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【11・ベルダネウスへの報酬】

   【11・ベルダネウスへの報酬】


 衛視隊によって主人夫婦は拘束された。

 宿屋はそのまま衛視隊の管理下に置かれ、魔導師の衛視が応援を呼ぶためダイスンに飛行魔導で飛んだ。

「ベルダネウスさん。まずは部下の危機を救っていただいたことにお礼を申し上げる。ありがとう」

 ディルマが頭を下げる。変装のため、身なりこそ農作業をしているおじさん風だが、こうして衛視本来の顔に戻ると、なるほど、隊長という肩書きにふさわしい威厳がある。

「いえ、皆さんも突入してきましたし、私というか、ルーラが少しばかり早かっただけに過ぎません」

「その少しばかりが明暗を分けることが結構多いのですよ」

「それでしたら、少しばかり恩をきさせていただきます。捜査に支障のない範囲でかまいませんが、簡単に説明していただけませんか。私も考えあってルーラを戻したのですが、そちらと違って推測部分が多いので」

 ディルマの説明によると、ホークラット夫妻、つまり宿の主人夫婦は金目の物を持っていそうな客に目星を付けると、密かに眠り草を持って眠らせて殺害、もっていた金目の物を奪うということを何度もしていた。狙うのは徒歩の旅人で、客の少ない時を狙っていたためにばれることはなかった。

 だが、そうそううまいことは続かなかった。

 ダイスンの有力者の息子が彼らによって命を奪われたのだ。息子が予定を過ぎても帰ってこないことに不審を抱いた父親は、知り合いの衛視に、私事ですまないがと調査を依頼した。この宿を最後に足取りがつかめないことに、最初はここからダイスンの間で盗賊にでも襲われたのかとも思った衛視だが、調べている内に、他にも二人ほど同じように行方不明になっている男を知った。共通点は一人旅でそれなりに金を持っていたこと。

 調べても盗賊についての情報がつかめない中、ホークラット夫妻が男たちが行方不明になった時期に合わせてダイスンのサークラー教会に多額の金を預けていることが判明した。

 その後、調査を進めた衛視隊は、ホークラット夫妻の犯行であることを確信したが証拠がない。

 そこで罠を仕掛けることにした。衛視の一人が旅人に化けて泊まり、わざと金があることを夫妻にばらす。そして夫妻が彼を襲ったところを捕まえようというのだ。そのため、衛視たちは村人に化けて宿屋を見張っていたのだ。

「泊まり客が私一人ならばよかったのですが、後からレイソンさんが来て、ベルダネウスさんたちまで来て焦りました。しかもレイソンさんはお金を持っているらしいので」

 すっかり体調が良くなったボルンが申し訳なさそうに頭をかいた。今までのどこかおどおどしたところは演技だったのだろう。今の彼は、服装こそ同じだが背筋も伸び、目つきも衛視のものに戻っている。

「やはり、階段から落ちた時にケースの中身の石をぶちまけたのはわざとでしたか」

 ベルダネウスの言葉にボルンが照れくさげに笑い

「主人の注意を私に向けさせたかったし、私が金目の物を持っていることもさりげなくわかるようにしたかった。あの時、テートリアさんが落ちてきたのを幸い、わざと巻き込まれたんです。よくおわかりで」

「階段から転げ落ちると、自分から落ちたのでもない限りどこか痛めるものです。しかしあなたはすぐに起き上がって散らばった石を集め始めた。まるで受け身を取っていたかのようでした。それに、旅の宝石商なら宝石を入れるケースにはしっかりと鍵をかけるものです。箱が壊れたわけでもないのに中身が散らばったのは、わざとそうしたからでしょう。

 でも、一個見つからないからと深夜や翌朝までうろついたのはちょっとしつこかったですね」

「あ、いや。一個見つからなかったのは本当です。あれは良くできた偽物ですよ。さすがに本物は用意できなくてね。本職の人がじっくり見なければわからないぐらい良くできたものだが、万が一偽物とばれたら囮の意味がなくなる」

