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ⅩⅩⅤ 将来の為の決断

二話連続投稿です。

前回読んでない方は一話戻ってから読んでくださいますようお願いします。



「ラフ&スムース 第三章」





「来週から、うちの娘がこちらに来ることになりました」


「「…………え?」」


うちの娘? え? それってひなの先輩のことじゃない……よね? この場合。

日影先生、いったい何人子供がいるんだろうか?

確かまだもうひとり、ひなの部長の下に小さい妹さんもいるって以前聞いたけど。


「先生!? 娘って、まさか?」


「そ、みゆきは知ってるよね。 ひなただよ」


「ひ、ひなたさん!? もしかして、うちの学校に、来るの!?」


「いや、それがあの子、…………う~ん……まあ、その辺は今は置いといて」


「え、どういうこと?」


「ひなたは当然、うちの子なので深山の家で当分お世話になる予定です」


「あ、はあ……」


いったい、何が言いたいのだろうか?


「あ、あの……そのひなたさんがウチとどういった関係が……?」


「いや、関係は無いよ?」


「「は?」」


「関係あるのは付き人の方」


「……?」


「つまり、ひなたの方は睦月と師範代に当面は任せるとして、

来週からでも山桃家には、メイドさんに来てもらうこととなりました。

いえい! ぱちぱちぱち!」



「…………え? ええーーーーっ!!?」



ちょ! なに? 急に!?


「つ、付き人って、もしかして……」


「あ、なんだみゆきはそっちも知ってるのか」


「い、いえ……ちゃんと話したことは、ないんですけど……」


「せ、先生! そんなこと、急に……お父さんとはどんな話を!?」


「山桃」


「はい?」


「この広い家に、父親と二人暮らし、

しかも父親は帰ったり帰ってこなかったりの日々らしいね」


「ま、まあ、そうですけど」


そんなこと、今更だ。

今までもそれでなんとか生活は成り立ってきた。

困ることが一切無いとは言えないけども

それももう、慣れた。


「そこでだ」


「ちょ、ちょっと待ってください!

なんでいきなりメイドさんなんか……

そんなの個々の家庭の事情なんですから、

そんなこといちいち教師は対処しないといけないんですか?

それに、だったらみゆきちゃんとか

殆ど独り暮らしみたいなものじゃないですかっ!」


つい最近、今の今までみゆきちゃんがそうだとは知らなかったけど。


「とりあえず、みゆきはこちらの身内みたいなものだから

それはちょっと置いときましょう」


いや、置いとかないで考えてあげようよ!


「……まあ、そうね。

普通、一般的に教師はそこまで関与はしないわ」


「だ、だったら!」


「そうね、理由を付けるなら

たまたま利便性の良い就職先を探していたというか

それが丁度山桃家のハウスキーパーなら打ってつけだった……

というのでどう?」


「ど、どうって、言われても……」


余計なお世話!

と言ったら流石に角が立つし

どう断ったら良いものか……


確かに、家事をやってくれるのは助かるかもしれない。

でも同時に多少なりともプライバシーが侵害される。

ただでさえ人見知りで人付き合いが苦手なのに

いきなり知らない人と我が家でずっと顔を突き合わせるなんて

それなんて拷問?


ど、どうにかしないと……。


「貴女、医学部に進みたいんでしょう?」


「……! は、はい! もちろん!」


「それなら、少しでも多く、余剰の時間を作って

それを勉強時間に当てた方がいいと思うんだけど。

部活もあるんだし、家事に時間消費してそんな余裕はあるのかしら?」


「…………う」


確かに、今の中一レベルの勉強なら成績はそれなりのポジションで維持できてはいる。

けれどこれからどんどん勉強は難しくなることはわかっている。

当然覚えることも増えてくるだろう。


果たして今の環境でこのポジションをキープ……いや、

今のままじゃまだきっとぜんぜん足りない。

これから更に上げていくことはできるのだろうか?


