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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
第二章 エクレシア動乱篇
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40話『魔剣解放』

「────なっ……!!」


 ラザロは困惑していた。

 魔力の出力も規模も、手負いの少女一人を灰にするには十分だった。

 まさに必殺。

 本来であれば、既に少女の姿は無く、抉れた地面と瓦礫だけが残っている筈だった。

 しかし、眼前には少女が──カレンが、五体満足で立っている。

 ラザロの渾身の魔力砲は、カレンの魔剣によって見事に叩き切られていたのだ。


「ダインスレイヴ……神代の北方で鋳造された魔剣か……ッ!」


「ご名答。とはいっても、元々はアンタの同胞が持ってた物なんだけどね」


「……数年前、魔剣使いの司教代理が消息を絶ったのは聞いていたが、テメェだったのか」


「ええ。生憎、前の持ち主はコレを持つ資格が無かったみたいでね。ソイツを倒した私が引き継いだってワケ」


 ダインスレイヴの切っ先をラザロに向ける。

 不気味に光る、血狂いの魔剣。

 魔剣の真名を解放した影響からか、カレンの右目の下には赤い痣のようなものが浮かび上がり、脈動している。


「こっからが本番よ──全力で、アンタを潰す」


 そう言い放ち、勢いよく地を蹴った。

 ラザロはすかさず指を鳴らし、これまで同じように幻術で剣を複製し、射出する。

 

(バカが。真っすぐ突っ込んで来るだけなら、死にに来るようなモンだろ)


 彼女のギリギリに迫った所で、刀身を具現化させる。

 より多く剣を作り出し、前方・側方から彼女を狙う。

 不可避の一撃。

 心臓、肩、首。致命傷になりうる箇所を徹底して狙い、カレンの息の根を止めにかかる。

 だが──、


「二度も同じ手が通用する、なんて思わないで欲しいわね」


 彼女の目の前で、刀身が姿を現す。

 確実に、相手の懐に一撃を入れる事が出来る。それがラザロの幻術の持ち味だった。

 しかし──今の彼女は、その先を行く。


「ふっ——ッ!!」


 目先の剣の悉くを、魔剣で弾き返す。

 幻術の剣は壁に突き刺さることなく、()()()()()()()()()()

 

 少しの間を置き、その現象の正体に気付いたのか。

 ラザロは表情を険しくして、


「お前、幻術を魔力ごと食ったのか……!」


「えぇ、ダインスレイヴは「魔力を食らう魔剣」だもの。太古の神期に鋳造された代物である以上、人間の振るう魔術——アンタの幻術を凌駕するぐらい訳ないわ」


「チっ……ッ!!」


「傷を負ってまで打ち合ってたのは、アンタの魔術の質を見極めるためよ。確かに魔力の密度や精度は見事だけど、私の魔剣ならいくらでも無効化できる」


 挑発するように、カレンが告げる。

 司教の魔術と、神期の魔剣。

 どちらも同じ「人間が振るう神秘」ではあるが、その間には絶対的な差が存在する。

 カレンは身を以てラザロの魔術を体験・分析し、ダインスレイヴで取り込めるか否かを見定めていたのだ。

 結果は、先の通りだ。

 ラザロが己の魔力を込めた魔力砲は、見事に一閃された。

 魔剣がラザロの魔術を凌駕している証左である。


「ぐっ……この穢れた異神の産物が……っ!!」


「さっき私が「詰んでる」って言ってたけど、それはどっちのことかしら?」


 その言葉を最後に、カレンは再び地を蹴り、間合いを詰める。

 「強化」の魔術で身体能力が向上している上、携えているのは魔力食いの異能を持つ魔剣。

 手数と物量で押し切るラザロとは致命的なまでに相性が悪い。


「ぐ――っ!!」


 後退しながら大量に剣を複製し、射出していく。

 間合いに入られれば、ラザロに為す術はない。故に、彼は常に距離を取り、彼女を近付けずに戦わなければならない。

 だが、今となってはその戦法はジリ貧以外の何者でもない。

 

「無駄……っ!!」


 十を超える幻術の剣に対し、カレンは踏み込みと同時、魔剣に魔力を込めた。

 それは、ラザロの魔術に由来するモノだ。 

 食らった魔力をそのまま蓄積し、瞬間的に放出することで破壊力を底上げする。

 真横に薙ぎ払われた魔剣は真紅の軌跡を描き、ラザロが造り出した幻の剣を切り伏せた。


(クソが……ッ!!)


 彼は次々と剣を複製して射出するも、悉くが掻き消えていく。

 カレンの目元の痣は赤く光り、夜闇に潜む獣──人間の血肉を求める鬼神を思わせた。

 ラザロに出来るのはせいぜい足止めだけ。無駄に幻術を行使しても、魔力を消費する一方だ。

 

(だったら……ッ!!)


 カレンから距離を取りながら、幻術で自分の姿を周囲の光景と同化させる。

 暗い夜道という事もあり、自分から魔術を解除しなければ見つけるのは至難の業だ。

 ラザロは更に、


(俺は幻術で作ったものにある程度の指向性を与えられる。……幻術で俺を形作ってあのガキに殺させ、油断した所を狙えば……っ!)


