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雷霆使いの欠陥魔術師  作者: 樹齢二千年
第二章 エクレシア動乱篇
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33話『使徒と魔術師』

「エクレシアの王都まではざっと三日はかかるんで、私たちはこれから地竜車を乗り継ぐ形で向かいましょう」


 白髪の修道女──セシリアは事務的に告げる。

 一行は絶賛、地竜者に揺られている。今日は一旦最も近いエクレシアの街で一泊し、そこから更に数日かけてエクレシアの王都へと向かうというスケジュールだ。

 手紙を渡すだけというシンプルな依頼ながら、その道のりは遠いの一言に尽きる。


「ここから一番近い街となると……聖堂都市シオンだな」


「聖堂都市って、随分と立派な名前だな」


「シオンはエクレシアの玄関口とも言える街でね。王都にある世界最大の礼拝堂程ではないが、由緒ある大聖堂がある事で有名だな」


「確か、王国の中でも王都に次ぐ規模を持つんでしたっけ」


 アウラとロギアの会話に横から割って入ったのは、ようやく目を覚ましたクロノだった。

 少し眠った事で多少は元気を取り戻したのか、比較的顔色は良くなっている。


「ちょっと記憶があやふやな所はありますけど、王都メレクや「万古の竜洞」に並ぶ「三大聖地」って呼ばれているんでしたよね?」


「その通り。一般の信徒の方々にとっては、一生に一度は足を運びたい。なんて言われていますね。貴方も随分とお詳しいようで」


「すみません、ちょっと質問しても?」


「構いませんよ」


「聖地のうち二つが都市そのものなのは分かるんだけど……「万古の竜洞」って?」


「万古の竜洞は、エクレシアの最東端にある洞窟の事でな。遥か昔、ソテル教の開祖──預言者がそこを訪れた時、光輝く竜を見たって伝承に因んで聖地にされてるんだよ」


「竜か……今まで俺が見た竜ってナーガだけだから、普通の竜もいるみたいでちょっと安心した」


 ナーガのような多頭竜もれっきとした竜種だが、一般的にイメージされるドラゴンとは些か違った姿形をしている。

 ファンタジーの世界──加えて、その源流たる神話が存在した世界となると、やはり四肢を持ち、巨大な翼を携えた竜の登場にも期待してしまうものだ。

 ロギアは「まぁ」と一言置き、


「無論、今はただの洞窟だけどな。現れた竜がソテル教の神の化身だった、なんて事も言われるもんだから、何かと大切にされてるのさ」


「神聖な物に因む場所を祀り上げるなんて、ソテル教も案外素朴なのね」


「教会所属の俺が言って良いのかは分からんが、結局、根本的なトコじゃあソテル教も古い信仰も変わらないような気もするな……」


 頬杖を付きながら、ロギアがそう語る。

 結局のところ、信仰する神のスケールの違いがあるだけで、神聖な物を生み出す切っ掛けというのは変わらない部分なのだろう。


「ロギアさん。それ、一部の上の人間が聞けば、首が飛びかねない失言ですよ?」


「別に大丈夫だろ、上のお偉いさん達が、こんな現場仕事の人間の言葉に耳を傾ける訳ないしさ」


 厳しめな口調でセシリアが釘を刺すが、ロギアは大して気に留めていない。

 セシリアの方が仕事に真面目で信仰に忠実なのに対し、彼は聖職者という割には信仰心が比較的希薄であるように感じさせた。

 スタンスの違いが二人の間にあるが、不思議とバランスが取れている。


「……そういや、ソテル教は古い祭儀にも寛容ってのを聞いた事があるけど、対立しないのか?」


 ボソリとアウラが呟いたのを、セシリアは聞き逃さなかった。


「当然、歴代教皇の中には、古い祭儀を徹底して排斥しようとした方もおられました。その際に、異教の神殿を形が残らない程に破壊したり、人々を無理やり改宗させた事もあります」


「神殿を破壊、か……やりすぎ感は否めないけど、そうなるのも無理は無いか」


 たった一つの神を信ずる信徒にとって、他の神々の存在を認めがたいとするのは、至極真っ当な理論だ。

 自分たちの信仰以外を絶対視して排除する。かつてのソテル教は、そのような教団だったのだ。


「今のように異教の祭儀と共存するようになったのは、大体今から200年前、4代前の教皇ヘルマディオスの時代からです」


「200年……結構最近なんですね」


「それまでは他国との戦争こそ無かったものの、度を越えた力づくの教化が多くてな。それをマズいと思ったヘルマディオスは当時の教会の連中に「神期の神々が居なければ、今の我らは存在し得ない」って説いて、黙らせたのさ」


