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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
第二章 エクレシア動乱篇
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38話『交戦/血塗れの修道女と羅刹の魔術師』

 それは、さながら嵐のようだった。

 聖職者としての高潔な精神とは程遠い、ただ異端を「狩る」事にだけ特化した戦闘技能。

 人を殺すという為だけに磨き上げられた技術の前には、小手先や付け焼刃の魔術など通用しない。


「我が身に主の御力の加護あらん」


 魔術、剣撃、射撃。

 それらをいなしながら、彼女は小さく呟いた。

 教典魔術。全能の神に仕える者にのみ許された、人が作り出した神秘の一つだ。


「――戦葬儀典」


 詠唱。その直後、彼女のハルバードの刀身に文字が浮かび上がる。

 瞬間、彼女の動きが加速する。

 教典魔術における身体強化。ただでさえ凶悪な戦闘力の高さに拍車が掛かる。


 まるで未来予知でもしているかのように俊敏に動き、多少の傷を負おうとも止まらない。

 修道服の袖は所々破け、切り傷から血を流している。だが──彼女にそんな事は関係ない。


「────ッ!」


 ハルバードを振るい、剣を振りかぶって襲い来る団員二人の腹部を薙ぎ払う。

 一目で絶命を確認し、すぐさま次の標的を定めて大地を蹴る。


 狙いを定めたのは、遠方で杖の先を向ける団員。

 周囲からは武器を持った者が接近しているが、セシリアは優先的な排除対象と見做したのだ。

 強化した肉体で跳躍しても、その者の喉を掻き切るには数歩を要する。であれば、取る手段はただ一つ────、


「邪魔すんな……ッ!!」


 腕を引き絞り、ハルバードを投擲した。

 槍斧は男の胸に命中し、そのまま後方に倒れ込む。

 これで彼女の手元に武器は無い。だが、徒手空拳であってもその殺意が薄れる事はない。神への献身の為の四肢でさえ、異端を狩る為の凶器となる。


 地を這う蛇のごとき低姿勢で、団員たちを迎え撃つ。

 

 槍の一突きを身を翻して躱し、一気にその間合いを詰める。

 直後、手刀を信者の左胸──心臓目掛けて叩き込む。


「……かはッ!?」


 信者は血の塊を吐き出し、セシリアが手を引き抜くと同時に倒れた。

 彼女の手刀は筋肉を貫通し、骨を砕き、その息の根を止めるに至った。頬にべったりと付いた返り血を手の甲で拭うと、彼女は男が落とした槍を拾い上げて、


「やっぱ、こっちの方が軽いですね」


 と零しながら、残りの敵を見据えた。

 己の傷には一切意識を向ける事なく、槍を後ろ手に構え、前傾姿勢を取る。


「来ないから、こっちから……」


 相手は少女一人。何人もの人々の命を奪った信徒からすれば、今までと変わらない、悪魔に捧げる贄に過ぎない。

 たかが修道女一人手に掛ける事など、彼らからすれば容易い。


 だが、その程度と侮った事が彼らの致命的な失態だった。


 彼女は異端を捻じ伏せる為に存在する、教会の刃の一人。

 そして──自分たちへの憎しみを募らせた、一匹の復讐鬼でもある。

 ただの信者など、彼女は既に何人も屠っている。


「安らかに死ねるなどとは思うなよ。外道共」


 冷徹に、そして怒気を籠らせて言った。

 その口調から敬語が消えている事からも、今の彼女の中では彼らへの殺意が上回っている。

 威容に怖気づいたのか、団員たちは後ずさりしようとするが、既に遅い。

 

「誰もお前たちを許しはしない。誰もお前たちの墓を建てる者はいない。異端に身を委ねた自身の行いを呪いながら、後悔しながら死んでいけ」


 その言葉を手向けとして、彼女は槍を振るう。

 死にゆく者への慈悲はなく、ただただ排除する為だけに全ての力を注ぐ。




※※※※




「──この辺りは今ので最後、ね」


 言いながら、剣にこびり付いた血を振り払う。

 アウラと別れたカレンは、シオンの北東で掃討にあたっていた。既に周囲には黒衣の死体が幾つか転がっており、一通り暴れた後だった。

 軽い準備運動、といったところだろう。ただの団員と戦ったところで、彼女が疲れる筈も無い。


「……まぁ、あの使徒の二人は大丈夫だろうけど。はやくアウラと合流しないと」


 カレンはやや不安げに言いながら屈み、屋根の上に飛び乗ろうとする。

 アウラには街の南の方の掃討を任せていた。既に実力的には問題は無いが、それでも心配な部分はある。

 脚部に魔力を集中させ、一気に飛び上がろうとした。


 しかし直後、彼女はそれを止めた。何故なら──。


(コイツら、消えてる……)


