表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/33

救出作戦


 困ったことになった。


 パラメータ騒動から一ヶ月後の六月中旬。

 山狩りも終えた俺はレベル上げに飽きていた。

 超人的な能力も見せ場がなければ宝の持ち腐れだ。

 力の調整は覚えたが、それ以上の成果はなかった。

 あわよくば遠征と思ったが、クリスタルは日本中に現れ、争奪戦になっていた。

 行くだけ無駄というものだろう。

 非日常の熱が冷め、退屈な日常を取り戻しつつあった、そんなある日。


 それは夜明け頃に起こった。

 ――ダァン、ダァン。

 やまびこを伴う破裂音が響いた。


 村では珍しくない猟銃の音だった。

 だが、時間帯がおかしかった。

 害獣駆除の知らせも来ていなかった。

 そもそも猟銃は連射するものではない。

 どんな獣でも一発撃てば動けなくなる。

 当たらなかったなら山へ逃げる。

 連射する状況は生まれない。


 そんな猟銃だが、この日は何発も聞こえた。

 村のそこかしこで。


「源太、起きて!」

「起きてるよ」


 母が部屋にやってきた。

 珍しく表情が真剣だった。


「何があったんだ?」

「……」


 母は返答に迷っていた。


「信じられないかもしれないけど」

「うん」

「外に化け物が出たの」

「化け物……?」

「外を見ればわかるわ。カーテンの隙間からね」


 母は真顔だった。

 困惑しつつも、俺は言う通りにした。

 今、気づいたが、家中の雨戸が下ろされていた。

 二階の自室から外を見てみる。

 日の出直後なので外は暗い。

 暗がりの中に白いものが動いていた。

 ……何だあれ。

 畑を闊歩するのはアリのお化けみたいな奴だった。

 体長は二メートル以上。足が十本近くある。

 うち二本がカマキリのようなカマになっていた。


 アリにしても、カマキリにしても半端な存在だ。

 何より大きさがおかしい。

 地球にいちゃいけないサイズだ。


「見たら窓から離れて。銃声が聞こえてるでしょ」

「あ、あぁ……」


 なぜ窓から離れなければならないか?

 流れ弾が飛んで来るかもしれないからだ。

 日常生活でそんな心配をする日が来るとは……。

 ……いや、なんというか。

 頭が追いつかない。

 何が起こってるんだ?


 母に連れられ、リビングに向かう。

 父が険しい顔で待っていた。


「起きたか」

「あぁ。……何があったんだ?」

「わからない。村の人によれば、夜明けと共に化け物が山から降りてきたそうだ」

「山から?」


 期せずして、俺は山の隅々を探索していた。

 そのときは化け物などいなかった。

 とすると、突然現れたというのか。

 あれが。一斉に。


「警察には連絡したのか?」

「できない。警察にも消防にも……、いや、電話はどこにもつながらない」

「……壊れたのか?」

「わからん。電話線がやられたか、あるいは回線がパンクしているかだ」


 それって……。

 村が孤立したってことだよな……?

