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8話  前世の記憶って、なんだか私にセクハラしてませんか?

『ラフ&スムース』






「んちゃーっす!」


ガラッ! とドアを開け放ち、元気よく挨拶してみた。


「いらっ・・・!」


春菜の台詞はそこで止まった。

いや、「イラッ」ってなんだよ、「イラッ」って・・・


でも、台詞とは裏腹に

表情を見る限りどうやらべつに怒ってる風では無さそうだ。

なんか複雑~な表情はしているが・・・

まったくもう・・・とっとと春菜暴風波浪警報を解除してやりますか


「へっへっへ~・・・これ、なんだと思う?」


先ほど彼(孝志)の家からパクって・・・もとい、拝借してきた物を春菜に見せた。

どうせ彼は社会人になってからはぜんぜん使っていないものだ。

まあ思い出の品として置いてはあるが、

そもそも今、奴にはその思い出がまったく無い状態だから

無くなっていたところで思い出すことはまず無いだろうしな~・・・

どこからか「お主も悪よのう・・・」という幻聴が聞こてきそうだった。


「何って・・・テニスラケット・・・ちゃうん?」


春菜は当たり前でしょ的な回答をした。


「ま、そうなんだけど・・・」


僕は、じいい~~・・・っとラケットカバーのチャックを開け

ラケットを中から取り出して見せた。


「じゃ~ん!」


今度は春菜がじいい~~・・・っと見つめる


「・・・・・・あ・・・これ・・・って?」


「どう?」


自慢げな顔で見せびらかしてみるものの、どうも食いつきが悪い


「どう・・・って言われても・・・これ、いつもの鈴音のラケットじゃ、無いなあ・・・としか」


「そ、そんだけ?」


もっとよく見ろよ!


「最近では少数派の一本シャフトやね・・・メーカーは・・・YONEXかあ・・・でも、

この型は見たことないなあ・・・それに、ガットも・・・なんか・・・違う・・・ような?」


ま、仕方ないか・・・今の若者にはわかんないよなあ・・・


「これ、木製ラケットなんだ」


「えっ、ウソ・・・だって、これ木製の部分が・・・無いよ?」


不思議そうに見つめる春菜・・・やっと食いついてきた。


「こいつはねえ、” シリコンカーバイド ”という宇宙航空工学が生んだ物質が外周にラミネートされててね・・・その物質は天然では地球上に存在しなくて、僅かに隕石にのみ存在が確認されてるんだ。硬さは15段階ある新モース硬度で13。 ダイヤモンドや炭化ホウ素に次ぐ3番目に固くて鋼鉄の研磨などにも使用されてるアルミナよりも硬いんだ! 耐熱性にも優れ、鉄が余裕で溶ける1600℃でも安定していて分解温度は2500℃以上! 酸化しにくく熱膨張率も低く酸やアルカリにも強い耐腐食性を持つという超すぐれもの・・・だからなんと! ロケットにも使われてるっていう凄い素材なんだよこれがっ!」


「へえ~・・・」


「つまり、木製のしなりを生かした上にプラス新素材による外周強化でトレースオン!

強烈なショットを生み出すことができる優れモノッ! 

そうYONEXの技術は世界一いいいいいいいいい!

まさに科学と自然のハイブリッドコラボレーションやあ~!」


「・・・・・・で?」


で?ってなんだよもう! ノリ悪いなぷんぷん!


「そ、それでな、それでこのガットは実は鯨なんだよ! 

鯨筋げいきんって言って、なんか鯨の頭をほじくって作るらしいんだけど

もう今じゃ手に入らないんだ!」


「うわ!・・・残酷や!」


う・・・なんか引かれたぞ・・・


「このラケットこそ・・・当時の技術の最先端で作られた、その名も” TS-8000 SEPIALONセピアロン ”だあっ!」


「・・・だから、なに?・・・結局、型遅れのお古やん・・・程度は良いみたいだけど・・・」


ぐぬぬ・・・! こ、こいつの良さがわからないとわっ!


