移動
朝。
目を覚ますと昼前だった。
思った以上にぐっすり眠れた。
隣ではプラミーが安らかな寝息を立てていた。
ほっぺをつつくと、柔らかく指が沈む。
極めてよい。
頭を撫でると、銀色の髪がさらりとこぼれる。これもよい。
母に内緒でコンディショナーを拝借した成果だろう。
さて。
まずは状況確認だ。
カーテンの隙間から外を覗く。
アリのお化けが畑を闊歩している。
電話、テレビ、ラジオのチェック。
うんともすんとも言わない。
状況は昨日から変化なし。
あるとすれば、プラミーが増えたくらいか。
プラミーについてはいろいろ聞かないとな。
一番古い記憶は何なのか、とか。
「ふぁわわわ……、おはようなのです」
「おはよう」
プラミーが起きた。
ぐぅうう、とお腹を鳴らしている。
「い、今のは僕ではないのです……」
俺でもない。
座敷わらしかよ。
なんにせよ、まずは朝食だ。
†
朝食後はプラミーを質問攻めにした。
目ぼしい情報は何も出てこない。
しかし、面白い話は聞けた。
プラミーは護身術が使えるという。
僕は超強いのです、と言い出したので手合わせを願うことにした。
プラミーと向かい合って立つ。
身長差がありすぎて組手にもならない。
プラミーは掴みかかろうとする俺の腕に手を添え、
「ここで手を持って、こうするのです」
「うひょ」
俺は簡単に体勢を崩した。
力を入れたようには見えなかった。
なのに膝をつかされた。まさか本当に護身術が使えたとは。
「すごいな……」
「こんなの大したことないのです。もっとすごい人はたくさんいるのですよ?」
ぐぬぬ。
なんか悔しい。
「俺にだってできるぞ」
「ではやってみるのです」
プラミーは余裕の表情だ。
この俺を本気にさせたな。
俺は頭の中でコントローラをイメージする。
十分に具体化したところで、ボタンを押す。
「にゃうー!」
体が勝手に動き、プラミーが吹っ飛んだ。
飛んだ先に運良くソファがあり、ぼふっと収まった。
危ないところだった……。
調整ができないってのは、若干不便だ。
「だ、大丈夫か? ごめん、つい」
「びっくりしたのです……」
「すまん、大人気なかった」
「完璧な動きだったのです。源太は天才なのです?」
「いやぁ、そうかな? プラミーの教え方がうまいからじゃないかな?」
「うぅうぅ、照れるです~」
プラミーは顔を赤くしていた。
かわいいな。
にしても、このスキル。
空手以外にも技が出るようだ。
同じボタンを押しても、思い描く技によって出力が違う。
予め型を見るだけで同じ動きができるので、あらゆる格闘技をサクサク覚えられるだろう。
尻にコントローラを差していた頃とは大違いだ。
何事も極めれば強い。
「面白いのでもっと技を教えてやるのです」
「はは、ありがとうございます。師匠」
プラミーに師事し、俺は更に技を習った。
オリジナル格闘技らしく、キワモノがたくさんあった。
蔦状植物をハメ殺す技、幻術を使う獣を絞める技などなど。
一番気に入ったのは、竜人の股関節を外す固め技だった。
†
日が暮れた。
アリのお化けがいなくなり、村はまた静かになった。
二日経っても両親は帰らなかった。
不安だが、職業柄仕方ないとも思った。
町で洪水があったときも、二人は一週間帰らなかった。
そういう仕事だ。
夕飯を食べたところで、プラミーが風呂に入りたいと言い出した。
昨日は勢いで一緒に入ったが、俺も冷静になっていた。
相手は女の子なのだ。
いつまでも男と二人きりでは気が休まらないだろう。
とすると、神社が適切だ。
珠美もいるし、彼女の姉もいる。
もしかしたら避難所になっているかもしれない。
「プラミー、少し話がある」
期せずして、父と同じ切り出し方になった。
「何なのです?」
「これから神社に行こうと思う」
「何をしに行くのです?」
「プラミーにはそっちで寝泊まりしてもらおうと思ってな」
「えっ。……僕は捨てられるのです?」
「違うって」
俺は神社の利点を説明した。
あっちには女の子もいるし、広い部屋もあるし、人がたくさんいる。
安全だし、情報も入ってくる。
けれど、プラミーは不安げだった。
やはり外に出るのは怖いのだろう。
「ゲーム機はあるのです……?」
そっちかよ。
†
夜が更けるのを待って、家を出た。
外に何もいないことをしつこく確認した。
アリはいないかもしれないが、夜は毛虫がうろついている。
鉢合わせでもしたらシャレにならない。
「なんでコソコソするのです? 源太は泥棒なのです?」
「モンスターが出るからだよ。昼間に見せてやったろ?」
「あのでかいアリなのです?」
「そうだよ。前足がカマになってるんだ。あんなのでやられたら真っ二つになるぞ……」
腹を切られた老人を思い出す。
背筋が寒くなる。
「でも、あいつらの数字は源太より小さいのです」
「数字?」
「力とか魔力とかあるのです」
その話を聞いて、俺は三つのことを思った。
プラミーは他人のパラメータが見えるのか?
アリってパラメータがあるのか?
俺より小さいってことは、大した強さではないのか?
一つずつ解決しよう。
「俺のパラメータが見えるのか?」
「見えるのです。変な数字が浮かんでるのです」
基本的に自分のパラメータは自分にしか見えない。
村では全員がそうだった。
他人のパラメータを見るスキルだろうか。
てことは、プラミーもレベル3?
そうは見えない。
……そもそもレベル3でスキルを覚えたのは、俺であって他の全員がそうだとも限らない。
最初から使えることだってあるかもしれない。
二つめ。
「アリにもパラメータがあるのか?」
「あるのですよ」
「犬とか猫は?」
「ないのです。人と化け物だけなのです」
不思議だ。両者には何らかの関係があるのだろうか。
まぁ考えてもわからん。
三つめ。
アリより俺の方が数字が上という話。
さすがに、はいそうですか、と飲み込めない。
昨日だってギリギリだった。
どう考えても人間の敵う相手じゃない。
これに関しては、プラミーの見間違いだろう。