【5・盗賊の正体は】
【5・盗賊の正体は】
「こいつ、これやるから静かにしろ!」
宿屋裏の馬小屋。がっしりとした体の大男がグラッシェを静めようと人参をかざしている。が、グラッシェはそんなものには見向きもせず体を揺さぶり、声を上げ続けた。
「ザムロ、なに手間取っているの。馬ぐらい簡単に手なずけなさいよ」
馬小屋隣に止めてあるベルダネウスの馬車の裏から女の声がした。
「ホワイも早く鍵を開けなさいよ」
「そんな事言ったって、僕、鍵の開け方なんて知りませんよ」
「根性で開けなさい」
「そんな無茶な。……こんなところ見られたら、もう村にいられなくなりますよ」
半泣きの声が響く中、いきなり馬車を中心に馬小屋全体が昼間のように明るくなった。グラッシェの声が喜びに変わる。
「何だ?」
「来た。精霊使いだ!」
光の精霊の明かりの中、ルーラは大男・ザムロに一気に詰め寄ると、槍の柄で大男の向こう脛を打った。たまらず倒れるザムロをそのままに、ルーラが馬車の裏に回る。
そこには細身の小男と見覚えのある金髪女がいた。女の手には魔玉の杖がある。
(こいつら、昼間の盗賊?!)
目の前にいる女はあの時怪我人のふりをして馬車の前に倒れていた女である。とすると、他の2人はあの時、矢を射かけてきた連中ということになる。
あの時の矢の数から仲間はもっといるはず。どこかに隠れているのかも。とっさにそう判断したルーラは問答無用とばかりに突撃、金髪女に思いっきり体当たりした。地面を転げながら、彼女は魔導師の杖を金髪女の手からもぎ取り投げ捨てた。魔玉がなければ魔導師は魔導を使えない。
「この野郎!」
起き上がったザムロが突進してくるのに、ルーラは槍を後ろに向かって突いた。槍の石突が見事に大男のみぞおちを直撃する。
「えげへぇ!」
たまらずその場にうずくまるザムロ。
「あなたたち、まさかあたしたちをわざわざ追ってきたの? しつこいわね」
その声と胸の膨らみを見て、やっと彼女たちはルーラが
「女か」
と気がついたらしい。
「女のくせに護衛なんてしてるんじゃないよ」
「あなただって、女のくせに盗賊をしているじゃない」
「盗賊じゃないわ。そのうちにでっかくなってやるんだから!」
「でっかくって……」
ホワイがそっと睨み合う二人の女の胸を見比べ
「引き分け!」
言った途端、女盗賊にぶん殴られた。その隙にルーラは一気に間を詰め、盗賊の顔面に槍の穂先を付きだした。
女盗賊の顔が引きつり、ルーラを睨み付ける。
それをルーラは受け止め、静かに威圧する目で返した。彼女はまだ16才だが、これまでに何度も実践を経験し、相手の命を奪ったこともある。その静かな殺意を込めた目は女盗賊の睨みなど簡単に蹴散らし、相手の心をえぐるように突き刺さる。
それだけで十分だった。女盗賊は震えて魔玉の杖を拾うと馬小屋から逃げ出した。慌ててザムロとホワイも後を追っていく。
「……あれでよかったかな?」
すっかり殺気の消えた声を馬小屋の陰に向けた。そこからベルダネウスが出てきて
「充分だ」
「盗賊かと思ったけど、なんだかこの村の人みたい」
「推測だけで口にするな。この村の人が聞いたら気を悪くするぞ」
「いえ、本当のことですから」
そう言って宿の主人が顔を出した。怒っているよりも、申し訳ないような顔つきで。
「じゃあ、本当に彼女たちはこの村の人なんですか?」
「村の人どころか、彼女は村長の娘ですよ」
「村長の娘?」
言われて二人は、村長の娘が魔導師だと宿の客たちが言っていたのを思いだした。
「それじゃ、お嬢様って呼んでいたのは本当に……」
「怪我をさせなくてよかったな」
とは言ったものの、ベルダネウスもルーラも
