7話 自分とお話してみよう
『ラフ&スムース』
・・・結論から言いますと、
なんとか難関は突破した。
ええ、そりゃもうバッチリしましたとも!
病院のトイレを使わせていただきましたあ!
いや・・・家で独りだと、どうしても変な気分になりそうだから
人の出入りが多くて尚且つホームグラウンド寄りの場所
がいいかな?って・・・
対策としては・・・
1.まず、目を瞑ります。
「しっかりトイレの位置関係を把握して、と・・・
便座、よし! レバー位置、よし! スイッチ位置、よし!
一応トイレットペーパー位置も確認、よし!」
指差し呼称、完了!
2.深呼吸をします。
覚悟を決めるためと、あと迅速に事を運ぶためにね
「すーはーっ! すーはーっ! すーは・・・ゲホゲホッ!」
「なんか臭い・・・どこからともなくゲロの匂いがする・・・?・・・うう・・・」
3.一気にパンツをおろし、スカートをまくり速攻便座に座ります。
「・・・・・・うりゃっ!」ババッ!
スピードが大事です。
そういやちっちゃい頃、女子のスカートめくったなあ・・・
まさか自分で自分のスカートをめくる日が来ようとは・・・
4.用を足します。
「・・・う・・・はあ~~・・・」
この辺は男子も女子もそう変わらん・・・と思ったのだが・・・
「・・・う・・・」
最後の方が違う・・・そうか、出口が平面だから・・・その・・・お尻・・・に・・・あああ!
5.薄目を開けて、ウオッシュレットを使います。
まあ、洗い流せば一緒だ。
・・・えと・・・ビデを選択して・・・と
うい~ん・・・びゅーーーっ
「うひゃあいっ!」
・・・目から火花出そうになった。
思わず変な声出ちゃったよ・・・正直、これはちょっとやばかった。
・・・誰だよ、「最強」に設定したのは?
ごめんなさい鈴音さん、いや僕だけど
6.温風乾燥させます。
ぶお~~ん・・・
時間をかけて・・・完全に乾くまで、ゆっくり焦らずね
7.立ち上がり、一気にパンツを履きます。
「立つと同時にっ!・・・はいっ!!」ズバッ!
「・・・おっしゃ! 任務、完了!」
僕は、清々しい笑顔でトイレから出てきた。
なんとか急場はしのいだ!
まるでサッカーをやってるような気分。
そう、ハンドは絶対にできないのだ!
しかし、正々堂々と、打ち勝ったのだ!(意味不明)
手洗い場で、何気なく鏡を見てみた。
今朝の変化はやはりそのままなのだろうか?
・・・って、これは・・・!
「かなり碧眼化が進んでいる!?・・・これは流石に・・・ごまかし効かないレベルじゃないのか?」
まさかここまでとは・・・だから日影にも気づかれたのか
まずい・・・これはちょっと目立つな・・・
どうする・・・?とりあえず、カラーコンタクトでもつけるか?
しかし、ブラウンカラーなんて売っているのか?
需要無いだろ・・・少なくとも日本では・・・
「う~ん・・・」
「おろ? 鈴音、来てたのか?」
「うえ?」
いきなりで驚いた。 トイレの前で出待ちされてたのかっ?
「あ・・・おやじ・・・いや、お父さん」
・・・久しぶりに見た気がする
事故の日以来か?
「いやあすまんすまん、最近鈴音とすれ違いばっかりだったねえ・・・お父さん本当に寂しかったよ、
あ、ちゃんと寝顔は毎晩見に行ってるからね、
もちろんくんかくんかスーハーしてからおやすみのキッチュもちゃんとしてるから!
あと、昨日の”愛娘朝ごはん”は非常にデリシャス・ディモールト!美味しかったよ~また腕を上げたね?
お父さん毎日鈴音の味噌汁が飲みたいなあ・・・あ、もちろんこれは愛の告白だよ~我が娘よ!」
がばっと抱きつかれた。
う~ん・・・この変態おっさん徹夜明けか?もしかして
なんか若干・・・いや、結構・・・かなり、壊れ気味におかしくなってる気がする
抱きつかれるのは鈴音としちゃあ嫌じゃあないけど・・・僕的にはなんか変な気分だ。
ていうか、トイレから出て来たばかりの娘を抱くなよっ! デリカシー無いなっ!