 切り伏せた団員達の亡骸が、塵のように変化していく。

 風に吹き飛ばされる砂のように、人だった者の存在が消えていく。その痕跡を消すかのように、飛び散った血も蒸発していく。

 当然、彼女の身体に付着する返り血も煙を立てて気化していた。


 目の前で起きた異変に、彼女は額に汗を滲ませる。そして周囲に警戒心を向け、再び敵意を漲らせた。


(確かに肉を切った感覚はあったし、人工的に造られた人形って訳でもない。だったら……)


 平静を崩さないまま、起きた異常を分析する。

 聞こえが悪いが、彼女も人を手に掛けた経験は人よりある。故に、武器を振るい、その血肉を絶つ感覚に敏感だったのだ。

 純粋な人か否か。それを判別する為のアンテナも、カレンは有している。


 しかし、その感覚はこの場においては正しく機能していなかった。


「成る程、幻術ってワケね……」


 数秒の黙考の後、合点が言ったように零した。

 これは人ではなく、魔術によって造り出された幻影だったのだ。

 彼女がその事に気付いた直後、


「────ッ!!」


 カレンは振り向きざまに剣を振り下ろし、背後から迫る物体を打ち払った。

 地面に叩きつけられたのは、一本の短剣。恐らく投擲された物だろうが、犯人の姿は見当たらない。

 

「何処の誰かは知らないけど、その程度で私を殺せるなんて思わない方が良いわよ」


 見えない敵に、冷たく言い放つ。

 降りかかる火の粉を払うだけではない。一度敵と認識したからには、持ちうる全てを用いてその息の根を止める。それが、臨戦態勢に入った彼女のスタンスだ。


 それは、忠告。

 舐めるな、という訳ではない。──「確実に仕留める」という意思表明だ。


 静寂を破るかのように、何もない空間から人間のシルエットが浮かび上がった。

 そして、ぱちぱちと拍手が響き渡る。


「良く気付いたじゃねぇか、女。褒めてやるよ」


 心の籠っていない誉め言葉と共に姿を現したのは、バチカル派の黒衣を纏う男だった。他の信徒とは違い、その男はフードを被っていない。

 癖っ毛気味の黒緑の髪色に、えんじ色の瞳。

 彼はカレンを見下すように、不敵に笑っていた。


「……他の区画の信者も、アンタの幻術?」


「んな訳ねぇだろうが。俺が幻術で作った信者は全部、テメェが潰してくれたんだからよ」


「そう、なら安心した。じゃああとはアンタだけってことね」


「口だけは随分達者だな? 気付いてないのかよ、自分が置かれている状況に」


 余裕の笑みを浮かべながら、指を鳴らす。

 瞬間、カレンを取り囲むように、何本もの剣が具現化する。その切っ先は全て彼女に向いており、彼女を串刺しにせんと射出された。


「────ッ!!」


 即座に反応し、大きく飛び退いてやり過ごす。

 身を低くし、眼前の男の攻撃に備える。

 だが、それで終わりではない。──地面に突き刺さらなかった数本の剣が、追尾するように彼女の方へと進路を変えた。


「……しつこいッ!!」


 言いながら、襲い来る剣を己の剣で薙ぎ払う。

 そのまま構えながら、大きく息を吐き、集中力を上げる。


「おいおい、折角この俺がきっちり殺してやろうってのに。抵抗すんじゃねぇよ」


「残念だけど、私にはまだやらなきゃならないことが山ほどあるの。だから、大人しく信者どもを率いて帰るか、再起不能になってくれると助かるんだけど」


「寝言は寝て言えよ小娘。……それに、別にいつ死んでも変わらねぇだろ? 人間生きてりゃいつか死ぬんだし、それが早くなるだけだ。──だったらせめて、贄として役に立てよ、異教のクズが」


 最後の一言には、心の底からの侮蔑が込められていた。

 極めて異端派らしい言葉。教団の教えに共感する者以外の全てを、悪魔へ捧げる供物としか見ていない。

 クズと吐き捨てられたカレンは怒るでもなく、寧ろ僅かに笑みを浮かべながら


「……確かに私は異教のクズ。でも、身勝手な教えに従って無辜の民を平然と殺すような人間を、世間一般じゃクズって言うのよ?」


「中々言うじゃねぇか。……決めた、テメェは原型すら残さずに、この俺……バチカル派司教代理、ラザロ・ノーレンが殺してやる」


 彼が手を翳すと同時に、彼女も「強化」の魔術を行使した。

 それが開戦の合図。

 ぶつかり合うのは殺意と殺意。互いに本気で命を奪い合い、捻じ伏せる。


 異端の信者と羅刹の少女の戦いが、夜の街で幕を開けた。

暫くクロノの戦闘シーンが多かったので久々にカレンのバトルになります。

そういえばコミケですね。

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