 途端、テートリアが小さく舌打ちするのを、ベルダネウスやディルマは聞き逃さなかった。

「そういえば、あの場であなたの近くにいて、地面に落ちているものをこっそり拾えた人がいましたね……」

 ベルダネウスの言葉に、テートリアが慌てて目をそらした。

「ディルマ隊長、ちょっと彼の身体検査をしてくれませんか」

「わかりました。おい」

 衛視の二人がそれぞれ左右からテートリアの腕を取る。

「なんですか。僕が石を取ったとでも言うんですか?」

 わめくがそれを聞く者はない。

「素っ裸にして調べろ。小さい石だからな。口の中や尻の穴も忘れず調べろ。後は……」

 ディルマは半泣きになって暴れるテートリアを舐めるように見て

「怪我したところの包帯の中あたりだな」

「私もそれに賛成します」

 事実、テートリアの足の包帯の中から小粒のクライクが一個見つかった。良くできた偽物だった。

「あれぇ、おかしいな。階段から落ちた時に偶然入ったんですよ」

 あくまでもテートリアはとぼけたが

「あの後、包帯を取り替えました。偶然入ったなら、その時にこぼれ落ちています」

 というルーラの証言で観念するしかなかった。

「せいぜい1万ディルという偽物だが、盗みは盗みだ」

 そんなディルマの言葉に、テートリアは真っ青になった。

「このまま彼をお預けして良いですか。彼を連れていては商売にも差し支えますし、別れた後、馬車の商品がいくつかなくなっていそうです」

「わかりました。私どもでも調べてみましょう。大それた悪事はしていないだろうが、このようなどさくさ紛れの窃盗などは何度もしていそうだ」

 こうして、テートリアはこのまま衛視に連れて行かれることになった。

 口には出さなかったが、ベルダネウスもルーラもほっとした。

「ところで、ベルダネウスさんはどうして私の危機がわかったのかまだ聞いていませんね? というより、なぜ宿の夫婦が怪しいと」

 ボルンが軽く身を乗り出した。

「確信はありませんでした。けれど、商人というのは確信を得てから動いたのでは手遅れのことが多いもので」

「職業による勘は侮れませんよ」

 言い切ってディルマはベルダネウスを指さした。まるで「あなたのことは知ってますよ」と言うように。

 それに対し、ベルダネウスはおどけるように肩をすくめ

「私が一番引っかかったのは、やはりレイソンさんが出て行く姿を見なかったことです」

 自分を指さすディルマの指を自分の指で逸らした。

「彼の立場上、こっそり宿を出るというのはおかしくない。実際、昨夜、彼はそう言いましたし。けれどやはり変でした。私もルーラも見ていない。パインも見ていないと言った。彼女は私たちからみて死角の位置に縛り付けておきました。私だけならともかく、私と彼女の目を盗んで出て行くのは難しいはずです。

 宿の主人夫婦は夜明け前に裏から出て行ったと言いましたが、それもおかしい。夜明け前に出て行ったのなら、当然明かりを持っていくはず。しかし誰も見ていない」

「こっそり出て行くのなら明かりは目立つと思ったのでは?」

「不慣れな道を明かりもなしで行く方が危ないですよ。それに、裏には鶏たちと番犬がいます。知らない人がやってきたら騒ぎますから私たちが気がついたはずです。さらに言えば、裏は客室から丸見えです。テートリアから逃げる人が、彼の部屋からよく見える道をわざわざ選びますか?」

「そのことを知らなかったというのは?」

「自分を狙っている人が同じ宿にいるという時点で、私ならどう逃げるか考えて、周囲を調べておきますよ。ましてや彼は借金の取り立て屋です。取り立てる相手から命を狙われることもあったはずです。

 そうすると、彼は本当は宿を出なかったと考えたくなります。宿を出たと見せかけて、テートリアを先に行かせるわけです。わざわざ私に朝早く出ると告げたのも作戦ということで。

 しかし、その作戦は無意味です。レイソンがどこに行くかをテートリアは知っていましたし、そもそも彼は足を怪我してろくに動けない。仮に再び襲ってきたとしても、レイソンなら簡単に返り討ちにできる。

 それらを考えると、やはりレイソンさんはまだ宿にいるとしか思えない。とすると可能性は二つです。

 ひとつは昨夜の内にレイソンさんが怪我か病気をしてテートリアさんの攻撃を防げないほど弱っている。だからこそ、彼は主人夫婦に頼んで自分は既に出発したことにした。

 もうひとつは、何者かによって外に出られなくなっている。その何者かは主人夫婦としか考えられない。

 ここで気になったのが、ルーラが見つけてくれた、昨夜からずっと宿屋の周囲に潜んでいた人達です。彼らが村人でないことは明らかです。では何者なのか?