「木製なんて、芯で捉えな飛ばへんし、コントロールもしにくそうな形状やし・・・あかんやろ?」


ぷちっ

何かが、頭の中で切れる音がした。 決定的な、何かが


「・・・・・・見てろよ!」


「・・・何を?」


「次の試合、このラケット使って勝ってやるから、見てろって言ったの!」


しばらく唖然とする春菜


「・・・・・・!!」


はっと気がつき、目を見開いたと思った瞬間、一気に表情が明るく変わった。


「鈴音えっ!!」


いきなり、がばっと抱きついてこられた。


「う、うわっ!」


じょ、女子中学生・・・JCに抱きつかれたああああああ~っ!

いいのかよこれ? い、いいんだよなっ? 向こうから抱きついてきたんだしっ!


「・・・なんやのそれ、回りくどいつまんないことばっかり言って・・・

本当はそれ言いにわざわざ・・・来てくれたんか・・・」


上目遣いにこっちをじっと見つめられている

どきどきどき・・・

しかし必死の熱弁をつまんねーって、ひどくね?

でもそのあとのセリフ・・・え・・・”それ”・・・って? ・・・なんのこと?


「・・・あっ!」


そうだった! ラケットの説明にヒートアップして当初の目的を忘れかけていた。


「あ、ああ・・・もちろん、そうだともさっ!」


折角なので、春菜の抱き心地を思いっきり堪能しよう


ぎゅうう~・・・


うわ~・・・いい匂いだなあ・・・かわいいなあ・・・柔らかいなあ・・・髪もサラサラだし・・・

目えうるうるさせちゃって、こいつめえ・・・


「・・・勝つんやで!」


あ・・・ちょっと離れちゃった・・・もう終わりか


「やるからには、勝たなあかんよ!」


「お、おう! まかしとけ!」


パチン! と、お互いの右手同士でハイタッチさせた後、握り締めた。

にぎにぎ・・・やりこいのう・・・にぎにぎ・・・


「・・・なんか、今朝から鈴音・・・雰囲気変わったね?」


「おわっ!」


ぱっと思わず手を離してしまった。

僕、ちょっと変態っぽかったんだろうか? 汗・・・


「えっ、そ、そう・・・べつに何も変じゃないよ僕」


「そうそれ!」


春菜はビシッと僕を指差して指摘する


「えっ?」


「言葉使いが変わってるやんか・・・ボクと同じように”僕”とか言うてるし」


あっ! しまった! つい焦って・・・

え~と・・・そうだ!


「ちょ、ちょっと昨日から春菜のことばっかりず~っと考えてたら

なんだか春菜の一人称が気に入っちゃってさあ・・・だ、駄目・・・かな~?」


「ボ、ボクのことを、ずっと・・・?」


春菜、顔を赤らめる

あれ?とっさに言い訳思いついたんだけど・・・

なにか、誤解するようなことを言ったのだろうか僕は


「ダ、ダメやないよ・・・そりゃ本人の自由やし・・・す、好きにしたらええやん」


「そか・・・ありがとう、春菜」


良かった良かった・・・と

春菜の頭をナデナデしてやる・・・

ますます春菜の顔が赤くなった。


「・・・・・・やっぱり・・・鈴音、なんか・・・違う、な・・・

ボクも・・・なんか・・・変・・・かも?・・・どきどき、してる・・・」


赤い顔のまま、僕の顔をじっと見つめる春菜

身長はどっちもちびっこの部類でどっこいなんだが

春菜は僅かに上目遣いでこちらを見上げている

その表情がまた可愛らしくてたぶん、男ならキスのひとつもしていただろう

実際・・・唇が・・・なんか、近くなって・・・きたような・・・?


うわ・・・やばい・・・キスしたら変態って思われるだろうか?

でも、したいなあ・・・めちゃくちゃしてえ!


「はっ春菜っ!・・・・・・   ・・・・・・ちゃん」


・・・って、あれ?


あれれ? あれええ~?


ぷしゅううううううう~・・・・・・


って感じで、なんか一気に今までの欲情感が失われた。


・・・・・・・・・なんだろこれ? え~と・・・はっ!


よく見ると、春菜が目を閉じたまま、固まっている・・・

こ、これってもしや・・・・・・・・・もしかして、待ってるの?

ということは・・・春菜ちゃん・・・え? 実はそっち系?


こ、これはまずい! 

