ACT1 深夜
ACT1 深夜
何処かの街の駅。
文化財に指定されているのかは知らないが、
この路線の中で唯一、昔の姿のままでいる駅だ。
もちろん自動改札機などない。
しかし、切符を切る音は響かない。
終電はたった今この駅を後にした。
これは、そんな何処かの街の駅で起きた不思議な出来事。
男が一人、ホームから出てくる。
名を桐嶋隆生。
くたびれたスーツ。
仕事帰りだろうか?
桐嶋、どこか場慣れしない様子。
しかし、ホームの方から電車の走る音。
終電は行ってしまったはずだ。
桐嶋、振り返る。
ホームの方に強い光が走る。
桐嶋は目をつむる。
桐嶋がゆっくり目を開けると、そこに男が立っている。
男 あらま。
桐嶋 ?
男 先客がいた。
桐嶋 え……あの……。
男 あー、気にしないで。
桐嶋 はぁ。
男 いやいやいや、疲れたね。ごくろうさん。
桐嶋 はぁ。
男 なに?サラリーマン?
桐嶋 まぁ、はい。
男 そう。疲れたね。ごくろうさん。
桐嶋 いえ……あの……。
男 なに?
桐嶋 タクシーとかってありますかね?
男 あまりみかけないね、ここらへん。
桐嶋 そうですか。
男 でも呼べば来るんじゃないの、きっと?
桐嶋 はぁ。
桐嶋、財布の中を調べる。
顔をしかめる。
あまり入ってないようだ。
その間に男、奥から毛布を一枚取ってくる。
桐嶋 ……あの……。
男 なに?
桐嶋 一日だけ泊めてもらうって無理ですかね?
男 ここに?
桐嶋 ええ。
男 俺、駅員じゃないからわからないけど、いいんじゃないの、一日くらい?
桐嶋 そうなんですか?
男 うん。
桐嶋 ……じゃあ、甘えようかな。
男 ああ、少し待ってて。
男、奥から毛布をもう一枚、持ってくる。
そして桐嶋に渡す。
桐嶋 あ、どうも。
男 ああ。
男、毛布を羽織って、ベンチに座る。
桐嶋も見様見真似でベンチに座る。
桐嶋 よく知ってるんですね。
男 なにが?
桐嶋 いや、(毛布を手に)これ。
男 長い付き合いだからね。
桐嶋 ……そんなに泊まってるんですか、ココ。
男 昔からの付き合いだから居心地良くて。
桐嶋 はぁ。
男 まぁ、今日でお別れなんだけどね。
桐嶋 そうなんですか。
男 まぁね。
桐嶋 なんか……あったんですか?
男 え?
桐嶋 あ……いや……。
男 退職。
桐嶋 え?
男 だから退職。
桐嶋 だって、若いじゃないですか、まだ。
男 自分より若い奴に言われても嬉しくないね。
桐嶋 あ、すいません。
男 嘘だよ。あんたこそなんかあったって顔してるよ。なんかあったの?
桐嶋 え?
男 あ?
桐嶋 え、ええ。あの……首にされちゃって……。
男 あ、そう。
桐嶋 はい。
男 どこも一緒なんだねぇ。
桐嶋 え?
男 ちょっとばかし最先端行ってる奴はすぐチヤホヤされて。
いらない奴はすぐあっちいけ、こっちいけって。いらなくなったら、ポイッ。
桐嶋 ええ。
男 なんで?
桐嶋 はい?
男 なんで首?
桐嶋 あ、ええっと。うちの会社が吸収合併にあって、部署内でふるいに落とされて……。
男 似たようなもんか。
桐嶋 そうなんですか?
男 あんた嫁は?
桐嶋 います。
男 子供は?
桐嶋 一人。
男 大変だ。
桐嶋 ええ。
男 どうするの?
桐嶋 どうしましょう?
男 (大笑いする)
桐嶋 (苦笑いする)
男 (笑いを止めて)それで、帰るに帰れなくなったってわけだ。
桐嶋 !
男 肝っ玉小さいねぇ。
桐嶋 ……。
男 お前みたいなヤツを俺は山ほど見てきたんだ。
乗り遅れた奴とか目の前飛び込んできた奴とか。
そんなこと顔色見ただけですぐわかる。
桐嶋 ……。
男 大方、嫁さんが子供連れてどっか行くとか考えてんだろ。
桐嶋 (そんなこと!)
男 いいや、考えてるね。そしたら、自分は一人身だとかね。
桐嶋 ……。
男 怒ったのか?
桐嶋 ……あなただってそうでしょ?
男 あ?
桐嶋 退職でしょ?
男 まぁな。
桐嶋 これからどうするんですか?
男 さぁね。
桐嶋 さぁねって。
男 俺のことはどうだっていいんだよ。おまえだよ、おまえ。
桐嶋 あのねぇ!
男 大事なもんは仕事じゃねぇだろ?
桐嶋 え?
男 大事なもんは仕事じゃねぇだろって訊いてんの。
桐嶋 あ……。
男 どっちだよ。
桐嶋 えっと。
男 (溜息をつきながら)例えばな?通過する駅とレールの先にある終点。
どっちが大事だよ?
桐嶋 ……終点。
男 か?
桐嶋 え?
男 ……その会社はどっちだよ。
桐嶋 ……。
男 嫁さんはなんだ。
桐嶋 ……。
男 子供は?
桐嶋 わかってますよ!
男 なら、走るだけだ。
桐嶋 ……。
男 大丈夫だ。心配しなくても。
桐嶋 え?
男 隣駅まで歩くか。
桐嶋 は?
男 なぁに一時間も歩けば着く。
桐嶋 今からですか?
男 知ってるか?レールって平行線だ。
桐嶋 はぁ。
男 どこまで行っても平行線だ。
桐嶋 そうですね。
男 先の方眺めて走るんだ。そうするとな、不思議と交わって見える。
桐嶋 それって勘違いって言うんじゃ?
男 勘違いでもしてないと続けられねぇ。
桐嶋、男の最後の言葉を聞き、
だんだん笑いが込上げてくる。
確かに勘違いでもしない限り、
この世は生きていくには難しすぎる。
桐嶋、笑い続ける。
桐嶋、涙も出てくる。
笑い泣き、泣き笑い。
どっちなのかもわからない。
一時の感情など、そんなものだ。