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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
第二章 エクレシア動乱篇
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34話『聖堂の都』

「ここが聖堂都市……一点の汚れも無いって感じだな」


 エクレシア教皇国の都市シオンは、アウラの想像以上に美しかった。

 エリュシオンほどの活気こそないものの、穏やかな雰囲気に満ち、争いなどという概念とは無縁のようにも感じさせる。

 白を基調としたゴシック様式の建物が立ち並ぶ街並みは、まさに「聖堂都市」の二つ名に相応しい。


「それで、私達は何処に向かってるの?」


「一旦、このシオンが誇る礼拝堂を見て頂こうかと。ロギアさんともそこで合流する予定ですし、折角なので礼拝も見ていって下さい」


「礼拝っていえば、俺もエリュシオンの教会には行ったけど、始まる前に帰っちゃったな……」


「なんと。それは何故に?」


「たまたま立ち寄ったんだけど、教会でちょっと変な人に絡まれてね」


 セシリアに聞かれたアウラは視線を逸らして答える。

 彼の言う「変な人」は勿論、セシリアと同じ教会所属の修道女──両眼を包帯で覆ったエレミヤのことである。

 初対面でアウラの素性について色々と言い当てた人物だが、彼の中ではあまり良い印象を持っていない。


「変な人、ですか。何か悩みでもあったんでしょうか?」


「いや、その人には悩みなんて何一つ無さそうだったよ。一応ソテル教の信徒だったし」


「……随分と変わった信徒もいるものですね。教会の人間としては、信徒が思い悩むことなく生活できているのなら嬉しい限りですが」


 答えるセシリアの声もやや困惑気味だ。

 アウラが出会った修道女の場合は「悩みが無い」というより、「信仰心が行き過ぎて、悩みというものが入る隙がない」と言う方が正しい。


 未だ人の往来の多い大通りを歩く一行。

 周囲の人々にも何人かは同じ方面に向かっており、彼らと同じく、大聖堂に向かっているらしかった。


「やっぱり、みんな行き先は同じなんですね」


「エルスフィア大聖堂はこの都市を代表する場所ですからね。信徒の方々であれば、まず最初に向かう場所でしょう──おっと、見えてきました」


 セシリアが視線を少し上げる。

 その先には、見る者全てを圧倒する威容を誇る、巨大な建造物が聳え立っていた。

 街並みに合わせるように、その色合いは白を基本としている。真正面からのシルエットは横に長く、上方には時刻を刻む時計が備え付けられ、中央からは天を貫くように塔が伸びている。