 彼らは盗賊で夜のうちに襲撃するためとも考えました。失礼ながら、ルーラがなにか合図らしきものボルンさんが外に向けてをするのを見ましたし、私も夜中、ボルンさんの部屋の明かりが点滅するような変化をするのを見ました。ボルンさんは盗賊の仲間で、仲間を引き入れるためにわざと客として泊まったのではないか。

 けれども、失礼ながらここがそこまでするほど金を貯め込んだ宿屋だろうかとも思いました。ここは他の家とも離れていますし、客のいない日を見繕って襲撃すれば良いだけです。だとすると、ここに泊まっている人が目当てなのか? だとすると、ボルンさんの後にここに来た私たちは関係ない。あるのはレイソンさんだけ。しかし、レイソンさんを襲うにしても、なんでわざわざ宿にいる時を狙うのか。見張りをするような仲間がいるんです。人気のない場所で取り囲んで一気に襲えば良い。

 ということは、目当ては客ではない。主人夫婦と言うことになります。それも力尽くで襲うようなことはしない。目当ては主人夫婦の命ではない。主人夫婦が持っている何かが目当てで、ボルンさんはそれを探ろうとしている。探り次第、外の仲間が一斉に……。

 と、ここまで考えて私は真っ先に衛視隊の侵入捜査を思い浮かべました。怪しいけれど証拠がない。そこで誰かが侵入して探る。ボルンさんがわざとらしく石をばらまいたのもその一環として。

 主人夫婦になにか秘密……罪の秘密があってそれを衛視隊が探っている。考えすぎかも知れませんし、私自身、村長の娘を痛めつけましたからね。さっさと逃げようと思いました。

 そして今朝、素泊まりのボルンさんに主人夫婦は朝食をサービスしました。石をなくした彼に同情したのか、それとも主人夫婦がくすねてその後ろめたさがあったのか。そしてレイソンさんの件です。ボルンさんに朝食をサービスしたのは、彼に眠り草を盛るためではないか……。

 この考えが当たっていたとしても、周りは衛視が見張っているのだし、いずれ主人夫婦は捕まるでしょう。でも、その前にボルンさんは殺されるかも知れない。レイソンさんも、いえ、レイソンさんはすでに殺されていると見ていい。眠り草を盛られているでしょうし、部屋の合鍵だって持っている。

 昨夜は殺しても死体を始末する余裕は無かったはず。今、踏み込めば死体という決定的な証拠を押さえられる。ボルンさんも助けられるかも知れない。しかし、ここは衛視隊に任せるべきではないか。ボルンさんが出てこず、合図もないとなれば、衛視隊も動くはず。しかし、その時には間違いなくボルンさんも殺されているでしょう。

 どうしようか迷いました」

「で、結局ザンは戻ることを選んだのよね」

 ルーラが愛おしげに彼の背にもたれた。

「私の考えが外れていれば、勝手に罪人にされた主人夫婦は怒るでしょう。けれど、それならそれでいい。後々話のネタにされるぐらいはいいかと思いました」

「確かに、話のネタになります。私の危うく命を落としかけたしくじりとして」

 ボルンが自分の頭を軽く叩く。

「隊長、村長がお見えになりました」

 隊員に連れられて、立派な身なりをした初老の男が入ってきた。肩を落とし、怒りと情けなさが入り交じった表情をしていた。その後ろにはむくれっ面のパインが立っていた。

「村長をしておりますラージストと申します。この度はうちの村で飛んだことを」

 村で一番偉いとは思えないほど深々と頭を下げる彼に、ディルマは簡単に自己紹介をし、ベルダネウスを引き合わせた。

 謝罪の言葉を一通り述べたものの、ラージストがまだ何か言いたそうにしているのを察したベルダネウスは、ディルマたちとの話が一段落したのを見計らって

「ちょっと馬車で話を」

 と彼らを外の自分の馬車に招き入れた。ルーラに衛視たちが来ないよう見晴らせる。

「ここなら衛視は聞いていません。何か私に言いたいことがあるのでは」

「……娘のことです」

 大きく息をつくと、何かを堪えるように身を固め、

「お聞きしたいのですが、娘の犯行は未遂に終わったそうで。しかも一晩、縛られて罰も受けている。国への被害届は」

 ラージストにしてみれば、自分の村で宿屋が人殺しを、しかもダイソンの有力者の息子を殺していた上、娘が盗賊をしていたのだからたまったものではない。せめて娘の分だけでも穏便に済ませたいのだ。ベルダネウスもそれはわかったから

「出しますよ。それとこれとは別です。なんでしたら、あなたも私を訴えればいい。泥棒に入った娘が男に捕まってひどい目にあわされたと」

「そんな意地の悪いことをおっしゃらずに。私だって、つらいのです」

 そう言うラージストの握った拳が震えていた。その辛さが娘のことなのか、村長でありながら自由商人に頭を下げなければならないことなのか計ることは出来ない。

 ベルダネウスは口元をおかしげに緩ませると、客を前にした商人の顔になった。

「まぁ、私も手続きやら何やらで足止めを受けるのは本意ではありません。どうでしょう。娘さんは私の商売の邪魔をした。そこであなたが私の商売に協力することで相殺するということにしては」

