風刃の儀(エピローグ4)
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「ラフ&スムース」
「ぅ……」
声にもならないくらい小さくうめき声をあげた。
どうやら私は意識を失っていたらしい。
けれど未だに瞼すら重く感じて目を開けられていない。
世界は真っ暗のままだ。
「…………」
そういえばなんで私は寝ているのだろう?
何かをしていたような気がするんだけど……
すぐには思い出せなかった。
……!
そうだ! 確か、風刃の儀を……!
「~~~っ!」
まるで接着剤ででも貼り付けられてるんじゃないかってくらい
重い瞼を、それでも頑張ってなんとか少しずつ目を見開いた。
「…………っ」
眩しい。
でも、ここは…………見覚えが、ある。
確か、以前、私の部屋だった場所。
この家で、唯一、少しだけ心を落ち着けることができた場所。 だった。
……そうか、私は…………
「ひなたさま、それでは私は少しだけ……」
「うん。 ゆっくりしてきて。
積もる話もあるだろうし、あわてなくてもいいからね」
「ありがとうございます。 夕方までには戻ってきますので」
部屋の外で会話が聞こえた。
確か、来賓の女性、ひなたさんと、その付き人の声。
コンコンとノックの音。
「あ、どうぞ入ってください」
私のすぐ横で返事をしたその声は師範代であった。
ガチャリと、部屋の扉が開かれる。
「……あ! 深雪ちゃん、起きてる……」
「……え!? うわ! 本当だ!」
部屋に入るなり
ひなたさんが私が目覚めていることに気が付いた。
師範代は今初めて気が付いたのか、びっくりしている。
でもひなたさん、今こちらを見てなかったような気もするが
どうしてわかったんだろうか?
あ! そういえば、
確かひなたさんは目が視えないようなことを言っていたような……?
…………??
益々謎だった。
「だ、大丈夫か!? 深雪! 私がわかるか!?」
「……は……い」
声を発するのもだるかったが
どうにか返事を絞り出した。
「あ……これは……ちょっと、重症かも……」
「だ……だい、じょうぶ、ですよ……」
ひなたさんの言葉を否定する為に、私は身体を起こそうとした。
「……!」
しかし、動いたのは、首と、腕だけだった。
それもぜんぜん力が入らない。
しかも首を動かし枕から頭を離した途端
ぐわんと猛烈な眩暈に襲われた。
「うっ! ……うぅ……う」
「お、おい! 深雪!?」
駄目だ、目が回る。
とてもじゃないが起き上がれそうにない。
どうしてこんなことに……
「……!!」
再度、枕に頭を落とし
歪んだ世界を遮断するため瞼を落そうとした直前
視界の隅、ひなたさんの後ろにもう一人の人影が、見えた。
「……む、むつ、き……?」
そうだ、思い出した。
私は、風刃に……
「…………ご、ごめん。 私は……大丈夫だから……
しばらく、独りにしてはくれないだろうか……」
とたんに人に見られていることが恥ずかしくなり
動きの悪い腕をどうにか動かし布団を頭から被った。
「いや! お前どう見ても大丈夫じゃないだろ!
今は目なんか離せる状態じゃない!」
「ま、まあまあ師範代さん。
あんなことがあった後
たぶん大勢で押しかけられてるのが
深雪ちゃんにはストレスなんですよ。
ここは付いてる人を一人に絞りましょう」
「う……まあ、貴女がそうおっしゃるなら……
では、しばらくは自分が残り……」
「あ、まず私が残ります。
師範代さんも大分疲れておいででしょう?
少し休憩なさってはどうですか?」
「いや、しかし! 来賓の方にそれはっ」
「夕方まで暇になっちゃったんで、べつにいいですよ。
深雪ちゃんと少しお話もしたいですし」
「で、でも、私が大婆様に怒られます!」
「あとで大婆様には私から伝えます。
もし何か言われたらひなたがそう言っていたと……」
「……そ、そうですか……?