でも、よけるわけにもいかないしなあ・・・
「あの・・・事故の患者さん、様子見に来たんだけど・・・」
「おお、気になるのかい? まあそうだろうな・・・うん、
・・・意識は今朝、回復したよ」
・・・それは知ってる。 朝来たし。
「うん、それで?」
「おや、知ってたのかい? じゃあ・・・記憶が無いことも?」
「うん、それで?」
「・・・・・・気になって、仕方がないんだね? 彼のことが・・・ぐすっ」
あ・・・拗ねた・・・・・・もしかして、嫉妬?
「ち、違いますって! 関わっちゃったから!後学のためにっ経過を詳しく知りたいなって!」
「・・・・・・ホントに?」
「うん、ホントホント!」
じ~~・・・
まだ疑いが晴れていないようだ。 めんどくさいなあ・・・
あ! まずい! そんなに見つめられたらまたばれてしまう!?
ぷいっと目を逸らしてみた。
「ガーン!Σ(゜д゜lll)」
あ・・・落ち込んだ。
ゆるせ!悪意は無いのだ。
子はいつか親を踏み越えて巣立っていくもの。
これは大自然の摂理ゆえ、仕方がないのだ。
ササッ
じ~~・・・
「おわっ!」
なっなんだこの親父、意外と機動力あるぞ!
いつの間に正面に回り込んだ?
ぷいっ
ササッ
ぷいっ
ササッ
ぷいっ
ササッ
「・・・なんなんですかっ! お父さまっ?」
たまらずそう言ったかいなや、突然僕の首は動かなくなった。
ぐきっ!
「ぐあっ!」
とと様の大きな両手でがっちりホールドされて、抜け出せなくなりました。
この・・・馬鹿力め!
真正面からじっと見る親父様
目をつぶることもできたが・・・
そこまで見たいのなら見せてやろうじゃないか!
いっそ目からビームでも出してやろうか?
くらえ、青色発光ダイオードフラッシュ!
「残念だが、今のところ手立ては無い」
「・・・えっ?」
急に真面目な態度で答えだした父
「内臓破裂が二箇所、両足・鎖骨骨折、肋骨も数本折れていて肺にも損傷がある、
打撲傷・外傷も多数ある・・・」
「う、うん・・・そ、そう・・・よく、命あったよね・・・
・・・え? もしかして、やっぱり・・・・・・駄目なの?」
ごくり・・・と喉元を鳴らしてしまった。
親父様には丸わかりである
「私を誰だと思っておるのかね鈴音さん? 私の前にひとたび患者を転がせば
例えスプラッタになっている物体であっても、生きてさえいれば何とかしてやるさ!
まあそいつに体力がいくらか残っていればだがな、そうそう簡単にはくたばらさないよ・・・でも」
「・・・・・・でも?」
「私にもどうにもできないものはある・・・・・・いくら調べても、
頭部に外傷こそあれど、内部にはどこにも異常は見つけられなかった。」
・・・つまり?
それって・・・
「つまり・・・お手上げなんだよ鈴音ちゃん~! ・・・どうしよう?」
「・・・知らんがな!」
ジト目になってひとことそう言ってやった。
「ああっ!? その蔑んだ目っ! お父さんそんな子に育てた覚えはないのにっ!
今日の鈴音ちゃん、いつもと違ってなんだか粗暴で冷たいっ! いつものなでしこ鈴音ちゃんなら
きっとお父さんをナデナデシコシコしながら慰めてくれると思ったのにいいいっっ!!」
「くそおや・・・もとい、お父さま、鈴音のお願いはたった一つです。」
「な、なんだね鈴音や、お父さん、お前のためならなんだってするよっ!
湖の水を飲み干せというなら全部飲み干すし、人を殺せというのなら患者さんみ~んな」
ヤメロ! それ以上言うんじゃない!
「娘の愛を得たいのなら、とっとと治しやがれ! です!」
「ぐはああああああああ~~~~~・・・・・!」
崩れ落ちる父
しかし彼はタダでは死ななかった。
「開頭、しよう・・・」ボソリ
「・・・え”?」
「そうだ! 全速開頭だ! そうすれば直に見られる!
きっとそこにはファイナルアンサーがっ! ”かいとう”だけにっ!」
・・・てめえのどたまを開頭したろか? ストレイツオばりの僕のかもしかキックで!