しかし、どう考えてもこの流れを作ったのは間違いなく私だ。


確かに春菜はかわいい

私が男なら迷うことなく頂きます。

現にさっきまでは欲望を抑えるのに必死だった。

でも今は・・・あれ? 私は・・・・・・女・・・だよね? うん


・・・とにかく、ここは今の私の素直な気持ちを表現しよう


だからただ、純粋に、喜びで春菜を抱きしめた。


「これでやっと仲直りだね! 良かった・・・”私”もすごく嬉しいよ・・・」


「あ・・・あっ!・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・」


春菜はちょっと拍子抜けのような、一瞬きょとんとした表情をしていたが

すぐに私の様子を察したようで、ただ静かに穏やかにお互いを抱きしめ合った。


私はその後、春菜に夕食のアドバイスを受け、彼女の店で食材を吟味して買って帰った。

丁寧にレシピも書いてくれたので、これでそれなりの夕食は用意できるだろう




「・・・さて、」


とりあえず家でウトウトしているお父さんを叩き起こし

お風呂に放り込んで眠気を覚ましてもらう


その間に素早く夕食を作り、なんとか間に合わせた。


サイドメニューに簡単なサラダとお味噌汁を作り

メインは春菜に教えてもらったとろとろ卵を上に乗せたオムライスで

その横にウインナーを焼いたのを添えてみた。

後はケチャップで日頃の感謝を込めてハートマークを描いて完成だ。


なんだかメイド喫茶の店員さんみたいだなあ・・・と苦笑しつつも

形だけはまあそれなりになったと思う


飲み物は・・・今日はもう寝るだけだし、お酒でもいいのかな?

だったらワインを開けるんだけど、これはお父さんが来るまでは待っていよう


ぴりりりりりっ・・・ぴりりりりりっ・・・ぴりりりりりっ・・・


「あ・・・電話だ・・・」


鳴ってるのは家の固定電話で、ディスプレイ表示を覗き込むと・・・それは、ウチの病院からだった。


・・・なんだか悪い予感がしたけど、取らないワケにもいかないので

受話器を外して応対した。


ガチャ


「はい・・・山桃ですが・・・もしもし?」


「あ! 鈴音ちゃん?」


この声は、確か・・・研修医さんか

確かお父さんと一緒に帰るようなこと言ってたけど・・・サービス残業でもやってたのかな?

・・・いやいや、ウチの病院はそんなブラックじゃ・・・無いはず・・・だよね? たぶん・・・


「はい、そうですけど」


「お父さんは? いる? 寝てるかな?」


「・・・いえ、たぶん今はお風呂です。」


ちょっと切羽詰まってるような口調だ。

これは・・・たぶん


「電話、代わってもらえるかな? お風呂場で電話できる?」


「は、はいっ・・・ちょっと待っててください!」


慌てて電話の子機をお風呂場に持っていく


「お父さーん!」


ガラッ!


「なんだね鈴音? ご飯ができたのかい?」


目が覚めてきたのか、ニコニコとご機嫌で風呂場から出てきたお父さま

タオルを腰に巻いてるだけで、他は全裸だった。

・・・っていうか、タオル小さいからちゃんと隠れてないですお父さま!

息子さんが見えてます。 それは、私のお兄さんですか?


「お、おとうさん、まえ! まえ!」


一応手で目を伏せる素振りを見せ、股間の方を指差した。


「んん~~?・・・」


うつむいて自分の股間を覗き込む


「・・・おおっ! こりゃ失敬! 鈴音の故郷がモロ見えになってるのう」


「ふ、故郷言うなあっ!!」


相変わらずデリカシーがどっかにいっちゃってるお父さま

い、いやそれよりも・・・


「電話です電話! 病院の方から!」


受話器を渡す。


「おお、そうか、サンキュ」


受け取ってそのまま話し出した。

結局股間は隠れていない・・・ぶらぶらしている。

まあ、娘の前でカチカチになってるよりかは幾分マシだが・・・

・・・いや、そういう問題じゃないような気もする


「おう、私だ・・・・・・・・・ん? ・・・それは、いかんな」


・・・やっぱり


「わかった、すぐ行く、用意しててくれ」


おそらく、お父さんじゃなきゃ上手く処置できそうにない症例の患者さんが来たのだろう


「すまん鈴音、工場で指を複数本飛ばしちまった患者さんが来ててな、ちょっと面倒な感じなんだ・・・」


「・・・うん」


患者さんがお父さんを待っている

引き止めることはできそうになかった。

徹夜明けで疲れてはいるが、たぶんそれでもお父さんじゃなきゃ出来ない仕事なんだろう・・・

折角の新メニューだけど、また今度の機会に食べてもらおう


「がんばって! お父さん! 患者さんを助けてあげて」


「おう! ・・・でもその前に・・・飯、できてる?」


いや、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないのでは・・・?