 荘厳な雰囲気は、その一帯が神聖な空間であるようにも錯覚させる。


「エリュシオンのギルドも雰囲気的には近いけど、やっぱ本物は違うな」


「大聖堂の前に広場があるので、そこでロギアさんの到着を待ちましょうか」


 セシリアが指さした辺りには、確かに人が多く集まる広場があった。

 大きな噴水が目印のようで、甲冑を身に纏い、背から翼を広げた男の石像が取り付けられているのが見て取れる。

 待ち合わせ場所には丁度良い場所だ。


 一行は城門から大通りを抜け、大聖堂の前まで歩いていく。

 アウラとカレンは軽い旅行気分で、周囲の景色を楽しみながら進む。そんな彼らとは対照的に、カレンは街に入ってからというものの、少しも表情を緩めずにいた。


「……カレンお前、さっきから表情が硬いけど、どうしたんだ?」


「ん? あぁいや、別になんでもないわ。ちょっと考え事してただけだから」


 そんな彼女の様子に気付いたのは、アウラだった。

 彼女の面持ちは、至極真面目な話をしている時のそれだったのだ。


「考え事って、どんなだよ」


「次に鍛錬をする時、アウラをどうやってシバいてやろうかなって。ほら、最近全然できてないし」


「お前、あんな真剣な顔でそんな物騒なこと考えてたのか……?」


 かなり引き気味のアウラ。

 今まで何度も手合わせはしてきたが、悉く彼女の剣技──そして身体能力の前に敗北を重ねてきた。

 彼女は一度使った手は二度と使わず、彼女に一度使った手は二度と通用しないのだ。故に、負けるパターンは非常に多い。


「……なーんてね。嘘よ、うーそ。エクレシアに来るのは初めてだから、色々気になって辺りを見渡してただけよ」


 アウラは心底恐怖を抱いている様子だったが、その反応を見たカレンは悪戯っぽく笑う。

 彼の心配は杞憂だったが、それ以上に一つ実感した事があったようで、


「なら良いけどさ……にしても、カレンもそんな表情するんだな」


「意外だった?」


「まぁ、確かに意外っちゃ意外。何せずっと「クールでサバサバした感じの女魔術師」って印象だったし」


「私だって人間だし、冗談ぐらい言うわよ。それとも何、アウラは私を冗談なんて言わない堅物真面目女だとでも思ってたの?」


「別にそういう訳じゃないけど、俺の中で初対面の時の印象が強すぎるっていうか……」


「もう三ヶ月も前の事なんだし、いい加減そのイメージから離れなさいって。私だって、仕事抜きだったらオシャレするぐらいには女の子してるわよ」


 腕を組み、呆れ気味のカレン。

 どうやら戦闘狂のような自分の顔がアウラの中で定着していたらしく、呆れを通り越して若干不機嫌にすらなりかけている。


「……マジで? 俺、そんなカレン今まで一回も見たことないけど」


「ええ、見せた事ないもの。もしかして見たいの?」


 くすくすと、カレンはからかうように口角を上げる。

 彼女のビジュアルは確かにかなり整っている。彼女の素を知らない一般人からすれば、カレンは間違いなくただの美少女だ。

 普段は性格故に真面目な顔をしている事が多いが、彼女が本気で着飾る事があるのだとすれば、その破壊力は計り知れない。


 熟考するアウラを覗き込むように、カレンは顔を近づける。


「──強いて言えば見たい……けど……!」


 葛藤の末、絞り出した言葉がそれだった。

 表情は険しく、見たいか見たくないかの二択で相当迷っていた事が露骨に出ている。


「けど?」


「可愛く着飾っても、カレンはカレンだし、チンピラに絡まれたらやっぱり手が出てボコボコにする画が思い浮かんじゃって」


「アンタもしかして喧嘩売ってる?」


 遠い目をするアウラに、思わずカレンは青筋を立ててしまった。

 二人がそんなやり取りをしている間に、セシリアとクロノは先へと進んでいた。

 それに気付くと、アウラとカレンは急いでその後を追うのだった。




 ※※※※




 大聖堂前の広場で待つこと数十分。

 そこには冒険者組にセシリアを加えた4人、そして、遅れてロギアが合流していた。


「ところでロギアさん、さっきは城門で何を?」


「あぁ、俺達以外にも使徒が来ているって話を検問の人から聞かされてな。先に大聖堂の中で待ってるらしい」


「待ってるって、私達に何か用でもあるんですか?」


「それは聞いてみないと分からないな。とりあえず中に入ろう、話はそれからだ」


