モモタローとその仲間たち
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今から何千年も前、世に妖魔が溢れていたころがあった。やがて妖魔は、かの有名な妖魔狩りによって騎士団に滅ぼされた。それからヒトは地に溢れ、妖魔は『鬼が島』の鬼一族が残るのみとなる…
鬼が島に程近い日本国では、妖気にあてられた稚児が生まれるときがある。
彼らは、生まれつき高い能力と特殊な力を持って生まれる。
生まれると、人々に魔子と呼ばれ、殺すか捨てられた。
能力を持っている人間が人の形を保ったまま成人を迎えることはなく、力のコントロールは訓練をしなければ身につかないからである。
魔子を育てることは極めて困難であり危険であった。
しかし、魔子たちを買い取って、利用しようと考えた人々がいた。
鬼退治と称して魔の者を殲滅しようと企む『翁』という集団の誕生である。
モモタローと名付けられた魔子は『翁』の下ですくすくと育っていた。
「ばあや、私はどこから生まれたの?」
三歳のころ、モモタローは尋ねた。
世話係のじいさんとばあさんは顔を見合わせた。本当のことを話すわけにもいかず、ばあさんはこう言った。
「お前はね、このばぁが川で洗濯をしていた時に流れてきた桃から、生まれたんだよ。」
じいさんも、話を合わせて続けた。
「私は柴刈りに山へ出かけておっての、家へ帰ってきたときには驚いたもんでよ。」
モモタローは、そんなことはあるはずがない、と思う。
しかし、この二人が自分の生みの親ではないと悟るには十分な話であった。
「そういやこの前、美味そうなきのこが沢山あるところを見つけてな。明日は一緒に山へいこうかの、モモタローや。」
「…うん。」
その夜、モモタローは布団の中で聞き耳をたてていた。
幾部屋か隔てた襖の向こうでは、まだじいさんとばあさんが起きていて、いろりの火を煌々と燃やしていた。
「なぜあんな嘘をついたんじゃ?桃から生まれてくる人間なぞおるわけなかろうて。」
「しかたないじゃろう。それにまだ三つじゃ、わたすらが言っていることを理解できるはずもなし。」
「それもそうじゃが、普通の人間でのぉてあれは魔子じゃ。あんなことを言って良いものやら…とにかく翁からの連絡を待つとしようぞ。」
どうやら二人は翁というものと連絡を取っているようだ。
そして自分は普通の人間でないとモモタローは知る。
彼は遠くにいる二人のヒソヒソ話を正確に聞くことができた。
その時すでに、能力が開花し始めていたのである。
モモタローは自分が化け物だと知った。
冷静に自分を分析するが、分からないことがある。
どうして目から熱い雫が溢れるのか。
息が詰まるこの痛みはどこからくるのか。
幼子は、声も無く布団を被る。
次第に呼吸は楽になり、痛みは引いた。
彼は、動揺による一時的なものだろうと結論付けた。自分が化け物で、孤児であることを知ったなら、誰でもそうなる。そう考えると、『自分もまだ人間であるのだ』と思うこともできる。
そうやって彼は感情に蓋をした。すべてを受け入れて、けれども、生まれついての化け物である自分を恐れて、いつ人間をやめることになるかといった不安を抱えながら、そして歪んでいった。
モモタローが十五歳を迎えたころ、能力は完全に花開く。
五歳から続けていた訓練の成果で、能力のコントロールができるようになっていた。
「モモタローや、話があるでな。こちらへおいでなされ。」
「はい、じじ様ばば様。」
モモタローは聡明な少年に育っていた。
というか、同じ屋根の下で暮らしている以上、会話は訪ねてくる翁の者を含めて筒抜けだった。
そのことに関しては、悟られずに暮らすことができていた。
なので、じいとばあに最後の妖魔一族である鬼の話を聞いた時も、モモタローの親がじいとばあではないことを聞いても、眉一つ動かさずに聞いていた。
「…大方の筋は掴めてきました。要は、じじ様とばば様は『翁』の指示で私を育て、鬼退治に行かせる心づもりであったのですね。」
「…そこまで分かっておったか、モモタローや。どうか承知してくれまいか?」
「わたすたちの最初で最後の頼みじゃ。どうか、どうかお頼み申します。」
二人は静かに頭を下げる。
「勿論やらせていただきます。ここまで育ててくれた恩を返す時が、今こそやって来たのです。」
モモタローは勿論そんなことを思っていなかった。
行かなければ自分の存在価値がないということが分かっていたからそう言うのである。
存在価値がないイコール死ということ。
世間知らずの少年に、外で暮らすことはできない。モモタローはまだ死にたくなかった。
旅の準備はつつがなく進み、彼が十六歳になった次の日に出発することとなった。
「モモタローや、ばあがしてやれる最後のことです。」