「で、できてる・・・よ?」


「わかった!」


いきなりタオルを脱ぎ捨てすっぽんぽんになったかと思ったら

一瞬でパンツとシャツを装着していた。

そして、まるで加速装置のスイッチでも入ったかのように台所に瞬間移動


「加速装置!」


なんか奥歯を噛み締めてるし・・・

だけどパンツ姿ではいまいち決まりませんわ、お父さま


「もがもが・・・うんぐんぐ!・・・ずず~・・・くちゃくちゃ!」


ジブリアニメのような豪快な食いっぷりで、みるみる食卓に用意してたものが無くなっていった。


「そ、そんな食べ方したら、身体に悪いよっ! お父さんっ!」


「もがご・・・ごく・・・ごく・・・ごくっ・・・」


最後にお茶を喉に流し込んで、全部平らげてしまった。

その間、たぶんカップラーメンすら出来ないほどの時間だったと思う


「ぷはっ、ごっそうさんっ! ベリーべりー美味かったよ鈴音っ!」


私の目の前に右手親指をぶっ立ててニカリと笑う、歯に食べカスがいっぱい付いていた。

・・・本当に味わって食べれたのだろうか? ちょっと怪しいけど


「・・・ぷっ・・・もうっ・・・そんな無理しなくても・・・いい、のに」


でも、嬉しかった。

たぶん一度出て行ったらしばらく帰って来られないだろうから・・・

痛まないうちに無理してでも食べてくれたんだろう


「腹が減っては戦もできんわ! それに、鈴音の新メニュー、私が一番に食べんでどうするね?

 患者さんももちろん大事だが私はそれだけの為に頑張ってるわけじゃないよ」


いそいそと服を着ながら話をする父


「一番身近な者の笑顔も守れんで、他の者を助けられるわけがなかろう?」


いや、でも食事と指とでは重要度が違うのでは・・・?


「心配いらん、鈴音の用意してくれた風呂に入って飯を食ったんだ! 元気出た!

きっと病院にいたままぶっつづけでオペするよりも遥かに良い仕事ができるさ!」


・・・もうっ! 本当にいつも、調子いいんだから


「うん、信じてるから」


ニカッと笑って颯爽と玄関口まで歩いていく父

早足でついていく私


「それじゃあな、行ってくる!」


「行ってらっしゃい!」


ちゅっ!


「・・・!」


ちょっと驚いた表情の父

なんだか今、無性にしたくなったから・・・

しばらくぶりだな・・・いつ以来だろうか?

父のほっぺにキスしたのは


「三年と一ヶ月と・・・三日、12時間40分・・・ぶりだな・・・鈴音!」


心の声なのに、即座に返答が帰ってきた。

というか、なにその細かい数字は!?


「うおおお! それじゃあな! 鈴音! 愛してるよ~!」


ハッスルしまくって出て行った。

ちょっと暴走気味な気もするが、眠気は完全に飛んだようだった。

そんなに喜んでくれるのなら恥ずかしさはあるけれど、また気が向いたらしてあげようかな?

