85話『依頼の後始末』
「……なるほど。こういった経緯であなたたち二人が司教と会敵し、討ち果たしたと」
応接室と思しき一室。
アウラが途中で立ち寄った街、イェレドのギルド施設の一室に数人の姿があった。
木のテーブルを挟んでソファーに座っていたのは、丈の長い法衣を纏った修道女と思しき人物。そして、アウラとクロノの二人だった。
一行は無事に当初の目的である盗賊を捕縛した。
同時に、イレギュラーであったバチカル派の司教を退け、これを討伐した。
二人が未だにイェレドのギルドにいるのは、その事後処理が理由だ。
一連の経緯に加え、ソテル教会の人間と情報を共有しておくためだった。
手元の用紙に聞き出した情報を記録する金髪碧眼の修道女──「使徒」の女性は、一呼吸置いてから、
「我らがエクレシアでの一件に引き続き、バチカル派の掃討に動いてくれたこと、心より感謝します。……全く、異端の掃討が使徒の役目だというのに、助けて頂いてばかりですね」
「王都で司教相手に暴れた俺がターゲットにされてた訳だし、今回は仕方ないですよ。遅かれ早かれやり合うことにはなってたでしょうから。それより、他の司教たちの動向は?」
「残念ながら、最近討伐された十二位と、第七位。それから、あなたたち二人が交戦した十三位以外の情報は入って来ていません。ですが、単に末端まで情報が届いていない可能性もあるので、ロギアさんのような機関長直属の使徒なら知っているかもしれませんね」
使徒の女性は申し訳なさげに、こめかみに手を当てる。
その返答の中で、サラッとアウラ達の知人の名前が出て来たのを、クロノは聞き逃さなかった。
「ロギアさんが、機関長直属……?」
「ええ。彼は使徒を率いる長──グレゴリウス機関長の直接的な部下のような立場にいます。それ故、重要な任務に就くことが多いので、一介の使徒よりも多くの情報は知っている筈ですよ」
「使徒の中でも相当な手練れだし、やたら司教の名前と異能に詳しいって思ってたけど、まさかそんな重役だったのか」
「あの人はああ見えて、全ての使徒の中でもトップに位置する異端狩りですから」
真剣な表情を少し崩して、修道女はアウラの言葉を肯定した。
一行が最初に出会った使徒、ロギア・エルアザル。
エクレシアでのバチカル派襲撃の折、窮地のアウラの助力に駆け付けたロギアは全くの無傷であった。象形文字のようなものが刻まれた鉾を携え、彼は一人で王都に侵入した邪教徒を殲滅していたのだ。
「……言われてみれば、あの時にメラムとかいう司教が乱入してこなかったら、そのまま第一位を相手取る気だったな。魔神の核についても知ってたし、それなら納得がいく」
「ソテル教会、ひいてはエクレシア王国全体で見ても、ロギアさんはかなりの戦力ですよ。騎士団はおろか、使徒の中でもアレと渡り合える人間は多くありません。何度も司教と交戦してるみたいですし、率直に言ってバケモノです」
「そういや、魔人だった盗賊の長を不意打ちで制圧したとか言ってたしな……」
苦笑気味なアウラの反応。
ミズハとロアを追い詰めた魔人を無傷で無力化し、核を破壊したという話をアウラは以前に聞いていた。
ヴェヘイアのような司教ではないとはいえ、古き魔神の力を手繰る怪物を相手を圧倒したのだ。
ロギアという男が使徒の中でも指折りの実力者であることは明確である。
修道女が記録を今一度読み返し、漏れがないことを確認すると、
「討伐された司教の名前、彼から仕入れた教団の情報。……よし、必要な情報は大体聞き終えましたね。疲れている中、ご協力に感謝します。ロギアさんの方にも宜しくお伝えください」
「こちらこそ、わざわざ来て頂いてありがとうございました」
修道女の言葉に、クロノが会釈と共に返す。
自分の仕事を終えた使徒は静かに立ち上がり、応接室から出ていく。
僅かの沈黙の後、アウラは大きく息を吐いて
「やっっっっと終わった……思ったより色々聞かれたし、やっぱ座りっぱなしは堪えるな……」
