ⅩⅩ 追い討ち
「ラフ&スムース 第三章」
「……ふむ」
今、僕は日影の車からパソコン一式を降ろしてきて
とりあえず最低限のシステムを組む。
モニターとマウス・キーボードとだけを繋ぎ
そして電源を入れてみた。
「あー……これ、いきなりBIOS画面手前で止まってるね。
それにこのビープ音は、確か……
いや……でも、アワードかアミバか、他にもあるし
種類によっても違ってくるしなあ……」
「え、凄い! 鈴音が何言ってるのか私わかんない!
ばいおす? びーぷおん?
アミバって何? 北斗のケンのあの人?」
「んん~~? どれ オレが治してやろう……
心配するな オレは天才だ オレに不可能はない!
秘孔は これだ。 ん!? まちがったかな~……?」
ぴーっ・ぴっ・ぴっ!
あ、やべ! マジで間違えた。
「そうそう! 治すの間違えた人だよね!」
みゆきちゃん、こちら側の人でもないのに
案外古いの知ってたりするんだね。 床屋とかに置いてたりするのかな?
まあ有名な黄金期のやつだし、知ってても不思議じゃないか。
いやあ、これは新たな話題で話が盛り上がりそうだなあ……
「って、ちゃうわ! AMIBIOSの略だよっ!
それにこれ、よく見たらアミバじゃないよ!
違うメーカーだよっ!」
「あ、ごめん、邪魔だったかな? わたし……」
「い、いや、べつに居てくれてもいいけどさっ」
僕のオタク心の琴線に触れること言うから
思わず反応しちゃっただけだから!
そういや中学時代
すげー上手いこの手の絵描くやついたっけな確か二人くらい。
一人は後に漫画家になったって話だったけど……
やっぱ才能あるやつはもう中学時代くらいから開花してるんだよなあ。
何者にもなっていない僕とはえらい違いだよね。
「…………」
いや、ある意味最も大きく変化してるのは僕の方か……
性別どころか、年齢も戸籍も全ての一切合切が変わってるしね。
日影には今、お風呂に入ってもらっている。
荷降ろしして最低限パソコンを起動させられる状態にして
必要なら機械内部を見るのにばらしたりしなきゃならない為、
またひと汗かきそうなので先に入ってもらったのだ。
みゆきちゃんを押し留めるのには一苦労したけど。
え、パソコン触るのに横についてて貰わなくていいのかって?
守秘義務とかなんとか言ってなかったっけ? って?
日影曰く
「どうせ画面見るとこまで行かないから、勝手にやってていいよ~」
とのこと。
つまり、起動すらしない状態らしい。
ならこれは、単純にハードの一部が壊れている可能性が高い。
なら、おそらく起動さえすれば元通り動くということ。
実はパソコンは余計なモノを実装していない限り
そんなに多くのパーツは入っていないのである。
基本構造、というか大まかな構成部品は外側ケースを別にすると
電源・マザーボード・CPU・メモリ・
ストレージ(ハードディスクまたはSSDなど)
の5種類程度で
あとはせいぜいグラフィックカードや
BD・DVDドライブが付いてるか付いていないか程度である。
つまりそれぞれのパーツの特性を理解・把握さえしていれば
症状によって大体の原因を絞り込むことが出来る。
OS内部のソフトウエア的なエラーなんかよりは
僕にとってはよほど治しやすい。
ソフトウエア同士の相性とか設定の間違いとかだと
かなり深く調べなきゃ判らない場合もあるから面倒なんだよね。
その場合、怪しいソフトを一個一個削除したりとかして
特定せんといかんし。
下手したらセーフモードでないといじれない場合もあるし
もっと悪ければデータが飛んでたりした場合、別のパソコンで
外からいじらなきゃ治らない場合もあるしで結構大変だ。
最悪、ウイルスにやられてる可能性も考えたけど……
まあでもこれは、おそらくは……
ハードディスクさえクラッシュしていなければたぶん。
ピッ♪
「あ、治った、かも」
「えっ!? うそっ! もう!?」
横でみゆきちゃんが驚いている。
モニターに映し出されるBIOS画面。
お、メモリカウントもしてるしてる。
HDDや各ドライブも認識したようだ。
ちゃらら~ん♪
うし! OS画面も立ち上がった!