「あのー、じゃあ俺達は適当に時間を潰してれば大丈夫ってことで?」


「そうだな。君たちは中を見学するでも良いし、好きに過ごしてくれて構わないよ」


 同業者と会うからか、ロギアは軽く身だしなみを整えると大聖堂へ入っていった。

 巨大な柱によって支えられた入口を通ると、中は外に比べて薄暗く、ひんやりとした空気に満ちていた。

 世俗とは違う、神聖な空間。

 エクレシアの教会と同じように、両サイドに長テーブルが何列も置かれている。


「そう長くはならないと思うから、アウラ君達は少し待っててくれ」


 言って、ロギアとセシリアは奥の方へと進んでいく。そこには彼と同じく、法衣に身を包んだ三人の男女の姿があった。

 先ほどよりも真剣な表情で、ロギアも何やら話し込んでいた。


 それよりも、アウラたちは煌びやかな装飾や絵画に目を奪われていた。

 上を見上げると、天井にも精巧な宗教画が描かれている。


「人と竜、か……?」


 薄暗い洞窟にいる一人の男と、黄金の輝きを放つ四つ足の竜が描かれた絵だった。

 その竜の周りは異形の天使が囲っており、恐ろしくも神々しい印象を抱かせる。


「大方、さっき言ってた「万古の竜洞」の伝承を描いたものでしょう。あの竜が神の顕現なら、天使が周囲を囲っているのも納得です」


「ソテル教のシンボルも、十字架に竜が巻き付いたようなものだしね。ナーガ然り、世界を取り囲むヨルムンガンド然り、蛇と竜は近しいもの」


「言われてみれば確かに、ロギアさんたちの法衣の左胸にそんな感じのマークがあったな……」


 顎に手を当てて、使徒たちの着ていた法衣の装飾を思い返す。

 十字架と竜という一見奇妙な組み合わせは、ややオカルト染みた雰囲気を放っている。

 教会の象徴は、アウラの記憶にも新しい。


(十字架に竜の紋章。そういえば、あのエレミヤとかいうシスターも)


 アウラが思い出したのは、エリュシオンの教会で出会った謎の修道女。

 彼女が纏っていた紺色の法衣の左胸にも、その刺繍があしらわれていたのだ。


(教会所属だから同じ服でも不思議ではないけど、あの人ももしかして……)


 そんな推測が、アウラの頭の中を巡る。

 補足するように、天井を見上げながらカレンは続けた。


「竜っていうと、ソテル教では「神の敵」ってされることもあるけどね。──教会、ひいてはエクレシア王国は一度、竜に酷い目に遭わされているっていうのに」


「エクレシアが、竜に……?」


「はい。相当古い記録になりますが、この国は一度、魔獣の頂点の一角の竜によって壊滅寸前まで追い詰められたことがあるらしいんです。確か……」


「――獣竜事変。エクレシア教皇国のみならず、世界各地を壊滅状態に陥らせた未曾有の大災害ね」


 声のトーンを落とし、腰に手を当ててカレンが語った。

 神期の終わり。神々と魔神によって繰り広げられた「大戦」でも、地上は甚大な被害を受けたという。

 しかし、それだけではない。

 地上にはもう一度、災厄に見舞われていた。


「神々の時代が終わったのが6000年前だから……それから1000年後か2000年後だったか。封印されていた魔獣が同時多発的に復活して、各地の都市を蹂躙したの。暴竜アジ・ダハーカに、災嵐竜テュフォン、大海の覇者リヴァイアサン。涜神の魔獅子セリオン。これら名だたる神獣が地表を地獄に変えた。その一柱だったのが、黙示竜よ」


「黙示竜……」


 カレンは視線をアウラに戻し、淡々と述べる。

 終末に再来する悪竜――アジ・ダハーカ。

 主神ゼウスをも追い詰めた暴嵐の化身――テュフォン。

 創造主によって造られた最強の生物――リヴァイアサン。

 神そのものを否定する獣――セリオン。

 いずれの神獣も、一柱の主神、即ち神話を相手取ることのできる魔獣。地上世界を壊滅させるには十分すぎる。

 

 カレンが最後に語った名は、以前の世界で伝承されていた、とある竜を思い起こさせた。

 世界最大級の一神教における、神の敵。

 終末を物語る預言書において、大天使が率いる軍勢と決戦を繰り広げるとされているのだから。


「……七つの頭に十の冠を被る、魔王の化身とされる赤い竜か」


「ご名答。太古の神々ですら殺しきれなかった魔獣の一角よ。私もそこまで詳しい方ではないけど、現れては繁栄する都市を蹂躙して滅亡に追い込み、再び眠りに付くって話は聞いた事があるわ」


