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【9・晴れない朝】

   【9・晴れない朝】


 朝になった。宿の裏から鶏が時の声を告げる。

「結局……何なんだろう」

 森から感じられた気配は、太陽が昇り始めた今になってもそのままである。襲ってくるでもなし、立ち去るでもなし。パインたちの襲撃もあり、無視する事も出来ず。結局、ベルダネウスとルーラは徹夜することになった。

 ベルダネウスが大きなあくびをした。さすがに見知らぬ土地での緊張は堪えるのだろう。実際、何度も人の気配らしき物を感じて外に顔を出してみたりもした。

「何だか気持ち悪い。宿の人に聞いてみようか」

「止めておけ。何だかわからなくても、特にこちらを襲ってこないのならば、無理に騒ぐことはない。朝食を終えたらここを出て、今日は早めに宿を取ろう」

 馬車をルーラに任せたベルダネウスは顔を洗いに宿を回って裏の井戸に行くと、鶏たちと番犬が一斉に騒ぎ始めた。卵をとっていたミリアが顔をあげて

「おはようございます。朝食が出来るまで、もう少しお待ちください」

 相変わらず元気の笑顔を向けてきた。

「おはようございます。レイソンさんは」

「もう出発なさいました。夜が明ける前に、誰にも見られたくないからと裏口から」

 彼女はすぐ前の扉を指さした、これを使えば馬小屋を回らずともここに出られる。ベルダネウスたちに見られなくともおかしくはない。

「用心な事です。挨拶ぐらいはしておきたかったですけどね」

 とはいえ、レイソンにとってベルダネウスたちは自分を執拗に狙う男と一緒なのだ。黙っていく気持ちもわかる。

 彼女は宿に戻り、ベルダネウスは顔を洗う。少し緩んだ気持ちを、井戸水の冷たさが再びしゃきっとさせてくれた。

 ほとんど放し飼いにされている鶏たちと番犬が、ベルダネウスという見知らぬ男を前に緊張していた。中には明らかに彼に対して攻撃のタイミングを伺っているものもいる。裏口からは畑が広がっており、宿の食材はほとんどここで取れるようだ。

 昨日、ベルダネウスが来た時には気がつかなかったが、隅の方に、垣根に覆われた一角がある。そこでは薬草の類いが栽培されているのだ。

(手頃な薬草があれば少し分けてもらうか)

 薬草畑に近づこうとしたベルダネウスだが、番犬が唸るのを見て諦めた。

 畑のあぜ道はそのまま大きく回るようにしてダイスンへと続く道につながっている。

「レイソンさんはここから出発したのか?」

 まさかその言葉に反応したわけでもないだろうが、二階の窓の一つが開き

「寝過ごした!」

 テートリアが顔を出した。

「ベルダネウスさん、レイソンは?」

「とっくに出発したそうです。どこに行くかは聞いていません」

「ダイスンでしょう。すぐに追いましょう」

「あなたという追っ手がいるのに、わかりやすい街道を通りますか? そうだとしても、あなたの都合に合わせて馬車を進めるつもりはありません。それが嫌ならここに残ってください」

