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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
第二章 エクレシア動乱篇
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43話『覚醒/雷滅戦神《ヴァジュラパーニ》』

 悪神の影が、魔術師の首を刎ねる。

 手負いの状態では回避不能の一撃。確実に死に至らしめ、その息の根を完全に刈り取った。少なくとも、張本人であるヴォグ自身はそう思っていた。


 勝敗は喫した、と。

 異端の司教は確信していたが────、


「何……?」


 影は魔術師の青年の首を刎ねる前に、携えられた両刃の剣によって断ち切られていた。

 片手間に、己に寄ってたかった蝿を叩き落とすかのように。

 たったの一振りで、アウラを襲った凶刃は跡形もなく空中に霧散していったのだ。


「貴様……」


 腹立たし気に言い、ヴォグは更に背中から数本の影を伸ばして振るう。

 逃げ場は無く、一本を処理しても更に別の影が頭上から迫る。常人では反応出来ない程の速度を持つソレは、人間を容易に両断してみせるだろう。

 だが──アウラはただ横に一閃しただけで、それらを全て消失させた。


(雰囲気が変わった……まさかこの土壇場で────)


 ヴォグがそう身構えた直後。

 今度はヴォグの方が反応出来ない程の速度で、アウラが間合いを詰めていた。


「────ッ!!!!」


 アウラは踏み込みと共に、ヴォグの顔面に渾身の右ストレートを叩き込んだ。

 ヴァジュラによる刺突ではなく、拳。

 殺傷力だけで言えば前者が上回る筈だが、わざわざ拳を選んだのはアウラ本人の意地だろうか。 


 ヴォグは大きく吹き飛ばされるが、背後に影をクッションのように凝縮させて衝撃を和らげ、体勢を立て直す。

 口からペッと血を吐き出すと、影を変形させて翼を展開する。


「神威装填・雷滅戦神」


 ───同調開始/神性の出力先を神体(アイオーン)から偽神(アヴァターラ)へ。


 拳を振り下ろしたまま、魔術師は唱える。

 死の淵より舞い戻ったアウラの身体は、バチバチと青白い火花を散らしていた。神の権能を継ぐ者──偽神として新生を果たしたのだ。

 死と生は表裏一体。

 仮初の死を体験したことで、アウラは天敵と同じ土俵に立つ資格を得た。


「……やっと、アンタに一発入れられたよ」


 顔を上げる。

 その蒼白い瞳の奥には、眼前に立つ敵を屠らんとする、絶対的な戦意が宿っている。

 体勢を立て直して身構えるヴォグを見据え、剣先を向けながら


「――第二ラウンドだ、アラストル」


 貫くような視線と共に、言い放った。

 具現化させたヴァジュラを握る手は力強く、腹部の傷も塞がっていた。


 テウルギアと、アウラは躊躇なく口にした。

 己が身を滅ぼす可能性すらある、聖句にして禁忌。

 アウラという人間の内部を、一時的に「神」へと置き換える術。


「テウルギア……貴様、神と接続したのか」


「ああ。一度殺してくれたお陰でな」


 ヴォグはこれまで眉一つ動かさなかったが、ここに来て僅かに冷静さを欠いていた。

 アウラの思考に一切の淀みは無く、五感は際限なく研ぎ澄まされていく。

 普段から行使している「強化」など比較にならず、限定的だが、アウラの能力をヴォグと同様の域にまで引き上げた。

 偽神となったアウラは呼吸一つ乱さず、同時に一つ直感していた。


(この状態も長くは続かない……長く見積もっても10分前後がタイムリミット。だから──限界が来る前に、確実にケリを付ける)


