39話『魔術師同士の殺し合い』
夜の街を、紫の髪と真紅の瞳を持つ魔術師が駆ける。
迫り来るのは、ホーミングする無数の剣だけではない。壁から唐突に姿を現す魔獣や、教団の信徒だ。
カレンはその全てに反応し、持ち前の反射神経と膂力を以て切り伏せていく。
「おいおい!! あんだけ大口叩いといて逃げてるだけかァ!?」
楽し気に声を荒げながら、ラザロはカレンを追う。
二人はシオンの東側──カレンが宿泊していた宿の近辺にまで移動していた。
この近辺は比較的人口が少ない区画であり、民間人も殆ど避難済みで無人状態になっている。
故に、彼女は戦闘に専念するべく、ラザロの攻撃をいなしながら場所を変えたのだ。
(幹部である司教が、自らの代役として指名する司教代理……魔術を詠唱無しで成立させるのも納得ね)
飛んでくる剣を弾きながら、冷静に分析する。
魔術行使に用いる詠唱は、魔力に意味を与えることで魔術へと「変質」させる術である。しかし、それは同時に一介の「補助」に過ぎない。
魔術師本人の素質や魔力量、技量によっては、その手順を省くことも可能だ。
(一度にあれだけの精度で幻覚を具現化させるのは、並大抵の魔術師じゃあ魔力切れを起こしかねない。それに幻術とはいえ、人間を殺傷するには十分な再現度ね)
心の中で、素直にその練度の高さを認める。
高位の魔術師であるカレンにそう思わせる程、ラザロの魔術は洗練されていたのだ。
続けざまに、ラザロは巨大な蜘蛛の魔獣を幻覚で作り出す。
大蜘蛛は跳ねるようにカレンに突進していくが、彼女は軽々と躱し、建物の壁を蹴って真上を取り、腹部目掛けて剣を突き立てた。
「……ッ!」
蜘蛛が塵になった直後、カレンの足元の地面に魔法陣が浮かび上がる。
それは僅か数秒で赤い色を帯びていき──爆発を引き起こした。
「っ! ……あっぶな……ギリギリセーフね」
爆発で吹き飛ばされながらも、地面に剣を突き立てて体勢を立て直す。
魔法陣が起動するより、一拍早く回避行動を取っていたのだ。
顔を上げ、再びラザロの姿を捉えようとするが、
(消えた……なるほど、幻術の応用か)
視線を戻したときには、既にラザロの姿はなかった。
攻撃が一時的に止んだことで、辺りに静寂が満ちる。
警戒心は緩めず、何処からともなく現れる不可視の剣に備えていたが——街の中へと消失した彼の身体は、カレンの背後で再び現実に戻って来た。
「……ッ!」
「幻術だけで戦う訳ねぇだろ……ッ!」
カレンが反応するよりも早く、ラザロの蹴りが彼女に直撃する。
身体能力も常人を上回っているのか、「強化」を行使した状態のカレンを容易に蹴り飛ばした。
「っ……コソコソ接近して戦うなんて、随分とチャチな戦法ね」
「殺す手段なんてのは何だって良いだろう。俺達の使命は、一人でも多くの異教徒を殺し、悪魔の復活の為に捧げることだ」
「悪魔ねぇ……アンタら、そんな戯言を本気で信じているの? だとしたらお笑い草ね」
「本気さ。我らバチカル派の主教は、既にその方法を確立しているんだからな」
「バチカル派の主教……」
ラザロの単語に反応するカレン。
バチカル派の主教——即ち、彼らを率いる「長」。
教団のトップに位置する存在であり、カレンたちが絶対に討たなければならない「諸悪の根源」とも言える。
「一応聞いておくけど、その方法って?」
「ははっ、簡単に教えるとでも?」
「上等よ──だったら、力づくで聞き出してやるわ」
有益な情報を聞き出すため、ここで倒して使徒に引き渡す。
カレンは己のすべきことを「司教代理の討伐」から「再起不能にする」ことへと切り替えた。
拷問にかけて情報を引き出すのであれば、カレンのような冒険者より、暗部組織である使徒の方が長けているだろう。
一呼吸置くと、カレンは地面が凹む程の力を込めて地を蹴り、ラザロに接近する。
たったの一歩で、彼女は相手との間合いを詰めた。
低姿勢のまま、斜めに薙ぎ払うように剣を振るう。
「ガキが、図に乗るな……!!」
後方に飛び退きながら、背後に数本の剣を顕現させて射出する。
ラザロは直撃こそ逃れたものの、具現化させた剣は全て彼女の一振りで虚空へと掻き消える。
再び距離を取らされるも、カレンは再び獲物を見据える。
即座に次の攻撃に移ろうとするが——ラザロが指を鳴らした瞬間、彼女の衣服が破れ、左肩から血が迸った。
「く────ッ!?」
後ろを振り向くと、壁には刀身が突き刺さっており、灰と化していた。
カレンに裂傷を与えたのは、ラザロの幻術によって作り出された剣だったのだ。
「っ……ギリギリまで現出させなかったのね……」
「幻術ってのは応用が利く魔術でな。こういうことも出来るんだぜ?」
(来る────!)
