの扱いは散々だが、彼自身はアウラ達のことを心の底から信頼している。
男は灰色の瞳でシェムを暫く見つめ、数秒の沈黙がその場に訪れる。
すると、彼は突如として腕を解き、執務室のドアの方へと歩き出した。
「なんだ、そろそろ期待の後輩たちも戻ってくるのにもう行くのかい? 挨拶も無しに?」
「アウラとかいう偽神とはいずれ会うことになるだろうし、レザーラやアルティミウスが健在なら、俺一人いなくとも問題ないだろう。定例会議も出るつもりはない」
「……ま、大方予想はしていたけどさ。仕方ない、他のグランドマスターたちには欠席って伝えておくよ」
「ああ、頼む」
一言、そう返して、男は退室した。
執務室に一人残されたシェムは、少し呆れたように息を吐いて、
「彼が定例会に出ないってことなら、こっちも人員を考えなきゃだ……全く、仕事を増やしてくれるなぁ」
机の上に置かれた、一枚の封筒に手を伸ばす。
宛先に書かれていた名前は──「ラグナ・ヴォーダイン」。
最高位の魔術師にして、猛者が名を連ねる「アルカナ」の第一位の座に君臨するモノ。
バチカル派の司教を単身で屠る怪物が、つい先刻までギルドに帰って来ていた。
彼の名が書かれた封筒を、シェムはくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げる。
「さて、アウラ君たちが来るまで、掃除でもするかな」
続けて、軽く伸びをしてから、シェムは張り切ったように部屋の清掃に取り掛かるのだった。
遅くなりましたが3章完結です
ここからしばらくは日常回寄りの話になるかもしれません。本格参戦はまだ先ですが、最高位の魔術師兼クロノの師匠の「彼」が書けたので満足です。
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