「司教と戦ったんですから、しょうがないですよ。でも、疲れたのは同感です」
ソファーから立ち上がって伸びをするアウラとクロノ。
──イェレドの街に戻ってから、既に数日が経過していた。
帰還後には、アウラはカレンと共に捕縛した盗賊たちの連行を指揮し、街のギルドへの報告を行った。
それが終わっても、裏でバチカル派が一枚噛んでいた為、ソテル教の人間との情報共有が立て続けに行われたのだ。
街の宿に泊まって睡眠は取ったとはいえ、アウラらエリュシオン組やロア達エドム組の疲れは取れていない。
ロアに限って言えば、盗賊の長だった魔人──ヨベルとの戦いの中で負傷している。動けるものの、すぐに依頼に出れるという状況ではなかったのだ。
たった数日とはいえ、疲労度で言えば十分過ぎる。
二人は応接室を出て階段を下り、ギルドの一階にある集会場へと戻る。
というのも、人を待たせていたのだ。
ギルドに入ってすぐのカウンター付近にいたのは──、
「おや、お二人とも終わったようですね」
「すみません、お待たせしました」
黒髪に白装束、腰に差した極東の刀剣。
穏やかな笑顔でアウラ達を出迎えたのは、一足先にギルドに戻っていた助っ人──ミズハだった。
その背後では、同じくエドムからの助っ人の魔術師ロアがカレンと談笑していたのが目に映った。
「一先ずは全員五体満足で生還、ましてや邪教の魔人を討ち取ったとなれば十分な戦果でしょう。怪我の方はもう問題ないので?」
「クロノもすっかり元気だし、大丈夫だろ。そういうミズハの方はどうなんだ?」
「私どもの方も特に。強いて言えばロア殿が戦いの中で負傷しましたが、致命傷という訳でもありませんので心配なさらず」
「聞いたけど、ミズハ達が戦った盗賊の長も魔人だったんだろ。よくロギアが来るまで持ち堪えられたな」
「これでもエドムのギルドのグランドマスターから派遣されたんです。相手が魔性の力を手繰ろうとも、真っ向から渡り合う術は持っています」
「やっぱり、主力には一つ抜きん出たものがあるっていうのは何処のギルドも一緒ですね」
率直な感想を口にするクロノ。
一つのギルドの顔役とも言えるのが、主力の人間である。
最高位の「神位」に属するラグナとエイルに加え、現在のエリュシオンには雷霆を手繰るアウラ、神言魔術の使い手のクロノ、魔剣使いのカレン。
エドムには高密度の魔力で編んだ糸を自在に操るロア──そして、神の残滓が宿る一刀を振るうミズハが籍を置いている。
ただの冒険者が決して持ちえない強みを、多くの者は持ち合わせているのだ。
「とは言っても、お前らに比べれば、俺は魔力を糸にするってだけで、だいぶ地味だがね」
「そんなことないわよ。ロアさんだってあの「剣帝」に腕前は認められてるんでしょ?」
「認められてるっていうか、俺とエイルは半ば腐れ縁みたいな感じだからな。気安い話し相手で、依頼に無理やり同行させられてるだけだよ。何より、あんなバケモンみたいなヤツと一緒の依頼に駆り出されてれば、それなりに力もつくさ」
「なんというか……災難ですね。ロア殿は」
「今じゃ一周回って感謝してるよ。何度も死に欠けたお陰で、簡単には死なないような魔術師になれたんだしな」
自嘲気味のロア。
彼の実力は、最高位の剣士と共に活動する上で磨き上げられたものだった。幾度も死線を潜り抜け、強くなるためではなく「死なない」という最低限の条件をクリアするために自分の腕を上げていった。
本人の性格はともかく、試行錯誤を繰り替えすその姿勢は最高位の剣士にも認められる域に至っていた。
「……さて、全員集まったことだし、先の依頼の後始末は終わったってことで良いのか?」
「私とアウラが捕えた盗賊たちも無事に連行されたみたいだし、使徒との情報共有も済んだからね。ギルドの職員さんからも一通りの後始末は終わったって言われたから、帰りましょっか」
カレンの言葉に、ロアをはじめとした面々が異を唱えることはない。
後始末も全て終えた一行は、ギルドを出て各々の街へと戻っていく。