答えは、わからない。


何故なら、前世でも現時点では同様だったからだ。



前世の私、いや僕は殆どまともに勉強などしてこなかった。

しなくても中学入って最初の頃までは授業を聞いてるだけで十分だったからだ。

それだけでクラスの上位の方でいられた。


しかし、良かったのはそこまでだった。

段々と授業内容が密になり複雑化しレベルが上がり

いつの間にかついていけなくなっていた。

最初はそれでも妙に楽観的だった。


そして気が付いた時にはもう時すでに遅かった。


焦ってちょっとだけ勉強の真似事もやってみた。

だけどそもそも勉強の仕方、やり方そのものが

チンプンカンプンでよくわからなかったのだ。

中学初期までは何もしなくても出来ていたものだから

天狗になってそんなものまったく必要ないと思っていたからだ。


もう既に基礎なんかとうに終わって応用になっている時期に

ようやくそんなことに気が付いても手遅れだ。


得意科目だけは何故かそれでも問題なく通用していた。

興味のある分野では上位でいられたのが

たぶんそれが余計に仇になって混乱を招いて

勉強の阻害になっていたのだろう。


だって勉強しないでもその教科は上位でいられたんだから。


何もせずとも勝手に頭に入ってくる教科と

覚えようとしても全然頭に入って来ないでただただ眠くなる教科。


その違いがどうしても理解できなかったのだ。


そしてそのまま中学三年間は終了する。


なんとか就職に適した工業高校には入れたものの

その後もバイト三昧で結局学生生活では勉強は殆どしなかった。


なんとなくだが

勉強のコツのようなものを掴んだのは

社会人になってからだった。


必要に迫られて資格取得のため

仕事の合間を縫っての勉強。


終業後や休日に睡眠時間を確保しながら

如何に効率よく覚えていくかを

考えながらやっていた。


要点を抑えて点数を取ることだけを目的とし

ただ合格のみを目指して淡々と頭に詰め込んでいく。


そういう勉強法なら前世で会得し

いくつもの資格を取得することができたのだが……。


だけど



――医者になる。



最低限、ただそれだけその一点だけならもしかしたらその方法でも

なんとか辿り着けるのかもしれない。


けれど、目指してるのはそこで終わりじゃない。


ただ資格を取ればそれでいいって訳じゃない。



――勉強は何時からでもできる。



それはその通りだ。


確かに、大人になってからでも勉強はできる。


だけど、そんな綱渡りのギリギリで通過していって良いのだろうか?



――経験を積めば、いつかは一人前になる?



それも確かにその通りなのかもしれない。


しかし、医者という仕事はそれでいいのだろうか?

資格を得たから間違いを犯さず、的確な治療で治すことができる?


いや!


病気や怪我はその時その時の、その瞬間、その場での処置が全てなのだ。


後からこうした方が良かった。 ああすれば治ったのに、と思っても

患者さんにとってはその時にそうしてくれないと全く意味が無いことなのだから。


経験や実戦での研鑽によって腕や知識が上がっていくのはいい。

だけど、現場に出たからには間違いは犯してはならない。

病気の程度にもよるのだろうが、やるからには全力で対応したいと思っている。



…………そういえば

前世で以前、一時期原因不明で体調が著しく悪くなったことがあった。


まずは職場の近所の内科で診てもらったのだが

一通りの検査をしてもハッキリとした原因はわからず仕舞いで

とにかく対症療法で症状に合わせたその場しのぎの注射を打ったり

薬を増やしたりして過ごした時期があった。


けれど、あまり効果は得られず

毎日がとても憂鬱でいつまた発作のような症状が出るか

常にビクビクする日々を過ごしていた。


このままではどうにもならないと判断し

セカンドオピニオンなるものを受けてみようと思い立ち

別の病院に足を運んだ。


ついでに、その病院は内科だけではなく整形外科の看板も立てていたので

最近床に座っていると正座、あぐらに関わらず

膝関節がすぐに痛くなるうえ

階段の昇り降りも苦痛な時があったので

それも診てもらうことにしたのだが


そこの医者がちょっとやばかった。


まず、聴診器も何も持っていない。

検査も特に何もしない。

ただ、話を聞いて上から目線で講釈を垂れるだけに終始した。


まるでウチではまったく診る気は無いよという態度で

あからさまに他所に行けという風にも感じ取れた。


まあ、内科の看板を立てていたとしても

ここではこの症状は専門外なのかもしれないと思い

次に話題をこの医者の専門職であろう整形外科の膝関節痛に変えてみた。


しかし、それも同様、というかもっと酷かった。


「もう歳なんじゃない? 痛かったらあぐらや正座しなきゃいいじゃん」


もう絶句であった。


見もしない、触りもしない、レントゲンどころか検査も何もしない。


最後にトドメが


「ああ、薬なら出すよ? 何か持って帰る?」


である。


何も診断していないのにどんな薬を出そうというのか?


