ⅩⅩⅨ 試合開始直前
「ラフ&スムース 第三章」
「そういや貴女、今更聞くのもなんだけど睦月のこと知ってたっけ?」
「あ、はい、一度だけですが会ったことがあります」
「まあ、みゆきの妹だから当然知ってるかぁ……。
昨日もみゆきと睦月の話してた時ナチュラルに受け答えしてたから
てっきりそうだと思い込んでたんだけど
よく考えたらあいつら距離感がな~んか微妙だからなあ……」
「あーでも、会ったのは結構最近のことですよ。
丁度それは千里さんとも同じ場所で……」
本当はできれば今日も会って話してみたかったんだけどな。
僕のことはともかく
深山(水無月)やまぽりんのことを聞いてみたかったんだが……
「えーっ!? 貴女、睦月のこと知ってるのー!?」
睦月さんの話題に反応したのか
そこでようやく千里さんは僕の存在に気が付いてこちらの方を見た。
そして僕の顔を見て何やら感じ取ったようだ。
っていうか、最初に車内で話しかけた時は
完全に僕のことモブ扱いだったよね?
まあ、気分悪かっただろうから仕方ないのかもしれないけども。
「あ……、ああっ! 君はー! 確かー……
先日、睦月と話してたー…………
えとー…………誰だっけー??」
ずるっ
既に忘れられとる。
まあ、あの時はすぐにみゆきちゃん追いかけて出て行ったからなあ……
「いや! 顔は覚えてるんだよー。 凄く可愛らしい子だなあーって。
でも、お名前がちょっとー、思い出せなくてー……」
か、かか、可愛いって……僕が!?
…………あ! そういえば僕、もしかしたら名乗ってないかも?
「や、お、お世辞はいいですって! もっと気楽に話してください。
僕は山桃! 山桃鈴音です!」
「あー、そうそう! 山桃さんちの鈴音さんー!」
彼女は思い出したかのようにポンっと手を打った。
いや、だから名乗ってないって! たぶん。
「って、”僕”ーっ!?」
あ、しまった! そういえばあの時は鈴音OSだったんだ。
まあいいや、そのまま会話しよう。
「あの時は、コーヒーどうもご馳走様でした」
一応お礼は言っておこう。 忘れてるかもしれないけれど。
ペコリ。
「……あっ!?」
背後から、何故か驚きの声。
「いえいえー、どういたしましてー……
って!? そ、その後ろの人ーっ!?」
「…………」
なんか、さっきからずっと僕の真後ろに隠れて引っ付いている人がいるんだが
どうやら今の御礼のお辞儀で一瞬千里さんからも見えてしまったらしい。
まあ、視えてしまったのなら仕方がない。
ついでに背後霊の紹介もしておこう。
「ど、どしたん? ほら、隠れてないで挨拶しなよ!」
「…………」
しばし無言。
あれ? この子、こんな人見知りするような子だったっけ?
鈴音OSの僕ならいざ知らず。
僕が挨拶を促し観念したのか、
おずおずと僕の蔭から出てきた僕の本来のダブルスパートナー。
「…………は、春菜……!」
「…………ち、ちさと……やん……オス……!」
……ん?
見つめ合う二人。
あれ? もしかして、知り合い同士か?
「ひ、久しぶりやな! 確か
売れ残りのラケットを安く売ってもらったとき以来……やな?」
「…………そ、そうだねー……」
そこでぷいと千里さんは気まずそうに顔を逸らす。
「あ……」
なんか微妙な空気が漂っているな
喧嘩でもしているのだろうか?
ちょっとしばらく僕が緩衝材になってみるか。
まだ僕の服の裾をぎゅっと離さず持ったまま、
春菜はぼそりと耳元に話しかけてきた。
「鈴音、千里と知り合いだったんやな……」
「あ、いやまあ、知り合いというか、店に行ったらたまたま会って話ししただけというか……」
「あ、あの時はごめんねー! それで、ガットは無事張れたのかなー?」
「い、いえ、それがまだ……
ちょっと、ごたごたしてるうちに張れないまま今になっちゃって」
「えー? じゃあ今日は試合、どうするのー?」
「そ、それは……」
返答に困っていると。
「す、鈴音っ!」
「な、なに? 春菜」
「ボク、今回の試合にはどうせ関係ないし
向こう行って練習しとるから! あとはレギュラー同士で話しして!」
ダッ! と走り去っていってしまった。
「あっ! 春菜!?」
「…………」
「…………」
なんか、気まずい雰囲気。
「……なんか、あったんですか?」
思わず、千里さんに訊いてみる。
「……べつにー。
彼女とは、ただの幼馴染ってだけですよー」
「あー、幼馴染……」
「でも、今はライバル校の一人だよー
つまり、敵! だよねー」
「…………」
いや、これ絶対なんかあったやつ!