と、そう思ってしまえるほど清々しく出勤して行ってくれた。


「私もご飯食べよっと・・・」


味見はしてなかったので、多少不安だったけれども・・・

まあ、これは合格点でいいんじゃないかなあ・・・と思う

私が、味音痴で無ければだけど


食事も終わり、部屋に帰るとクーちゃんが出迎えてくれた。

本棚からジャンプして私の肩にドスンと飛び乗ってきた。


「うわ! びっくりした!」


そうだった、この猫は気をつけていないとどこから来るかわからないんだった。

足元からよじ登って来る時もあるし

頭に直接飛んでくることもある


上手く着地してくれれば問題ないんだが・・・

バランスを崩したときは爪を立ててしがみついてくるからなあ・・・

男なら多少はいいのだけど、玉の肌に傷がつくのはちょっと勘弁してもらいたい


「にゃああ~」


耳元でおねだりのまさしく猫なで声を出しながらスリスリしてきた。


「はいはい、お腹すいたよねえ~」


ザラザラと、カリカリの餌をお皿に入れてやると

肩に乗っていたクーちゃんは、どふんっ!っと勢いよく人を蹴っ飛ばして飛び降りていった。


「ぐはっ!」


まったく、あいかわらずだなこいつは・・・かわいいから憎めないけど


フガフガと餌に食らいついているクーちゃん


「お風呂・・・入ろうかな」


タンスの引き出しを開けて、着替えを選ぼうと下着を眺めた・・・ら、ハタと気がついた。


「・・・あれ? そういえば私・・・朝は何故か着替えにパニクってたような・・・?」


自分がまるで思春期の男の子にでもなったかのような感覚

思い返せばそれはついさっき・・・確か、春菜の家でいる時まではそうだった。


私は私であって私じゃないような・・・

でも、確かに自分自身ではあったと思うんだけど・・・?

少なくとも、自分の意に反した行動は取っていない・・・はず、だよね


「いったい、あれはなんだったんだろう?」


脱衣所に行き

服を脱いで鏡を見た。

いつもの、記憶の中にある私自身が鏡に映し出されていた。


気恥かしさは多少あるものの・・・今朝感じたようなものは殆ど無い

なんとなく、胸を触ってみる・・・


ふにゅっ


「う・・・ん・・・」


やば!ちょっと、声が漏れちゃった・・・


けれど、違う

こんなんじゃ、なかった。


今は、完全に平常運転だ。

今まで生きてきた鈴音そのもの・・・


「・・・あ! そういえば、目の色が・・・戻ってる・・・?」


殆ど青は目立たなくなっていた。

やっぱり一時期だけの変化だったのだろうか?


下着を脱ぎ捨て、洗濯機のスイッチを入れてから

普通にお風呂に入って身体や髪を洗い流す。

意識さえしなければべつになんともない

淡々とお風呂での作業は終わりに近づいていた。


最後に湯船に浸かり、身体を温めていた時

ちょっとだけ今朝の心境を思い返していた。


「あれは、男の子が、女の子に興味を持つような反応だった、よね?」


なんとなく首を下に向けて、自分を眺めながら

片方の手は胸と・・・もう片方の手は、まだ子供っぽさの残る部分に・・・そっと、触れてみた。

気が緩んでいたのか・・・ほぼ無意識だった。


「あっ・・・」


びくんと身体が震えて声が漏れた。

指を、もう少し動かしてみる


「ふわ・・・あ・・・あっ」


なんか・・・気持ちが・・・い・・・

確か・・・ココを・・・こうすると・・・


「・・・!!」


ばしゃっ!


はっと我にかえり、湯船の中に立ち上がった。


「はあっ・・・はあっ・・・はあ・・・」


や、やばかった・・・!

なまじ、彼の「知識」があるだけに、もうちょっとで深みにハマってしまうところだった。


「まだ・・・私には、早い・・・よ」


迷いを振り切るように

ささっと身体を拭き、パジャマに着替えて部屋に戻った。


二つのまん丸の目玉が、そこにはあった。


バッチリと目が合ったそれは、そのままこっちに向かって突進してきた。


「うわっ!」


だだだだっ


ぴょ~ん・・・がしっ!


だっこちゃんのようにズボンの太もも辺りにへばりついて来たその物体は

そこから爪を立てて一気にパジャマを駆け上り

肩までやってきた!


「ふが! ふがふがふがっ!」


鼻息荒く、私の髪の毛を貪るようにむしゃむしゃとかじりだした。


「うあっ! やめ、やめてええ~! く、くーちゃ・・・ちょっと・・・あう~」


そうだったこの猫、異常にシャンプーリンスの匂いが好きだったんだ。

特に濡れてる髪の毛は大好物で

まるでマタタビのように狂ったようにむしゃぶりついてくる


「ふがふが・・・くっちゃくっちゃ」


瞬く間に髪の毛がよだれまみれになった。


「わあ~ん髪の毛があ~っ!」


「もう~・・・・・・あ~あ・・・・・・はあ・・・」


濡らしたタオルで髪の毛を拭きながらため息をついた。

ま、いいか・・・動物と一緒なら、このくらいは普通、当たり前だ。


ドライヤーで髪を乾かしてやっと一息ついた。


ぴろり~ん♪ と着信音


「あ、メールだ」


カバンの中に入れたまま忘れてた携帯を取り出した。

メール着信は・・・2件入っていた。


一人は、みゆき先輩からだ。


”明日は返事する日ですね、もう決めました? 色々気まずい状態になっちゃってごめんなさい。

私も朝練に顔出すから、困ったことあったら前もって言ってね。 全力でフォローするから”


