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【8・3度目の襲撃】

   【8・3度目の襲撃】


「ホワイ、どう、あいつらの様子は」

 畑の作物などおかまいなしに踏みつけて、パインがザムロを連れてやってきた。

「明かりも消えてるし、寝たんじゃないですか」

「だったらちょうど良いわ。今のうちにあいつらの馬車をぶんどるわよ」

「……本当にやるんですか。これで捕まったら、今度こそ本当に村から追い出されますよ」

「父さんにそんな度胸があるもんですか」

「でも、万が一」

「そうなったら、こっちから出て行ってやるわよ。それで散々後悔させてやるわ」

(後悔するのは俺達のような気がする)

 ザムロとホワイはそろって思った。この二人、小さなころからパインの子分みたいな存在だった。

 パインも小さい頃はよかった。特に力がなくても、女であっても、村長の娘というのはそれだけで大きな力になった。それに、彼女自身もなかなか優秀だった。読み書きにおいては兄より勝る面も見せた。

 しかし時が過ぎ、大きくなるに従って、それだけではいけなくなってきた。

 長男バラボが次期村長として少しずつ村人を束ねることを任され、それを多少不備はあるにせよ、そこそここなしていくようになった。

 さらに次男ボルテックがバールド教会に入信した。バールドは死の神などと呼ばれイメージは良くないが、葬儀関係を一手に引き受ける神である。人が不死でないかぎり必ず関わる神であり、規模はともかく、全ての町や村に教会がある。それだけにその影響力はある意味、王以上とも言える。今はまだ下っ端だが、ゆくゆくはこの村の教会を背負うつもりでいる。

 かくして、パインは取り残された形になる。いくら勉強が出来ても、彼女に責任ある地位を任せてはもらえなかった。村長が彼女に期待するのは、村の見所のある男か、外の金持ちに嫁ぐことだった。

「冗談じゃないわ!」

 親が自分の力に期待していないことを知ると、彼女は女性でも能力次第で出世の道が開かれているという魔導師への道を選択したが、結局、村に帰ってきた。

 彼女は意地になって自分の力での金持ちになる。出世してやると息巻いたが、もともと頭を下げるのが嫌なだけに、何かをするのに必要なものはみんな誰かが用意してくれるものだと決めつけていた。

 さすがに村長である親も怒り、パインは壮絶な喧嘩の果てに家を飛び出した。そしてとうとう親の世話にはならないと、比較的仲の良い村民を誘って盗賊を始め……ようとしたのである。

 その最初が、昼間ベルダネウスたちへの襲撃だった。

 さすがに渋々とではあっても付き合ってきた村人たちもこれには呆れ、とうとう「もう勘弁してくれ」とパインから逃げてしまった。

 残ったのはザムロとホワイだけ。正直、ここまでくれば二人も

(このままでは、俺達も駄目になっていくんじゃ)

 と気がついてはいるのだが、なかなか踏ん切りがつかないでいる。なんだかんだ言っても、二人はパインのことが好きなのだ。

「ぐずぐずしないの。あいつらが寝ている間に馬車をダイスンまで持っていって中の荷物を売るのよ」

 ランプを手に宿屋に向かうパインの後ろ姿に、ザムロたちは顔を見合わせ、仕方ないとばかりに後に続いた。

「護衛の女、いないだろうな」

 ザムロがみぞおちをさすりながら周囲を見回す。一応三人とも手に棍棒や魔玉の杖を持っている。

「ビビってどうするのよ。図体はあんたの方がずっとでかいんだから」

 馬小屋まで来ると、パインは先に行けとばかりに馬車を指さす。

「先に入ってくださいよ。頭は先頭に立つものですよ」

「馬鹿、戦でも大将は後ろで構えるものよ」

 後ろから小突かれ、ザムロとホワイの凸凹コンビは壁にへばりつくように恐る恐る回り込む。

 グラッシェを前にザムロは腰が引けた。先ほどはグラッシェを手なずけられずにいなないたためにルーラが駆けつけてきたのだ。

「何をしてるのよ。たかが馬じゃない」

 相変わらず、自分では何もしようとしないパインがせかした。しかし、馬というものは人間の子供ぐらいの知恵がある。先ほどの騒ぎから、グラッシェはこの三人が「悪い奴ら」と認識していた。

