65話『制圧開始──side.アウラ』
「敵の配置は城の内部と、その西側……人数は大体各拠点に20人程度でしょうか」
目を瞑りながら、クロノが語った。
地に描いた魔法陣を通じて、視覚を使い魔のカラスと共有する。
実際に空中を飛んでいる鳥の景色そのものを視ているため、確かな情報だ。
「それじゃ、俺とカレン、ロアさんとクロノたちで分かれるとするか」
「制圧が完了したら、私が使い魔を派遣します。もし仮にトラブルがあった時には、そうですね……城の天辺でカラスでも鳴かせましょうか。あの高さなら声も届くでしょうし」
「了解だ」
「委細承知です」
ロアとミズハも、クロノの案に応じる。
一行がいるのは、遠目に城が見える場所。比較的道は整備されており、放棄される前までは人々によって使われていたことを伺わせる。
この時を以て、彼らの任務はスタートする。
「やむを得ない場合には制圧対象を戦闘不能にしても良いってお達しがあったから、各自その辺のラインは自分で調整してね」
最後にカレンがそう付け加え、彼らは一端解散する。
再び集うのは、各自の仕事を終えた時だ。
ロアたちは城の西側の拠点の制圧に向かい、アウラとカレンは直接城内を襲撃する。
戦いの舞台は城内という閉鎖空間。
アウラは雷霆を併用した近接戦闘。対するカレンは、圧倒的な膂力でその場を蹂躙する。
二人であっても、一介の盗賊を制圧するには十分な力量だ。
「……つっても、どっから侵入する? 流石に真正面から入るなんて真似は出来ないし」
「どっかの窓か、それか裏口があれば侵入出来ればってところね。流石に大勢で一気に来られたら、手加減できる自信は無いわ」
「一応聞いとくけど、仮にそうなったらどうするつもりだったんだよ」
「そりゃもちろん、1人残らず戦闘不能にするつもりよ。こっちも命懸けな訳だし、生け捕りなんて悠長なこと言ってらんないわよ……まぁ、バチカル派みたいに大勢の人間を殺してるって訳でもないし、そこまで重く考える必要はないんだろうけど」
聳え立つ古城へと近づきながら、二人はそんな言葉を交わす。
カレンの言うことに二言はない。仮に戦うことになるのであれば、彼女は躊躇うことなくその力を振るうだろう。
無論、殺さないという範疇ではあるが。
今回の目標は異端派や魔獣のような「殲滅」ではなく「無力化」だ。
「……っし。行くか」
自らの頬を叩き、気を引き締めるアウラ。
一度戦闘になれば、そこからはノンストップだ。
※※※※
「ここ最近、俺たちを潰しに来る冒険者連中も増えて来たな」
城の一室。盗賊たちが集まる集会場と化している広間で、顔に傷のついた茶髪の男がそう言った。
釣り上がった目はより一層人相を悪くさせ、外見だけでも威圧感を放っている。
そんな男に対し、傍に立つスキンヘッドの巨漢は壁に身体を預け、
「直近でもリーダーたちが冒険者数人の討伐隊を退けちまったんだ。俺らの噂が広まってても不思議では無ぇだろ」
「近頃入ったヤツも、いけ好かない野郎だが実力は確かだ。どうにも、少し前まで冒険者だったらしい。村ひとつぐらいなら余裕で制圧出来そうなバケモノが、なんで盗賊なんかになったんだろうな」
「知るかよ。まぁ、こんなところに身を置いてるあたり、腕っ節だけが取り柄だったんだろうよ。……それより、そろそろ食料も減って来たし、またエリュシオンの方でも襲いに行くか?」
「別に構わないが、近頃は腕利きの冒険者が護衛についてるって話だぞ」
「問題ねぇよ。数でたたんじまえばそれまでだ」
そう言って歩き出す、スキンヘッドの男。
鎧を装備し、その場にいる仲間と共に外へと向かおうとした。
刹那──窓の外で紫色の髪が靡き、その真紅の相貌が中を見据えていた。
