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美少女短編集

5限目隣の席

作者: 蒼井悠ゆ

 八重園佳乃(やえぞのよしの)はクラスで少し浮いている。別に友達がいないとかそういうことではなく彼女は容姿が秀でているのだ。それも飛びぬけて。遠くから歩いてくる彼女を足を止め、すれ違うまで呆然と見つめてしまうほど。漫画やアニメから出てきた人物というよりは絵画のそれが表現として近いだろう。もしくは小説の登場人物のような。しかし、絵にするのも言葉で表すのも彼女の容姿を説明するのは難しい。それくらい彼女の容姿はその腰元まで伸びた黒い髪のその一本、淡く桃色に染まる爪の先まで整っている。

 だが、そんな彼女の中身は意外にもその容姿に見合わずなんとも『普通』なのだ。容姿通りの完璧さを中身にも無意識に想像してしまったが、テストの点数は全教科満点というわけでもなく(ただし全教科クラスで1、2の成績ではあるが)お昼には数人の女子と共にしていたり、授業中ぼうっと進み続ける時計の針を眺めていたり、この前は教科書に載っている偉い人の顔写真に立派な髭を書き足していた。どこにでもいるような、ありふれた人間のような中身をしているのだ。


「え―それでは今日は…」

 5限目の現代文が始まった。昼休憩を終え瞼が重たくなっているこの時間に誰かの気持ちを考える授業はどうにも僕には向いていない。開始30秒もたっていないのに教師の言葉が入ってこない。それでも頑張って起きておかなければ。起きて おかなけれ ば。

「ごめんなさい、ちょっといい?」

「え?あ うん どうしたの」

 突然隣の席から肩をとん、と指で呼ばれ声をかけられる。小声だが、凛としたよく通る声だ。視線を向ければ彼女は両の目をこちらに向けていた。

「教科書を忘れてしまったの。良ければこの授業中見せてもらってもいいかしら?」

「あぁ うん、いいよ」

「ありがとう。先生にも怒られてしまったわ」

「そうなんだ。珍しいね八重園さんが忘れるなんて」

「時間割、間違えてしまって」

 教科書を忘れることも、時間割を間違えることもあるようだ。彼女が机を少し持ち上げたので、こちらもガコガコと机を寄せつなげる。机の境界線に教科書の背表紙を入れ込めば彼女と僕の机に活字の橋が架けられた。

「ありがとう」

「ううん、いいよ」

 再度彼女はこちらに礼をのべ、その視線が僕の教科書に落とされた。僕も彼女にならって視線を教科書に向ける。教師がそれを読み上げる。大正時代に書かれた小説らしく言葉遣いや言い回しが読みなれないものだ。

『えたいの知れない不吉な魂が私の心を終始圧えつけていた。』

 教師の言葉を耳に入れながら、教科書に並ぶ活字を視線で撫でる。この教科書にはいま、二人分の視線が集まっているのかと思うとなぜだかむず痒い気分になった。


「それじゃあ続きを……今日の日付はぁ、29か。じゃあ10足して…八重園。読んでくれ」

「はい」

 たまにある教師の『日付と月を足した数字の出席番号』というトリッキーな指名に当たったのは彼女だ。彼女は席を立つ。

「これ…」

「ありがとう。でもそのままで大丈夫」

 そのまま彼女は教科書を机に置いたまま、顔を少しだけかがませ続きを読み上げる。

『何故だかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。』

 彼女の声が静かな教室に響く。この教室で今、居眠りをしている人間や、内職をしている人間などいないだろうと、なぜだか僕は確信した。彼女の指が、教科書に添えられる。そのままページの端をつかみ、パラリと次のページへめくる。ほんの少しの風が僕の顔にかかる。初めて彼女の手をこんな距離で見た。白く細い指だと思った。

「はい。そこまで、ありがとう。じゃあ、次……」

 と教師が八重園さんの音読を中断させた。彼女が椅子を引き、席に座る。甘い香りがした。



 それからしばらく数人が音読を続け、終われば教師が「プリントを忘れた」といいながら教室から出ていく。つかの間の自由が約束された。クラス中の人間が思い思いの行動をとる。窓の外を見たり、宿題をしたり、机に突っ伏したり

「5限目って眠たくなるわよね」

「あ そうだよ ね」

 隣の席の人と会話をしたり。自然な行為だ。彼女が微笑みながらこちらを見ている。そういえば、誰かと話している時の彼女の表情は常に微笑んでいるような。彼女にとってこの表情は別段特別なことではなく、誰にでもこうなのだろう。そう、なのだろう。何か、言葉を出そうとしたとき、扉が開けられプリントを手にした教師が戻ってきた。端の列からプリントを配っていく。彼女の視線は、僕から教師に移っていた。


 そのあとはつつがなく授業が進んだ。彼女は教師の授業を背筋を伸ばし聞いており、時折ノートにシャープペンシルを走らせる。至って普通の授業態度だ。彼女が板書をするためにノートと黒板を行ったり来たりする視線と動く頭部。それに連動するようにゆれ、時折肩口から零れ落ちる長い黒髪を、時たま耳にかける所作が視界の端にうつる。彼女が動くたび、僕と彼女の普段よりも随分と近いその間の空気が混ざり揺れる。熱が、揺れ、僕の左肩に伝わる。


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。教師の終了の合図の後彼女がノートを閉じる。

「教科書ありがとう。助かったわ」

「いや、こちらこそありがとう」

 そういうと彼女はおかしそうに口角を上げ、少し首をかしげる。重い前髪が少しだけ揺れた。

「私、何もしていないのにありがとうは少し変じゃない?」

「え、あぁ そうかな」

「えぇ。でも、どういたしまして」

 なんだかわからないけれど。と付け足し彼女の机が僕から離れていく。少し離れた席の彼女の友人が彼女と談笑を始めた。彼女は僕を見ていない。僕も席を立ち、少しだけ動かした机を元の位置に戻した。

今回の話の少し後の話↓

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