それでは、少しだけ失礼して……
睦月! お前ももう部屋で休みなさい!
今日は色々あって疲れただろう?」
「…………」
「どうした? 行かんのか?」
沈黙が気になり、少しだけ布団から顔を出した。
ハタとお互いの目が合う。
睦月の眉が一瞬ピクリとだけ動いたが
そのまま黙って私を見下ろし続けていた。
「…………」
意識を失う直前
睦月が私のそばにいたような気がする。
そのおかげで私は助かったのだろうか?
だとしたら、私は礼を言わねばならないのだろう。
「睦月、さっきは……あ、ありが……」
「礼には及びません姉さん。
風刃は、私が貰い受けましたから」
「……!」
私の言葉は遮られ
そのうえ無慈悲な結果だけを突き付けられた。
「そして、もう二度とあのような手は通用しません。
今回は奇策がたまたま上手くいっただけです。
こんなことで自分の実力を履き違えないようにしてください」
「……くっ……!」
「睦月ちゃん、それはあまりに……」
睦月はひなたさんの言葉を遮るように畳み掛ける。
「もし、次があるのなら……瞬殺で完膚なきまでに叩きのめしてあげます」
「そ、そんなこと……まだ、わからないだろ!」
少なくとも、以前よりも実力差は少しは埋まっていた筈だ。
守りに徹しさえすればなんとかしのぎ切れるほどには。
「ふ……残念ですね、姉さん。
風刃を手にした時点で私の実力は
もはやさっきまでとは異次元レベルで違うんですよ」
「なっ!?」
「……もう、貴女など、毛程の相手にもなりません。
先ほどだって私が助けなかったらどうなっていたことやら……
そんな情けない人に、深山は任せられない。
当主の座は私がもらいます」
「…………」
何も、言い返せなかったし
言い返すだけの気力も無かった。
ぼうっとして頭が上手く回っていない。
おそらく言ってることは全て真実なのだから、言い返す必要もないのだろうけど。
ただ
結局私たちは何もわかりあえなかったということだけはわかった。
お互いが相容れない存在なのだろう。
この先も、永遠に……
「睦月ちゃん……」
最後に、睦月は何かを言おうとしたひなたさんに目配せをして
そして部屋から出て行った。
「…………ま、まあ、なんだ。
過ぎたことをあれこれ考えても仕方ない。
今はそんなこと気にせず、とにかくゆっくり身体を休ませろ。
私もちょっと休憩させてもらうから……ま、また後でな、深雪」
そう言い残し、師範代もそそくさと部屋を出る。
部屋にはひなたさんと二人きりになった。
「…………」
「…………」
「…………み、深雪ちゃん、まだ気分悪いでしょう?
私に構わずゆっくり寝てていいんだよ?」
「……はい、眠くなったらそうさせていただきます……」
「…………」
「…………」
なかなか眠くならない。
ひなたさんは気を使って黙ってくれてたんだけど
だんだんと意識がハッキリしてきて
それと共に記憶も徐々に鮮明に蘇ってきた。
そう、失敗と失態と後悔と自責の記憶だ。
思い出す度に、何とも言えない嫌な気分が頭の中をぐるぐると回っていた。
そこで私が眠れないのを悟ったのか、ひなたさんが口を開いた。
「……ごめんなさい。 もう少し早く、私が気づいていれば」
気づく? いったい何に?
私が失敗することに気づいていた、と?
そういうことなのだろうか?