 身を低くしながら、アウラは自身に言い聞かせる。

 神の力を行使できるとしても、彼自身が長期戦に向いていない事には変わりない。寧ろ、通常の魔術よりも遥かに身体に負担を強いることになる。

 であれば、より短期決戦になるのは必然。

 アウラがヴォグの先を行くか、先に限界を迎えるか。その二択だ。


「余計な小細工は無し。真っ向勝負だ────ッ!!」


 啖呵を切り、アウラは地を蹴った。

 紫電を纏い、夜闇を斬り裂くように、ヴォグを仕留める為に全力を注ぐ。


 神と化した人間を迎え撃つのは、呪いの具現たる無数の暗影。

「強化」した状態ではギリギリで反応していたが──今のアウラを捉えるには、些か遅い。


「我が身は雷霆の示現」


 アウラは一層強く大地を踏みしめる。

 極限まで高められた身体能力を以て、影を上回る速度を叩き出す。


 人間の肉体の内部に変調を齎すという点においては、「強化」の魔術と根本的な理論は変わらない。

 だが、その詠唱はアウラという人間を一時的に「神」へと置き換え、その情報を反映させる。即ち──、


(ヴァジュラパーニ……即ち、万魔を滅する雷霆神インドラ。その戦闘情報を肉体に降ろしたのか)


 ヴォグは全てを察していた。

 偽神とは何も、完全に神へと至る訳ではない。あくまでも疑似的な物であり、接続した神の権能を断片的に行使する存在だ。

 接続した神格が軍神であるならば、アウラの急激な戦闘力の向上にも説明が付く。


 アウラに宿る権能の名は『雷滅戦神(ヴァジュラパーニ)』。

 神王インドラの持つ顔の一つ。あらゆる魔を屠り、外敵を打ち払う戦神・雷神としての側面の発露。


 魔術を超える神秘。

 人でありながら、神の力を手繰るモノ。


 それこそが、神化(テウルギア)と呼ばれる能力の正体だった。


「────ッ!!」


 たったの一歩。

 それだけで、アウラはヴォグとの間にあった、数十メートルの距離を詰めた。

 標的の命に、手が届く距離まで。


 アウラの頬を一本の影が掠め、僅かに血が宙を舞う。

 しかし構わず、彼はヴァジュラを振り下ろした。


「チっ……!」


 ヴォグは舌打ちと同時に後ろに飛び退き、展開した翼で受け止める。

 何の変哲もない一撃。大して磨き上げられた剣技という訳でも無し。──されどその一刀は、ヴォグを一歩だけだが後退させる。

 さながら、巨山一つが押し寄せているかのようだった。


 火花が散り、再び二つの神の異能が拮抗する。

 一度は軽々と受け止めたが、今は別だ。


「貴様……っ!!」


「っ! ……生憎、こちとらそう猶予は無いんだ。だから、意地でも押し切らせて貰う……っ!!」


 一歩を踏み込み、アウラが押し切る。

 鍔迫り合いに負けたヴォグは翼をはためかせ、一旦空中へと退避し、両翼から羽根を射出する。

 一つ一つが刀剣に等しい硬度と切れ味を誇る、螺旋を描く、弾丸の如き範囲攻撃。


「ッ────!」


 しかし、人体を用意に貫通する凶弾を、アウラは一つ残らず切り裂いた。

 そして、滞空している司教を見上げながら、


(アイツ、時間を稼ぐつもりか。でも……)


 ゆっくりと、アウラは掌を空に翳し、虚空を掴む。

 直後、ヴォグの上空に数十個もの青白い光が浮かび上がり──槍へと形を変えた。


「逃がすか……ッ!!」


 握った拳を、ぐいっと後ろに引いた。

 雷神の権能の断片。神化を果たしたことでアウラの手に渡った、人々が畏れた自然の暴威。

 神の雷霆によって形作られたソレは、まさしく雨のように降り注いだ。


「ぐっ……!」


 ヴォグは低く唸り、六枚のうち四枚の翼を傘のように展開し、頭上から襲い来る雷の槍に対応する。

 月夜が照らす街の一角の空が、雷光によってより一層明るみを増す。

 数秒、或いは十数秒。

 絶え間なく降り注ぐ雷を受け止めていたが、ソレは確実に影で形作られた防壁を削っていく。


 そして────穿つ。


「ちッ────!!」


 けたたましい轟音と共に、土煙が巻き起こる。

 雷撃が降り注いだ辺りの地面にはクレーターが造り出され、その中心でヴォグは片膝を付いていた。

 さながら感電したかのように、彼の身体からは青白い火花が散っている。

 それは確実に彼の肉体の動きを阻害し、かろうじて二枚の翼を展開させている状態だった。


(コイツ、影で裂傷を与えても動きが鈍っていない……)