(こんなことなら無理をしてでも先に行くんだった……)
そう思うのだった。
「彼女はパインと言いまして。小さな頃から気が強くて。お姫様と言うより、女王様みたいでした」
「うちの人なんか、しょっちゅう彼女の馬にされていたんですよ。その頃、まだ生きていたお義父さんが村長さんにお金を借りていたので頭が上がらなかったんです」
笑う妻に、宿の主人は唇を尖らせて「向こうへ行ってて」と追い出した。
ランプに照らされた食堂にいるのは主人夫婦とベルダネウスたちだけである。
「彼女は昔っから大きな口を叩くんですけど、実力が伴っていないというのか。本人に言わせると自分を認めない周囲が馬鹿だってことになるんですけど。それだけに大きくなるに従って男女の差というか、兄たちとの扱いに差が出てくるのに不満を持ち始めて」
「不満というと、兄たちは優秀でもないのに優遇されていたとか」
「そんなことはありません。兄は二人いるんですが、二人ともお世辞抜きで優秀だと思います。だからこそ焦ったんでしょうね。女だからってそれ相応の地位を用意しない奴らを見返してやるんだって。いろんな仕事に手を出して、ちょっとうまくいかないとすぐに止めてしまう。周囲から嫌がらせをうけただの、つまらない仕事をさせるとか言ってね。でも、どんな仕事でも最初は下働きや使いっ走りでしょう」
「昔っから特別扱いされていたから、それが当然だと思っていたんですよ」
ミリアがまた顔を出し、紫茶のおかわりを持ってきた。
「村長さんはさっさとお嫁に行かせたかったらしいんですけど、お嬢さん、無駄にプライドが高いものだから、お嫁にいくなら偉くて金持ちで強くでいい男で何でも出来る人でなきゃやだって」
思わずベルダネウスとルーラが笑ってしまった。
「そんな人がこの村にいるんですか?」
「いませんよ。お嬢様自身、そのうちアクティブの王子が私の噂を聞きつけて、黄金の馬車に乗って迎えに来るなんて言っていたぐらいですから」
「まさか本気じゃないでしょう」
「どうだか。でも、おかげであたしはこの人と一緒になれたんですけど」
主人に抱きついてミリアが笑った。
「この人も一応、お嬢さんの婿候補だったんですよ。村でただ一人の薬草師だし、宿屋をしているせいでいろいろ村の外のことも知っていたし。お嬢様がここに来た時は、もしかしてこの人目当てなのかと焦っちゃいましたから」
「本当にあなた目当てだったんですか?」
「まさか」
主人は笑って
「確かにお嬢様は2回ほど来ましたよ。薬草師になるんだというのと、宿屋をはやらせて、ここを一流の宿場町にしてみせるとか。宿屋と言っても、お客様もここの立地はおわかりでしょう。ガモルとダイスン。この二つの町に挟まれているため、お客様のほとんどはどちらかの町に泊まります。
ここに泊まるのは、何かの事情でそこまで行く前に日が暮れてしまったという人達ばかりです。あとは日の高いうちにちょっと休憩として簡単な食事や菓子をつまんでいく人達です。いわばここは、二つの町の隙間宿なんです」
「隙間宿ですか。うまいことを言いますね」
ベルダネウスたちも、ここに泊まったのはテートリアを助けたのと、初めての行程で町までの時間を見誤ったせいであり、次にここを通る時は時間を調整するだろう。
「薬草師の方は?」
「種を蒔いて収穫まで、早くても200日と知ってやーめたですよ。どうも種を蒔いて3日ぐらいで収穫できると思っていたみたいで」
「そんな薬草ないでしょう」
ルーラは馬鹿らしさを通り越して呆れてしまった。
「魔導師として出世する。魔導師連盟の幹部になるといってガモルの魔導師学園に入学したのが200日ぐらい前です。魔導師連盟なら、女だから馬鹿にすることはないって」
