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【6・取って取られて】

   【6・取って取られて】


 二階の廊下では、二人の思い描いていた通りのことが起こっていた。

 一つの部屋の前で、うつぶせにされたテートリアが馬乗りになったレイソンに腕をねじ上げられて悲鳴を上げている。離れたところにはテートリアの剣が転がっていた。

「まったく。つくづくあなたを助けるんじゃなかったと思いますよ」

「僕は何もしていない。先に手を出したのはこいつだ!」

 押さえ込まれたまま、テートリアは視線でレイソンを訴える。

「私の部屋を探るために聞き耳を立てていた」

「扉の前で座ってじっとしていただけです。この体で戦いを挑めるわけないでしょう」

 とは言っても、こうして廊下で押さえ込まれている姿では説得力がない。

「怪我人がすべきことは、怪我を治すことです」

 ベルダネウスその口調は怒っていた。

「いい加減にしないと、ダイスンにつき次第あなたを衛視に引き渡しますよ。そうなればあなたにとって都合が悪くなるでしょう」

「僕は悪くない。悪いのはこいつだ」

 とレイソンを指さすが、ベルダネウスは静かに首を横に振り

「彼は悪くない。少なくとも、彼が手にしている金は不当に手に入れたものではないでしょう。不当なものだったら、あなたは堂々と役人に彼を突き出せば良い」

「だから言ったでしょう。証拠がないって」

「ありますよ。少なくとも彼から200万ディルを取り上げる根拠は」

「え?」

「それだけの金を紙幣で用立てたのなら、その相手はディルの発行元であるサークラー教会でしょう。教会は偽金や横領防止のため、その日ごとに発行した紙幣は番号を控えている。200万ディルともなれば、記録を付き合わせれば誰に渡したものか突き止めるのは難しくない。発行してすぐなら尚更です」

「その200万ディルは」

「使い古しの紙幣と言うのですか? 200万ディルを使い古しの紙幣で集めるのは大変です。となれば、彼に取られた方はどうしてそれだけの物を用意していたのか。犯罪がらみですか? だとしたら尚更、衛視体に訴えるべきでしょう。それとも、レイソンさんは罪人なのを良いことに、あなたは横取りを企てたんですか?」

「いや、それは……」

「でしょう。ですから彼が手にした200万ディルの紙幣は新品でしょう。だから、レイソンさんを衛視隊につきだし、彼の持っている紙幣番号と教会の発行記録を照らし合わせれば良い。つい最近、別人に渡した紙幣が1枚や2枚ならともかく、何十枚も彼が持っていたら、少なくとも説明を求めるぐらいは出来ますよ。逆に彼の説明がもっともなものだった場合、彼をつきだしたあなたの方が困った立場になりますが」

「私はかまわないぞ。一緒に衛視隊に行くか」

 レイソンの声に迷いはなかった。それに対し、テートリアは真っ青になって今にも泣きそうになっていた。

「部屋に戻せ」

 テートリアを解放すると、レイソンは命令調で言った。

 ベルダネウスはルーラにテートリアを任せると、レイソンに深々と一礼した。

「度々申し訳ありません。まさかあのような人とは」

「あなたは道中、怪我をして苦しんでいる人を近くの宿まで運んだ。それを責められるものはない。私としては不愉快な結果だが」

「ありがとうございます。もしも差し支えなければ、簡単に事情を説明していただけないでしょうか。肝心の基がわからないまま話を聞いていては何だかもやもやします」

「それぐらいはかまわんが、聞き賃として一杯おごってもらうぞ」

 食道に下りると、まだボルンは床に這いつくばってクライクを探していた。しかたなく彼から離れたところに座ると簡単な酒とつまむものを注文する。

「それと主人、眠り草の類いはありますか?」

「ございますが……どのようなことに?」

「連れの怪我人に朝まで眠ってもらうんです。この調子じゃ、深夜にレイソンさんを襲撃しかねない。それで返り討ちに遭っても自業自得ですが、私と宿に迷惑がかかる」

「そうことでしたら」

 先ほどからの騒ぎは主人の耳にも入っている。騒動が収まるのならばと、彼はミリアに裏の薬草畑に向かわせた。

 酒と野菜の煮物を挟んでベルダネウスの話を聞くと、レイソンの口が次第にほころびだした。

「テートリアという男の言ったことは、全くのでたらめではない。私は借金の取り立て人でな。なかなか返さない奴に取り立てを行い、そのうちからいくらかの手数料を取っている。今回も、金を借りたまま返さずガモルに逃げた男に取り立てに出向いたわけだ。

 そいつは金がないわけではなかった。確かに200万ディルも一度に支払うのは痛手だし、そのためにちょうど目の前の取引が駄目になったのも事実だ。だが、返済期限はとっくに過ぎている。金を返したらすぐさま生活に困るというわけでもない。

 ただ払いたくないだけなんだ。ああいう奴らは一度金を手にしたら、それは自分のものであるように思うものだ。実際は、他人の金を借りているに過ぎないのだがな。

 そんな奴に気兼ねする必要はない。容赦なく取り立てた。こちらもこれが仕事だからな」

「どうやって取り立てました? 力尽くで?」

「まさか。証文を手にサークラー教会へ仲裁を頼んだんだ。俺の雇い主は金貸しをするに当たって、そこの援助を得ていた」

 サークラーは一般に富、もしくは交流の神と呼ばれている。サークラーの教えは「人間は交流によって絆を深め、より大きく、成熟するもの」とあり、その仲介者として商人を尊重している。自ら商人たちに資金や情報などの援助をしており、教会と言うよりも、商人たちの元締めともいえる存在である。

