72話『本領発揮/万象を断つ一刀』
──その光景は、凄惨そのものだった。
家屋は一瞬にして焼かれ、ロアが全力で構築した結界も破壊された。
術者本人、そしてミズハは無事だった者の、巻き込まれた団員の命は数秒のうちにこの世から摘み取られた。
立っているのは、三人。
魔神の権能に耐え切り、満身創痍のロア。
彼の結界により、無傷のまま交戦中のミズハ。
そして──災禍の中心たる盗賊の長にして魔人、ヨベル。
(不味い、このままじゃミズハ一人に戦わせることになる)
焦燥を感じながらも、残る魔力を練り上げるロア。
だが、結界の構築でその殆どを消費し尽くしている。
いくらか出力は抑えられているとはいえ、魔神の力であれば、魔術師一人を魔力切れに追い込むことなど造作もない。
全ての建物が燃やし尽くされ、辺り一面は焦土と化している。
ただの開けた空間では、仮にロアの魔力が戻ったとしても、建物の高低差を利用してトラップを張り、ミズハをサポートすることはできない。
「……「熾天」の魔術師が聞いて呆れるな。帰ったらエイルのヤツにどやされる」
片膝を着いて自嘲するロアを横目に、ミズハがヨベルの前に立つ。
「大丈夫です、ロア殿。あとは私にお任せを」
「お前一人で、ヤツを相手するってのか?」
「ここまで来たら、やるしかないでしょう。標的を目の前に引き下がる訳にはいきませんし……何より「捕縛」の任を達成できないのなら、せめて長の首一つ持って帰らなければ」
歩を進め、ミズハは敵を見据える。
魔神の力を宿す異常識の存在。
こちら側の拠点にいたメンバーのみとはいえ、彼らの当初の目的は「団員の捕縛」だった。
直々に任された側として、その実力が信頼されている以上は完璧にこなさなければならなかった。
しかし、彼らは失敗した。
であれば──最低限、長の命を刈り取らなければ、死なせてしまった者たちへの申し訳が立たない。
「一人で向かってくるか。魔術も何も扱えないただの剣士に何ができる」
「……魔神には、同じレベルの神秘しか通用しない。そう言いましたね?」
「そうだが、お前、魔術師ですらないだろうに。どうやって俺とやり合うつもりだ?」
「簡単です。同じ規格の神秘なら、私のこの刀に宿っています故」
端的に答えて、ミズハは前傾姿勢を取る。
意識を外側から内側へ。
携えた刀をも、自分という人間に備えられた器官として再定義する。
「私の名……ミズハ・フツメに刻まれた神の名に懸けて……如何なる魔神の断片であっても斬り伏せてみせましょう」
其は神の遺物にあらず。
極東世界にいた、とある「剣を司る軍神」が触れただけの一刀に過ぎない。
残滓がこびり付いているだけの、無銘の業物。
しかし幾星霜を経ても、染み付いた神の気が薄れることはなかった。
直後、ミズハの刀に回路のような光が走る。
「同種……と言いたいが、お前自体はただの人間か」
「えぇ。私はただ、神代より残された刀を持っているだけの俗人に過ぎません。しかし──それが通じないという道理もない」
刀身を抜き、居合のような低姿勢で構える。
(ロア殿が戦えないのなら、私一人でもヤツを屠るしかありません)
振るわれる熱風と、自在に変化する砂。
ヨベルの持つ二つの武器に常に気を配る。
集中力を極限まで研ぎ澄ませ、相手の次の一手を待つ。
「吠えるじゃねぇの。……上等だ、本気で相手してやるよ」
再び、魔神の翼が赤熱する。
集約された暴威。人を跡形もなく燃やし尽くす大熱波を、ミズハは真っ向から受け止めるつもりだった。
異郷の神の権能を、同じく異郷の力を以て捻じ伏せる。
「吐普加美依身多女、吐普加美依身多女。汝は中つ国を平定せし天津神、その御業は万象を断ち、遍く剣を統べ給う────」
落ち着いた声で、呟く。
刀の帯びる神気が、ミズハの方へと流れていく。
そして、
「……神威勧請・布都御魂────!!」
刀に宿る神気を、爆発させる。
彼女が語り終えると同時に、魔人の熱波は射出された。
放たれた自然の暴威は空気を捻じ曲げ、地面を抉り、螺旋を描きながら加速する。
一般の魔術師では到底太刀打ちできない領域。
直撃すれば一瞬で灰と化すほどの熱量。それを真っ向から迎え撃ち────、
「はあああああああっ────!!!!」
喊声を上げ、迫る熱風を斬り払う。
祝詞によって解放された神気は、今なお機能する魔神の権能と拮抗する。
数秒のせめぎ合い。
その様子を見て、ヨベルの方は違和感を感じたかのように目を細めた。
(俺の熱波が、ただの剣に押し負けてる……?)
本来であれば、何の変哲もない剣など溶けている。
だが、ミズハの剣は原型を保ったまま、魔神の権能と渡り合い──一閃してみせた。
熱風は上下に「分断」され、空間に溶けるように消えていく。
「……叩き切ったのか」
「この刀は、私の一族が代々祀る剣神──フツヌシに縁のある一振りです。私であれば、短時間はその異能を行使できる」
極東世界において、剣を司る軍神・経津主神。
かつて地上世界の支配権を奪取するべく天より降った、天津神と呼ばれる神の一人。
その名は「断つ」の意──即ち、「切断」の概念そのもの。
男の首を斬り落とすために、ミズハは遥かな神期の断片を振るってみせた。
一連の事象を見届け、ヨベルの表情から僅かに余裕が消える。
眼前に立つ女を、己を殺しうる「敵」として正しく認識したのだ。
魔神の持つ異能と、神威を宿す一刀。
人の身で行使される最上級の神秘が、ぶつかり合う。
「その首、私が貰い受けましょう」
刀の切っ先を向けて、ミズハは決定事項と言わんばかりに宣言するのだった。