指を鳴らすラザロを見て大きく距離を取り、不可視の刃に備える。
並大抵の術師では、理解する暇すら与えられずに全身を貫かれて死に至る。
対して、カレンが編み出した対抗策は単純。
彼女はその場で身を低くし、神経を限界まで研ぎ澄ませる。
(致命傷になる物だけ感じ取れ……!!)
心中でそう意気込む。
全神経を迎撃に向け、襲い来る魔力の塊を感じ取る。
「──ッ!!」
カレンは前方を薙ぎ払い、無形の剣を打ち払う。
間髪入れずに振り向くと、気配を頼りに迫る剣を叩き落とした。
その後も、僅かな空間の淀み。溶け込んだ異物の感覚を掴み取ろうとするが——、
「いっ……!」
カレンの上半身が、がくりと下がった。
打ち損じた不可視の剣が彼女の脇腹を抉り、鮮血が飛び散っていた。
鋭い痛みが全身を駆け巡ったが、カレンは体勢を立て直していく。
「これはもう時間の問題かもな。 手数も魔力量も、俺の方が圧倒的に多い。詰んでんだよ、お前は」
言いながら、ラザロは掌を彼女へと向ける。
直後、背後の虚空に二つの魔法陣が顕現した。
幾つもの幾何学模様が重なったような魔法陣は回転を始め、中央に黒色の魔力が収束していく。
純粋な魔力砲。
手負いとなった彼女を殺すのは、もっともシンプルかつ強力な手段だ。
「……いや、まだよ」
「世迷言を。このまま続けても、先にお前が限界を迎えるのは目に見えてるだろうが。それとも、この期に及んで格好つけてるつもりか? 死を前に虚勢を張るなんて、異教の人間ってのはつくづく愚かだな」
「生憎、大人しく殺されるほど諦めは良くないの。それに、まだアンタに一撃も加えてない。だから——今度は私の番よ」
「何だと……?」
カレンの言葉に苛ついたのか、ラザロは眉間に皺を寄せる。
次に放たれる魔力砲を以て、この戦いは幕を閉じる。
追い詰められた眼前の女に、戦況を変える手段はない。少なくとも、ラザロはそう思っていた。
敗北を認めない姿勢が、ラザロの逆鱗に触れたのだろう。
バチカル派の人間にとって、異教の人間は須らく「生贄」に過ぎない。
迫害の対象がここまで反抗する事実に、ラザロは怒りを覚えていた。
「くくくっ……あぁ良いぜ。だったらやってみろよ、異教のカス————ッ!!」
怒りを通り越して笑いながら、ラザロは魔力砲を射出した。
螺旋を描き、純粋な魔力の塊がカレンを襲う。
周囲の地形を巻き込み、塵に変えながら、一人の人間を完全に消し去ろうとしている。
勝敗が決する。
最後に立つのは自分だと、ラザロは確信していた。
—―しかし、それは大きな誤算。
カレン・アルティミウスという魔術師は、まだ己の本領を発揮していないのだから。
「我が手に在るは戦乱の剣」
後方に飛び退いて距離を取ると、少女は居合のような姿勢で剣を構えた。
同時、彼女は紡ぐ。
漆黒の魔剣。その真価を発揮するための呪文を。
「其の名が示すはダインの遺産。血を求め、生を求め、死を求める一刀なり」
魔力砲が迫るが、彼女が動じることはない。
紡がれる詠唱と共に、カレンの剣は赤黒い光を帯びていく。
呼応するように、刀身に魔力が満ちていく。
そして最後に、彼女は口にする——己が振るう剣、その真の名を。
「我が身喰らいて咆哮せよ──『終末招く戦禍の魔剣』」
目を見開き、眼前に迫る魔力砲を剣一本で迎え撃った。
戦乱の魔剣・ダインスレイヴ。
一度抜かれれば、血を見るまで鞘に収まることはない狂気の一刀。
太古の時代、一人の英雄がこの魔剣を抜いた。それによって引き起こされた戦争は、終末——ラグナロクの到来まで続いたという。
ここに、「羅刹」と呼ばれた魔術師が、真の力を振るう。
こっからカレンの本領発揮です。