 教会の分岐点にあったのは、古き神々に対する敬意だ。

 そう語るロギアの言葉に、カレンは納得したように続ける。


「確かに、筋は通ってる話ね。……神々が「大戦」で悪魔達から地上を護り、人間を生かしていなければ、こうして生きている事すら叶わないもの」


「そんな訳で、正統派教会は変わった。今でも異教の祭儀への参加を禁ずる宗派もあるが、基本的には古来の神々に敬意を払うってスタンスに切り替わったんだよ」


「信仰する事はなくても、共存する道を選んだって訳か」


「そうです。証拠に、王都メレクにある教皇庁の書庫には古代の祭儀書も多く保管されていますから」


「それは、共存に反発する連中の焚書を防ぐ為に?」


「あぁ、残せる物は後の世に残していこうって方針でな。まぁ、今まで散々迷惑かけてたし、これぐらいはして当然だろうが」


「なんかロギアさん、さっきから教会に対して一歩引いた感じというか、聖職者らしくなくない……?」


 ずっと思っていた事が、遂に口に出てしまった。

 カレンとクロノの二人も薄々感じていたのか、うんうんと頷いている。


「そうか? 確かにコイツに比べれば……いや、ぶっちゃけた話、俺はそんな信心深い人間じゃないからな。信仰心と仕事の両立なんて出来る自信は無いね」


「もしかして、他の使徒もこんな感じなのか……?」


「一般の使徒の大半は真面目ですが、癖のある人間がいる事も確かです。この人もその一人です。……使徒の本部は教皇庁にあるのですが、使徒の機関長はともかく、その補佐は何処ほっつき歩いてるのかわかりゃしませんし」