 この前時代的な村には、大した通信手段がない。

 電話を奪われたら、それまでだ。

 自力で町まで行くしかない。

 しかし、この状況で外に出るのは自殺行為だ。

 電話以外の連絡手段を探さなくては……。


 いや。まずは情報だ。

 何が起こっているかを調べるべきだ。

 俺はテレビの電源を入れてみた。

 ニュースになっていると期待してのことだ。


「あ、あれ?」


 だが、テレビには何も映らなかった。

 どのチャンネルに回しても砂嵐が流れる。


「映らないぞ。ラジオも同じだ。……町で何かがあったんだろう」


 いや、そんな淡々と言われても……。

 電話ときてテレビとラジオ。

 これらは村と外を繋ぐすべてだ。

 外を知ることも、状況を伝えることもできなくなった。


「待つしかないだろう」


 父の声が重い。

 祖母の葬式ですら聞いたことのない声だった。

 俺は一人、頭を抱えた。

 どうすんだよ、これ……。


 ――――ジリリリリリ。


 そのとき、電話が鳴った。

 うんともすんとも言わなかった電話がだ。


「は、はい、鈴木です」


 父が食い気味に応じる。

 どこからだろう……。村人か、あるいは役所か。

 耳を澄ませるが何も聞こえない。

 相手が一方的に喋っているのか、父は「はい、はい。わかりました。えぇ、そういうことなら」と肯くばかりだ。

 その声も次第に沈んでいく。

 少なくとも朗報ではないようだ。


「……そうですか。では、失礼します」


 父が受話器を置いた。

 眉間の皺がえらいことになっていた。

 よほどひどい連絡だったのか。


「誰からだった?」


 電話を終えた父に問う。


「診療所からだ」


 村には診療所が一つある。

 村で唯一の医療機関だ。

 医者は七十代の爺さんが一人。

 専門は内科だが、一人でなんでも見る。


「なんだって?」

「怪我人の連絡があった」

「……化け物に襲われた人がいるのか?」

「そうらしい。猟友会の人が返り討ちにされたそうだ」

「……」


 未知の生物が現れ人を襲う。

 何の映画だ。


「診療所に運び込まれた人の話によれば、大怪我を負ったまま化け物に囲まれた人がいるらしい」

「……その人は大丈夫なのか?」

「たぶんダメだ」


 父はきっぱりと言った。


「今から行って、怪我人を運ぶつもりだ」


 運ぶって、化け物がうようよしてるこの状況で?