あきれ返った僕は


「いえ、結構です」


と言ってその場を去った。


世の中にはこういう医者もいるのだなという

良い勉強にはなった。


噂ではその病院の先生は二代目で

どうやらそのまま先代から病院を受け継いだらしい。


親の七光りだけで医師免許だけは取り

その上に胡坐をかいて今までの先代の患者もそのまま全部譲り受け

横柄な態度でも生活は十分に成り立ったのだろう。


結局、僕はそこから更に三件の病院を渡り歩き

ようやく親身に診てもらうことができ

治療法を変えたりアドバイスを受けたりして

徐々にだが症状は治まっていくこととなった。


「…………」


そういえば、その時は山桃総合病院には結局行かなかったんだよね。

候補には上がっていた筈なんだけど

予約の状況とかがいっぱいだったから避けたんだったんだっけ?

もう忘れたけど。


とにかく、そういう嫌な思いをした経験からも

ああいう世襲に胡坐をかく藪医者にだけはなりたくない。


あんなの只のそこらにごろごろいるウンチクだけおじさんじゃん!


だから、勉強は最低限では不十分なのだ。

免許さえ取れればいいってもんじゃない。

もちろん、それが無意味とは言わないけれども

私は、山桃時郎やまももときおという人物の後継者を目指している。


つまり、最低限が「医者になる」ではないのだ。

少なくとも彼に並び立つことができねばならないのだ。


いや、時代によってこれからの医学の進歩も考慮に入れるのならば

彼を超えなければならないのかもしれない。


そう考えると、若いうちからありったけの知識を頭に叩き込んだ方が

確実に彼に近づく基盤を得ることができるはずだ。


実技面や経験による勘などは今はしようがない。


しかし、得た知識はそれさえもサポートしてくれるはずだ。



だったら――答えは一つじゃないのだろうか?



「お、お父さんは、そうした方が良いと言ってるんですか?」


「……いや、彼は”鈴音のやりたいようにしなさい”と……

けっして、貴女を縛り付けるようなことは言わなかったわ。

だから、勧めてるのは私だけ、だから彼には何の責もない。

お父さんは本当に貴女を信頼しているのね」


「そう、ですか…………」


本当にお父さんには頭が下がる。

私のことには大抵のことなら全て許してくれる。

もちろん目に見えて間違いを犯し選択したなら

それは正してくれるのだろうけど。


極力、ほぼ自由にさせてくれているし

そこで発生する子供には回避不能な障害や費用面なんかも全部面倒を見てくれる。


だからこそ

私は楽な方に逃げたり手を抜いたりしてはいけないのだろう。

たぶん私は恵まれている。


お母さんがいないのはちょっと寂しいけれど……

これだけの環境でちゃんと育たないのは嘘だ。


私は、父の愛情にちゃんと応えなくてはならない。

とそう思う。


つまり、頑張る! ということだ。


あくまで私のメンタルの限界値を超えない範囲で、なんだけど。


「…………」


ホント、前世の父親だった人とはえらい違いだなあ……

なんであの人はああいう風になっちゃったんだろう?

今改めて考えてみてもよくわかんないや。


まあ、今の私が考えたところで仕方ないことなのかもしれないけども。


「す、鈴音」


「な、なに? みゆきちゃん」


「その付き人の人、のことなんだけど……」


「う、うん……」


みゆきちゃんは、以前、その人と会っていると言っていた。


「ちゃ、ちゃんと話したことは殆どないんだけど……でも!

わ、悪い人では無かったと思う。 な、なんていうかさ……」


「…………」


私が極度の人見知りなの、知ってるもんね、みゆきちゃんは。


「あ、安心できる、というか、

上手く言えないけど……そう!

まるで、最初から身内だったんじゃないかってくらい

親近感が得られたっていうか……

少なくとも、私は、そう思ったよ!」


「みゆきちゃん……わかった」


最後の一押し来ました。


「流石に、会ったことも無いのに

即答というわけにはいきませんから

一度、会わせてくださいませんか?

前向きに、検討させていただきますので」


「そう? 良かった。

そこまで言ってくれれば、もう採用は決まったようなものね」


彼女、日向日影はドヤ顔でそう言い放った。


え? なんだかすごい自信ですね。

こちとらこれでも筋金入りの人見知りなんですけど。


たぶん、ちょっとでも波長が合いそうになければ

断ってしまうかもしれない。


これでもかなり勇気を振り絞って

この回答を出したつもりなんだけどなあ……


あ、既に今から緊張してきた。


いい人だと、本当にいいんだけどなあ…………あ!



「……ところで、夜もどっぷり更けてきましたが、私のラケットの修理、は…………?」


「…………あ! …………エヘ! 忘れてた」


「…………」


でしょうねえ……。



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