【7・不穏な人達】
【7・不穏な人達】
「ちょうど良かった。テートリアさんに紫茶とお菓子を」
「それより、ちょっと」
ベルダネウスの手を取り、ルーラは二階に上がっていく。そのまま廊下の端まで行くと、開けっ放しになっている窓の下に隠れ、
「ここから右手。大きな木の根元、畑に通じて斜面になっているらしい場所」
そっとベルダネウスは窓から外を見、彼女に言われた場所へ目を向ける。が、月が雲に隠れているためうす暗い。
「……よく見えない」
「さっき馬車を襲った三人の内、小さい方の男、ホワイだったっけ。彼が隠れて見張っている」
そこへちょうど月が出た。月明かりに照らされて、草むらに隠れるようにしてしゃがんでいるホワイの姿が微かに見えた。蚊がうっとうしいのか、何度も手で肌を叩いている。
「パインと言ったな。あの娘たち諦めないのか」
ベルダネウスとしては、一夜限り、明日には出て行く村とはいえ村長の娘とはもめたくなかったが、向こうから襲ってくる以上は仕方がない。
「ルーラ、馬車で待機していろ。へたをしたら今夜は寝ずの番だぞ」
「どれぐらい反撃して良い?」
「軽い怪我程度だな。あの娘がどれぐらい助っ人を連れてくるかにもよるが」
少なくとも、先ほどと同じ顔ぶれならば、よほど油断しない限りは負けることはないというがベルダネウスの判断だった。
二人はテートリアにミリアが用意した紫茶と菓子を持っていき
「今度騒ぎを起こしたら、ここに置いていきますからそのつもりで」
と言い聞かせた。彼がヤケ気味に菓子を口にするのを確かめてから部屋を出ると、さっそく二人は主人夫婦に事情を話し
「部屋の毛布を持ち出すことをお許しください。馬車と、私は食堂で休みます」
「それは結構ですが、あまり手荒な真似はしないでください。私たちがこれから居づらくなります」
「いいじゃない。パインはいっぺんひどい目にあった方が良いのよ」
対照的な反応を示す夫婦をよそに、ルーラは裏口からこっそり馬小屋に回った。見張りの小男の死角から彼女の指定席である馬車の屋根に上がると、毛布にくるまって腹ばいになる。
良い具合に雲がなくなり、月明かりで見晴らしが良い。
(ようし、いつでも来なさい)
精霊の槍を握りしめたルーラは
(あれ?)
目をこらす。ホワイの潜んでいる茂みのさらに向こう。もっと遠くの森の陰に別の人影が見えたのだ。
見間違いかと思って目をこらすと、間違いない。一人の男がこちらの方をじっと見ている。その気配の消し方は、明らかに見張り慣れているものだ。最初はパインが連れてきた助っ人かと思ったが、それにしてはホワイと接触する様子がない。
(別口かな。狙いはあたし達……でなければレイソンさんかテートリアさん……ってことはないか。だとするとボルンってお客かな)
彼女はボルンがぶちまけた石の輝きを思い出した。本人は偽物とか言っていたが、あれが本物だとしたら。
ベルダネウスに言わせると、宝石商の中には、誤魔化すためにわざ移動中はぼろを着ることがあるという。宿でも一番安い部屋を取り、宿の主人からは「いないよりマシ」な客に見せかけるのだという。何らかの理由でボルンのことを知った盗賊が、彼を見張っているのだという可能性はあると思えた。
そこへ小さな変化が現れた。森に潜んだ男の付近で小さな光が生まれ、二度点滅してはすぐに消えたのだ。
宿の中でもベルダネウスが異変に気がついていた。
明かりの消えた食堂で毛布にくるまっていると、二階でなにか動く気配がしたのだ。
最初はまたテートリアかと思ったが、彼は眠り草の入った菓子を食べて、今はぐっすり眠っているはずである。
時が時だけに気になった彼は、こっそり二階に上がった。部屋が並ぶ中、一つの部屋の扉の下から明かりが漏れている。自分たちの部屋でもテートリアの部屋でもレイソンの部屋でもない。
(とすると、ボルンの部屋か)
その部屋の扉の下から漏れる明かりが消えた。と思ったら、小さくついてはまた消える。それを何度か繰り返した。
(何をしているんだ?)
部屋の前まで行こうと足を出した時、いきなり部屋の扉が開いてボルンが顔を出した。
間一髪、ベルダネウスは階段の陰に身を潜めていた。
ボルンは廊下を見回し
「気のせいか……」
小さくつぶやくと部屋の扉を閉めた。そして、隙間の光も消えた。
(今のは何かの合図か?)
だとしたら、その相手が外にいるはずだ。ベルダネウスは静かに階段を下り始めた。
レイソンは硬いベッドの薄い布団に潜り込み、まどろんでいた。
(何とか明日中には着けそうだ)
彼の目的地はダイソンの西にあるファクサという小さな町だった。そこには彼の妹ラーンが両親と共に住んでいる。彼はもう3年帰っていない。彼はそこに寄って、手数料20万ディルを妹に渡すつもりだった。それだけではない。
(ラーンはまだ独りかな)
愛嬌はあるが、団子っ鼻で美人とはちょっと言いづらい妹の顔を思い出して苦笑いした。
一人だったら、彼はダイソンに戻り次第、彼の雇い主で金貸しのモックをファクサに連れて行くつもりだった。そこで妹と結婚させるのだ。もちろん金貸しは辞めさせる。彼の家は役所や学校に各種文房具を卸していた。儲けは大きくないが安定している。
モックとラーンが一緒になれば、申し分なかった。ラーンはともかく、モックに対しては
(嫌だと言っても、無理矢理連れて行ってやる。それでも嫌だと言ったら、170万ディルの預け文はあいつの目の前で燃やしてやろう)
ほっとした途端、眠気が襲ってきて彼は眠りに落ちた。