ⅩⅨ オフロガワキマシタ
「ラフ&スムース 第三章」
「さて、それでは……」
「そ、それでは?」
「まず、お風呂に入りましょう」
「……………………。
……ど、どうぞ! お先に入ってください。
すぐ沸きますんで」
そう言いながら、僕はお風呂の自動湯沸しのボタンをポンと押す。
ピピッ! オユハリヲシマス♪
「ふふっ! やーねー!
こんな急に押しかけてきた人間が先に湯船になんか浸かれるわけないでしょ?
家主が先に決まってるじゃない。
あんたも相当さっきの試合で汗かいたでしょう?」
「まあ確かに、あの時は汗のように滝は流れ出ましたが」
「…………あ……うん…………ソウダネ……」
流された。
……ちっ! 僕の渾身のギャグは通じなかったか!
「どんな滝やねん!」とか「きもいわ普通に!」とか「その滝いっこも涼しそうに無いわ!」とか
何か突っ込みを入れて欲しかったのだが……
「……あ、いえ、それならせんせえも結構変な汗出てましたよ。
もう若くないんだから僕なんかより余計に気を付けないと」
ぽかっ!
……痛い。 さっき100均で買ったすりこ木棒で叩かれた。 体罰反対!
「……そ、そんなに匂う……かな?
デオドラントはしたんだけどな……」
顔を真っ赤にし上着の胸元の布を指でつまみ鼻先に当てながら
上目遣いでおそるおそる訊いてきた。
あ、一応気にしてるんだ。
意外と乙女だったんだなこの人。
「い、いえ、一般論の話ですよ。
女性でも、ある年齢から加齢臭がし出すとか聞いてますし
べつにせんせえが臭いとかは言ってませんよ、全然!」
「う~~…………ホント?」
「ホントホント! なんなら嗅いで確かめてみましょうか~?」
もちろん冗談である。 半笑いで言ってるから通じてるとは思うけど。
でも見た目だけで判断するなら
まだまだそういうのとは縁遠いようには見えるのだが、
実際のところ、本当の年齢は孝志と同級生だしなあ……
そろそろ気を使った方が良い頃合いだとは思う。
「じゃ、じゃあ……嗅いで、みて」
「……………………え? い、いや、……それは……」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙が続いた後。
ぴんぽんぱーん♪ オフロガワキマシタ♪
あ! ナイスタイミング!
「あ、ほら!
いいから先にちゃっちゃと入っちゃってください。
まずはさっぱりしないと何やるにしてもすっきりしないでしょ?」
「誤魔化そうとしないで! さあっ! はやくっ!」
日影は両腕を観音開きにして微動だにしない。
「う……うう……」
それは僕を胸元に招き入れるということ。
そしてそのたわわで豊満な胸の匂いを僕に嗅げ……と?
こんなシチュエーション
前世では絶対にあり得なかっただろうな。
いや、今世でも普通は無いと思うんだけど。
ピンポーーン♪
「あ、はーい!」
今度は玄関の呼び鈴が鳴った。
客? なんだろ? 宅配便かな? それともセールスかなんかかな?
しかし、今度こそナイスタイミング!
流石にこれは日影も諦めて引かざるを得ないだろう。
「今だ! えいっ!」
むぎゅっ!
「うにゅあっ!?」
しまった! 油断した!
玄関の方を振り向いていた隙に日影は距離を詰め
僕に覆いかぶさってきたのだ。
「ふが、ふがっ……」
ちょっとやそっとの抵抗じゃ離れられない。
力強い包容力。
圧倒的で柔らかな肉感と温かさと、そして……
こ、これは……やばい!
いや! 汗臭いとかじゃなくて、これは……!
「ふが……せ、せんせー! お客さん! お客さんだってばぁ!」
「……ちっ! 仕方ないわねえ……出てもいいわよ」
「……ふう~~……」
ようやく解放された。
いや、出なきゃお客さんに失礼だろ。
何言ってんだこの人はまったく。
ぶつぶつ……
まったく、あの頃と変わらない香りを漂わせやがって……
未だにラクトンC10・C11が現役バリバリで出まくりか!