ブランコのように勢いを付けたソレは、そのすらりと伸びた脚を容赦なく振るい、
「な────!!」
窓を割りながら、振り返る男の顔面に蹴りを叩き込んだ。
華奢な肉体からは想像できないほどの力が込められていたのか、その巨体はボールのように吹き飛ばされる。
巨漢を一撃で昏倒させるほどの少女。
武器などは何一つ持ち合わせておらず、徒手空拳の状態だ。
「テメェ……何者だ!!」
「アンタたちを捕縛しに来た冒険者だけど、何か問題でも?」
あっけらかんとした様子の襲撃者──カレン・アルティミウス。
彼女は不愛想にそう答えた後、手や首をコキコキと鳴らしながら、その場で軽く準備運動。
己を即座に「敵」と認識し、武器を構える盗賊を前にしても、彼女は全く動じない。
この程度の修羅場など、カレンは幾度も潜り抜けているのだから。
白い装束を纏う襲撃者は、一呼吸置いた後、
「悪いこと言わないから、全員大人しく投降して。そうすれば、せいぜい骨1、2本折るだけで勘弁してあげるわ」
「ははっ。お前みたいな子供が、これだけの数を相手にするって言ってんのか? 寝言は寝て言いやがれってんだ」
いつの間にか剣を携えて、茶髪の男が言ってのけた。
広間の方にいた者たちも揃って武器を携え、カレンの方に視線を向けていた。
「はぁ……ま、想定内の展開ね」
呆れ気味に溜め息を零し、頭を掻きながらそう呟いた。
カレンはコンコン、と踵で床を叩いてから、
「忠告はしたわ。──それじゃ、全員ここで再起不能になって貰うから」
「抜かせ!!」
彼女がそう言い放ち、口火を切る。
茶髪の一言に応じ、3人ほどが一斉にカレンの方へと迫っていく。
剣に斧、槍。
人間を傷つけるために使われ続けた凶器が、一人の少女へと向けられるが──何の鍛錬も積んでいない者の刃が、彼女に届くことは決してない。
「はぁ、────っ!!」
力の籠った声と共に、カレンの膂力が振るわれた。
一歩で剣を振りかぶる男の懐に飛び込み、一発目は拳による突き。ひるんだ隙に間髪入れずに回し蹴りを叩き込む。
蹴り飛ばされた男は、同じく武器を構えていた盗賊に重なる形で蹴り飛ばされた。
「三人目……!」
「図に乗ってんじゃねぇ────!」
続いて襲いかかったのは、槍を携えた長身の男。
見舞われたのは真正面からの突き。蹴り終わりを適格に狙った刺突。
並の人間であれば確実に標的を捉えていたが──男の視線の先に、彼女の姿はなかった。
「女だからって、あんまり舐めない方が身のためよ」
低姿勢。紫色の髪が掠るほどのギリギリの回避の後、男の脚を刈り取った。
体勢を崩した盗賊との間合いを詰め、その腕をがっしりと掴む。そのまま力強く踏み込んで、
「ふんっ────!」
野球選手よろしく、一回り身長の高い男を投擲した。
男は控えている盗賊の一人に激突し、そのまま倒れ込む。
たった一人の少女に、一瞬にして3人の仲間が敗北した。その光景を前にした盗賊たちからは、数秒前までのような余裕は少しずつ失われている。
だが、たかが子供一人に大人が鎮圧されるなど、プライドが許さない。
数では圧倒的に有利であることを信じ、
「構うな!! 全員で一斉にかかれ!!」
うち一人が声を張り上げる。
ここは城内という一種の閉鎖空間。外へ出る道は一つしかなく、この人数では一斉に逃亡することも難しい。
尤も、彼らが「逃亡」という選択肢を選んでいたとしても、それは叶わないのだが。
「──アウラ!」
カレンが声を張り上げる。
視線は上。簡単な魔力の操作で足を天井に付けて見下ろす、銀髪の魔術師。
「了解っ……!!」
アウラはヴァジュラをその手に顕現させ、天井から吊るされた巨大なシャンデリアを切り落とす。
