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女の子

 怪我人を連れて診療所に向かった。

 診療所は村のはずれにある。

 一軒家に毛が生えた程度の規模だ。

 いつもは老人たちがダベるサロンになっているが、今日は緊張感が漂っていた。

 待合室は怪我人であふれていた。


「怪我人を連れてきました!」

「また増えたんかい! これ以上は見きれんぞい!」


 汗まみれの医師が出てくる。

 病室にも治療中の人がいるようだった。


「我々も手伝います」

「当たり前じゃ! 見せてみぃ……」


 医師の爺さんは連れてきた怪我人を見る。

 家に閉じ込められていたのは猟友会の老人とその妻だ。

 二人とも喜寿。

 旦那は腹を一閃され、妻はふくらはぎを切られていた。

 素人目にもひどい怪我だと思った。

 医師から見れば、より深刻なようだった。


「……こりゃ手に負えんぞ。輸血が必要じゃ。救急を呼ばんとまずいぞい」

「呼べないんですか?」

「朝からずっとやってる。うんともすんとも言わん」


 重い空気が漂った。

 診療所に預ければ助かると思ったが、……甘くはなかった。


「とにかく、奥に運べ。輸血できない以上、無理やり止血するしかないぞ」


 父と医師は怪我人を奥へ運んだ。

 俺は軽傷の怪我人に応急処置をするよう言われた。

 救急箱を持って待合室を回る。

 軽傷と言えども、みな腕や足を切り裂かれていた。

 感染症が心配だった。


「大主様の祟じゃ。……怒りに触れてしまったのだ」

「あぁ、お許しください。お許しください。……大主様」


 老人たちは口々にその名前を口にした。

 涙し、時に慟哭し、手を合わせ山に向かって祈った。

 俺も否定はしなかった。

 否定できる気がしなかった。

 黙々と手を動かす。


 そうこうするうちに日が完全にのぼった。

 初夏の太陽が燦々と輝く。

 すぐ近くでセミが鳴き出す。


 時刻は午前八時過ぎ。

 学校は完全に遅刻だが、こんな日に学校もクソもない。

 生き残れるかどうかの勝負だ。


 特に村と町をつなぐ道が使えなければ、陸の孤島も同然だ。

 物資の供給がなければ、一週間と保たない。


 ……どうなるんだよ、これ。



 夜になった。

 蝉の声が遠のき、虫とカエルが鳴き始めた。

 俺は診療所の外に出てみる。

 ……静かだった。

 昼間の賑やかさが嘘のようだ。


「外はどうだった?」

「化け物はいなくなってたな。奴ら、夜は森に帰るのかもしれない」


 俺は偵察の結果を伝える。

 父と医師は夕方頃からぐったりしていた。

 昼から水しか口にしていないせいだろう。

 診療所に食料の備蓄はなかった。


「先生、佐々木さんの容態は?」

「声をかけても反応が鈍くなってきとる。すぐに町の病院に行かんと手遅れになる」

「そうですか……」


 父はしばし考え込む。

 そして、顔を上げた。


「源太、話がある」


 思えば、面と向かって父と話すことなどほとんどなかった。

 中学生なんて、そんなもんだ。

 親と話したいとは思えない。

 だが、今は違った。

 これが最後かもしれない。

 明日にはもう声を聞けなくなる、そんな未来は薄皮一枚挟んで眼前にある。


「父さんは、怪我人を町の病院に連れて行く。それから役所に向かうつもりだ」

「役所に?」

「そういう仕事だからな」


 公務員だから。

 この状況でそれを言えるのは素直に尊敬する。


「町に行ったら戻れないかもしれない。お前は今のうちに家に帰れ。いいな?」

「……わかった」


 俺だけが戻る理由は今朝も聞いた。

 母が一人だからだ。

 そして、神社には珠美もいる。


「川の方にはアリがおらんらしい。そっちから行くぞい」

「わかりました。源太、村を頼んだぞ」