ばあさんがキビ団子の入った袋をくれた。
最後のことってことはもう戻ってくるなってことか…
モモタローは可哀想なほど察しの良い男だった。
「さあ、これを身に付けていきなさい。」
じいさんは彼の指に指輪をはめる。
「この指輪はお前の残り時間を示している。青い色が赤くなったら、お前は鬼になってしまうよ。それまでに鬼を皆殺しにするんじゃ。」
じいは小刀をモモタローの懐に納めた。
「では、行って参ります。」
モモタローは、死ぬ次期が延びたというだけか…でも良い、これで死ぬまでの人生設計が立てられるってものさ、と思う。
この男、どこまでも前向きだった。
モモタローの能力は色々な生物と会話をできることだ。
音のパターンを聞くことで、沢山の動物の言葉を理解できた。
この力の難点は、聞きたい波長だけを上手く聞き分ける必要があることと、会話をするためには自分でその音を発しなければならないことだ。
耳に入ったことを全て聞き取っていた幼いころは、よく熱を出して倒れたりしたものだ。
今では苦もなく動物と意思疎通できた。
「う~ん…どうしたものか…」
モモタローは迷っていた。
どうしようもない方向音痴であることが、旅に出て初めて判明したのである。
貰った地図は役を成さない。
また、指輪を外そうと試みた結果、がっちりとはまっていて取れやしない。
「取れないところを見ると…私の居場所をこれで判断しているらしいな。いつの間に指の太さなんて測ったのだあのじじいは。それはそうと、鬼が島はどこであろうか?」
自分の方向音痴さを知ったモモタローは、一番初めに出会った者を仲間に入れようと決めた。
道をしばらく行くと話し掛けられる。
「もし?何かお困りでござるか?」
地図を色々な方向から見て、諦めて紙飛行機を折って投げ捨てたのを拾ったものがいた。
「は?この私が困っていると思うてか?この犬っころめが。」
「某はオオカミである。ほら、この地図が使えないのでござろう。」
オオカミは、手足でそれを器用に広げた。
「して、オオカミという名の犬、鬼が島はどっちだ?」
この男、とんでもないひねくれ者だった。
キビ団子を貰ったオオカミはご機嫌だった。
「とりあえず毒ではないようだが、この団子…危ない薬が入っているのではないだろうか?ありうる…」
あっさり先導しているオオカミを見て、モモタローは飢えてもこの団子だけは食べないと腹に決めた。
「何か言ったかや?」
「いや、本当に合っているのかと思ってな。」
「勿論でござる。その団子のお礼に、嘘など吐きませぬ。」
一人と一匹は道を進む。
しばらく行くとバタバタともがいているキジがいた。
「こんなところに鶏肉が落ちているではないか。今晩は焼き鳥が食べられるぞ、犬。さあ捕まえるのだ。」
オオカミは捕まえようと近寄る。
キジは飛び退くと再びもがき始めた。
それを繰り返すうちにキジもオオカミも姿を消した。
「はて?どうしたものか…」
モモタローは自分の欠点を良く分かっていたので、このまま足を進めれば迷うことは必然だと考えた。
しかし、どこまでも前向きな彼は迷うことを選ぶ。
「まいっか。」
とか言って歩き始めた。
しばらく行くと、足元に卵の入った鳥の巣を見つけた。
「…先ほどの鶏肉の卵であろう。昼飯は親子丼か…良いぞ。」
そんなことを呟いて、モモタローは卵に手を伸ばした。
「ままま待ってくだしゃれーっ」
その声に振り向くと一羽のキジがバサバサとやって来ていた。
「それらは我の子供なる卵たち。どうか食べるのは勘弁。」
「子…供?これがか?」
彼は首を傾げ、手にした卵をまじまじと見る。
「これは食べ物ではないのか?」
この男、変なところがズレていた。
「滅相もない。その中から我の子供が生まれるのであります。」
「ふーん…なら仕方ない。焼き鳥で我慢してやる。」
「え?我か妻が食われる前提?」
その後数日間かけて山を越えると、開けたところに美しく青く澄んだ湖があった。
キジはというと、オオカミの助言により、一羽だけ『非常食』として旅についてくることを条件に巣を守ったのであった。
「おお、有難い。」
モモタローとオオカミは澄んだ湖の冷たい水を飲んだ。
その時、紐の緩んでいた口からキビ団子がコロッと水の中へ落ちた。
「あっ…」
拾う間もなく鯉たちが先を争ってキビ団子に食いついた。
運良くか運悪くか、キビ団子を食べた鯉たちは身体を振るわせた。
「け、痙攣…?」
そのまま湖から陸へ出て跳ね回る。
「やったでござるな。今日の夕飯は魚でござる。」
「この団子…本当に食べものか?怪しい…」
そうは言うものの、結局魚は美味しく頂いた。
この男、あまり頓着しなかった。
「我は草の実でも食んでくるとしよう。」
キジは叢に消えていった。
モモタローは慣れた手つきで火をおこし、魚を焼いた。
