ⅩⅩⅣ いきなりの二者&二者面談
「ラフ&スムース 第三章」
結局、日影先生に安全運転の心得を理解してもらうことは叶わず。
なんかうやむやになってしまった。
今まで無事故無違反だったため
これまでの自身の運転に相当な自信を持っているようで
私たちの意見にはどうしても納得頂けないみたい。
つまり聞く耳を持ってくれないのだ。
まああれで無事故無違反なんだからある意味凄いんだけど
なら、だったらこれからもどうかそうであって欲しいと切に願う。
もちろん自転車の修理代だけはちゃんと請求させてもらいますけどね。
「……ふむ、では、本題に入りましょうか……山桃」
「はい?」
「お父さんと二人暮らしで、
お父さん、よくいなかったりするみたいだけれど、
特に困ってたりすることは無い?」
「……いえ?」
なんか、思ってたのと違う。
てっきり今日の練習試合のこととかの話かと思いきや
なんか家庭訪問っぽい切り口だなあ……。
「……誰かハウスキーパーとか来てたりするの?」
「いえ、来てませんけど」
「…………じゃあ、家事は、誰が?」
「……い、一応、私が……簡単に、ですが……」
近代ハイテク家電の力をフル活用してどうにかこうにかやっている。
必要な物はお父さんに言えば大体揃えてくれるしね。
「毎日の、ご飯も?」
「そ、それは、やったりやらなかったりですけど……」
朝は昨日の残りがあればそれを食べている。
無い場合はパンと飲み物と気が向いたら軽くベーコンエッグとかくらいだし
この辺はお父さんもほぼ同様だ。
お昼は私立の学校だからなのか
実は「給食」というものは小等部までしか存在していない。
しかし、代わりに結構大きめの食堂があり
メニューもそれなりに充実している。
お弁当派でない人の大半はここで昼食を済ませている。
他にも時間が無い人はコンビニで軽食を摂る、ということもできる。
この学校は購買が無い代わりにコンビニがあるのだ。
コンビニは学校の道路に面した学校敷地内に一応はあるのだが
普段は一般の人も買えるように開放しているため
セキュリティの問題から校舎内から出入りできる扉は通常は施錠されていて
登下校時と昼休みの時間だけ直通の通路が解放されるようになっている。
そこにはゲートのようなものがあって
ICチップ入りの学生証を提示しないと通過できないという
ちょっとした駅の自動改札のような仕組みになっているのだ。
なんか、ちょっとハイテクだ。
いやこれ、なんで校舎の中でコンビニだけに付いてるのかは謎なんだけどね。
どうせなら学校内に入る所全部にこういうの付けたら
ばっちり不審者対策になるのにね。
……噂では本来全ての出入り口に配備したかったらしいが
改札機械が思いのほか高かったらしく断念したのだとか。
まあ、結局自動改札にしたところで最低限の人員は配置しなければならないから
だったら人が監視してればいいじゃん、で話が終わったらしいのだが。
ていうか、我が田舎には
鉄道の駅にすらまだこの自動改札機配備されていないんですけどね!
メインの始発駅にすら。
ウチの学校あるだけでも凄い!
ちょっと周りに自慢できちゃうかもしれない。
いや、「べつにどうでもいいわ」って言われたらそれまでのことなんだけども。
まあ、自慢する相手も私にはいないんだけど……。
でもこれ昼休みはレジが混むからなかなか買えないんじゃないの?
と思うかもしれないが
そこはそれ。
普段は一般の店員さんが2~3人のみなのだが
登下校時と昼休みに限り
高等部の商業科の生徒が社会勉強の一環として
交代で臨時店員として増員されているのだ。
だから生徒が一斉にレジに詰め寄っても
人海戦術である程度は対応できるようになっている。
じゃあ商業科の生徒はどうするのよ?