「す、すっごーい! 鈴音! もしかして、本当に天才!?」
「いやこれ、なろうで言うところの
知識チートみたいなもんだから。
この界隈じゃ基本中の基本で
まったく威張れるようなことじゃないよ」
異世界転移したただの平凡な学生が
時代遅れなナーロッパで知識無双してるようなもんだ。
PCに精通してる人間からしたら赤ちゃんレベルでしかない。
「そうなの? でも普段、
パソコンただ使うだけの人間からしたら凄いことだよ!」
まあ、家電感覚でしか使ってない人にはそう感じるのかもしれないけど。
「え、もう治ったの山桃!? はや!」
「あ、先生! 鈴音凄いんですよー!」
まあ、折角だしここはちょっと大げさに。
「ま、まあ……こんなもんですけどお~?
あとはせんせーが僕のラケットを……」
と、ふふんとドヤ顔でウインクしながら言ってたんだけど
「って、はだ! 肌っ! 裸じゃんかあああっ!!」
目玉が飛び出るところだった。 いやもちろん比喩ではあるのですが。
一応バスタオルを前に持ってはいるけど
巻いているわけでもなく、ちょっと見る角度を変えたら
いつでもどこでもどのようにでも見れそうな感じだった。
「べつにいいじゃん、女同士なんだし、暑いのよ」
「はえ~、先生、スタイル良いですね!
一応名目上は私の叔母さんになるのに……凄い! 若いっ!」
「ふっふ~ん、どう? まだまだいけるでしょ?」
と言いつつ、ポーズを取る。
「いけますいけます! 大学生でも通用しますよ! ねっ鈴音?
って、なんで壁の方向いてるの?」
「は、はしたないからちゃんと服着てくださいせんせー!」
「……なによもう、さっきと言い
何恥ずかしがってるの? まったく…………あっ!」
え……口に手を当ててなにやら察したようだけど
まさか、僕の中身に気が付いたわけじゃ、ないよね?
「そっか、ごめん……」
急にしおらしくなった日影。
「先生?」
「ご、ごめんなさいね。 そういえば山桃
幼い頃にお母さん亡くしてるんだったわね……」
「あっ! そうだった! 鈴音……」
……ん?
なにやら話が違う方向に……?
「ママのおっぱいがまだまだ恋しかったんだよね。
いいわ! 遠慮しなくていいのよ!
さっきみたいに私の胸に、どーんと!」
「ちゃうわーっっ!!」
勘違いも甚だしい!
「ぷん! もういいです! 今度は僕がお風呂頂きます!」
「え、なに? 怒ってんの?」
「怒ってません」
丁度いいや、不機嫌なふりしてこの場を離脱しよう。
「あ、待って鈴音! 私も入る~!」
「じゃあ、みゆきちゃんが先ね」
「え~! 一緒に入ろうよう~」
「やだ!」
よし、このまま機嫌悪いふりして突っ走るぞ。
ついでにみゆきちゃんにも独りで入ってもらおう。
「機嫌直してよう! ………………あっ…………!
……そうだ! ……私も、私も一緒だからっ!」
……?
「……………………え? ……何が?」
「……い、今まで、言ってなかったけど……
私も、鈴音と同じで、私が、小さいときに……」
「…………っ!」
え、ちょっと、待って……!
「だから、鈴音の気持ちは、なんとなくわかるって、いうか……」
「…………」
いやいや、ちょっと、ちょっと待って!
え……? えっ!?
そんな……だって、みゆきちゃんのお母さんって…………
「~~~っ」
「だから、ね?」
だっ!
「あっ! 鈴音!?」
僕は、ダッシュで自室に逃げ込んだ。
バン! と、ドアを閉め内側から鍵をかける。
「ちょっ、鈴音~!?」
「い……いいから! み、みゆきちゃんは……
先に、お風呂……入って……」
「え、どうしたの、急に……
何か、癇に障った? も、もしかして
い、今まで、言わなかったこと?」
「違う……お願い……だか……ら……」
「……………………。
…………うん…………わかった……」
流石はみゆきちゃん。
長年の付き合いだから
何かを察してくれたんだろう。
そっと部屋から離れていく気配を感じた。
ありがたい。
だって、もう、まともに、喋れる自信がない。
「…………な……なん……で……
ど……う…………し……て……?」
まさか、深山に続いて、一日に、二度も……
「…………うっ……うう……っ!」
こんな、こんな話、聞きたく、無かった……
そのまま、僕はベッドに伏せた。
あまり声には出したくない。
だって、日影やみゆきちゃんに聞こえるから。
いくらなんでも怪しまれる。
でも、もうこの流れ出るものだけは止められない。
だから僕は声を必死に押し殺し、密かに嗚咽を漏らした。




