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ⅩⅩⅠ それぞれの思い





「ラフ&スムース 第三章」




ぴちょん……



「…………はあ……」



ありがたいことに、部屋で声を押し殺して泣いている間に

私はまたOSが鈴音に代わっていた。


何がありがたいのかと言えば、鈴音OSの場合

孝志OSとは違い、前世の記憶がダイレクトに来ないからだ。


私、鈴音は、当たり前のことだが振り返ると

私の生きてきた過去がメインストリートとなっている。


つまり孝志の生きてきた過去は道路で言うところの

「旧道」に当たる、ということになるのだ。


それが何故か孝志OSになった場合、入れ替わる。

鈴音が今まで通ってきた道が旧道に追いやられ

あたかも旧道がメインストリートのように振る舞う。

そのため、このように人格が二重に形成されてしまっているのだろう。


「同じ記憶」でも時間経過による「変質度合い」が違うのだ。


地球に例えるならば

孝志の場合は痛々しく大きな爪痕が見られる

隕石落下直後のクレーターや大噴火直後のカルデラ火山、と言ったところか。

まだ大地は冷え切らず、爆発や衝撃波などによって辺りは散乱し

舞い上がった噴煙や粉塵がキナ臭く充満し立ち込めている状態と思っていい。


私の場合は

その後、数々の風雨や天変地異により

幾層もの地層が爪痕の上に積層し、やがて緑が生い茂り

平らになりつつある地表……とまでは行かないかもしれないが

こう考えれば比べるまでもなく、

見た目からしてダメージは全く違うように見えるだろうと思う。


もちろんそれは完全に消え失せたわけではない。 

ただそう見えるだけなのである。

掘り返せば、ちゃんと証拠となって出てくるものではあるのだ。


例えどんなに大切な思い出であったとしても

大抵は時間とともに記憶は風化し、最適化され整理される。


もちろんその思い出ひとつひとつは

今の私の人格形成にも多少なりとも影響を与えている……はずだ。

よく思い出せない記憶ですらその役割を果たしているのだろう。

今の私を形作っているのはたぶん間違いない。


だから、けして思い出と言うものは無駄ではない。

きっと自分のどこかには生きている、とそう思うからだ。


だけど孝志とはその思い出との「距離」と「時間」が違う。


大切ではあるのだけれども、それは孝志よりも

もう少し遠い昔、表面上は修復されて見える過去のものとなっているのである。


そしてもうひとつ。

実はこちらの方が理由としては強いかもしれない。


その孝志の生きてきた過去、すなわち「旧道」だが、


旧道それはつい最近まで閉鎖されていた。


「立ち入り禁止」の看板が立てられ柵が設けられていたからだ。

おそらく私の深層記憶には元々在った。

でないと孝志の事故前に声を上げるなんて到底できなかったろうし。


でも、これは結構大きい理由だと思う。


だからなのか、過去の出来事を幾分か客観視できるようになっている。

その為精神的ダメージはいくらかは軽減されているのだ。



もちろん、ショックじゃないわけではない。

しかしそれだけで頭がいっぱいになるということは無くなる。

「考える隙間」というものが生まれるのだ。



「……水無月さんと、まぽりんさん……

どうして……」



ぴちょん……



みゆきちゃんが「お風呂、あがったよ……」と

ドア越しに声をかけてくれたので

私は速攻で準備をし、誰とも会わずに一直線に湯船に飛び込んだ。


もちろんそれは、泣き顔を見られたくなかったからである。


これで多少長風呂をすれば

腫れた目もどうにか誤魔化せる。


「いったい、何があったんだろう?」


確かに、まぽりんさんは身体が弱かった。

すぐに倒れたりしてたし……


その持病の病名を訊いた訳ではない。

でも、今の私の知識ならいくつかはある程度の予想は付く。


それに当て嵌めて考えた場合

適切な処置と正しい生活を送っていれば

相当な無理をしなければ若くしてそう易々と

命を落とすとは考えにくいのだけど……


「でも、みゆきちゃんと、睦月さん、二人も出産してるし……」


それが「相当な無理」に該当するかどうかは正直、微妙なところだ。

確かに可能性は、無いわけじゃない。

母体にどれほどの影響が出るか……

出産ほど個人差が出るものはそうそうないだろう。


なんせ、新たな命を生み出すのだから、一大イベントには違いが無い。


でも……


「水無月、さんは……」


想像がつかない。

なんだか、日影先生が絡んでるようなこと、

言ってたっけなそういえば。


つまり、原因はそれぞれ別々と考えた方が良いのだろうか?