確かに、目の前で最終試験を行い
実力で完全に劣っていた私が”風刃の儀”を執り行ったら
風刃からしてみりゃ
自身を愚弄されたと思われても仕方なかったのかもしれない。
風刃は、怒っていた。
何に対してかまではわからなかったが
自身を刀身で貫いたとき、そう感じ取れた。
「……ひなたさんは、悪くないですよ。
全部、私の未熟さが招いた結果です」
「……いえ、例え、もしちゃんと勝っていたとしても…………
ううん、今更……こんなこと言っても意味無いよね」
「ええ……結局風刃は私を選んでくれなかった。
そのことに変わりはありません」
「深雪ちゃん……」
「伝わってきました。
意識が飛びかけた時に……
私のではない、そんなの比じゃないくらいの
想像を絶する、イタミ……苦しみ……その、キオク……
あれは、いったい誰のもの、だったんだろう?」
「それ……は…………」
ひなたさんは、何かを言おうとしたが、
それを飲み込んだ。
「…………なんだったんでしょうね、私のこの修業の日々は。
結局、何も成しえず、何者にもなれず
全てを睦月に任せることになってしまった……」
「…………」
「くっ……!
なんの……ための……深山の長子……姉だったんだ……私は…………っ!
こんな……なら……あの子に……この心臓、だけでもっ」
「み、深雪ちゃん!? 落ち着いて! 今は何も考えちゃ駄目!
貴女は風刃の”気”に当てられて
正常な判断ができてないんだよ!」
「だって! だって、そうでしょう!?
こんなポンコツの役立たず!
今だって妹にあんなに蔑まれた目で見られて!
唯一誇れるものがあるとすればたったこれだけなんですよっ!
他には何も無い! なんにも無いんだもん!
全てにおいて勝ってるあの子が
どうしても道を譲らないって言うのなら……
私があの子を守るためには……これだけしか……っ!」
「風刃に、言われたの?」
「……!」
「確かに、姉妹の貴女の心臓なら、睦月ちゃんにも適合するかもしれない。
そして、それは風刃の能力を使えばけっして不可能なことじゃないよ」
「……だ、だったら!」
「それで、いいの?」
「!」
「唯一のアドバンテージを失って
貴女は全てから逃げて、彼女に全てを押し付けるんだね?」
「……っ! だ、だって!」
「まだ、追い付けるかもしれないじゃない。
睦月ちゃんはああ言ったけど、よく考えてみて」
「そんなの……」
――――風刃。
あれは確かに妖刀の類の化け物だ。
しかもとんでもない。
あれに内包されているモノ。
一瞬しか触れなかった私にも垣間見えた。
アレを手にすることができれば、間違いなく最強になれる。
それを手に入れた睦月に、追い付く?
「……無理……です」
「だとしたら、あんなこと言わないでしょうね」
「え?」
「睦月ちゃんは、まだ貴女に可能性を感じたから
威嚇、牽制したんだよ。
貴女のメンタルをあえてへし折るためにね」
「そ、そんなわけっ! ……こんなにボロボロに、惨めに……なっているのに……」
「……辛い?」
「…………え?」
「辛いなら、私は貴女のその辛い記憶を消すこともできる……よ?」
「ひ、ひなた……さん?」
そんなことができるのか
催眠術のようなものなのだろうか?
だけど……
「……いえ、これは、私の問題です。
そこまで逃げてしまっては、
もはや何のために生きているのか……わからなくなる」
「そう……そうだよね!
大丈夫、まだ深雪ちゃんには可能性という大きい未来があるんだから!」
「……そんな、ものは……」
たぶん無いけれど
でも、せめて今のこの悔しさだけは残そう。
そうじゃないとたぶん、本当に私には何も……
全てが、無くなってしまうから……
◇◆◇◆
ピンポーン♪
月曜日
私は、汽車に乗る前にいつものようにアパート前に立ち寄った。
「…………あれ?」
寝坊してるのかな?
いつもなら
「遅ーい! 鈴音!
いつも汽車の時刻ギリギリに来て
遅れたらどうすんのよ?
そんなんじゃ社会に出たらやっていけないわよ?」
とかなんとか、文句言いながら立って待っててくれてるのに。
「…………」
心配になってアパートのチャイムを鳴らしてみた。 けど
「人の気配が、しない……」
新聞もドアの郵便受けに突っ込まれたままだった。
「みゆきちゃん、どっか行ってるのかなー?