「危険過ぎるだろ……」

「あぁ危険だ。だから、お前は家で母さんを守れ。いいな?」


 父はいつになく真剣な顔だった。

 だからこそ、俺も真剣に考えて、打ち明けることにした。


「俺も行った方がいい」

「ダメだ。危険なんだぞ」

「今の俺は普通の人間より、三倍は強い」


 クリスタルを拾ったこと。レベルが上がったこと。

 俺は洗いざらい話した。

 信じてもらえたかはわからない。

 だが、テーブルを真っ二つにしたという事実は動かなかった。

 父は頑固ではなかった。

 黙考した末にこう言った。


「なら、お前も行こう」



 車に乗って家を出る。

 夏の太陽は足が速く、すっかり青空になっていた。


 視界が広くなると村の様子がよく見えた。

 アリのお化けは見える範囲に百匹はいた。

 散開してうろついている奴、一箇所に集まって地面を掘っている奴。

 今のところ車に反応は示さない。

 時速十キロで走行しているせいかもしれない。

 生き物は大きな音や急に動くものを敵とみなすと言って、父は徐行を選択した。

 道路脇で穴を掘るアリもいて、冷や汗が出た。


「あの家だ」


 父が車を止める。

 百メートル先に家があった。

 ひと目見て異常だとわかった。


 アリは基本的に地面を掘っている。

 だが、あの家だけ屋根や壁にアリが群がっている。

 猟銃を向けた影響だろう。

 敵と認識されたのだ。


「……違う種類もいるな」


 壁には黒い虫も張り付いていた。

 蝶の幼虫に見える。

 あれを一万倍に拡大した感じだ。

 全長二メートルくらいか。

 一体、何種類いるのだろう。


「源太、お前は何か知らないか。クリスタルを集めていたんだろ」

「俺は何も。たぶん、クリスタルと化け物は無関係だ」

「そうか……」

「策はあるのか?」

「ない。アクセルを踏み込んで、急いで救出するくらいしか思いつかない」


 無茶を言う。

 家には塀があるのだ。

 中の様子も見ないで突撃は愚策だ。


 FPSならとりあえず突っ込んで、死んだらやり直しだが、これは現実だ。

 一発でクリアしないといけない。

 そう思うと、現実は超難易度だ。

 その超難易度ミッションをどう裁くか。

 一番確率が高いのはアレだろうな……。

 俺は意を決して提案した。


「俺が囮になる」

「源太が?」

「そうだ」


 俺はレベル3だ。

 少なくとも常人の三倍は足が速い。はずだ。

 逃げるだけならおそらくは可能だ。たぶん。

 だから、アリを全部引きつけることができれば、家に閉じ込められた人を救い出せる。と思う。


「その判断を信じてもいいのか?」


 父は質問で答えた。

 俺は肯いておく。

 声が出なかったからだ。


「じゃあ、任せるぞ」


 作戦は承認された。

 俺はシートベルトを外して車を降りる。

 当たり前だが、車の外だ。

 車という鉄の箱はもう俺を守ってくれない。

 すさまじい心もとなさだ。

 だが、やるしかない。


 散歩に来たんですよ、という体で道を歩く。

 目的地までの距離五十メートルでアリがこちらを見始めた。

 警戒されてる。

 カマとか振り上げてる。

 カマで太陽光が反射して眩しい。

 丁寧に磨きすぎだろ。


 死ぬほど怖い。

 やると言った手前、後には引けない。

 ちなみに引いても逃げる場所がない。

 村中アリのお化けに占拠されたのだ。

 俺たちにできるのは生き延びる努力だけ。


 距離三十メートル。

 最終防衛線を踏み越えたらしい。

 アリが一斉に向かってきた。


 ひえ……。

 もうヤケクソだ。

 行くぞ!

 家の前に向かって突っ走る。

 レベル3になってから初めての全力疾走だった。

 車と競えるほどの速度が出た。

 ただ、車と違って人間は一秒で最高速に達する。


 だが、アリも速かった。

 しっかり後をついてくる。

 家に張り付いていた奴も含め、全部こっちに来た。


 囮作戦は成功だ。

 あとは逃げるだけでいい。

 とは言え、逃げる先にもアリがいるわけだが……。

 騒がしく走っているので、ぐいぐい寄ってくる。

 簡単に囲まれた。


 ……あれ、これは死んだのでは?


 古井戸の上に立ち、足を止める。

 どこを見てもアリだらけだ。

 逃げ道がない。

 背後にアリが迫る。

 振り返ると、輝くカマがあった。


「うぉおお!」


 容赦なく振り下ろされる。

 盛大な音を立てて古井戸の蓋が破壊される。

 石でできた蓋が真っ二つ。

 え、ちょ……。なんだそりゃ。

 工事機械かよ。


 退散だ。

 田んぼに飛び込み、バチャバチャ逃げる。

 この時期、当然、水が張ってある。

 足が取られて思うように進めない。

 バカ! 俺のバカ!

 よりによってなんでこっちに逃げたんだ!

 お前の頭はなんのためについているんだ!


 ……べちゃ。


 しかもだ。

 無様に転んだ。言い訳できない転び方だった。

 顔が泥まみれになった。

 何も見えない。あわわわわわわわわ……。

 パニックになった。

 這ってでも逃げようとした。

 が、どっちにアリがいるのかわからない。


「源太! 大丈夫か!?」


 そのとき、顔を拭われた。

 見上げると父がいた。

 あれ、アリは?


 いない。


 アリは井戸に群がっており、俺から興味を失っていた。

 ……助かったのか? なんで?

 奴らが何かを見つけたからだ。

 井戸の底に奴らの欲しい何かがあるのか?


「よく頑張ったな。怪我人も救助した。診療所へ行こう。どうやらあっちは、ほとんどアリがいないらしい」


 俺は父に手を引かれ立ち上がる。

 視線はずっとアリに向けていた。

 奴らは井戸の底から何かを拾い上げていた。

 クリスタルだ。

 ……あれを集めているのか?

 なんのために?

 ……。

 いや、今はそれどころではない。

 怪我人の救助が先だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