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クリスタル

 九千中学校豊木村分校。

 九千と書いて、くぜん、と読む。

 生徒数十一。内訳小学生九、中学生二。

 うっかりすると畑と間違えそうなほど草まみれの校庭。

 学校と言われなければ気づかない外観。


 木造二階建ての校舎は築七十年だ。

 教室が五つあるのは、昔は子供がたくさんいたからなのか。

 誰か転校して来ないかな。


 教室にはちびっ子がいっぱいいる。

 俺は最高学年の男子なので、ちびっ子(特に女子)は近づいてこない。

 男子はたまに声をかけてくる。


 一人で席につき、教科書をめくるなどする。


「おはよう、兄さま」


 女子生徒が声をかけてきた。

 古手川珠美ふるてがわ たまみ。一つ下の中学二年生だ。

 黒い髪のおさげで、ほわほわしたオーラを出している。

 隣の家(と言っても距離は百メートルほど)に住む幼馴染だ。

 歳も近く、一緒にいることが多い。


「兄さま、今日は具合が悪いの?」

「どうして?」

「待ち合わせ場所にいなかったから」

「あ、悪い……」


 珠美とは一緒に登校している。

 徒歩十五分の道を歩くのだ。


「鏡に変なのが映ってたから」

「変なのって、数字のこと?」

「まさか珠美も見えてるのか?」

「うん、うちはみんな見えてたよ」

「てことは、うちだけじゃなかったのか……」

「教室のみんなも先生も見えてるみたいだよ」


 村全体の規模感か。

 異常事態だな……。


「こんな数字が見えるなんて面白いね。まるで兄さまのゲームみたい」


 しかし、危機感を持つ者は少ない。

 平和な村だ。


「珠美のところは大変だったんじゃないのか? 不思議な現象があったわけだし」

「あはは、よくわかったね。朝から大主様がお怒りだって言う人がたくさん来たよ」


 珠美の家は神主の家系だ。

 村の神社には大主様という神が祀られており、非常にありがたい存在として敬われている。

 お年寄りたちは驚くほど信心深く、何かあるとすぐに大主様がお怒りだと言い出すのだ。

 なだめるのは珠美の役目で、その苦労が忍ばれる。


「兄さまはこの数字が何なのかわかる?」

「いや……。さすがにさっぱりだ。ゲームみたいってのはわかるけど」

「おかしなものじゃないといいんだけどね」


 そうだな。

 この数字は何なんだろうな。

 誰がこんなものを用意したのか。

 帰ったら調べてみよう。



 放課後。

 珠美と一緒に帰宅。


「お邪魔します」


 珠美を連れてリビングへ。

 ソファに腰掛けリモコンをプッシュ。

 テレビが息を吹き返す。

 ニュースになっているかも、という読みだった。


『鏡に映る奇妙な数字については、現在も詳しいことはわかっていません』


 案の定、特番が組まれていた。

 どのチャンネルに変えても話題は同じだ。

 日本中が同じ現象に直面していた。

 そして、大学や政府が究明に乗り出していた。


 国民総背番号制ならぬ国民総パラメータ制。

 政府の陰謀かと思ったが、そうでもないらしかった。

 となると、誰がこんなことを?

 神、だろうか。


 ……だとしたら、随分とRPGがお好きな神様だ。


「兄さま、テレビはおしまいにしよ? 早く早く」


 珠美がクッションを叩いていた。

 その手にはPF3のコントローラ。


「今日こそは勝つからね」


 珠美とは毎日格ゲーをプレイする。

 たまにFPSも一緒にやる。

 女子は嫌いそうなものだが、珠美は違った。

 珠美は人に合わせるのがうまい。

 良くも悪くも相手に染まる。

 染める側は脳汁が出る。かわいい子なのだ。

 さすがに腕前は俺の方が上だが。


「兄さまはずるい。変なコンボを使う」


 ぷくっと膨れる。

 そんな顔もかわいい。


 しばらく格ゲーをして、解散した。

 銘々が家で夕飯を食べたら、また俺の家に集合。

 風呂の時間まで一緒に勉強する。

 勉強をしたら風呂に入って、テレビを見て就寝する。

 取り立てて何もない一日だった。



 翌日。

 取り立てて何かある一日になった。

 俺が騒ぎに気づいたのは、午前五時頃だった。

 階下が騒々しく、両親がバタバタとしていた。


 ……何があったんだ?


 部屋着に着替え、様子を見に行く。

 リビングでは、父がスーツ姿で電話をかけていた。

 一本かけると、また次と、ひっきりなしにかけている。

 母は玄関で話をしていた。


 複数人の声が聞こえる。

 何人かが押しかけてきたのだ……。

 平和的な感じではない。


「なんかあったの?」


 応対を終えた母に尋ねる。


「なんだかねぇ、畑に宝石が落ちてたんだって。落ちてたんじゃないか。浮いてたんだって」


 ちょっと意味がわからない。


「何を言っているんだろうと思ってね、お母さん見に行ったの。そうしたら、畑にこんな大きな宝石がたくさん浮かんでて。しかも、触ると消えちゃうの」

「はぁ……」


 宝石が落ちてる? 浮いてる?