「協力と言うと?」

「私は生き物と麻薬以外、何でも取引しますが、基本は服の生地です。このへんは初めてと言うこともあって、あまり商品は仕入れていないのですが、それでもいくらかございます」

 隅に積んであった木箱をひとつ引き寄せると蓋を開ける。中から油紙に包んだ生地の巻物を取り出した。

「クラッキー製Aランクです。クラッキーは質の良い絹の産地として知られており、町の4割が養蚕家です。町を挙げて養蚕に力を入れているだけにその質も良く、この混じりけのない白さと光沢の波は上流階級の方々に愛され花嫁衣装によく使われます」

 別の生地を取り出し

「こちらは光沢は乏しいですが、柔らかな白さは人の目を和ませてくれます。貴族などは肌着に用いているそうです」

 また別の生地を出す。

「こちらはイナセの染布です。地位ある方のお召し物によく使われます。どうぞ、触って肌触りをお確かめください」

 並べられた生地を前に、ラージストが唸った。

「宿で耳に致しました。ご子息がバールド教会にお勤めとか。バールドは全てを受け入れ、抱き包むものとして黒を好みます」

 そっと漆黒の生地を前に出した。

「失礼、少々脇道に逸れました。それで、できれば商売をしていきたいのですが、どなたか、これらの生地を買ってくれる人を紹介してはいただけませんか。ご覧いただけた通り、ものは良いですから、紹介したラージスト様も恥をかくことはありません」

 生地を肌で滑らせ、肌触りを楽しんでいた村長だが、

「回りくどいことを。要は口止め料に私に在庫を引き取れと言うことだろう」

 目つきと口調が変わった。

「とんでもない。そんな無礼なことはいたしません」

 しれっと言うベルダネウスに、ラージストは鼻で笑い

「まぁいい。これが良い品だというのは認めよう。そこにある分は引き取ってやる」

「ありがとうございます」

 頭を下げるベルダネウス。

「その代わり、こちらもひとつ条件がある」

「条件?」

「娘は一度飛び出したにもかかわらず、もう一度魔導師の勉強をやり直したいなどと言いだした。それで、ダイソンまで娘を届け、魔導師連盟の学校に復学できたか見届けて欲しい」

 それを聞いて、ベルダネウスはうれしそうにパインを見た。彼女はむくれて顔を逸らした。

「それはよろしいことです。お節介を承知で申し上げますが、娘さんは魔導師の素質があります」

「お世辞はいらん」

「正直な感想です」

 そしてベルダネウスは、今朝パインに言った言葉を改めて繰り返した。

「素質があればものになるとは限りませんが、さすがに娘さんも後がないと言うことはわかるでしょう。その気持ちがうまく回れば、なかなかの女魔導師になりますよ」

「世辞は言い。とにかく、これが最後だ。もしもまたそこを飛び出すようなことがあれば、私が決めた男の所へ嫁に行ってもらう。嫌だとは言わせん」

「嫌」

 ハッキリ言うパインをラージストが睨みつけた。

 それを馬車の外で聞きながら、ルーラは声を出さずに笑っていた。

 そこへ宿の中から

「隊長、出ました!」

 衛視の叫びが聞こえてきた。

 その勢いに、何事かと馬車から顔を出したベルダネウスたちが声に惹かれるように宿に、中を通って裏口から出ると、数人の衛視が村人たちと一緒に泥まみれになって畑の隅を掘り起こしていた。ちょうど立木の陰で、村の方からは見えにくい場所だ。

 その穴をディルマたちがのぞき込むと、中にはすっかり骨となった人間の遺体があった。

「隊長、こちらも出ました!」

 別の場所を掘っていた衛視が声を上げた。そこでも別の骨が出てきた。

「最終的には何人出てくるかな」

 うんざりするようなディルマの声を背に、ベルダネウスは作物が元気よく育っている畑を見回した。

「なるほど。良い肥料になる」

 主人夫婦は、衛視に連れられて自分たちが殺した客を埋めた場所を示していた。

「どうして、こんなこと……」

 ルーラが唇を噛んだ。今朝までは、ちょっとお金にはうるさいが人なつっこいように見えた夫婦が、今は別の生き物のように見えた。

「こんなことまでして、そんなにお金が欲しかったのかしら」

 主人夫婦は、今まで殺した人数について「覚えていませんよ。いちいち数えてませんから」と答えていた。

「金が欲しかったと言うよりも、慣れてしまったんだろうな」

 そうベルダネウスは語った。

「案外、最初はただの事故だったのかも知れない」

「ただの事故?」

「ああ、階段を落ちたか、あるいは薬草の間違いで死なせてしまったか。届けるよりも、その人の死体を始末した。金は自分たちのものにしたか、死体と一緒に埋めてしまったかも知れない。