 身体の痺れに耐えながら、ヴォグは違和感を吐露した。

 アウラの頬を、確かに影は掠めていた。息を吹き返す前は、影によって傷を付けられて以降、アウラの身体はヴォグの権能によって確かに蝕まれていた。

 あらゆるモノを殺す悪神の呪い。それが実体を伴ったものがヴォグの操る「影」の正体だ。

 何人もそれから逃れる術はない。

 如何なる存在であろうとも、一度でも触れれば最後。確実にその身体を侵していき、死に至らしめる。


(俺と同質の存在……偽神として覚醒したことで、権能に対する()()を得たのか……!!)


 ヴォグの推測は正しく、神と接続した状態のアウラには効いていない。

 偽神となった彼の前に、影はただ、殺傷力に長ける道具に成り下がる。


「はぁッ────!!」


 間髪入れず土煙の中に飛び込み、アウラはヴォグの懐へと接近する。

 強化された視覚を以てすれば、たとえ夜の──煙に紛れた相手の姿であろうと、判別する事は容易だった。

 だがヴォグは残った一対の翼をはためかせ、暴風と共に、呪いが凝縮された羽根を射出する。


 螺旋を描きながら、大地を抉りながら、襲い来る雷神の化身を迎撃する。


「……たかがその程度で、俺の命に指をかけられると思っているのか?」


「くっ……ッ!」


 真正面からの一撃を、寸前で右側に転びながら回避し、その勢いのまま飛んでヴォグに最接近する。

 天の怒りの具現たる刃を携えて、アウラは側方から迫る。 

 狙うは一点、その心臓。

 懐に入り込み、刺突を見舞おうとするが。


「が────ッ!!」


 アウラの脇腹を殴りつけるように、ヴォグの影が一撃を叩き込んだ。

 細く、それでいて殺傷力に長ける通常の物ではなく、何本もの影が重ねられた「鈍器」に等しい一撃。

 その衝撃は痛みとなって全身に走り、苦悶を顕わにするのも束の間。ヴォグは再び距離を取り、アウラは建物の壁に叩きつけられた。


(ダメだ、一瞬油断した……。────っ!)


 身体を起こし、再び標的を視覚に捉える。

 だが、アウラは苦し気に自分の左胸を押さえている。

 その足で確かに立ってこそいるが、アウラの身体には本人の想定よりも負荷がかかっていた。


(消耗が思ったより早い……っ)


 小さく息を吐きながら、己の身に起きる異変を感知する。

 動いている内は時間の進みをあまり感じないというのもあるが、制限時間はアウラが思うよりも早く迫っていた。

 互角には立ち回れているものの、未だ致命傷を与えるまでには至っていない。


(隙を見つける為に接近戦を続けても埒が明かない。……あと数分。それで全て出し切れ……!)