ってことだが商業科のみ昼食時間帯を半分ほどずらすことでそれを可能にしている。
いかん、大幅に話が逸れた。
そうそう、我が家の食事事情の話だった。
んで、夕食なのだが、大体いつも独りだからその時の気分次第って感じなので
特にそこまで手間ではない。
超めんどくさい時はコンビニ弁当を買って帰るという手もあるし、
まあこれは最終手段なんだけど。
商店街で出来合いのもの、お惣菜とか買ってきて
御飯だけ炊いて食べたりもするし……
あ~、最近一番多いのはそのパターンかなあ?
ちょっと手間かけてやろうと思う日は
お父さんが非番の日くらいかな? 滅多にないんだけれども。
そのときくらいは流石の私も少しだけやる気モードを出して食事を作ったりする。
でもたまにしかその日は訪れないのでレパートリーはまだまだ全然足りない。
せいぜい家庭科の授業に毛が生えた程度でしかないので、
これは今後の課題となっている。
普段のお父さんはお昼や夕食はだいたい病院食を食べてるらしいから
朝食以外は家で食事を摂ることは極めて稀なんだよね。
「その年頃なら、もう少し食生活は気を付けた方がいいと思うけどね」
「あ、あう……」
確かに、そうかもしれない。
前述した通り、気分が乗ってる時しか手の込んだものは作ろうと思わないし。
「そ、それならっ! 私が鈴音と一緒に毎日ご飯を作るよ!」
みゆきちゃんがマッハで挙手してそう言った。
「みゆき! あんたは他にやることあるんじゃないの?」
「え? やること? …………あ!」
確かに、今は足の怪我のせいで時間はあるのだろうが
治ったら治ったでテニスの練習はあるし
それに彼女は剣道も復帰すると言っていた。
だとしたら下校時間から夜までのスケジュールはもうそれだけで埋まる。
それに、それだけならまだいいが
来年は彼女も受験生だ。
いくら半分エスカレーター式とはいえ
成績によってクラスは振り分けられる。
大学で、もし私と同じ医学部を目指すというのなら
まずは高等部で特進クラスに入らねばならない。
いや、絶対にならないということはないんだけれど、
じゃないと一気にその目標からは遠ざかってしまう。
それだけ授業の内容や密度が違うのだ。
「だ、大丈夫だよ! 今までは授業中に本気出してなかっただけ!
これからはダラダラしたりせず真剣に授業を受けたら
それだけで成績ももっと上げられるわ!」
……いや、それはどうだろう?
そんな簡単にいくだろうか?
短期集中ならまだなんとかなるかもだが
日々の勉強の積み重ねなのだ。
今までのスタイルを捨てて生まれ変わったように勉強をする。
なんてことがそうやすやすとできるとは思えない。
取らぬ狸の皮算用・机上の空論・絵に描いた餅ではなかろうか?
「そんな簡単にできるようなら、皆とうにそうやってるわよ」
ぴしゃりと、日影先生が一行でまとめて指摘した。
「ぐぬ! だったら、睡眠時間を削るのみよ!」」
「い、いや! み、みゆきちゃん! 私の為にそんな無理したら駄目だよ!」
「何言ってるの? 私は鈴音の為ならこの程度、苦にすら感じないわ!」
いやいや、そういう問題じゃない。
長期的に行うことなんだから
根性だけで乗り切れるなんてのは甘い考えだ。
そういうのは小等部の時の「夏休みの一日の過ごし方」とかで
円グラフを書いたりしてその通りにできた人だけが言えることなのであって
普通の人はまずその通りには行えていない筈だ(偏見)。
少なくとも過去夏休みの殆どを
一緒に私と遊びまくってた人ができることとは思えない。
まあ、みゆきちゃんの書いた円グラフを見たことは無いんだけども。
「…………」
案外、大半を「鈴音と遊ぶ」ばっかり書いてたのかもしれないけれど。
「…………ふむ、今ならヒナタは大丈夫か……」
「……え? ひなた?」
日向ぼっこの日向じゃないな。 ニュアンス的に。
どうやら人物の名前っぽいね。
いったい、誰の事なんだろう?
「ひなたって、ひなたさんのこと!?」
「……!」
……あれ? なんだか、妙に引っかかる。
私、この名前に心当たりが……ある?