「・・・みゆき先輩・・・私の方こそ、ごめんなさいだよ・・・」


こんなに気にかけてくれてる先輩を無下に扱ってしまって・・・私って本当に駄目だ。

せめて何かいい返事をしようかと何度かメール文章を作ってみたが

どれもうまいこと言い表せてないような気がして、結局殆ど消してしまった。


”ありがとうございます。 大丈夫ですから、お気になさらずに”


なんかまた、他人行儀な簡潔な文章になってしまったが

とりあえず送っておこう・・・送信、と


もう一件は


「あ、春菜ちゃんだ」


”明日の朝練、楽しみにしてるからね~!(はあと) ところで、例の番組、どうしよっか? 

ブルーレイディスクに入れてあるんだけど、これまだ続いてるよね? 一話だけでいいのかな?”


「ああっ!! わ、忘れてたっ!!」


ぶっちゃけて言うと、彼(孝志)の家のHDDレコーダーには録画されているんだけどなあ・・・

でもそうそう何度も侵入してダビングとかするわけにもいかないし、

第一ダビング10のカウンターが減るから一発でばれてしまう

彼に事情を話すのも、今の状況からしたら難しいし・・・

そもそも、こんなこと、例え本人同士だからって気軽に話しても良いものなのだろうか?

こっちは大体のことは理解できてるけど、向こうは例え記憶が戻ったとしてもわからないわけで・・・

なにか良くない弊害が起きたりはしないのかな? 不安ではある


「う~・・・貯めたお年玉とか、切り崩して買っちゃおうかな~?・・・BDレコーダー・・・」


ぴろり~ん♪


「あ、また来た」


春菜だった。


”うしし、観たよ観たよ~! なるほどお、鈴音はこういうシチュをお望みなわけですな?

わたし女だけど、この通りにしてあげようか? そらもう大熱演でやったげるよん”


・・・・・・なんのことかは見てないのでわからんが、どうやら私は大変なことをしてしまったようだ。

あの原作者、脚本、監督らスタッフの顔ぶれなら大体の展開は予想がつく・・・ハッキリ言って、彼らは変態紳士だ!

大筋でのストーリーは毎回色んな趣向を凝らして大変魅力的に仕上げてくれるのだが

物語中盤とか、ちょっとでも隙(余裕)があれば他のアニメで言うところの水着回とか

テコ入れ回を超大胆にやってくることがある。まさか、今回がそれだったとは・・・


「まずい!まずいまずいまずいまずいまずい!」


このままでは私も変態紳士の仲間入りだ!

実際、彼(孝志)はそうなんだけれども


「はうっ!」


だからと言って、私までがそうでは断じて、ないっ!

彼の記憶は全部あるけども


「・・・で、でも、でもでも別人だから、私っ!」


・・・じゃあなんで続きがそんなに気になるんだよ?


「うぐう~・・・」


・・・やっぱり、私も変態紳士なのかな?

いや、女だから変態淑女か・・・

さっきも何かに目覚めそうになっていたし・・・今朝だって・・・


「・・・・・・もういいや・・・変態紳士で」


なんだか悟りを開いてしまった。

とりあえず、他にバレなきゃいいか・・・

春菜は、あきらめよう・・・


”うわーい! 嬉しいなー! 期待してるよ春菜ちゃーん! 続きも是非お願いねー!」


ピッ

送信・・・と


さて、宿題やってアニメまとめサイトとエロサイトでも見て寝るかな

・・・あ、いや違った。 つい彼の日課が混ざってしまった。


ちゃんと立派なお医者さんになるために勉強しないとね

保健体育とか・・・いや、だから違うって!












じりりりりりりりりりりりりりりりりり


「・・・・・・んん・・・」


りりりりりりりりカチッ!・・・りんっ・・・・・・


「・・・・・・」


がばっ!