それをあんな至近距離で食らったら
今、身体が女子じゃなかったら確実に反応してただろうな。
ビニール袋にでも閉じ込めて孝志の病室にでも持ち込んでやろうかしらん。
そしたらもしかしたらあるいはあいつ、記憶が戻るかも知れん。
いや、もちろん冗談だけれども。
ぷちっと玄関モニターのスイッチを押す。
「……あっ!」
瞬時に映し出された、見知った顔。
『やっほー鈴音! 遊びに来たよ~』
「…………」
『……あれ? 反応がない? おーい! 鈴音ー?』
「…………はあ~……」
で、お泊り客が、またひとり増えました。
「もう! お泊まり会するならちゃんと私にも言ってよね!
日向先生だけ鈴音の家に泊まろうとするなんて、ずるい!」
「……そういや、みゆきは山桃と仲良かったんだったわね」
「そんなレベルじゃありません! 大・大・大・大親友ですっっ!!」
若干むくれ気味に日影に言い放つ。
「……はあ……それはいいが、たまには実家にも帰ってやりなさいよ。
睦月が寂しがってるよ」
「えっ! ……そんな、寂しがってるような場面、先生見たことあるんですか!?」
「いや、無いが」
無いんかい!
…………ん? あれ?
ひょっとして、もしかして、こいつが今住んでる家って……
「そもそもあんま顔合わさないからねえ……同じ家で住んでる筈なんだけど……
いや、でもまあ、普通血を分けた姉妹同士
別々に暮らしてたらお互い心配してしまうもんでしょう?」
「睦月に限ってそれはないです!」
きっぱり!
「「…………」」
だめだ、まだまだこの姉妹が和解するには結構な時間がかかりそうだ。
ていうか、そうか、やっぱりこいつ
今は元いた家に転がり込んでいるのか。
しかも睦月さんと一緒に暮らしてるって?
え? つまり旦那とはもう既に別れてんの?
でも姓は変わったままだし……それとも別居……とかなのか?
流石にその辺り、僕がズケズケと訊くわけにもいかないし
みゆきちゃんはみゆきちゃんでアパートに独りで住んでるみたいだしで
なんか複雑な家庭環境っぽいよなあ……
「…………」
ああ……そっか、深山……水無月……彼女はもう、いないんだったよな。
どうしてそうなったのか、結局訊くことはできなかったな……
そうだ! まぽりんは、今でも元気にやっているんだろうか?
僕もこんななりになっちまってるし、
確実に、時代は動き移り変わっていってるんだよなあ……
「大丈夫です! あの子には先生もそばに一緒にいることだし
鈴音に聞いた話だと学校に友達もできたらしいし
こっちも鈴音が私を慰めてくれるから、今はそれでいいんですう!
今日は私が腕によりをかけてご馳走作ってあげるから、ね! 鈴音♡」
そう言って、買い物袋を僕に見せつける。
「あ、えと……」
「いやマテ! それは私の役割だ!」
「……え? 何言ってるんですか先生!
私が鈴音のために、鈴音の好物ばかりをチョイスして材料を買ってきたんですよ!」
「そんなものはまた今度でも食べられるでしょう?
今日は山桃に新たな食の世界を魅せてやる為に、私が腕を振るうんだからね!」
「なっ!? そんなものって何ですか!?
私が鈴音を想って鈴音の喜ぶ顔が見たくて
鈴音の為だけに用意したものをそんなものって!?
それにそんな新たな食? そんな博打みたいなことして!
それで鈴音が気分悪くなったりしたらどうするんですか?」
「なっ! 気分悪くなるだとう!?」
「もし万一美味しかったとしても、
アレルギーとかあるかもしれないじゃないですか!」
「なっ! も、もしまんいちだとう!?」
ま、まずい……
なんだか知らないが僕のせいで二人が険悪なムードに?
「い、いや、心配しなくても僕は大抵のものなら美味しく食べられますから」
「なによそれ、なんでもいいってこと? たとえ豚の餌でも?」
「い、いやっ! そんなことはひと言も……!」
「あー酷い! 先生は鈴音にそんなモノ食べさせようとしてたの?」
「例えよあくまで例え! 味音痴に何食わせても同じ反応なら作り甲斐なんて無いじゃない!」
「そんなことないですう~! 鈴音は美味しいものは
ちゃんと美味しいって言ってくれるんだから、ねっ! 鈴音! 馬鹿にしないで!」
「う、うん……まあ……」
「べ、べつに馬鹿になんてしてるわけじゃないんだけどさっ!」
あ、愛が重い……!