ギリギリで避けられた者もいるが、集まっていた盗賊の多くはその下敷きになった。
作戦は至ってシンプル。カレンが単身で窓から乗り込み、盗賊の注意を引き付ける。その隙に広間の入り口からアウラが侵入し、中央に人が集まったタイミングでシャンデリアを落下させる。
カレンが床を靴で叩いたのは、作戦開始の合図だったのだ。
アウラは足元の魔力操作を解き、広間に降りる。
そのままヴァジュラを霊体化させ、徒手空拳の状態で盗賊たちと相対する。
「付け焼刃にしては上出来じゃない」
「そりゃどうも。……ってか、あんな高いとこに長時間待機させんのは頼むから勘弁してくれ! 正直怖い!」
「アンタ男でしょうが。それぐらい我慢できるでしょう?」
敵を挟み、アウラの注文に淡々と返すカレン。
このような状況下においても、二人はそんなやり取りを繰り広げる。
その場に残る盗賊は10人と数名。
武器を執らず、誰も殺さずに制圧するべく、アウラとカレンは再び盗賊たちに視線を戻した。
「……いや、切り替えろ俺。誰も殺さず、傷を与えるのは最低限だ。だったら──」
身を引くし、盗賊達を迎え撃つ。
既に身体の「強化」は済ませているため、残るは神性の欠片たる雷霆を行使するだけ。
(神性を外に流すな……内側に循環させろ)
そう心の中で自分に言い聞かせ、イメージを固める。
真剣な面持ちで臨戦態勢に入るアウラの身体に、紫電が迸る。
ヴァジュラの代わりに、己が四肢に雷霆を「纏わせる」術だ。
カレンと同じ徒手空拳の状態で、アウラは地を蹴った。
「一人増えた所でなんだってんだ。ただのガキが……ッ!!」
武器も何も持たない状態で現れた、新たな襲撃者。
ソレを迎え撃つのは、鎧を纏い、戦斧を携えた男だった。
一般男性よりも一回り大きい身体から振り下ろされる一撃は、容易く頭蓋を割ってみせるだろう。
だが──アウラを捉えるには、些か鈍重が過ぎる。
数歩。敵との間合いを一気に詰め、
「────!」
バチバチと火花を青い散らす掌打を、その腹部に叩き込む。
強固な鎧に、その拳自体が与えるダメージは少ない。──本命はそれではなく、鎧を伝うアウラの雷霆。
無論、出力は限界まで下げている。
「…………っ!!!!」
それはただの鎧を貫通し、蒼色の衝撃波となって男を吹き飛ばした。
飛び道具として扱う雷霆の、接近戦への転用だ。
「なんだコイツら、バケモンか……」
「バケモノで結構。今までアンタたちが追い返して来た連中と一緒にしてもらっちゃ困るわ」
「ぐっ……」
「そういうワケだから、ここで大人しく投降してくれると助かる。今素直に従えば、いくらかは情状酌量の余地があるかもしれない。──だから、武器を捨てろ」
追い打ちをかけるように、アウラが告げる。
まだ抵抗するのであればどうなるかを暗に示すように、掌の上で雷を弾けさせる。
その声色も真剣そのもの。普段の彼よりも冷酷で、ある種脅迫しているようでもあった。
超常の力。魔術と呼ぶなど烏滸がましい領域の異能。
それを手繰り、仲間を一撃で戦闘不能に陥らせたとなれば、脅威と認定しない訳がない。
この二人は、未だ本気の2割も出していない。
もし本当の実力行使に出ればどうなるか、それを理解させるには十分なインパクトだった。
「チっ……」
聞こえてきたのは、舌打ち。
二人に気圧されたのか、数秒の後。カラン、カランと、次々に武器が床に捨てられていく。
「ふぅ……とりあえずは成功、ってことで良いか」
安堵したように言って、アウラは雷霆を納め、「強化」の魔術を解いた。
制圧は成功。
アウラとカレンは誰一人死者を出さず、大した消耗もなく目的を達成したのだった。
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