確かに女魔導師は多いとは言えないが、珍しがられほど少なくはない。魔導師は女の方が適性が高いという説もあるほどだ。
「どうせ今度もすぐに放り出すだろうとみんな思っていたら案の定です。50日ほど前に戻ってきまして。何でもみんなあたしの才能に嫉妬して邪魔ばかりする。家での独学の方が為になると」
「150日じゃ基本も学び終えていないでしょう」
「でも、彼女は火を放とうとしていたわよ」
村に来る前の襲撃において、彼女が馬車に向かって攻撃魔導を使おうとしたのをルーラは思い出した。
「そうだな。150日で攻撃魔導を使えるというのはすごい。途中で辞めたのはもったいない」
評価を変えたベルダネウスの言葉に、主人は大きくうなずく。
「本当にもったいない。昔なじみを何人か連れてどこかに行っていると聞いてはいましたが、まさか盗賊をしていたなんて」
特に昔なじみとして今でもくっついているのが大男のザムロと小男のホワイだ。他にも数人加わることがあるが、いつもいるのがこの二人である。先ほどベルダネウスの馬車を奪おうとした時、一緒にいたのもこの二人である。
「もう悪さが許される歳じゃないぐらいわかっているはずなんですけれど」
「盗賊が目的なのか、何かをするための資金を得るために盗賊をしていたのかは知りませんけどね」
「あたし聞いたことあります」
ミリアが手を上げて
「何でもダイスンへ行って商売を始めるからと金をせがんだって」
「商売ですか。聞いた限りではその娘さんは商売人に向いていそうにないですけれど」
「そうですね。人に頭を下げるのが何より嫌いですから」
主人とベルダネウスは頷きあった。
「それで、いくらせがんだのかは知りませんけれど、さすがに村長も今度は承知はしなくって。どんな商売だといろいろ細かいことを聞いたらしいんです」
「で、娘さんは説得させられるだけのものを提示できなかったというわけですか」
「あたり。噂なのでどこまで本当だかはわからないけれど。何にせよ、頭を下げられない人が商売なんて」
「商売人は頭を下げるのも仕事のうちですからね」
そんな話をしていると、ボロの服の男が弱り切った顔で階段を降りてきた。
「どうしました。ボルン様」
「あ、い、いや」
言葉を濁しつつ、その視線は階段の下を中心とした地面を泳いでいる。明らかに様子がおかしい。
「何か捜し物ですか?」
ルーラが聞いた。その場所は先ほど、彼がテートリアに巻き込まれて倒れ、宝石らしき石をぶちまけた場所なのだ。
「もしかして、先ほど散らばった石が足りないとか?」
それを聞いて、明らかにボルンと呼ばれた男は動揺を見せた。
「あんたらには関係ない!」
怒鳴ったものの、すぐに誤魔化しきれないと思ったのか肩を落とし
「……すまない。恥ずかしながらその通りだ。石が一つ足りない。クライクだ。それほど大きいものではないが、20万ディルはする」
20万ディルという数字に、宿の主人が真っ青になり、
「それは大変です」
驚いてボルンと一緒に床に這いつくばって探し始めた。
ルーラもつられて床を見回す。しかし、ランプの明かりはあっても食堂はうす暗く、細かいところまでによく見えない。
「あの時はお客も何人かいましたからね。誰かに拾われたのでは」
「なんてことだ……」
地面に突っ伏し、肩をふるわすボルンに、ルーラはなんと言って良いかわからなかった。せめて光の精霊に頼んで明るくしてもらおうと思ったところへ
「何をする!」
階上からレイソンの声が聞こえてきた。
それだけで何か起こっているのか、ベルダネウスとルーラには想像がついた。
「まったく、忙しい日だ」
二人は揃って階段を駆け上がった。