しかしこれ、なんとか収集つけないとまずいよな。
「み、みゆきちゃんっ!」
「なに? 鈴音」
「みゆきちゃんはサプライズで今日、僕のところにごはん作りにきてくれたんだよね?」
「え、う、うん……そ、そうだけど……?」
「それは凄く嬉しいし、とてもありがたいことなんだけど……
だけど、日向せんせーの方が僕に先にこの話をしてくれてたわけだし
つまり、先約は日向せんせーということになるんだよ。
それを無碍にすることは出来ないと思うんだ」
「え? それって……
だ、だって! 私は鈴音を驚かせたくて!
それにこれは昨日から計画をして考えていたことだし!」
「だから、今夜は日向せんせーの腕を信じて
一緒に日向せんせーのご馳走を頂こうよ」
「う…………」
あ、すごくシュンとなっちゃった。
「みゆきちゃんの料理は、明日のお昼にしよう?
それで、駄目、かな?」
「…………鈴音は、日向先生の料理の方が、食べてみたいの?」
「そうじゃない、いや、どっちもとてもありがたいし、食べてみたいよ。
だけどやっぱり筋は通さないと。
これはどっちの料理が好みとかの問題じゃないんだ。
それくらい、みゆきちゃんなら言ってる意味、わかるよね?」
「…………」
反論は無くなったけど
みゆきちゃんの表情は暗いままだ。
理性では理解できても感情が納得できてないんだろうな……。
仕方ない。
がばっ
「……! 鈴音!?」
本当はあんま孝志OSの時にこういうのはしたくないんだけど
僕は、みゆきちゃんの身体を両手を使って手繰り寄せ
そして抱きしめた。
「……いつもありがとう、みゆきちゃん。 大好きだよ」
ど、どうだ!? めっちゃ恥ずかしいけど
でもこれ以外になだめる手段、思いつかなかったし。
「…………もう! 馬鹿っ!!」
だ、駄目かあ~!
そりゃそうだよな、こんな安直な方法で。
こんな見え透いた作戦、通用するわけないよな……。
ぎゅううううううっ
「あ、あうっ!? み、みゆきちゃん!?」
「し、しようが無いわねえ……
鈴音にそこまでされたら、もう何も言えないじゃん」
耳まで真っ赤にして
デレデレだった。
良かった。 ちゃんと効果てきめんだった。
「はいはいご馳走様。 それじゃ、今夜は私が作るのでオッケーね?」
「「は、はいっ! お任せしますっ!」」
それからじっくりねっとり三分間ほど
僕はもがき続けたが
みゆきちゃんは抱擁をけっして解除してくれませんでした。
「鈴音、良い匂い~♪」
「ああっ! 駄目みゆきちゃん! 汗臭いからそんなに嗅いじゃ駄目だってばあ~っ!」
「そうだお風呂! また一緒に入りましょう!」
「いや、昨日も一緒に入ったじゃん! 何でまた今日も!?」
「何言ってるの鈴音? お風呂は毎日入るもんでしょう?」
「いや、そういう意味じゃ……ちょ! おさ、押さないで~」
「さあ、レッツゴー!」
「いや、だからせんせーに先にって話でええええええっ!」
お久しぶりです。 更新滞ってしまっててすみません。
なんかずっと体調悪かったのでしばらくお休みしていました。
別に僕は反ワクってわけではなかったのですが
5回目? 打って直後からずっと
動悸とめまいに悩まされ続けて半年以上……
病院を渡り歩いてようやく回復のめどが立ってきました。
まあ合う合わないは人それぞれでしょうから
これはもう個々の判断なのでしょうけどね。
僕は否定も肯定もする気はありません。 が……
が! 僕はもう二度と打ちません!
ああ、健康ってやっぱ何ものにも代え難いですね……。
ようやくリハビリに文章打ち込んでいたら
あれ? 今度はPCがランダムに強制リセットされるようになってきたぞ?(汗)
そろそろPC延命も限界か……買い替え検討せにゃあかんかなあ……
とまあ近況報告はこんな感じです。
またぼちぼちとやっていきたいと思います。
どうかよしなに。