 そう言い置いて父は診療所を出た。


 医者の爺さんも車を出し、二台で怪我人を運んだ。

 不安がないわけではないだろう。

 夜道に化け物がいない保証はない。

 まして村の外は何が起こっているか全くの未知だ。


 俺は一人診療所に残りテレビをいじった。

 うんともすんとも言わない。

 砂嵐が吹き荒れるだけ。

 くそったれ。


 大主様の怒り。

 ……本当に神の仕業じゃないだろうな。



「……ただいま」


 家に戻ると、明かりがすべて消えていた。

 村中のどの家もそうだった。

 虫は光に集まる。

 化け物もそうかもしれないと思ったからだろう。


 ……それにしても、静か過ぎた。


 俺はリビングに向かい、それを見つけた。

 置き手紙だ。


『源太へ お母さんは役所へ向かいます。あとをお願いします』


 慌てて車庫を見に行く。

 母のミニがなくなっていた。

 ……この状況で向かったのか。


 職務熱心な両親だった。

 だから、結婚したのだろうか。

 次に会ったとき互いに生きていれば聞いてみたい。


 俺は服を着替え、冷蔵庫の残り物を摘んだ。

 テレビはつけなかった。

 どうせ砂嵐だからだ。

 気を紛らわせるために、ゲームをした。


 ……何がいいかな。気が晴れる奴をやりたい。

 地球防◯軍。これはダメだ。最悪だ。

 無難に格ゲーだな。

 などと思っていると、バンバンと雨戸が叩かれた。


「ファッ!?」


 まさか化け物か!?

 明かりを消して、息を止めた。

 今更だったが、何もしないよりはマシだと思った。

 ジリジリと窓から距離を取る。

 今のうちに二階に……。

 そのときだった。


「助けてなのです! 誰か!」


 声。

 女の子だ。

 誰かが外にいる!


 俺は慌てて、雨戸を上げた。

 怖かったが、人を見捨てるほどクズにもなれなかった。

 窓を開けると、七歳くらいの女の子がいた。

 不思議な格好をしていた。

 真っ白なドレスだ。

 髪も白い。


「助けてなのです!」


 窓を開けると飛びついてくる。

 何があったかは聞かない。

 もう目の前に迫っていたからだ。


 昼間見た毛虫だ。

 鎌首をもたげていた。

 頭の部分はよく見ると口だ。

 牙がいっぱいある。


「うわぁあああ!?」


 女の子を抱えて後ろに飛ぶ。

 調整が効かず、壁に背中がぶつかった。

 毛虫は尺取り虫のように迫ってくる。

 い、家に入られた……!


「くそ! この!」


 手当たり次第にものを投げる。

 椅子が直撃して、毛虫が怯んだ。

 ……チャンスだ。


「こんのやろー!」


 椅子を振り上げ、思い切り叩きつける。

 ぶちゃ。

 嫌な音がして毛虫の頭が潰れた。

 緑色の液が広がる。

 毛虫は動かなくなった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ……倒したか?

 椅子で胴体をつつく。

 すると、毛虫の体は光の粒になった。

 見覚えのある輝きだ。

 クリスタルに似ている。

 そして、それは俺の胸に吸い込まれた。


 今度は驚かなかった。

 敵を倒すと経験値が入る。

 そういう世界観なのだろう。


 ……ただし、毛虫の経験値だ。

 ヌチャヌチャした奴の。

 気分は良くない。


「はぁ~~~、助かったのです。死ぬかと思ったのです」


 女の子は床にへたり込んでいた。

 間近で見ると、むちゃかわいい。

 ロシア系と言うのだろうか。

 肌が白く、目と眉が近い。

 というわけで、間違っても村の子ではなかった。


 こんなときに一体どこから……?

 モンスターがうようよしてるってのに。

 謎は深まるばかりだ。


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