「怪我人をおいていくつもりですか」

 ぐっすり眠ったせいか、怪我人の割にはやたら元気が良い。

「怪我人だと思うからダイスンまで連れて行くんです。そこから先はご勝手に」

「あいつから金を取り戻したら、あなたにもいくらか分けますから」

「私は自由商人です、強盗ではありません」

 これ以上話すのも面倒だと、ベルダネウスはさっさと馬車に戻りルーラと交代した。


「怪我はするわ金は手に入らないわ。最低だ」

「あなたを拾った私たちの方がもっと最低の気分です。せめて食事の時ぐらい愚痴らないでください。焼きたてのパンが台無しです」

 食堂で朝食を食べながら話すベルダネウスたちに、ミリアが暖かい紫茶を持ってきた。厨房からはパンやスープの良い香りがしている。

「こちらのパンは麦の食感がたまりませんね。この麦はやはり裏の畑から?」

「はい。土の影響なのか、他で取れる麦よりももっちり感が出るんです」

 ほめられてまんざらでもないのだろうが、

「販売もしていますよ。お出かけの際にいかがです? 3つで20ディルになります」

 ちゃっかり商売っ気を出すのにはルーラも思わず笑ってしまう。ベルダネウスにずっとついているせいか、こういう商売っ気は彼女も好意的に見る。

「みなさんはいつ出発を? テートリアさんの傷が治るまでですか?」

「いえ、準備が出来たらすぐに立ちます。何しろ、村長の娘にあんなことをしたんですから」

 途端、主人夫婦が必死に笑いを堪え始めた。パインにした「あんなこと」を思い出したのだ。

 あんなことというのは……宿屋を出て馬小屋とは反対側、すぐのところに一本の木がある。大人が手を伸ばしても回しきれないほどの太さの幹に、パインは縛り付けられているのだ。

 その横には

『この者を許したいなら、ご自身の責任を持って解き放ってください」

 と書かれた簡単な札が掲げられている。

「いくら盗賊だと言っても、女の人だし未遂に終わったのだからそこまでしなくても」

 とルーラは言ったが、ベルダネウスは

「男も女も関係ない。自分が決めて何かをしたら、それによる結果は背負ってもらう」

 そう言ってパインを縛り上げてしまったのだ。

「まぁ、そのうちに村長からの使いが来て彼女を連れて行きますよ。その後のことまでは知りません。お二人こそ良いのですか。彼女を助けなかったとなれば村長から睨まれるのでは」

「良いんですよ。村長も彼女は一度ひどい目にあわないと駄目だとか言ってましたから。そりゃあ、立場上私たちを怒鳴るぐらいとするでしょうけど」

 事情を知らないテートリアは、説明を求めたが、面倒くさいとばかりにベルダネウスは何も言わなかった。

「村に居づらくなったら、町で独立するのも良いですよ。町は商売敵が多い分、簡単にはいかないでしょうが」

「商売敵は多いでしょうけど、客も多いでしょう。その時に会えたらよろしくお願いしますよ。といっても、先立つものがないとどうにもなりませんけれど」

 笑う夫婦の様子にベルダネウスも心中笑った。

(どうやら、それは未来図の中にあるみたいだな)

 確かに主人夫婦はまだ若い。町で自分の店をと夢見ても不思議ではない。

 そこへボルンが寝不足気味の顔で階段を下りてきた。

「おはようございます。なくし物は見つかりましたか?」

 答えは聞くまでもなかった。下りながらも、ボルンは目を泳がせて床を見回していたからだ。

「どうしても見つかりません。あれが見つからないと……えらい損害だ」

「あれは偽物でしょう」

「意地の悪いことを言わないでください。もうわかっているんでしょう……」

「諦めるんですね。あの時はお客もたくさんいた。その内の一人がちょっと出来心を起こしたのかもしれませんよ」

「だとしたら、もう見つかる可能性はほとんどない」

「何もしないよりはマシということならば、昨夜いたお客を回ってみたらどうです。この村にいる限り、あの石をお金にする機会はない。謝礼をはずむと言えば、たまたま昨夜拾って忘れていたとか言って誰かが出してくれるかも知れませんよ」