ちょっと今はこれ以上触れない方が良いのかもしれん。
うん、ややこしくなりそうだから後でまた春菜にこっそり事情を聴いてみよう。
それよりもだ。
ちらりと、日影の方を見る。
瞬時に目が合った。
おお、なんか心が通っている感じがする、ぞ?
「……ん? 山桃か?
それは、当然」
この、今握ってるパパさんに買ってもらった
INX90D(アイネクステージ90 デュエル)を使っても良いってこと……かな?
「当然、不参加よ! 素振りでもしていなさい」
「ええ……」
素振り、まだすんの?
「睦月が来てないんだから、
当然こっちも秘密兵器は出せないわ。
これでおあいこでしょ?」
「あれっ!? 私、睦月が秘密兵器なんて言いましたっけー?」
何を今更……
まあ、それはともかく僕って秘密兵器だったのか~
意外と評価高く付けてくれてたんだなー。
「ふっふっふ、つまり~、山桃のペアのひなのも出せないってこと。
折角偵察に来たのに残念ねー」
「あ~…………」
なるほど、見せたくないのはひなの先輩の方か。
そりゃま、実力で言ったらそうなるよな。
「部長同士のシングルス対決……」(ぼそっ)
仁科さんがなんか呟いた。
「「……え?」」
「そ、それなら問題ないでしょう? 同じ部長なんですからっ!」
「うっ! ……そう言われちゃうと、確かに……そうね」
弱っ! 簡単に論破されちゃってるよこの人!
「し、仕方ないわね! ひなのちゃん。 軽く相手してあげなさい」
「あいあいさー」
ひなの部長は敬礼して承諾する。
「ほ~……」
仁科さん一安心。
せっかく練習試合という名の偵察に来たのに
主力兵器も見ずに主将が手ぶらで帰るわけにはいかないよなあ
秘密兵器の僕はともかくとして。
「じゃ、そういうことで!」
「え? ひか……日向せんせえ! どっか行くんですか?」
「ふ、ふっふっふ…………
溜まったパソコン仕事を教頭に叩きつけてきたのは
実は締め切りがとうに過ぎた分のみなのよ!
来週月曜日、つまり明後日提出期限の分は
今から職員室で缶詰でやらないと……」
「や、やらないと……?」
「間に合わないのよーっ!
はーーんっっ!!」
そう喚きながら日影は校舎に消えていった。
「「「…………」」」
自業自得とはいえ
徹夜明けでまたぶっ続けで仕事とは、ちょっと可哀想に思えてきた。
やっぱガット張りは無理っぽいか……。
流石に追い打ちでやってくれとはちょっと言えないなあ……
「……なるほどー。 後で頼みたいことって、そういうことかー」
「……え? 千里さん?」
「でも、べつにSEPIALONに拘らなくても
山桃さん、良いラケット持ってるじゃんー
これじゃあ駄目なの?」
「……いや、まあ、その……」
なんでか日影には駄目って言われてるけど
ぶっちゃけ、そこまで明確な理由なんて無いんだけどね。
なんとなく、孝志のやり残したことを引き継ぎたかったというか
不完全燃焼で終わったソフトテニスを最後までやってやりたかったというか……
その物理的に目に見えている、象徴的なものが単にセピアロンってだけで……
それはきっと、本当はセピアロンじゃなくてもいいのかもしれない。
今ではいくら手を伸ばしても決して届くことの無くなったあいつらに
なんとなくでもいい、届いたと実感が持てさえすれば、それで……
「…………そっかー」
「えっ?」
「なんとなくだけど
もしかしたら、睦月も、貴女と似たような理由
なのかもしれないなーなんて、ちょっと思っちゃったー」
「む、睦月さんが?」
確か、そう言えば、彼女の持ってるラケットも
TS-7000CARBONEX。
スポーツショップである笹倉さんちの数多のラケットの中から
わざわざそれを選んで使用しているって聞いたな。
「…………」
一瞬、昔を思い出した。
まぽりんにそっくりな彼女。
でも、違う。
まぽりんが使っていたラケットは、最後まで僕があげたアレだった。
思い出したのは……
「わかった」
「……え? 何が?」
「ここまでお客さんが困ってるのに
流石に見捨てられないよ」
「ち、千里……さん?」
「部活、終わったらウチの店に来て。
張り方、教えてあげるよー」
「えっ!? で、でもこの前はっ!」
「日向先生からの依頼ってことは、手張りだよねー?
だったらウチのストリングマシンは関係ないし
やるのは山桃さん本人だから私はやり方を教えるだけだよ―
あとは君のう・で・し・だ・い」
「い、いや! そりゃ、それだけで十分助かりますがっ!
