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【10・旅立ちにはまだ早い】

   【10・旅立ちにはまだ早い】


「またここを通るようでしたら、どうぞよろしく」

 ベルダネウスが頭を下げると、夫婦はテーブルに突っ伏していびきをかいているボルンを揺さぶった。

「石が見つからず、昨夜はろくに寝ていなかったところへ腹がふくれて一気に眠気が襲ってきたんでしょうね」

 悪戦苦闘する夫婦に苦笑いを向けると、ベルダネウスは馬車に向かった。

 馬車の中には、ルーラ運び込まれたテートリアがいる。

「ザン、どうする。すぐにこの村を出る?」

「どうするかな。せっかくだし、村長の所にものを見せに行きたいが。少しでも商品がはければいいが」

 馬車の隅には、いくらかの荷物がある。品は悪くないのだが、なにぶん初めての土地なので思うように売れていない。

「パインさんのこともあるしね」

「それぐらいで動じていては自由商人はつとまらないさ。様子見がてら寄っていくか。駄目で元々だ」

 宿を出てベルダネウスたちの馬車はダイスンへと向かう。

 ルーラはテートリアがいるため、いつもの屋根の上ではなく、馬車の中に身を納めた。

「連中はまだいるか?」

「……いるわ」

「私たちを見ているのか?」

「……違うみたい。何だか、宿屋を見張っているみたい」

「そうか」

 それっきりベルダネウスは黙った。テートリアは状況を飲み込めていないので、何が何だかわからない。

 村長の家の場所はすでに主人夫婦に聞いている。馬車は道を進み、何人かの村人とすれ違う。

「ルーラ、宿の主人たちは見えるか?」

「見えるけど……ご主人がこっち見ている」

 すでに馬車は宿屋からかなり離れている。挨拶の見送りにしては長い。

「中から奥さんが出てきて、ご主人も中に入った」

「入った時に外の様子をうかがうような真似はしなかったか?」

「そういえば、なんか周囲を見回してから入ったけど」

「もう主人夫婦は見えないな」

「うん」

 途端、ベルダネウスが馬車を方向転換させる。中のテートリアが悲鳴を上げた。

「ザン、どこに行くの?」

「宿に戻る。ルーラは先に行け。ボルンさんに会いに行くんだ。急げ!」

 ルーラは頷くと、馬車から飛び降りた。

 彼女の体を風の精霊が包み、大空へと舞い上がらせる。そのまま宿屋へ一直線に飛んだ。

 なぜベルダネウスが急がせるかはまだ彼女にはわからない。しかし、彼が自分を行かせる以上、なにか理由があるのだ。

 ルーラが宿に飛び込む。

 食堂には誰もいない。ボルンがいるとすれば

「2階!」

 階段を駆け上がるルーラは、客室の扉が並ぶ中、開け放たれた扉の前にミリアが立っているのを見た。

 何事かと振り向いたミリアの顔は、ルーラが知っている子供じみた顔ではなかった。

 禁じられた快楽の顔。これまで何度かルーラも見たことがある、人が死ぬ姿を楽しめる女の顔だ。

 瞬間、ルーラの心は戦闘状態となり、槍を構えて突撃する。

 ミリアが手にした包丁を構え、挑みかかる。

 それをかわしつつ、ルーラは彼女の足を払うと、転倒した彼女のみぞおちに石突を突き立てた。

 苦悶する彼女をそのままに、ルーラは扉の開いている部屋に飛び込んだ。

「ボルンさん!」

 部屋の中では、ベッドに寝かされたボルンの首を、宿の主人が細い縄で絞めようとしているところだった。ボルンは必死で主人の両腕を掴み抵抗しているが、その力は明らかに弱々しい。

 ルーラの出現に主人の手の力が緩んだ。そこへボルンが渾身の力で彼の腕を引き寄せ、噛みついた。

 さらにルーラの槍が主人の肩を突いた。

「うわぁぁぁっ」

 主人は悲鳴を上げると手足を振り回して暴れ、ルーラと体を入れ替えるようにして廊下に飛び出した。

「大丈夫ですか?」

 ボルンは何度も大きく咳き込み

「何とか。どうしてあなたがここに?」

 息を整えながらルーラを見るボルンは、今朝までとは違う精悍な目をしていた。

 主人夫婦は急いで階段を駆け下りる。

「あの女、なんで戻ってきたの?」

「知らない。村長の家に向かって馬車が進んでいくのは確かなんだ」

 吐き捨てるように言う主人の顔からは、お客を迎える時のような愛想は微塵も感じられない。

 二人が階段を下りるのに合わせたかのように宿の扉が開き、数人の男たちが飛び込んできた。全員がここの村人のような農作業姿をしている。だが、彼らの中に主人夫婦の知った顔はなかった。

「だ、誰だあんたらは」

 男たちの中から、40才ほどに見える一際体躯の良い無精髭の男が前に出て

「ダイスン衛視隊のものだ! 無駄な抵抗は止めろ」

 声を張り上げると、仲間の男たちが一斉に懐から警棒を取り出し、主人夫婦を取り囲んだ。

「隊長……」

 そこへルーラに支えられてボルンが下りてきた。

「ボルン、お前らしくもないな」

「申し訳ありません。彼女に助けられました」

 頭を下げるのに、ルーラは訳がわからずボルンと衛視隊の面々とを見比べている。

「ルーラ!」

 馬車の音がすぐ外で聞こえ、ベルダネウスが鞭を手に駆け込んでくる。

「ザン、ボルンさんは無事よ」

 その場に座り込んでいる主人夫婦を見て、ベルダネウスは肩を落とした。

「……外れていて欲しかったですけどね。残念です」

「二人はどうして戻ってきたんです?」

 無精髭の男は正式にダイスン衛視隊第4部隊第8隊長ディルマと名乗った。

「説明は後で。残りの部屋を調べていただけますか」

 空いている客室でレイソンの死体を見つけたのは、そのすぐ後だった。



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