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パステルカラーの青春

作者: 大山哲生

第95回古都旅歩き 創作

 「パステルカラーの青春」  作 大山哲生

私が大学四年の時のことである。

 大学で四年生というのは、よく神様といわれるが確かにその通りである。

 良くも悪しくも下級生は四年生をまともに相手にしない。四年生と言うのは、ひたすら祭り上げておくような存在なのである。私の属していた史跡同好会でもそういう雰囲気があった。

 私が四年生になると、サークル活動では下級生の見る目が違ってきたし態度もどことなくよそよそしいものに変わっていった。三年までが無邪気な集団とするなら、四年生は分別くさい『大人』なのであった。

 私は、なんとなく自分の居場所がなくなったような気がしていた。

 それでも私は活動には参加した。

 嵯峨野の清涼寺で活動をした時は、同じ四年生の川島のふーちゃんがとてもきれいに見えた。私はふーちゃんに恋をした。運良く喫茶店ではふーちゃんの向かいにすわれた。

 ふーちゃんの笑顔や笑い声が私の心の恋の器に心地よく入っていくのを感じていた。

 家に帰っても、ふーちゃんのことばかり考えていた。ふーちゃんのくったくない笑顔を思い出すたび私の胸は空気が抜かれるようにすーっと痛んだ。

 それから、一週間ほどはふーちゃんのことばかり考えていた。

 半月後の日曜日は、浄瑠璃寺での特別活動だった。浄瑠璃寺には九体の阿弥陀如来が並んでいる。平安時代に流行った様式であるが現存するのはここだけである。

あれほど恋い焦がれたふーちゃんはこの日は普通に見えた。しかし、この日は二年の麻生麻衣がとても可愛く思えた。関東の出身だから関西とは言葉が違う。私にはとても小気味よい話し方に聞こえた。時折、髪をかき上げる仕草がかわいくて、私の心は麻衣ちゃんのことであふれた。

 活動中に、私は麻衣ちゃんに二言三言声をかけたが、私の気持ちなどにはこれっぽっちも思いを馳せない態度がかえって無邪気に思え、私の心を虜にした。

 家に帰っても、麻衣ちゃんのかわいさが私の心をとらえてはなさない。しかし、麻衣ちゃんは大学生活ではまだまだ前途ある身、私はもうすぐ大学から消えていく四年生。この恋はとても現実性のあるものとは思えなかった。それでもしばらくは、麻衣ちゃんのことばかり考えていた。

 二週間後の土曜日。この日は金戒光明寺での活動であった。

 ここには平敦盛の墓がある。史学科の佐井寺由美が、平敦盛のことを熱く語っていた。佐井寺由美は三年生。専門は日本の中世史である。私は敦盛の墓の前で、由美ちゃんの説明を聞いていた。平家物語の一節を語りの中にいれるなどなかなかおもしろくて悲しい話であった。敦盛の墓の向かいには熊谷直実の墓もある。由美ちゃんは、熱心に説明をしてくれた。私も歴史が好きだったので、由美ちゃんは私と同じ夢をみられる人だと思えた。私は由美ちゃんに恋心を抱いた。夢中になって話す姿がとてもかわいく思えた。

 家に帰っても由美ちゃんへの恋心はつのるばかりであった。私は彼女と腕を組んで歩く自分の姿を空想した。それは白昼夢となり、空想の中で私は由美ちゃんと楽しく会話をしていたしいつも私に笑顔をくれていた。でも白昼夢からさめると鳥肌が立つほどの孤独感が私を襲うのであった。

 九月ころから、私はサークルの活動には行かなくなった。なんとなく自分の居場所がないように感じていたことと、教員採用試験に落ちたことがはっきりしたので今後どうするかを考えたかったからであった。なにより、卒業論文の執筆も佳境を迎えていた。

 十二月になると、もう卒業後のことが最大の関心事となっていた。次の年にもう一度教員採用試験を受けるところまでは気持ちは固まっていたが、就職をどうするかは決めていなかった。

 十二月の中旬、文学部の事務所に用事があったので大学に行った。構内の学生の数は少なく閑散としていた。授業はとっくに終わっているし、地方から来ている学生はほとんどが帰省している。

 用事をすませて、事務所からでるとふーちゃんと会った。

「あ、大山君。大山君も用事で来たの」

「うん、そうや。ふーちゃんも」

「そう、用事は早くすませておきたいからね」

六、

 三十分後、私とふーちゃんは喫茶「トリオ」にいた。

「大山君、大学の四年間って、あっという間だったね」

「早かった。馬鹿やれたのは三年までだった。四年になったら、就職のこともあるし、サークルの活動に参加しても寂しかった。自分の居場所がないという感じが始めてわかった」

「大山君もそうだったんだね。私も四年になってから忙しくてサークルは単なる気晴らし程度だったし」

「ふーちゃんは、商社に就職が決まったんやてな」

「おかげさまで。大山君はどうするの」

「来年、もう一度教員の採用試験を受けてみるつもり」

「がんばってね。それはそうと大山君は、史跡同好会の活動の時、いろんな女子に声をかけていたね」

「えへへ、気がついてたんだな。その日によっていろいろな女子がすてきに見えた。そして恋い焦がれる日々がつづいてだんだんさめていく。これの繰り返しだった」

「ふーん、そういう子には電話したりして誘おうとは思わなかったの」

「自分は四年だしすぐに大学から消えてしまう身だと思ってたから、そこまではしようとは思わなかった」

「でも、相手の子は待ってたんだよ、きっと」

「えっ、まあそういうこともあるかな、ハハハ」私は、乾いた笑いでごまかした。

 喫茶店を出るとそこでふーちゃんとわかれた。私は一人で同志社大学から京都駅まで歩いた。ふーちゃんの最後の言葉が妙に引っかかった。私が好きになったのは、ふーちゃん、麻衣ちゃん、由美ちゃんの三人だ。私が誘うのを誰が待っていたというのだろう。そこまで考えをめぐらせたときにはっと気がついた。

 ひょっとしてふーちゃんが待ってたということなのか。いやいや、彼女はマイペースだし私などを相手にするとは思えない。ただ、誰であれ、相手の子が私の誘いを待っていたかも知れないという発想は私には全くなかった。

四年だから自分は消えていかねばならないと思いこんでいた。私は唇をかんだ。

 四十三年後の十一月。

円山公園内のとある料亭で、史跡同好会の同窓会が催された。あのころの時代にあわせて長髪を気取っていた男子は、私も含めてことごとく髪が薄くなっていた。

 同じサークルを巣立った仲間が、四十三年間世間という名の宇宙をそれぞれさまよって、今ここに無事着地したのであった。

 ふーちゃんも来ていた。

 私はふーちゃんに最後の喫茶店の真相を聞いた。

「あのときの、相手の子は待ってたかも知れないというのは誰のことだろう」

「えーと、そういう話は思い出せないなあ。そのときに喫茶店にいったことをまず覚えていないよ。遠い昔のことだから」とふーちゃんは言った。

「そうだな。四十年以上も前のことだからね」と私はあいまいを良しとする答え方をした。

 私は、あのときに私の誘いを待っていたのは誰かということは青春の甘酸っぱい思い出の中にそっと閉じ込めておくのがいいのだと思った。

 そしてパステルカラーのような甘ったるい恋の夢にゆられて過ごした青春があったことを、心の宝物にしようと思ったのだった。


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