「んで、そのしわ寄せが部下の俺らに回ってくるって事。お陰様でロクに休みもありゃしない」


「教会の人間って、みんな清廉潔白なイメージだけど、意外と問題児もいるんだな……」


 神への帰依を旨とする一神教の誠実なイメージが、アウラの中で僅かに崩れた。

 使徒が常に各地を巡る仕事であり、常駐しない分自由度が高い事も鑑みれば、そういった人材も出てしまうのだろう。


「使徒も色々と大変なのね、同情するわ」


 カレンがある意味で、使徒の彼らに親近感を抱いていた。

 組織の重要人物の消息が掴めない事に関しては、アウラ達も同じ境遇と言える。

 グランドマスターであるシェムが信頼したが故に遠い異国の地までやってきているが、主力が抜けているが故、カレンやクロノに仕事が回ってくるのだ。


「貴方がたは、確かエリュシオンのグランドマスターに派遣されて来たんでしたね。船旅、大変でしたでしょう?」


「俺とカレンはそうでもなかったけど……」


「もう船は懲り懲りです……」


 アウラがチラリとクロノを見ると、落ち込むように言う。

 殆ど他の二人が付きっきりだった事に加え、アウラの背で爆睡してしまったりと、何かと旅の中で迷惑をかけてしまった事に負い目を感じているのだ。


「まだ気分が優れないので?」


「あぁ、多少は楽になりましたけど、まだ少し頭痛が……」


「成る程──分かりました、では、ちょっとじっとしていて下さい」


「へ?」


 言うと、セシリアは真向いのクロノに手を翳し、眼を瞑った。

 そのまま一度大きく深呼吸をしてから、意識を深層に落とし込み──、



「──我らが神は命の神。その手は清く、あらゆる苦しみを忘れさせる──」



 定められた文言を、彼女は唱えた。

 セシリアが言い終えた直後、淡い水色の光が手から生じる。

 それは、見紛う事なき「魔術」だった。

 地竜車に乗ってからも、クロノの体調は十分と言うには程遠い状態だったが、


「……あれ、頭痛が……一体何を……?」


 クロノは不思議そうにセシリアの方を見る。

 ガンガンと頭の中に響いていた痛みが、スッと消えていったのだ。

 ただ、彼女が疑問を抱くのも無理は無い。魔術は本来、神々の異能を人の身で再現したモノ。──つまり、他の神を信仰しない一神教とは相反する「異端」とも言えるのだから。


「一神教の人間でも、魔術を使うんだな」


「えぇ。ですが、これは貴方がたのような異教の人々が使う魔術ではありませんよ」


 意外そうに言うアウラに、セシリアは眉一つ動かさぬまま否定する。 

 先ほどから「異教の人々」と言っているが、別段敵意を持っている様子ではなく、セシリアは信徒としてはこれがデフォルトらしかった。

 彼女の魔術を一目見たカレンは横から


「教典魔術っていうんだってね。それ」


「良く知ってるな、アンタ」


「こうして本物を見るのは初めてだけどね。確か、ソテル教が独自に編み出した魔術って話だけど」


「その通りです。教典魔術は私達の聖典──『聖伝書』に記される奇跡に根差すものですので、異教の人々には扱えません」


「奇跡を代行する魔術……教えを広める使徒らしいけど、意外だな。てっきり教会は、魔術みたいなオカルトとは縁遠いものかと」


「一般的に知られている魔術を完全に断ち切るのではなく、初期の正統派の人間たちは「自分たちに最適化された魔術」を作り出した。それが私達、使徒に教授される教典魔術なんです」


「まぁ、白兵戦向けの魔術は少ないがね。セシリアがやってみせたような治癒だったり、他だったら、せいぜい教会所属の悪霊払い(エクソシスト)が使う対霊魔術ぐらいだよ。俺も使えない事もないが、正直、性に合わないね」


「自分たちに向けて作られた魔術なのに性に合わないって、聖職者的にどうなんだ……?」


「この男は使徒の中でも割かし大きな仕事を振られる事が多いのですが、激務が続いた結果、このような性分になってしまったのです。仕方ありませんよ」


「一言言わせ貰うが、1ヶ月間マトモに休まず各地の教会を査定しろとか言われたら、誰だってそうなるだろ! 流石にあん時は死にかけたぞ!?」


「でも生きてるじゃないですか」


「いやだからそういう問題じゃ……これだから使徒だけは嫌だったんだよ……」


 がくりと項垂れ、愚痴を零すロギア。

 彼の教会から一歩引いたスタンスは、日頃の激務の果てに生まれてしまったものだという。それでもわざわざ任務をこなし続けている辺り、根は真面目な青年だった。


 教会所属の若い青年の嘆き響き渡る中、一行はエクレシアの都へと向かう。




 ※※※※




「っはぁ……腰いった……!」


 腰の辺りをさすりながら言うのはカレンだ。

 シオンに至る街道に十分に舗装されていない道があり、揺れも相俟って腰にダメージが蓄積していた様子。

 彼らがいるのはシオンの城門の真下。全員地竜車から降り、入国の為の検問をしている最中だ。

 身分の証明とサイン、それから持ち物検査というシンプルなもので、冒険者三人組が先に済ませ、ロギアとセシリアの二人を待っていた。


「流石に結構揺れましたもんね」


「なんなのよあの道……街道ならもうちょっと整備しときなさいっての」


 などと零すカレン。

 一方、船を降りてから続いていた頭痛も完治したクロノはピンピンしている。


「クロノ、お前、地竜車じゃ全然酔わないんだな?」


「そうなんです。どうにも昔から船だけが苦手で、乗る度にああなっちゃうんです。どうしてなんでしょうか……」


「護符を貫通するぐらい酷い船酔いって、災難ってレベルじゃないな……多分、帰りも船に乗る予定なんだけど、大丈夫そうか?」


「……頑張ります!」


 少し間を置いてから、気合を入れるように軽く拳を握る。

 しかし、それが精一杯の強がりである事は明白だった。

 二度ある事は三度ある、ではないが、帰りも似た惨状になりそうな予感がアウラの頭の中で渦巻いている。

 

「今度はもっと、強い効力のある護符を探して────」


(あ、ダメだこれ)


 帰り道にどうなるかを大体察してしまったアウラ。

 護符をルーン魔術で強化しても、天性の船酔いの前には意味を為さなかったのだ。

 今度こそと意気込むクロノを見て、アウラは苦笑いを浮かべながら


「魔術すら貫通する船酔いってなると、もうどうしようもない気が……」


 思わず本心を零す。

 しかし当のクロノは船酔いの克服に前向きだ。勇気か無謀かのどちらかで言えば後者寄りである。

 彼らがそんなやりとりをしていると、検問を終えたのか、セシリアが二人の下へ歩いて来て、


「お待たせしました。シオンの案内は私にお任せを」


「あれ、ロギアさんは?」


「あの人は後から来ますので、先に中に入っていてくれとの事です」


 その言葉を最後に、セシリアは城門の方へと歩き出す。

 カレンらもその後ろを付いていき、エクレシアの都市へと足を踏み入れる。

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