しかしそうは言ってもこの現代社会で

こんなに若くして三姉妹中、次々と二人が亡くなるなんてこと、

あまり無いように思うんだけど。


どのみち、私にそこまで深く訊くほどの二人との「縁」は

今の私には無い。

さりげなくみゆきちゃんに訊いてみるのもひとつの手だが、

同じ理由、原因で無い限り水無月さんの方はおそらく知らない可能性が高い。

これはあくまで私の勘なのだけど。


そしてその勘はこうも囁く。



たぶん、みゆきちゃんはまぽりんさんの死も真相を知らない。


なんでそう思うのか、自分でもよくわからないのだけど……



「……いっそ、孝志のこと、喋っちゃおうかな?」


…………いや、流石にそれは軽率すぎるか。

慎重に慎重を重ねて十分精査してからでないと。

思いつきだけで暴露しちゃうと

後でどんな弊害が出るのか今は見当も付かないし、やっぱ駄目だ。


「あ! じゃあ……」


流石に転生なんてトンデモは信じてくれないかもだけど

私の知り合いの親しい叔父さんって設定なら、問題はないかも?


「それで日影先生に、孝志を会わせて…………」


……会わせて、どうする?


いや、でも……


そもそも、孝志本人は完全に記憶喪失だし。

彼に会わせた所で何がどうなるわけでもない、か……。


そもそも病院内でそんな嘘八百並べてるとこ

万一職員の誰かに聞かれて噂にでもなったりしたら

後でお父さんになんて言われるかわかったもんじゃない。


「やっぱ……どっちも駄目だ。 

お父さんに余計な心労をかけちゃいそう……」


「う~ん……」


自分の素性は明かさず、情報だけを聞き出すなんて

そう虫のいい話はやっぱないか……


…………あっ!


ばしゃっ!


思わず浴槽で起立する。


「……! そうだ! 睦月さん!」


私の事情をある程度知っていて

尚且つ真相に近い存在。


彼女なら、おそらく。


……となると。


「はあ……やっぱり、勝つしかないのか……ぶくぶく……」


脱力……今度は顔半分ほどまで湯面に浸かり込んだ。


いや、勝ったところでそこまで詳細に話してくれるとは限らないけどね。


でも、きっとこれは私の事情にも絡んでいる。


何故かそんな気がした。






◆◇





「みゆき、山桃のやつ、一体どうしたん?」


日向先生はキッチンで料理を作りながら私に問いかけてきた。


この家のキッチンは対面式ではないけれどカウンターは付いているので

私はカウンター席に座ってぼうっと先生の料理を眺めていたのだ。


だから、先生の表情は向こうを向いているため読み取れない。


「……わかんない。 なんか、動揺してた……」


「……真歩のこと、話したの?」


「うん……」


「……そっか……」



――深山 真歩まほ


私の、母の名だ。

日向先生とは義理の姉妹ということらしい。

一時は一緒に深山の家に住んでいて同じ学校に通っていたそうだ。

でも身体が弱かったらしい。


本来ならば深山家の跡継ぎにも選ばれなかった。 というのに

諸事情により、急遽跡を継ぐことになり

二人の子を儲けた。

それが睦月と私だそうだ。


父は、知らない。

物心付いたときには既にいなかったから。



「言ったこと、失敗、だったのかな?」


「そりゃ、今の今まで親友の親がどうなってるのか知らなくて

急に亡くなってるとか言われたら動揺もするでしょうね普通」


「……そう、なのかな?」


違和感。


今まで私が見てきた鈴音の表情、反応。

何かが違う、と内なる勘が訴えかける。


「…………違うの?」


「今まで言わなかった私も悪かったんだけど、

でも、鈴音はそれに対して怒っているってわけでもないし……

かと言って、私に同情している風な悲しみ方とも……」


「…………なんか、違う、と……?」


「そう、感じたの。

いつもの鈴音なら、たぶん後者だったと思うの。

だから今まで言うのを躊躇っていたんだけど……

だ、だけどっ! まるで……!」


「まるで?」


ああ、そうか。

鈴音は、私の気持ちとか事情を考えていたわけじゃない。

その違和感に気づいてしまったから、私は……


「なんか……私のことを……見ていなかった……」


「…………?」


「私のことをすっ飛ばして……

まるで自分自身の親しい人が亡くなったかのような……

そんな顔を、して……っ!」


「…………」


「なんか、最近の鈴音、鈴音なんだけど……

時々私の知らない顔するときが、ある……」


「…………」


「鈴音に、もっと近づきたくて、話したのに……

なのに、なんで……?」


「気にしすぎよ、みゆき。

あいつは、みゆきから離れて行ったりしないわ」


「だって! いつもの鈴音ならきっと!」


「……あいつにも思うところがあるんでしょ。

みゆきのことを思いやれないやつじゃないのは

貴女も十分知ってるでしょ?」


「そうだけど! そう、なんだけど……」


「きっと、ただ、

一瞬その事実を知ったことの方が上回っただけよ。

それが何故かはわからないけれど……

あの子だって同じような事情を持ってるんだから

もしかしたらその辺に何かあるのかもね」


「…………」


そう、なのかも知れない。

私だって鈴音の小さい頃の過去まで知っているわけじゃない。

もしかしたら幼い頃のトラウマ的なものがあるのかも。


「ささ、そろそろ料理出来上がってくるわよ。

お皿とかコップとか用意するの手伝って」


「あ、はーい」


「……………………山桃……鈴音……やはり、

調べる必要があるかもしれない、わね……」(ぼそり)



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