「その被害を受けたのが、エクレシアだったのか……」


「神と怪物。在り方が違うとはいえ、自分たちの国をボロボロにした竜が、自分たちが信じる神の化身として現れるっていうのも皮肉よね」


 カレンの言う通り、なんとも皮肉である。

 慈悲深き神としての竜と、人とその文明を滅ぼす為の竜。その二つは対極に位置する存在だ。


「それにしても、神期の怪物が、なんで……」


「神々は、殺しきれない怪物を各地に封印することで人の時代を迎えた。でも、それも永遠に続くわけじゃなかったのよ。いくら神々の封印とはいえ、時間と共に摩耗するわ」


「……解けたのか、封印が。それで竜がエクレシアを──」


 アウラが少し悲しそうに俯くと、その答えにたどり着く。

 神々とて絶対ではない。時間というのは、一方では全てを破壊する圧倒的な力。

 神期より掛けられた封印でさえ、補強する者がいなければいずれは朽ちる。それは当然の理だ。


「──だが、赤い竜に関しては、ソテル教の中でも一つだけ「予言」があるものでもある」


 そう話に割り込んだのは、他の使徒との話を終えたロギアだった。


「予言?」


「あぁ、一般にはあまり知られてはいないし、信憑性も分からないが……人の時代において、その竜は二度現れるって言われているんだ」


「……!」


 三人が同時に息を呑んだ。

 ロギアが語るのはあくまで伝承、太古の人々が未来に起こるであろう事を後世に残しただけのもの。──しかし、それは事実となっていた。


「一国を滅ぼす程の魔獣が、もう一度現れるってのか……!?」


「あくまで予言に過ぎませんが、教会の一部の人間は信じている者もいるのも事実です。実際、「都市喰い」の再来に関し、権威ある教父たちの間で議論が交わされた事もあるぐらいですから」


「一度現実になっている以上、無視する訳にもいかないものね」


「流石に、いつ来るかまでは分からない。……ただ、教会自体はかなり危惧していてな。太刀打ちできる人材の捜索で大忙しだよ。各地を巡る俺達の仕事には、一応それも含まれてる」


「教会の査定だけでも大変なのに、有事の際の戦力の捜索も兼ねてるのか。俺ら冒険者なんかよりも、よっぽどハードな仕事なんだな……」


 ロギアの身を案じるアウラだが、当のロギア本人は何処か諦観したような目付きで応じる。


「正直、使徒の仕事にはもう慣れたさ。自分で言うのもなんだが、俺は人よりも身体が丈夫だし──生憎、一番俺に合った仕事だからな」


 ロギアは自嘲気味に笑っていた。

 使徒としての職務に追われ、当初は嫌だったと零しながらも、一方で彼は、その仕事を自分に合っていると言ってのけた。

 己の過去に向き合った果てに出たかのような言葉。

 不満を言う事があっても、自分の職務には真剣に向き合っている。


「使徒なんてのは、どういう理由があれ、教会の為に己の全てを懸けられる輩が集まった役職だ。その点で言えば、セシリアはその典型だよ」


「それはどうも。貴方に褒められても、全然嬉しくありませんが」


 ぶっきらぼうに答えるセシリアの表情には、相変わらず変化が乏しい。

 明らかに彼女の方が年下なのだが、二人の関係は至ってフラットだった。


「教会の為に、その身を捧げられる人間。ですか……」


「信仰心が行き過ぎているような上司もいるから、その辺と関わっていくのは少し大変だけどな」


 笑いながら話している辺り、教会に癖の強い者がいる事は受け入れている様子だった。

 使徒としての責務は重い。ある意味では、ソテル教が存在し続ける為に奔走するという役職でもあるのだから。

 過酷な役職に身を置きながらも、不思議とロギアは後悔している訳でもなかった。


「そろそろ夕方だし、今日の宿に行こうか」


 時間が経つのは存外に早いもので、外の方を見ると僅かに夕日が差し込んでいた。

 アウラ一行は大聖堂を後にし、ロギアの案内で一日目の宿に向かう。

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