ほ、本当にい、いいんですか!?」
「いいよー」
「あ、ありがとうございますっ! 千里さん、優しいっ!」
「褒めてもこれ以上は何も出ないよー
日向先生、ウチのおばあちゃんと仲良かったらしいからねー
お葬式にも来てくれてたみたいだし
お返しってほどでもないけど、これくらいはさせてよー」
「そ、そうなんだ……」
もし、僕、孝志が今も何らかのスポーツを続けていたならば
もしかしたら店で日影とばったり会った人生もあったのかもしれないな。
「…………」
ま、スポーツどころか
あいつは怪我が快方に向かっても
しばらくは延々リハビリ三昧になるだろうけど…………
◆◇
二人の準備が整ったところで
日影先生を除く部員全員がコート脇に集まって
今からの予定を聞くこととなった。
「では、副部長のみゆきがいないので
代わりに私、羽曳野が説明させていただきますが
こちら側は一応、一番手のペア以外は
全て正規のペアで当たらせていただきます。
まあ、本気で行くかどうかは各自の判断にお任せしますが……
赤石中学チームは一組のみなので必然的に
少しの休憩を挟みながらの
総当たり戦ということになってしまいますが、それで構いませんね?」
「はい! こっちは二人のみで人数的には不公平なんで、
もちろん本気で行かせてもらいますよ。
但し、私たち二人は正規のペアじゃないですけどね」
「……ほう? それは?」
「私は部長という立場ではありますが
正式には二番手です。
いや、実際は元々三番手だったのですが
部長という肩書きで三番手はないだろうとのことで
お情けで二番手にしていただきました」
「…………」
「でも心配しないでください。
ここにいる笹倉は紛れもない一番手の実力の持ち主です。
そして、もちろん彼女にも手を抜かずにプレイして頂きます」
「いや、先輩……だから凄いのは睦月ですってー」
「笹倉ちゃん、自信を持って!
そんなに心配しなくても大丈夫!
貴女は今や紛れもなく部内No.2だから!
私だけじゃなく、もう既に部のみんなが認めてることだから!」
「そ、そうなんですかー!?」
なるほど、それは見る価値が十分ありそうだな。
睦月さんのプレイが見れないのは残念だが
それでも一番手の片方だけでも
全力プレイが見れることには大きな意味がある。
個々のプレイとコンビネーションでの違いは確かにあるだろうが
それでも単純に考えればここで
千里さんの攻略のカギを見つけることができれば
一方はこれで抑え込むことができる。
そしたらもう一方の睦月さんだけに集中することができるから
試合運びは大分楽になる筈だ。
これは見逃せない練習試合になりそうだ。
「……それは、楽しみですね。
そして最後の試合はウチのひなの部長と
そちらの仁科部長とのシングルス対決となりますが
それで構いませんよね?」
「は、はい! その条件で日向先生に承諾頂いたので
それで構いません!」
「……なんなら、山桃を外すのはまあ仕方ないとして
他の誰かをひなの部長のペアに付けても良いんですよ?」
「「……えっ?」」
「例えば……そう、春菜、とか?」
「……!」
おっ? 羽曳野先輩、
ここで春菜にちゃっかり経験値を
積ませようとしてきているな。
まあ、折角の機会だしそれも悪くない選択かもな。
でも、千里さん、今の話でちょっと表情硬くなったな……。
ちなみに、今も春菜は僕の後ろで
僕の服の裾を握ったまま息をひそめている。
まあ、可愛い女の子に頼られてる感じがするので
悪い気はしないんだが……
やっぱこのままってわけにはいかないよなあ。
知ってしまったからには何とかしてあげたいところではあるのだが
でも案外これ、今回試合でもしたらわだかまりも打ち解けて
元の関係に戻ったりとかするかも?
とか思ってると
春菜の僕の服の裾を持ってる手が
更にぎゅっと締まった感覚があったと同時に。
「い、嫌どす!」
「「……え?」」
春菜さん、なんでそこでどす口調?
いや、それは置いといて、そんなに千里さんと相対したくないの?
そんなに?
「嫌どすーーーっ!!」
ダッと、またしても脱兎のごとく逃げて行った。
「「「…………」」」
「……こ、コホン!
まあ、その、今の話は無かったことにして
最後は部長同士のシングルス対決、ということで」
「……あ!
はい……そ、そうですね。
それでお願いします」
流石に逃げられてしまったらどうしようもないしな。
春菜さん、後で羽曳野先輩にこってり絞られるぞこれ。
「…………意気地なし」(ぼそり)
良く聞こえなかったが
千里さんが何やら不満げな独り言を呟いていた。
◇
「……うん!
それじゃあいっちょ総当たり戦行ってみますかあ!
……んじゃ、私は前衛でいいのかな? 笹倉ちゃん」
「はい、わかりましたー
じゃあ、今日は、”モード・北山茉莉”で行きますね」
「おっ! ……なるほどー!
それはなかなかに良い選択だよ笹倉ちゃん!
それじゃあ後ろは頼りにしてますよ、北山部長!」
「や、やですねー! 部長は仁科先輩じゃないですかー」
そうして、我が東西中学(山桃除く)対赤石中学(レギュラー二人だけ)の
公式試合直前練習試合が始まったのだった。