「お父さま! それは最後の手段です! まだ、まだ早すぎますっ!」
「腐っててもいい! 今使わずにいつ使うのか? それでも二発は打てるからっ!」
「はあ~・・・・・・何やってるんですか? 親子漫才でもしてるんですか?」
『うわお!』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人してびっくりして一瞬固まった。
いつの間にか変なノリになってたのが急に気化冷凍法によってピタリと止められた感じに。
『ダッ、ダイアーッ!』
思いっきり白い目で、研修医さんに見られていた。
「ご、ごほんっ!」
咳払いをするちち。
「お、おまえも子供を持つようになったらわかる! 親とは、時には子供に合わせお馬鹿になるものだ」
あ、こいつ自分から仕掛けてきたくせに、信じらんねえ!
「おほん! わ、わたくしだってかわいそうな独り身の中年オヤジを
わざと道化になってそれなりに気を使って相手してさしあげてるんですわよっ?」
「なにおう! この親不孝娘がっ!」
「親なら全力全開で子供を擁護しろっての!」
「ぐぬう!」
「ぐぬぬ!」
「・・・いえ、どちらも心底楽しんでいるように見えました。 ・・・仲、いいっすね」
冷めた目で見つめられる。-196℃くらいで。 やめたげてよ!
「う、うおっほん! ・・・君は何か用事で来たのかね? この徹夜明けで
ボロ雑巾のように疲れた私の唯一のよりどころ癒しタイムに水を差してまでの大事な用事なんだろうね?」
・・・このおっさん、恥ずかし紛れに権力を傘に押さえ込もうとしてやがる!
「いえ、院長には用事ありません!」
きっぱり!
「な、なにいい!? き、貴様っ!」
こ、この男・・・どっちだ? 単なるうましかなのか? それとも、大物?
「鈴音ちゃん」
いきなりこっちに振られた。
「ふぁ・・・・・はいっ?」
簡単に院長に背を向けるとは・・・たとえどっちだろうと、ある意味すげえよ!
まあ、オヤジの性格を理解してる上でやってるのなら本当に大したもんだ。
この切り返しはほぼ正解に近いからな
「朝はごめんね、今なら・・・いいよ。 彼が・・・お礼を言いたいと、呼んでるよ」
・・・!
「ほ、ホントに!?」
「もちろん、ナチュラル変態ハイになってる院長は僕に任せて、さあ、行きたまえ」
「ちぇ~だっ!」
またいじけてるフリしてやがる馬鹿親父!
まったく・・・立て続けに相当やりがいのある仕事をしたんだろうな
こんなテンションの時は大概そんな場合だ。
あのおっさんはそういうやつなんだよ・・・
他所で匙を投げられたような患者をわざわざ引き受けてきて
なんとかしてみせるのを至上の喜びとしている。
しかしそれは”上手くいくならばたまたま賞賛される”という話であって
他では手を出さないってくらいなんだから、当然のことながら難易度は相当に高い。
死なせてしまうリスクも相当なんだから
うかつに下手を打ちゃ裁判沙汰にもなりかねないかもしれない
目隠しで綱渡りをしているようなものだ。
経営者としては相当リスキーで問題ありまくりなのだが・・・
一人の医師として見るならば・・・そこが、親父の魅力でもある。
もちろん、その点では僕の尊敬すべき大きな目標だ。
いつか必ず、全てを吸収し、超えてみせるつもりでいる
・・・まあ、それはさておき
つ、ついに、来た! この時が・・・
「ありがとうございますっ」
「いえいえ・・・あ、院長はもうとっとと帰って寝てください、
また明日も大事なオペがあるんですから」
「いやでもぼくちん、開頭しないと・・・」
『せんでいいっ!』
今度は研修医さんとハモってしまった。
「はいはい、それじゃあ一緒に帰る準備しましょうね~」
そのまま研修医さんにズルズルと引っ張っていかれる院長らしい人
「鈴音や~、またお医者さんごっこしような~!」
ブンブンと手を振りながら去っていく親父
危ない発言の連発で、トドメがこれか!
なんか周りの視線が突き刺さるほどに痛い・・・
「ごっこ言うなーっ!」
がっはっはっはっは・・・と消えていった。
・・・そろそろ変な噂が立って潰れるんじゃないか?ここ・・・頼むから、世代交代するまで持ってくれ!