 最初は怖かったろうが、それがばれない。そのうち、客をこっそり殺して金を奪うようになった。それを選ばなければならないほど金に困っていた時があったのかも知れない。まあ、詳しいことは衛視たちが聞き出すだろう」

「慣れ……」

 ルーラは精霊の槍を持つ手を見つめた。彼女自身、戦いに対する抵抗がかなりなくなってきた。昨夜のパインたちとの戦いでも、結果、殺すことはなかったが、軽く傷つけるぐらいのことは平気だった。

 慣れなければ護衛は務まらない。戦いにも寄るが、相手を傷つけることをためらったら自分たちが殺されることもあるだろう。

 わかってはいても、ルーラ自身、そのことが怖くなった。


 ベルダネウスが改めて出発する時、ディルマたちが見送りに出てくれた。

「それでは、レイソンさんが持っていた預け文などはお任せします」

「ご安心を、間違いなく彼の雇い主に届けますよ。それはともかく、この度においては、我が隊はあなたに謝礼を支払いたいのですが」

 そう言って差し出された金貨の入った袋をベルダネウスは押し返した。

「私としては、金よりもボルンさんが持っていた模造宝石が良いのですが。駄目ですか?」

 その申し出に、ディルマたちは意外そうな顔をした。

「かまいませんが、良いのですか? 主人夫婦を誤魔化すため、ある程度綺麗に加工してありますが、本職が見れば偽物だとわかります」

「偽物でも立派な商品です。いえ、むしろ偽物の方が私には売りやすい。本物を持っていても、普段身につけるのはよく出来た偽物という人は多いですし、本物は手が出ないから良く出来た偽物でという人もいます。中には偽物を買っておいて、これは本物だと言って女性に送る人もいます」

 その説明にディルマが声を殺して笑った。身に覚えでもあるのだろうか。

「わかりました。これは進呈いたしましょう。ただし、売る時は必ずこれが偽物だと説明してください。もしも本物と嘘をついて売った時は、私はあなたを牢に入れなければなりません」

「わかっています。私は商人で詐欺師ではありません」

 ベルダネウスは笑いながら偽物の宝石をケースごと受け取った。

「それでは私たちはこれで。後はお任せします」

 一礼すると、ベルダネウスは馬車の御者台に、ルーラは屋根へと上がる。

「魔導師連盟についたら連絡するんだぞ」

 ラージストに念を押されているのは、馬車の中で今で唇を尖らせてふてくされているパインだ。

「お嬢様、お元気で」

 ザムロとホワイも見送りに来ている。

「当たり前よ。見てなさい」

 ベルダネウスを指さし

「自由商人風情、恐れ多くて近くに寄れない大魔導師になってやるから」

「そいつはいい。大魔導師の若き日に痛い目にあわせたことがあるなんて、話のネタとしては申し分もありません。期待してますよ」

 手綱をならし、馬車が動き出す。

「恐れ多い存在になる前に言っておきます。パインさんはもう少し愛嬌を身につけた方が良いですよ。どんな仕事も一番大切なのは他人とのつきあい方です」

「何よ、偉そうに。あたしをダシにして儲けたくせに」

 今、先ほど手に入れた偽物の宝石類を除いて馬車に商品の在庫はない。すべてラージストが買ってくれたのだ。

「他人との交渉がうまければ得をするという例です」

 それに返事をせず、パインは自分たちを見送っている父の姿を見た。

「……馬鹿親父」

 つぶやいて小さく手を振った。

 二人の会話をルーラは馬車の屋根で小さく笑いながら聞いていた。

 馬車はダイソンへ、そしてそのずっと先にあるメルサへと向かう。

 そのメルサで、ベルダネウスとルーラはとんでもないことに巻き込まれるのだが、それはまた別の話である。


 別の話と言えば、預かり文を受け取るのといっしょにレイソンの死を知った金貸しモックは

「私のせいだ!」

 嘆き悲しみ、金貸しを辞めて故郷に帰った。そしてレイソンの家族に謝り、彼の代わりに家の手伝いをし、1年後、彼の妹ラーンと結婚、婿養子に入って家業を継いだという。


(終わり)


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