 どっちだろう。浮いてるのは、さすがにおかしいか。

 こんな大きな、と言った母は、両手で丸を作っていた。

 直径二十センチはありそうだ。


「それは、うちと関係あるの?」

「お母さんたち、お役所に勤めてるでしょ? だから、村の人がみんな聞きに来るのよ」


 両親は町の役所に勤めていた。

 村では駐在さんを除けば唯一の公務員だ。

 大雨が降ったり地震があったりすると、村人が情報を求めてうちに電話をかけてくる。


「でもねぇ、まだ五時だし、役所の方もつながらなくてね。状況もわからなくて、困っちゃった」


 あんまり困ってなさそうに母は言う。

 どれ。

 ここは手の空いている俺が外を見てこよう。


「危なくない?」

「宝石が落ちてるだけだろ? 触らなければ平気だよ」


 俺はそそくさと家を出る。

 親孝行というより、好奇心による行動だった。

 なにせ宝石が落ちているのだ。

 俺が思い浮かべたのは、もちろん、ゼ○ダの伝説だった。



「マジで浮いてるな……」


 この時期、村の大半は水田だ。

 あぜ道を歩くと、目的のブツはすぐに見つかった。

 用水路の上にクリスタルが浮かんでいる。


 大きさは母の言った通り。

 縦長で横から見ると六角形だ。

 色は淡い水色で透明感がある。


 日が出ていないのでよく見えないが、糸はない。

 完全犯罪だ。

 いや、トリックがあるはずだ。

 工藤新◯を呼ばねば……。

 距離的に西の高校生探偵の方が近いが、あいつは頼りにならんからな。


 さておいて、これは謎だ。

 原理がさっぱりわからん。

 糸はない。透き通っているので小細工も不可能。

 超常現象と認定すべきか。

 拾ってきた棒でつついてみる。

 動いた……。

 滑らかに宙を滑った。


 否定する要素はない。

 マジもんだ。

 せやかて工藤。こんなファンタジーありえへんやろ。


 よし。

 ……カメラを取ってこよう。


 とにかく証拠写真だ。

 専門家に相談しよう。

 そう思って踵を返した。

 すると、そこにはクリスタルがあった。


 き、貴様、いつの間に背後にィイイ!?


 クリスタルが胸にぶつかる。

 すると、クリスタルは光の粒になり、砕け散った。

 そして、それは俺の胸に吸い込まれていった。


 ひぃいぃ、入っちゃった! 入っちゃったよ!

 服をめくってみるが、クリスタルは跡形もない。

 冷や汗が流れた。

 ……病院かな?


 俺は家に帰ると、洗面所に走った。

 服を脱いで、胸を見てみる。

 大っきくなって……、ない。

 それはそうだな、大丈夫だ。

 背中も見てみる。

 痣も何もない。

 外見上の変化はない。

 CTスキャンが欲しい。

 あとMRI。


「うん?」


 一箇所だけ変化があった。

 顔の横に浮かんでいるパラメータウィンドウだ。


 ウィンドウの左下に変な四角ができていた。

 デザイン的に変なので断言できる。

 今朝まではなかった。

 ……クリスタルによる変化なのか?


 ピカァ!!(ここで脳天を雷が貫く)


 そうか、そういうことだったのか……!

 俺の考えが正しければ……!


 おもむろに家を飛び出し、クリスタルを二つ回収する。

 鏡の前に戻り、ほくそ笑む。


 やはり、そうだったんだ……。

 謎は解けた。

 ……ヒントは世界観だ。

 RPGのようだと思った。

 それが正解だった。


 RPGで宙に浮くクリスタルと言えば何か。

 お金だ。

 しかし、お金なら所持金という項目があるはずだ。

 体に吸い込まれる演出もおかしい。


 なら、これは別のもの。

 その正体がパラメータウィンドウの左下に現れた四角だ。


 クリスタル一つで縦長の長方形が一つ。

 三つ集めた状態で鏡を見ると……、正方形ほどになっていた。

 これはバーだ。

 クリスタルを集めるごとに伸びていくのだ。


 おそらく、右端まで伸びる。

 そして、到達すると何かがあるのだ。

 ……おぉ。それっぽい!


 俄然、楽しくなってきた。

 俺は家を飛び出し、村のそこかしこでクリスタルを回収した。

 時刻は午前五時半。

 村人の大半は農家なので、起床している。

 逆に村のちびっ子たちはまだ寝ている。

 奴らが起きたら、絶対横取りされるからな!

 日が昇るまでが勝負だ。



「……こんなもんかな」


 昼前には粗方、回収し終えた。

 久しぶりに運動したから、汗だくだ。

 家に帰り、鏡を覗く。


 レベル2

 HP12 力9 魔力0 速さ8 防御7 幸運5


 レベルが上がってる!

 パラメータも大幅アップだ。

 元の数字に比べると大体二倍ってところか。

 一気にこんなに上がってゲームバランスは大丈夫か?

 いらぬ心配か?


 しかし、これで証明された。

 クリスタルを集めるとレベルが上がるのだ。

 経験値みたいなもんだろう。

 右端に達するとレベルが一つ上がり、バーは左端に戻る。

 また集めれば一つ上がる。

 定番設定だ。


 さて、問題はパラメータだ。

 数字は増えたが……、本当に強くなったのだろうか?

 パラメータ通りなら、俺は二倍強くなったわけだが、体に変化はない。

 強くなったという実感もない。


 ホアチョー。


 試しにカンフーを使ってみた。

 もちろん、ジャッキー・○ェンの真似だ。


 おぉ。心なしか体が軽い!

 バク転とかもできるかしら。


 ほあっ。

 適当にやってみた。空中で体が一回転した。

 バク宙だ……。俺、すげぇ。


「ホアチャ!」


 バキッ!

 かかと落としがリビングテーブルを直撃した。

 真っ二つになった。


「……」


 何度かまばたきをする。


「……」


 テーブルは折れたままだ。


「大いなる力には大いなる責任が伴うのだ」


 親が帰ってきたら、謝ろう。

 ともかく、力は強くなっていた。

 クリスタルを集めるだけでだ。

 こんなうまい話は他にはない。


 俺はその日からクリスタル集めに精を出すようになった。



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