そりゃ、確かに今の僕の実力なら「ごっこ」って言われても仕方がないけれど・・・
覚えてろ~! 誰だって・・・医者自身だって、老いればいずれは医者の手にはかかる必要が出てくるんだからな!
その時は・・・いつか、必ず「鈴音に診てもらいたい」って言わせてやるからな~
「・・・例えおまえがどんなに藪でも、鈴音の手にかかって死ねるのなら・・・お父さん、本望だよ・・・ガクッ」
「・・・・・・」
・・・・・・一瞬頭に台詞が浮かんできた。
あの親父ならマジで言いそうだから怖い・・・
「あ・・・そういえば、目のこと・・・気づかれなかった・・・のか・・・?」
結構じっと見つめられてた気がしたんだけど・・・
・・・もしかして、目の色が安定していないのか?
感情の起伏で多少は変わるとも聞くし・・・
いや、今はそれよりも優先すべきことがある
行こう、ICUに
カラカラと扉を開けて
「おじゃま、しま~す・・・」
入口から左奥のベッドに彼がいた。
母さんは・・・いなかった。
用事で出ているのか、それとも席を外してくれてるんだろうか?
彼は、僕に気がついてこちらを見ている
上体は起こしていない、いや、まだ起こせないんだろう・・・
首だけが、僅かに動いた。
朝とはまた違う、無表情ではない
少しだけど、笑みを浮かべていた。
ごくり・・・
正直、話するのには少し勇気が必要だったが・・・
ええい、ままよ!
「こ、こんにちは!」
「・・・・・・やあ、こんにちは。 ・・・もしかして、君が・・・?」
気だるそうに小声で喋る彼
無理もない、大手術してまだどれほども経っていない
元気な声など出せるはずもないか・・・
でも、ビニールのカーテン越しになんとか聞こえる程には音量は出ている
「はい、この病院の娘で、山桃鈴音と申します。」
ぺこりとお辞儀をして自己紹介してみた。
「・・・あ、えと・・・僕、は・・・」
彼は、言葉に詰まっていた。
「・・・た、孝志と言う・・・そうです。 母らしき人が、言うには・・・」
・・・!
やっぱり、本当に記憶を失っているのか・・・
どうやら母さんのことすらも忘れてしまっているようだ・・・
これは・・・母さん、辛いだろうな・・・
「孝志さん、ですね? はじめまして・・・じゃ、ないですよね?」
僕の方は彼を嫌というほど知っているが・・・
鈴音としても、会うのは何度目だろうか?
しかし、意識を持って接したのは・・・事故の前後と、あと
「今朝・・・会いましたよね? 検査の、前に・・・」
そう、それだけだ
「はい、目が合っただけなのに、よく覚えてましたね?」
「目が覚めてから後のことは、よく覚えているんです。 ・・・でも・・・それ以前のことは・・・まったく」
「何も・・・覚えていないんですか?」
「・・・・・・ごめんなさい、本当にわからないんです。」
自分の名前、母のこと、おそらく歩んできた人生も・・・全て、忘れてしまっている
「付き添ってくれている母らしき人にも、色々と聞かれましたけど・・・
ついには、泣かれてしまって・・・申し訳ない・・・と思って・・・」
ま、まさか・・・
「そ、それでっ? な、なにか言ったのかっ?」
つい、言葉を荒げてしまった。
「悪いですから、そんなに僕に構わなくてもいいですよって・・・そしたら、出て行ったんです」
「あ、あほっ! おまえ、なんちゅうことをっ!」
心配して看病してくれてるのに
他人の顔されてそんなこと言われたら
どう接していいかわからなくなるじゃないかっ!
そんなことも・・・わからないのかっ
「ご、ごめ・・・う・・・い、いてて!」
「あっ! ・・・すみません、つい・・・」
そうだった、意識は戻ったといってもまだ相当な重症なんだ・・・
「・・・ごめんなさい・・・なんだか知らないけど、やっぱり僕が悪いんでしょうか?」
彼には悪気は無い
しかし、無垢だからこそ人を傷つけることもある、ということを知っていて欲しい
とはいえ今の彼には・・・無理な話か・・・
「言えることはただ一つ・・・あの人は、正真正銘あなたの母親です。
お嬢様育ちだったのに、貧乏になっても女手一つで貴方を社会に出るまで育ててくれた、立派な母親です。
だから、遠慮なんかせず、素直になって甘えてくれていいんですよ!」
「・・・・・・よく、ご存知なんですか?・・・母のこと・・・僕なんかよりも」
あ、あれ?