 追尾する剣のように、自分ソックリな幻を作り出した。

 その幻影は本人と同じように数多の剣を顕現させ、カレンに向けて射出する。

 彼女ですら人間と見紛う程の幻覚であれば、時間を稼ぐ事も可能だと。ラザロはそう思っていた。


「……!」


 再び姿を現したラザロ──その幻影に、彼女は意識を向けた。

 その光景を見た彼はニヤリと口角を上げ、 


(引っかかったな……)


 即座に、暗闇に潜みながら彼女に接近していく。

 彼女との距離が縮んでいくにつれ、ラザロの中は勝利を確信していた。

 その手に鉄製の槍を幻術で生成し、カレンの横からその穂先を突きつけようとする。


 だが。


「がはッ……!?」


 突如として、ラザロの身体に異変が起きる。

 己の腹部から全身を激しい痛みが駆け巡り、口から血の塊を吐き出したのだ。

 何が起きたか理解できず、気付けば彼の身体に掛けられた幻術は解けてしまっていた。


 どうにか視線を上げ、屋根の上に複製した己の幻影に目を向けると──その腹部に、彼女の魔剣が突き刺さっていた。

 その場所は、ラザロが最初に痛みを感じたのと同じ箇所だった。


「──似た物同士は互いに影響し合う、古典的な呪術の理論よ。だから幻影に与えたダメージは、そのまま本体であるアンタに転嫁する」


 カレンは冷静に、苦しみ悶えるラザロに視線を移す。

 槍を持つ事すらままならず、複製した槍は地面に転がり、ただの魔力に戻って霧散していく。 


「どうしても自分の手で私を殺す……その事に拘り過ぎて、詰めが甘くなったのがアンタの敗因よ」


「っはぁっ……小娘が、戯言を……ッ!」


 苦しみながら声を絞り出すラザロ。

 しかし、彼がそれ以上言葉を発する事はない。──気が付いた時には既に、目の前に彼女の姿があった。

 魔剣は屋根の上、ラザロの幻影があった場所に転がっている。

 徒手空拳の状態で、彼に迫っていたのだ。


「アグラ────」


 彼女が呟いたのは「強化」の文言。握った拳に魔力を集中させ、限定的に強化を施す。

 その状態であれば、岩をも容易く砕いてみせるだろう。

 自らの敗北という認め難い事実を前に、ラザロは表情を歪めていた。



「さっき、アンタは私をクズと言った。……なら、クズの私に負けるアンタは何?」



 ただ一言。そう吐き捨ててから、彼女はラザロの顔面に拳を叩き込む。

 何も守る物の無い状態で間合いに入られた時点で、彼の敗北は決定的だった。

 そのまま地面に叩き付け、軽くクレーターが作られる程の衝撃と共に、異端の信徒の意識は飛ばされた。

 鉄拳制裁。と言わんばかりの一撃。

 

 街を襲った一団を率いる一角は、羅刹の少女に完封された。





※※※※




「はぁ……っあ……────ッ!!」


 己の周囲を横一閃し、襲い来る「影」を切り伏せる。

 全てを飲み込むように深い、深い黒。底の無い深淵の如き影は、常人では反応する事すら不可能な程の速度で、アウラを襲う。

 シオンの南東区画。カレンと別れて掃討にあたっていたアウラは────肩で息をしながら、一人の信徒と交戦していた。


(コイツ、他の信徒とは間違いなく別格……なんなんだよこの男は……!)


 残る魔力をフル稼働で回し、全身を強化した状態でヴァジュラを振るう。

 眼前の敵。アウラがエンカウントした相手は、光の無い金色の瞳に黒髪を携えていた。

 見た所、武器などは何一つとして持ち合わせてはいない。ただ──彼の背後から、幾つもの影が不気味に蠢いている。


(魔術なんて言って良い代物じゃない。もっと別の……アイツ独自の異能だ)


 呼吸を整え、相手の一挙手一投足に意識を向ける。

 一瞬たりとも気を抜けば、あの影による攻撃を食らう。地面や壁には何かで切り付けられたような跡があり、その周囲は朽ちている。


「……お前のその武器。やはり人による者では無いな」


「……だったら?」


「決まっているだろう──ここで、愚かな神の系譜を断ち切るだけだ」


「──ッ!!」


 ゆらりと動いた影が伸び、アウラの真上から迫っていく。それは通りを覆う程に広がり、一瞬の間に形を変えていく。

 先端が刀身のように変形し、罪人を処刑する断頭台の如く、ソレは地上に降り注いだ。


 アウラは脚部を強化して大きく飛び退き、その一撃をやり過ごすが────、


「なっ────!?」


 瞬き一つの間に、男の双眸が目と鼻の先まで来ていた。

 人間的ではない。人を殺す事に対して、何の躊躇いも持ち合わせていない目だった。

 魔術とは違う、変幻自在の影を手繰るだけではない。接近戦における実力も、その男はアウラを数段上回っている。


 男は一瞬で間合いを詰め、アウラの鳩尾に蹴りを叩き込む。

 ギリギリの所で腕を挟む事で直撃さえ避けたが、彼は大きく吹き飛ばされた。


「──うがっ!!」


 背中を地面に強く打ち、肺の中の空気が全て外に吐き出される。

 しかし空中で身体を回転させて体勢を立て直し、地に足を付けた。

 体勢を立て直すが、男の蹴りは確実にアウラにダメージを与えていた。

 

「っはぁ……。おかしな影にこれだけのスピード……」


 顎に伝った汗を拭いながら、心からの感想を吐露する。

 これだけの実力を、一介の信徒が持ち合わせている訳がない。

 持ち合わせている者とすれば、答えは一つしかない。


「──アンタまさか、あの信徒達を率いた司教か……!」


 確信に満ちた声で、アウラが言った。

 魔術というよりも、男個人に備わった「異能」の領域。直撃を食らおう物なら致命傷はまず免れない。

 対する男は一瞬眉をひそめてから、


「……ヴォグ・アラストル」


 一言、そう告げる。

 そして、続けるように。


「魔神の力を以て、全ての偽神を殺す者だ」


 背後の影を左右三対の翼のように展開しながら、殺意を込めた声で言い放った。

カレンの次はアウラの番。

せめて更新頻度は落ちないように頑張ります。

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