「美味いなぁ。」
お腹もそこそこというところで、絹を裂くような痛烈な悲鳴が聞こえた。
紛れもなくキジのものである。
「行ってみるでござる。」
オオカミが先導し、現場へと急行した。
辺りにはキジの羽が飛び散っているではないか。
「おーい鶏肉、誰かに食われたか?」
モモタローは口に手を当てて叫んだ。
「まっさかー。我は食われてなどいませぬ。」
キジは木陰から早足で駆けてくると、モモタローの足元に隠れてしゃがみ込んだ。
「そこのサルがですねー…我を捕まえようと致しますゆえ、つつき返してやったのです。」
「…ってサルではなく人間だろうが。」
見ればなるほど、木の根元に少女がうずくまっていた。
「サルも人間も我から見れば同じですじゃ。」
「だまらっしゃい、このチキン野郎が。」
「ウマーイ!」
顔を抱えた少女はその場にうずくまったまま動かない。
「ほれ、どうしたのかえ?こっちへおいで。」
「・・・」
少女は何も言わない。
「はて、血の匂いがするでござる。」
「血の匂いか…」
モモタローは少女を扱いかねてその場から動けずにいた。
駆け寄れば逃げてしまうかもしれない。
「もし、我がつついたところが痛いのでは。」
「して、どこを?」
「多分…目の玉でありましょう。」
「おまっ、バカだな~オイ。女子の目をつつくでないわ。」
モモタローは駆け寄って少女の手をどかす。
べっとりと血に濡れていた。
「おお、可哀想に。手当てするからじっとしておれ。」
モモタローは少女を仰向けに膝枕してあげると、甲斐甲斐しく手当てをした。
彼は薬草を煮出して布を浸すと、傷口を拭き、当て布をした上から頭に巻いてあげる。
少女は片目でその様子をじっと見ていた。
この男、女子にはどこまでも優しかった。
「さぁ、自分の家へおかえりよ。」
数日看病の後、走り回るほど回復した少女を見て彼は言った。
しかし、少女は帰ろうとしなかった。
いつの間にか指輪の色が藤色に変化していることに気付いたモモタローは、仕方なくそのまま旅を再開することにした。
「あれは『虹』といって、天と地を結んでいる光なのだよ。」
「・・・」
少女はこれまで一言も口をきいていなかった。
モモタローが何を喋っても、不思議そうに見ているだけだった。
オオカミとキジは言葉は通じないくせに仲が良い。
オオカミはキジを『命を救ってやった弟分』だと思っていたし、キジはオオカミを『頼れる下僕』と思っていた。
でも、少女はモモタロー以外のものになつかなかった。
「もう間もなく鬼が島が見えてくるでござる。」
オオカミが誇らしげに言う。
「もうすぐか…」
彼の指輪は、青みが薄れてすみれ色になっていた。
にもかかわらず、彼は急ごうとはしない。
この男、能天気で楽天的だった。
この期に及んで何とかなるだろうと思っていた。
いや、思うことにした。
そうやって自分を守っているのだと分かると、自然と自虐的な笑みが浮かぶ。
少女はそれを見つめていた。
じいさんとばあさんの頼みを聞いてやろうという気持ちではなく、今は只々、鬼とは何かという好奇心が彼を動かしている。
化け物と呼ばれ、忌み嫌われている自分と同じなのか、違うのか。鬼のことを知りたかった。
幾つの山を越えただろうか。
オオカミが叫ぶ。
「見えましましたぞ!」
崖から海を覗くと虹の足元に島がぼんやりと見える。
「あれが鬼が島かえ?犬。」
オオカミは尾を振り駆けていく。
「わーい。やっと帰れるでござる。」
「ふむ…帰れるとな?犬畜生め…鬼が島から来たのだったか。道理で道を知っているはずだ。」
モモタローはオオカミの後についていった。
海岸でオオカミは右往左往していた。
「私は船を作って向こう岸に渡ることにするよ。」
彼はオオカミにそう告げると船を作り始めた。
「どうした?犬。さっさと泳いで渡ればよいではないか。」
キジは対岸まで飛び続けることはできないし、少女は海というものを知らないらしく海水に触ろうともしない。
だが、オオカミは泳げるはずだ。
「某は…その…案内役でござるから…」
「ちっ…カナヅチなわけね?」
「面目ない。」
大枝を切って削り、木を接いで組み合わせ、動かないようにしてから更に、装備の中から見繕った紐で縛っていく。
じいさんとばあさんに渡された小刀がとても役に立った。
皮肉なものだ。
その刀は自害するために持たされた道具であったのだから。
半日ほどかけて、立派ないかだを作り上げた。
船の両横には転覆防止の小ぶりのいかだを取り付けている。
この男、驚くほど器用な男だった。
オオカミの言うに、時間によって島までの海流は変わるということだ。
島へ向かうか、本土へ向かうか、沖へと流されるか、出発のタイミングはオオカミに指示してもらった。
皆思い思いの位置に陣取り、島へと向かう海流に乗る。