「い、いやっ! そんなことはっ! 貴方が目覚めて記憶を無くすよりもほ~んの少しだけ
先に少しお喋りしただけだからっ! ホント、ただそれだけっ!」
僕は彼の前で親指と人差し指をくっつけてから3ミリほど離してジェスチャーしてみた。
「と、とにかくっ! 貴方は生きてるだけで儲けたんだからっ イマルさんなんだから!
神様に感謝して、身体の回復に専念して、お母さんと一緒に・・・頑張れ!」
「・・・神様というか、女神さまですね」
「え・・・えっ?」
どきりと心臓が脈打った。
「わかりました・・・貴女がそう言うのなら、僕は・・・それに従う義務があります。」
「え・・・義務って?」
「貴女がいなければ・・・僕は死んでいたと聞きました。 いわば命の恩人です。」
「・・・感謝、します。 本当にありがとうございました。」
「あ、なんだ・・・そういうこと・・・ですか」
聞きましたってことは当然、あの時のことも覚えてないんだろうか・・・
まあ、蘇生して呼吸が戻った時に、彼に意識があったかどうかは僕にはわからなかったけど・・・
逆にそんなところだけ覚えられてても、困るというか・・・
「いえ、僕はその場に居合わせた人間として当然の処置をしただけなんで・・・でも、
感謝の言葉は素直に嬉しいです。 ・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・今言ったことは、守っていただけますか?」
「・・・わかりました、女神さま」
「それはやめてくれっ! 鈴音でいいよっ!」
彼はいたずらっぽくペロリと舌をだして微笑んだ。
年齢的にはいいおっさんのハズなんだが、なんだか少年のように見えた。
それからすぐに看護師さんが患者の様子を見に来たので
僕は一旦立ち去ることにした。 まだあまり長話させていい身体じゃないし
「また来ます。 お母さんと、仲良くしてくださいね」
そう言い残して、病院をあとにした。
途中、廊下でばったり母さんに会ったので、少し励ましながら様子を見ていたが
なんかもう殆ど普段の母に戻っていたっぽかった。
どうやら勝手に自力回復して戻ってきたらしい・・・
流石、数々の苦難の人生を生きてきただけはあるなあと今更ながら感心した・・・恐れ入ったよ
しかし・・・やっとのことで彼に会って・・・話もできたんだけれど・・・
記憶がまったく無いせいか、自分と話ししてるような感覚ではなかった。
もっとこう、お互いニュータイプのように分かりあえて
阿吽の呼吸で意気投合できるかも?とか若干期待してたんだが・・・
本当にアレが自分だったのか、疑わしくなるほどのレベルだったなあ・・・
「結局・・・彼と面識を得ただけで・・・特にこれといった収穫も無かったしなあ・・・」
はあ~・・・とため息を吐いてトボトボと家に戻った。
「あ・・・夕食、どうしようか?」
今日はどうやら親父が早く帰ってくるみたいなので夕食は家で食べる気がするな・・・
親父は大体帰りが遅いので、夕食も殆どは病院食を食って帰ったりするのだが
こういう時は少しは贅沢な料理を食べさせてあげた方が喜ぶなあとは思う・・・けど
「あんまり僕には料理のレパートリーが無いんだよなあ・・・」
当然、彼の記憶にも無い・・・カップ麺とか、レトルトとかしか
鈴音も普段は、近くのスーパーで惣菜とかを適当に買って、あとはレトルトか
冷凍食品・・・せいぜい味噌汁とか野菜炒め、ハムエッグとかだしなあ・・・
カレーやシチューくらいならまあ作れるけど・・・なんとかの一つ覚えで、芸がないな・・・う~ん・・・
とりあえず、お米だけは仕掛けておいて・・・
あとは、出たとこ勝負で買い物先で考えるか・・・あっ! そうだ!
今日は、少しだけ遠出をしよう
僕はチャリを引っ張り出して、彼の家の方向に前輪を向けた。
途中、ちょっとまた彼の家に寄ってから(またしても不法侵入)
彼女の店、オロローンソの前で停車した