 特に自由商人はほぼ全員がサークラー教会に信者として登録しており、ベルダネウスも例外ではない。ただし、ほとんどは信仰としてではなく、商売上信者と言うことにしていた方が何かと便利だからという理由によるものである。信者と言うより、会員と言うべきだろう。

「なるほど、サークラー教会にとっては、自分たちが正式に認め、援助した商人が正当な方法での取引を行った。ところが相手はその代金を払おうとしない。その相手を野放しにしたり、教会が別に融資したりするのは世間体が悪いと」

「そういうことだ。向こうも商売人だ。サークラー教会を敵にするのは避けたい。で、教会のお偉いさん立ち会いの下、200万ディル払わせたというわけだ。もっとも、仲介料を10万ディルとられたがな。これは私の依頼人も承知している」

「踏み倒されるよりかはずっとマシというわけですか」

「そんなこと言ってる場合じゃない。私の依頼人である金貸しは……私の幼なじみなんだが、金貸しにはむいてなくてな。貸した金を踏み倒されてばかりで、そのうち自分が首をくくりそうな状況だ。貸した方が首をくくって、借りた方は踏み倒して笑うなんてそんな馬鹿な話があってたまるか」

「ですね。私たち商人にとって、金と信用は命です。相手を信用して金を貸すという金貸しは、いわば自分の命で商売をしているようなもの。踏み倒されてはたまらない。せめて自分が首をくくる前に、借りた方もくくってもらわないと」

「そういうことだ。道義的に後ろ指を指されることはあっても、商売としては決して恥ずべき事ではない。私はそう思っている」

「しかし、それだとテートリアさんはどうして?」

「わからん。借り手の知り合いと言うが私は知らん。個人で勝手に動いているのか、借り手に頼まれたかはしらないが、目当ては私の金だろう。預け文かもしれないが、あいつが合文を知っているとは思えない」

 レイソンは取り立てたその場で200万ディルのうち、10万ディルを教会への仲介料として払い、20万ディルを手数料として自分の懐に入れ、170万ディルをその場で教会に預けた。その預け文があれば、別の教会でその金を受け取ることが出来る。もちろん、引き出すには預け文の他にそれぞれに決められた合文が必要である。

「腕は特に優れているとは言いがたいが、やり方はなかなかだったぞ」

「もしかして、道の真ん中でボロボロになって助けてくださいって言ってきたとか」

 二階から下りてきたルーラが会話に加わった。

「いや、もっといい手だった。私が歩いていると、草むらから奴の声がしてな。何事かと剣を手にかけそれに答えると。奴は草むらに隠れたままなんて言ってきたと思う?」

 レイソンは身を乗り出し

「情けない声で『……紙があったらください』だ」

 思わずルーラは吹き出した。

「私も思わず笑ってな。いや、しかし当人にとっては笑い事ではなかろう。奴は私の紙で尻の始末をすると、感謝半分、情けなさ半分で頭を下げたと思った途端、いきなり斬りかかってきたのだ」

「笑いそうですが、なかなかいい手ですね」

「私も危なく引っかかるところだった。だが、奴の作戦にはひとつ大きな穴があった。しゃがみ込んでいただけだったために、匂いがなかった。あれで実際に糞をしていたら、私も引っかかっただろうな」

「大便はそう都合良く出せないでしょうしね」

 ものを食べながらする話ではないと二人も思ったのか、すぐに二人は話題を変えた。

「あなたが取り立てたという200万、いえ、170万の預け文ですが、失礼ながら教会を通じて金貸しに届けてもらった方が安全だったのでは」

「2、3日の距離だ。届け料がもったいない。それに、途中寄りたいところもあった」

「寄りたいところ?」

「個人的な相手だ。それ以上聞くな」

 照れくさそうに苦笑いすると

「酒のせいかしゃべりすぎたな。明日は早々に出発するつもりだ。悪いが挨拶はしないぞ」

「わかりました」

 ちょうどそこへ、ミリアが小皿に盛った粉を持ってきた。

「乾燥させた眠り草を粉にしたものですけど、どうします?」

「これでも食って落ち着けと紫茶と菓子を持っていきますよ。ですからその中に」

「はい。まかせてください」

 笑いを堪えながら、ミリアは厨房にも戻っていく。小さく「面白そう」とつぶやくのが聞こえた。

「奥さん。すみませんが私は明日、夜明け前に立つので、朝食代わりに何か作っておいてくれないか。肉や葉を挟んだパンでいい」

「別料金ですよ。30ディル」

 レイソンの要求に、楽しそうな彼女の返事が返ってきた。

 まいったとばかりにレイソンと苦笑いしあったベルダネウスは、ふと、いつの間にかボルンの姿が見えなくなっていることに気がついた。

「ザン!」

 ルーラが階段を駆け下りてくる。その顔からは緊張が感じられた。



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