「わわ! そうだった! 朝練だよ今日は~」


つまり、先輩方と次回の試合についての話をしなければならない日である

正直、ちょっと気が重いが行かないわけにもいかない



クーちゃんにご飯を用意してトイレの掃除をしてから

いそいそと顔洗って歯磨きをして

体操服をバックに仕舞いこみ、制服に着替えた。


ちなみに、なぜ制服に着替えたかと言えば

実はウチの学校は服装には変に厳しい所があるからである

朝練とかあるのなら、本来ならそのまま体操服で登校したいところなのだが、それは許してもらえない

一度、制服で登校してから体操服に着替えないといけないのだ。

多少の変形やオシャレする部分には目を瞑ってくれるのだが、そういう所だけは妙に厳しい。

校舎は木造だし制服はまあ校章とか多少のアレンジはあるのだが基本形はセーラー服だし

体操服はブルマだし、水泳水着も未だに旧型スク水だったりする。


お金持ちを集めている私立にしては古臭い物が多数残っているのだ。

どうやらこの辺は経営者の方針が絡んでいるみたいで

「新しくて良い物はお金を使ってでも積極的に取り入れるが

だからと言って古いものが悪いわけではない、変える必要のないものは変えない

校舎だって、修繕して使えるのならずっと使っていく」のだそうだ。


言い分はわからなくもないのだが、

ブルマやスク水なんかはどうも別ベクトルから妙な力が加わっているような気がしないでもない

確かに全国的に絶滅の危機に瀕しているこれらのものは

マニアには非常に受けが良いみたいで、逆に宣伝にはなっているようだ。

まあ、良い意味でも、悪い意味でも・・・ではあるが


そういうところも踏まえて、登校時に体操服は、現代の世間的にはちょっと具合が悪いので

あえて校外では封印しているのかもしれない・・・

だったらやめたらいいのに、とつい最近までは思っていたんだけど・・・

はからずも大きいお兄さんの切実な気持ちを知ってしまったので、

まあそれくらいは我慢しようかな、と思うようになってしまった。

見る人によってはアレが最高のデザインなんだよなあ・・・と。

恥ずかしいけど私一人じゃないし・・・ま、見せて減るわけじゃないしね・・・


鞄とバックを持って一階に降りてきたが、辺りはしんと静まり返っていた。


「・・・やっぱり、お父さんは泊まりか」


父の気配は無かった。


「ま、いっか・・・」


朝食は有り合せで済ませて、と・・・

昼食は・・・・・・今日は購買か、もしくは食堂でも行ってみようかな?

玄関脇に置いてあるラケットを手に取り・・・


「・・・あ、ラケット・・・」


カラン・・・と、手に取ったそれは

昨日彼の家から持ってきた木製のラケットだった。


「・・・・・・」


正直、なんでこれを持ってきたのかよくわからなかった。

確かに以前はこれを気に入ってこよなく愛用していたんだが・・・

今となっては完全に時代遅れだろう。

重量も重めだし、スイートスポットも狭い

いくら外周に新素材を使っていても基本は木製フレームだからガットのテンションもそこまで高くは張れないし、そのせいでコントロール性は若干甘くなってくる。

反発力・飛びの面では問題はないんだろうけど・・・

それに、当時としては上級者用に位置していたこいつは、かなりピーキーなセッティングになっている

鈴音にしたら相当に使いにくい代物だろう

彼ならば、ある程度慣れているんだろうけど・・・


「あの時は、これじゃなきゃ! って思ったんだけど・・・う~ん・・・」



・・・・・・見てろよ!

次の試合、このラケット使って勝ってやるから、見てろって言ったの!



「・・・あっ!」


そうだ、私、春菜に・・・


じっと見つめるそのラケットは、ホコリを被って手入れこそ行き届いていなかったが傷などは殆ど無く

綺麗な暗めの赤・・・シリコンカーバイドの外周とほぼ同色の

あずき色のようなフレーム塗料はまだ、光を失ってはいなかった。


「俺は、まだまだ使えるぞ!」


と語りかけているような気がした。

往年の名機・TS-8000 SEPIALON

今の私に、使いこなせるかどうかはわからないけれど・・・


「・・・・・・よし! 君でいくよ、よろしくね・・・相棒」


今日は、病院は帰りに寄ろう

そうそう何回も行ってもそんなに収穫もなさそうだし・・・


ガチャッ


玄関を出たら、赤い顔した春菜が立っていた。





つづく


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