「そんなことを言う以上、値打ちものなんだと、懐に入れっぱなしにする可能性もあります」

 落ち込むボルンに、ミリアが朝食を持ってきた。

「私は素泊まりですよ」

「サービスですよ。料金は結構です」

 一足先に朝食を終えたベルダネウスが外に出る。村のあちこちに、畑仕事に出てきた人達の姿がちらほら見えだした。

 ベルダネウスはパインの下に行った。彼女は縛り付けられた時のままだった。

「……誰かが助けに来ると思ってましたが……」

 こんな姿でも闘志は失わないのか、パインは彼を呪うかのように睨み付けた。

「あんた。こんなことしてタダで済むと思わないでよ」

「私よりも自分の身を心配した方が良いと思いますが。それより、最近、この村に知らない人達の出入りはありませんでしたか?」

「あんたよ」

「最近、この村の近くで盗賊が出没したなんて事は? あなた以外で」

「知らないわよ。知ってても言うもんですか。あんたなんか盗賊に襲われて殺されれば良いのよ」

「ここ数日で村長の家に知らない人が訪ねてきませんでしたか。複数だと思うのですが」

「知らないわよ。ここんところ、あたしは家に戻ってないから」

「……そんな態度をとっているから、未だに誰もあなたを自由にしようとしないんですよ。ここの人達は朝が早い。縛られてから今まで、何人か通ったでしょう」

「誰も通らないわよ! みんな、あたしを避けてる」

「避けたところを見たんですか? 勝手に決めつけるのは良くないですよ」

「実際、誰も見てないんだからしょうがないでしょ!」

「そうですか」

 何か考え込むようなベルダネウスに

「あんた。これからあたしをどうするつもり?」

「あなたこそ、これからどうするつもりですか? いくら村長の娘だからって、盗賊はやり過ぎですよ。今まで何人襲ったんですか?」

「……あんたらが最初よ」

「どうりで手際が悪いと思った。しかし、それならまだやり直せます」

 ベルダネウスはマントから彼女が使っていた魔玉の杖を取り出し

「村長さんに頭を下げて、もう一度魔導師の勉強をやり直すつもりはありませんか?」

「え?」

「あなたには魔導師の素質がある。聞いた話では、あなた魔導師としての勉強は150日ほどしかしていないとか。魔導師が魔導を使えるようになるまで、個人差はありますが300日から500日はかかると聞きます。なのにあなた魔導を使えた。それも攻撃魔導を」

「その攻撃魔導も、何の役にも立たなかったわよ」

「攻撃魔導はおおっぴらに教えるものではありませんから、あなた独学で使えるようになったのでしょう。生半可な才能で出来るものではありません。残念なのは、少し攻撃魔導が形になった程度で満足してしまったこと。魔導を覚えたての魔導師には良くあることです」

 目を逸らしつつも、パインもまんざらでもなさげに話を聞いていた。

「ここはひとつ、魔導師連盟に戻ってもう一度勉強しなおしてはいかがです。不愉快なこともあるでしょうが、頭も下げなければならないでしょう。でも、そこをぐっとこらえて1000日も学べば其相応の魔導が出来るようになるでしょうし、そうなったら学びが面白くなります」

「戻れるわけないでしょう。……出て行く時に、あたし……あいつらを……」

「あなたが思っているほど向こうは気にしていないかも知れませんよ。魔導師連盟のお偉いさんの事を聞いてみたらいかがです。たいていは学び始めの頃、調子に乗っての武勇伝がひとつぐらいあるものです。覚え立ての攻撃魔導を使って盗賊のまねごとをやらかしたなんて可愛いものです」

「……戻れると思う?」

「あなたほど才能があれば、教えた方だって、あなたが飛び出たのを惜しがっているはずです。同じ生徒から少々陰口をたたかれるのを覚悟で謝れば許してくれますよ」

「あいつらに頭を下げるなんて……」

「見知らぬ自由商人を油断させるために乳房をさらしたあなたです。頭を下げるぐらい出来ないはずはない」

 昨日、罠を仕掛けた時のことを思い出したのか、パインは真っ赤になってベルダネウスを睨み付けた。

「実力で見返せば良いんです。成果を出せば、周りの陰口なんてただの負け惜しみになります」

 ベルダネウスはナイフを彼女の後ろに回ると、縄を解いた。

「え?」

 パインは自由にされた自分に戸惑った。

「一晩さらし者にして、未遂分の罰は与えました。後は自分で考えなさい。友達が待っていますよ」

 魔玉の杖を彼女に返すと、ベルダネウスは村の一角を指さした。

 ザムロとホワイが恐る恐るこちら側を見ていた。

「あいつら!」

 魔玉の杖を握りしめ、パインが二人に向かって駆け出した。

 その後ろ姿を宿から出てきたルーラは見届け

「ザン、いいの。自由にして?」

「まずかったか?」

「ううん」

 笑顔でルーラは首を横に振る。

「それよりルーラ、例の気配はまだあるか?」

「あるけど……あの人たち、何なの?」

「わからん」

 馬車に戻ると、ベルダネウスは浮かない顔でつぶやいた。

「……おかしい……」

 何だろうと彼を見るグラッシェを気にもせず、彼は裏に広がる畑を見た。

 良い天気だった。


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