 己に許された僅かな時間に、全てを懸ける。

 雷を纏ったヴァジュラを地に突き立て、そこから放射状に雷撃を放つ。それとほぼ同じタイミングで、アウラは走り出した。


 大地を迸る雷撃を、ヴォグはどう躱すか。

 翼を羽ばたかせると、彼の身体は後方へと大きく飛び上がり──それを狙ったかのように、アウラも跳躍した。


「何度やっても同じ事……っ!」


 影を収束させ、新たに一対の翼を展開し、アウラの刺突を退避しながら受け止める。

 そのまま払ってしまえば終わりだが、彼が振り払われる事はない。

 刃をより一層深く突き立てながら、 


「同じな訳、無いだろうが……!」


 ヴァジュラを握る手に、より力を込める。

 体内を巡る魔力を腕からヴァジュラへと流していき、─翼へと一気に流し込む。


「────!」


 ヴォグが翼を切り離そうとするよりも、アウラの雷霆が魔人の身体に辿り着く方が早かった。

 翼の根本へと一瞬にして届き、そこからヴォグの内側──神経に至るまで、神の力の断片が浸食していった。

 突き刺すような痛みが迸り、同時に指先の感覚まで痺れていく。


(……っ影が動かせない……だと……!?)


 翼の一枚を解体し、影に変形させてアウラの首を刈り取ろうとするも、翼が思うように機能しない。

 自由に動かす事すらままならない程に、インドラの権能はヴォグの権能を抑え込んでいた。


「別にアンタの動きを止める必要はない。その厄介な影さえ抑え込んじまえば済む話だ……!」


 ギリ、と噛むヴォグに対し、アウラは汗を流しながら言い切った。

 翼を蹴って離脱しつつヴァジュラを抜き、標的を見据えたまま腕を引き絞る。

 地に落とされるヴォグと、それを見下ろすアウラ。


 己の魔力をヴァジュラへと回していき、その真髄を剥き出しにする。

 あらゆる魔を屠る神器──何人も逆う事の出来ぬ、かつて神だった事象そのものへ、ヴァジュラを回帰させる。

 アウラは以前、ソレを一度振るっている。

 故に、その手順、感覚は身に染み付いている。


(片腕潰すは覚悟の上。それで仕留められるなら上等だ────!!)


 集中力を研ぎ澄ませ、己が討つべき天敵を強く見据えた。

 かつて夢で見たインドラと同じように、天を裂く雷そのものと化したヴァジュラ。

 空を覆う悪竜すら討ち滅ぼす光。


「くっ……!」


 アウラは表情を歪める。

 腕全体に、焼かれるような痛みが走った。地下空洞でヴァジュラの異能を行使した時と同じ痛み。

 全身の血液が沸騰するかのように熱を帯びていく感覚。

 炉心が臨界点を迎えたかのような、尋常ならざる異変。


 苦痛を抑え込みながら、アウラは言葉を紡ぎ出した。


「我が手に在るは万象を滅する神意の具現。其は空を裂き、水を穿ち、三界を灼き尽くす……!」


 内に宿るインドラの言葉を代弁するように、アウラは唱えた。


 ────これは、神話の再演。


 悪竜を屠り、天地を創造した主神の威容が、神無き大地に蘇る。

 接続し、共有されたインドラの情報を元に、最後の文言を紡ぐ。

 ゆっくりと呼吸をして、その名を言葉にする準備を整える。最早形を失い、雷光そのものと化したヴァジュラに、圧倒的熱量の魔力が渦を巻く。


 天地を覆うモノ。

 原初の混沌の象徴たる悪竜ヴリトラを打ち破った、神の力。



「……『神魔滅せし(デーヴェンドラ・)────」



 刮目せよ、異端の(ともがら)

 汝らが否定した神の断片は、悪神の暴威をも捻じ伏せる────!



「────壊劫の雷霆(ウルスラグナ)』────!!」



 詠唱と共に、ヴァジュラを打ち放った。

 その閃光は一瞬だが、シオンの地全体を明るく照らし出した。さながら、夜の中天に太陽が降り立ったと思わせる程に。


 投擲されたヴァジュラの前には、如何なる盾も意味を為さない。

 かつて悪竜を討伐せしめた、インドラ最大の武勇。それを、人の身で再現した。


 颶風が街中を駆け巡り、けたたましい轟音と共に、爆発を引き起こしたのだった。

アウラがようやく本領発揮です。

感想とかブクマ頂けると死ぬほど嬉しいのでお待ちしております!!!!!!!!!

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