 鼻息を荒げて身を震わせたグラッシェにザムロが怯えるように後ずさった。さらにホワイが

「駄目だ。これじゃ出られないよ」

 と馬車の車輪を指さした。ランプに照らされた車輪には、がっしりとした車輪止めがかけられている。これを外さない限り、馬車を出すことは出来ない。

「あいつら……」

 歯ぎしりするパインに

「これぐらい当然でしょ。相手を馬鹿にするにもほどがあるわよ」

 頭上から声がした。馬車の屋根で、ルーラが仁王立ちして三人を見下ろしているのだ。光の精霊が集まり、辺り一面を昼間のように照らし出した。

 屋根から飛び降り、ルーラは三人に向かって槍を構える。

 さらに宿からマントを羽織ったベルダネウスが出てきた。

「あんたみたいなのが娘では村長がかわいそうだ。幸い私はこの村にとってはよそ者だ。遠慮なくお仕置きさせてもらおう」

 マントから出した手には、愛用の鞭が握られている。

 ザムロとホワイは二人を見比べると、ベルダネウスに挑みかかった。護衛の女よりも商人の男の方が倒しやすいと見たのだ。

 しかし、ベルダネウスもただの自由商人ではない。軽く手を振ると、鞭が蛇のようにとなってザムロの眉間を打つ。

 額から血が飛び散り、情けない悲鳴と共にザムロがひっくり返った。

 ベルダネウスの鞭はただの鞭ではない。拷問用の鞭を改良したもので、先端部分が鱗のように処理されている。殺傷力こそ低いが肌を撫でれば皮を削り、その痛みと出血は相当なものだ。

 それを見て、たまらずホワイは逃げ出した。

「お嬢様はどうします? 通りすがりの自由商人に恐れをなして逃げ出しますか?」

 その言いようが気に障ったのか、パインは

「逃げるわけないでしょ」

 数歩後ずさると、魔玉の杖をかざして意識を集中し始めた。

 杖の先端の魔玉に赤橙の光が集まり、それが揺らぎ始める。どうやら炎になろうとしているらしい。

 精霊の槍を構え直すルーラをベルダネウスは制し

「いや、いい。どうやら結構時間がかかりそうだ」

 実際、魔玉の光は揺らぎ続けるものの、なかなか炎にならない。最初は油断させるためにわざとそうしているのかと思ったルーラだが、どうやらこれが彼女の本当の実力らしいと知って力が抜けた。

 グラッシェが心配そうに鳴くのを

「大丈夫。こいつ見かけ倒しだから」

 と静める。その様子にパインがさらに顔を真っ赤にして

「えぇぇいっ!」

 杖を振るった。炎と化した彼女の魔力がベルダネウスに向かって飛ぶ。

 瞬時、彼の鞭が波打ち飛ぶ炎を縦断、横断する。たちまち炎は霧散して消えた。

「あ……」

 パインは口を開けたまま呆然とし、次の炎を生み出す様子もない。

「きちんと学び、身につけた魔導の炎ならば私の鞭程度で霧散するはずがない」

 ベルダネウスは獲物に襲いかかるように

「いい加減な魔導でいい気になるな!」

 落雷のごとき叫びにパインはその場にへたり込み、そのまま動かなかった。腰を抜かしてしまったのだ。

 ひゅんと音を立ててベルダネウスの鞭が彼女の足下を打った。途端、彼女の体がびくっと震え

「ふぇ……へぇ……ふぇぇぇ……」

 声を上げて泣き出した。

 その様子を物陰から見ていた主人夫婦が「ほぉぉ」と感心したようにそろって頷いた。

 それに気がついたルーラが顔をほころばせかけたが、すぐに険しさを取り戻した。

 宿から離れた森から感じられたパインたちとは別の人の影。それは今でも消えていなかった。パインたちの様子はわかるはず。それでも動く気配はなかった。



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