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モンスターの夜


 戸締まりをやり直し、俺はホットミルクを用意した。

 女の子は嬉しそうに飲んでくれた。


「どこから来たんだい?」


 落ち着いたところで質問タイムだ。


「気安く話しかけるななのです」


 初手から強烈だ。


「君は気安く話しかけちゃいけない人なの?」

「決まってるのです。僕は……」


 そう言って、女の子は固まった。


「僕は……」

「どうしたんだ?」

「僕は誰なのです?」


 マジかよ。


「……名前がわからないのか?」

「わからないのです……」


 記憶喪失……。

 ただでさえ謎の服装だってのに、一気に怪しさが増したな。


「村にはどうやって来たんだ?」「お父さんとお母さんは?」「他に覚えていることは?」


 質問を続けるが、女の子は首を横に振る。

 参った。

 何もわからん。


「……うぅ、ひっく、おうちに帰りたいですぅ……」

「わー、泣くな泣くな。今、何か考えるから」

「本当なのです?」


 たぶん……。

 まず、観察をする。

 手がかりになるのは服だ。

 服にはポケットがある。

 何か入っているかもしれない。


 調べるよう指示を出す。

 一見してドレスのようだが、よく見ると少し違う。

 修道服に近い構造だ。


「あ、何か入ってたのです」


 ポケットから紙切れが出てくる。

 黄ばんで目の粗い紙だ。

 ……ん。これ羊皮紙か?


 覗き込む。

 知らん文字だった。

 やはり外国人か。


「なんて書いてあるんだ?」

「プラミーのおやつと書いてあるです」

「しょうもねぇ」


 付箋紙の代わりかよ。

 しかし、重要な情報だ。


「君の名前はプラミーだな」

「プラミー……?」


 釈然としていない様子。

 名前を呼んでも記憶は戻らんか。

 まぁ、それはあとだ。

 今は命に関わることが優先だ。


「お腹すいてるか? 何か用意するけど」


 聞くと、プラミーはお腹を押さえた。


「大変なのです。お腹が減っているのです。早く食事を用意するのです!」


 なんつぅ上から目線だよ。


「ちゃんと人に頼めない子にはご飯は食べさせないぞ」

「えっ」


 プラミーは、そんなことあり得ます? みたいな顔をした。

 どういう生活してたんだ。


「ご、ご飯を食べさせてくれないのです?」

「そうだ。お願いしますって言うまではダメだ」

「……僕は偉い人なのにです?」

「お前が偉いかどうかなんか俺は知らん」

「あわわ……」


 突き放すと、急に身なりを整え始めた。


「お、お願いしますなのです……」


 ふむ。

 やればできる子のようだ。



 食事のあとは風呂に入った。

 どうしてもプラミーが入りたいと言うからだ。

 俺も泥と汗にまみれていたし、風呂は魅力的だ。

 しかし、考えてもみて欲しい。

 外を化け物がうろついているかもしれないのに、裸になる奴がいるだろうか?

 風呂には窓もあるし、音や明かりだって漏れる。

 断言する。

 落ち着いて湯船に浸かるのは無理だ。


「やだやだ! ドロドロだから入りたいのです」


 うーん。

 仕方ないか。

 ……先を見据えるなら、今は消耗を避けるべきだし。


「静かに風呂に入るんだぞ?」

「わーい! わかったなのです!」


 一人で入らせるわけにもいかず、俺も一緒に風呂に入った。

 見てない。何も見てないからな。


 風呂から上がると、テレビやラジオをチェックした。

 双方とも相変わらず沈黙。

 電話もダメだ。外の情報を得る手段はない。

 かと言って、部屋を無音にするのは怖い。

 うん。

 ゲームでもしよう。


「プラミーもやるか?」

「ゲームって何なのです?」


 おっと。

 どんな厳しいおうちで育ったんだ?


「これはPF3と言ってだな……」


 遊び方を教えてやる。

 子供向けのソフトがあればよかったが、うちにあるのは格ゲーとFPSだけだ。

 ベッドの下にはギャルゲーもあるが、これは選択肢に入らない。


「これが楽しいのです!」


 いろいろ試した結果、FPSがお気に召したようだ。


「わははは、焼き払えなのです~」


 爆発物が好きなタイプだ。

 ロケットランチャーを持たせると性格が変わる。


 そんなわけで、無意味に夜更かしをしてしまった。

 しかし、プラミーのお陰で気は楽だった。


 誰かが隣にいるってのはいいもんだ。

 たとえ、相手が正体不明の幼女でもな。



 夜。

 村人たちは神社を目指して移動していた。


 災害時には神社に避難するルールになっているためだ。

 もっとも、今がそのときに当たるかは微妙だ。

 しかし、村人たちは神社に行けば誰かがいると判断した。

 化け物がうろつく村。

 隣家までの距離は平均して五十メートル。

 夫婦または一人で家に取り残される恐怖は尋常ではなかった。


「……このままでは村が滅ぶ」


 神社の集会所には案の定、村人が集まっていた。

 多くは七十代以上の高齢者だ。

 深夜だったが、老人たちは熱心に議論を交わしていた。


「やはり大主様のお怒りに触れたのではないか」

「しかし、一体、どうして」

「誰かが怒らせたに決まってる」

「そんな罰当たりな! 誰が!」

「若いもんだろ」

「そうだな。最近の若いもんは……」

「奴らがしっかりしないから」

「そうだそうだ! 若いもんが大主様の怒りに触れたんだ!」

「どうせあの役所のとこのガキだろ。役人の息子だからって、祭りの仕事も手伝わねぇ。あいつならやりかねない」

「それだ! あいつが何かやったんだ!」

「あぁ、大主様……。不徳な若もんをお許しください……」


 議論はヒートアップする。

 原因はどこにあるのか、誰がどういう形で責任を取るのか。

 どんどん具体的な内容が決まっていく。


「皆さん、眠れないかと思ってお夜食を用意しました。たくさん食べて力をつけましょうね」


 そのとき、お盆を持った娘がやってくる。

 神社の娘、古手川珠美だ。


「ひえっ」


 彼女は異様な光景を目撃する。


「お許しください! お許しください!」

「怒りを鎮めたまえ!」

「おぉおおぉ……。神よぉぉお……」


 車座になった老人たちが両手を合わせ、神に祈りを捧げていた。

 ある者は涙を流し、ある者は奇声を上げていた。

 正気の者は一人としていなかった。


「こ、ここに置いておきますね」


 珠美は逃げるようにその場を後にする。



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