「あ~、みゆきはそういや知ってるのか」
「は、はい! 以前少し……い、いえ! 一応と、友達! です!」
ぴくっ!
ぎぎぎ、ぎぎ……
「と、ともだ……ち?」
そんなの、聞いてない。
「……あっ! そそ、そういえば鈴音にはまだ言ってなかったね!
そのっ! と、友達と言ってもこれは深山の親戚付き合いの一環で
その時にたまたま知り合っただけであって!
けっしてその……鈴音に隠れて一緒に遊んでたとか、
そ、そういうんじゃな、ないからっ!」
私の微妙な表情の変化を察したみゆきちゃんが
慌てて言いわ……フォローを入れてきた。
「べ、べつにみゆきちゃんがどこの誰と遊んでようと、全然気にしてないよ」
「そ、そんなこと言いながらほっぺた膨らませてるし!」
「膨らんでない!」
プンスコ!
「す、鈴音ぇ~っ!」
もちろん冗談半分でみゆきちゃんをちょっと困らせてみてるだけである。
半分。
「……まあ、でも、今回はひなたはあんまり関係ない。 関係あるのは……」
「……?」
みゆきちゃんと日影先生はその人物についてよく知ってるみたいだ。 が
私にはまったくよくわからない。
そもそもそれが何で急に話題に昇ってくるのか?
「……いや、マテ。 それでもいいのか?」
「……?」
なんか、先生はブツブツと考え事を始めたようだ。
「山桃」
「は、はい?」
「お父さんと、話がしたいんだが」
「えっ!?」
「今、仕事中、なんだよね?」
「は、はい、たぶん……でも、今の時間なら急患とか入ってなければ
おそらく院長室で書類仕事とかだと思います」
「そっか、じゃあ、ちょっとアポ取ってみて」
「えっ? ええっ!?」
「時間取れるんなら、ちょっと病院行ってくる」
いきなり何!?
いや、そりゃ連絡くらいなら取れるけど
そこまで急用なんだろうか?
「ちょ、ちょっと待ってください」
家の固定電話の電話帳に記入してある直通電話。
確実に院長室にいる場合なら
携帯電話から携帯電話にでも良いのだが
医療機器への影響から部屋の外だと持っていない可能性がある。
お父さんが院内通話用に持ってるPHS直通番号が一番確実なのだ。
「……あ、お父さん?」
「あ、ううん! べつにトラブルとかじゃ、ないんだけど」
「今、時間、あるのかな?」
簡単に、いくつか言葉を交わして受話器を置く。
「…………これから、すぐ来てくれるなら休憩入るから話聞けるそうです」
「そっか、じゃあ行ってくる」
「あっ! もう正面ロビーは閉まってるから
受け付けは裏の救急外来の方になりますよ!
話は通してくれてますから受付に言ってくれれば!」
「わかった! さんきゅー!」
きゅるるるっ! ぶおおおんっ!
「…………」
車で行かなくても、歩いて行っても10分もあれば十分着くんだけど……
少しは運動しないと、糖尿病になるよ?
……ところで、私のラケットの修理は、いつしてくれるんだろう?
◇
ほどなくして、日影先生は帰ってきた。
「話つけてきたわ」
「えっ? いったい、なんの?」
「その前に、お水もらえる?」
「あ、はい」
一応、キッチンの水道水は浄水器が付いてはいるのだが
そこまで冷たくないだろうと思って
冷蔵庫に入っているペットボトルのミネラルウオーターをコップに注いだ。
「ぷは! うん、潤った。 さんきゅ」
「いえ」
「それでは、発表します」
急に神妙な面持ちで話し出す。
ゴクリ
みゆきちゃんと二人、生唾を飲み込む。
「来週から、うちの娘がこちらに来ることになりました」
「「…………え?」」
厳密には横にみゆきちゃんが居るので二者ではないのですが
三者面談にすると意味合いが変わってしまいますので
「二者面談(プラス1)」って感じですね。