昨日も遊びに誘おうと思ったのに、電話出なかったし
剣道のお話、かっこ良かったよーとか
全員抜きできたの? とか聞きたかったんだけどなー……」
まだお互い携帯電話は持たせてくれてないので
今は家電での連絡方法しか無いのだ。
「家族……旅行、とか? ……んん?」
よく考えてみたら、みゆきちゃんの親御さんには一度も会ったことは無い。
でも、いないわけじゃないとは思う。
じゃないと、こんなアパートに住んでないよね?
もしかしたら親戚の家に行ってるとかかもしれない。
「ちぇ……どっか行くんなら、ひとこと、言って欲しかったなあ……」
その後、彼女はしばらく学校を休んでいることがわかり
そしてそれから三学期の終わりまでもが休みがちなうえ
何故か登校時の汽車の時間をずらしたのか
私と一緒に登校することは無くなった。
電話にも殆ど出てくれなくなり
一度だけ、アパート前で偶然会った。
でも、彼女に覇気は無く、どこかばつが悪そうにして変に余所余所しかった。
それを最後に
彼女は初等部を卒業してしまった。
同じ学校ではあるものの
これからは敷地もグラウンドも違う別校舎になる。
会うには結構距離が離れているのだ。
通常の休み時間はもちろん、
昼休みですら一緒に遊ぶのは
給食の時間を削らないと無理なのだ。
というのもそもそもの時間割が初等部と中等部では若干のズレがあるためだ。
つまり、登下校に会えなければ、ほぼ会うことは無い。
「…………やっぱり、下級生と遊ぶの……
つまんなかったのか……な?」
そりゃ同級生で気の合う友達ができたのなら
そっちの方が付き合いやすいし話も合うし
お互い勉強もできるし、良いに決まってるか……
「楽しくやってるんなら、邪魔しちゃ悪いよね……」
変にぶら下がるのはかっこ悪いし
引き際くらいは心得ているつもり、だった。
◇◆◇◆
ガタタン……ゴトトン……
移りゆく車窓の景色を眺めながら私は一抹の不安を感じていた。
「おかーさん……なんだか、だんだん都会になって、来てるよ?」
「いや、あんたね……都会っていうのはこんなんじゃないから!
十分まだまだ田舎だからこれ!」
「だって、車走ってるし、お店だってちらほら……ビルって言うんでしょ?
おっきい建物、アレなんて5階以上はあるよ。
それにあれ、ジャ○コ! ジ○スコがある!
あんな広い駐車場の真ん中に地球防衛軍の秘密基地のような建物が建ってる!
あれ絶対○ャスコだよ! ね?」
「…………ごめん、あんたをこんなふうに育てた私が悪かった!
国宝級のど田舎で育ったら、そりゃどこでも都会だわね」
現在私は中学一年生。 この春から二年生になる。
母は学校の教諭をしている。
その母がこの度、街にある我が校の本校の方に欠員ができたということで
急遽転任が決まってしまったのだ。
そこまでは普通に理解できる話ではあるのだけれど、
「単身赴任もなんか寂しくて嫌だから、あんたもついて来なさい」と、
何故か私まで半ば強引に転校をさせられてしまった。
それはまあ一応私も母とは家族なので、
べつにおかしい話でもないといえばないんだけれど
姉や妹はそのままで、なんで私だけが連れてこられたのか?
その辺りの疑問が今だ腑に落ちないでいるのだ。
「まあ社会勉強だと思って頑張ってみなさい。
ずっとど田舎に引きこもってるのも人生面白くないでしょ?
たくさんのクラスメイトや町の人々に触れ合ってみて
後で過去を振り返ってみたら案外有意義な青春時代だったな
ってなってるかもしれないじゃない?」
「…………」
言わんとしていることはわからなくもないんだけれど
どうもこれ、とりあえず私一人だけを実験的に
情操教育しようとしている感が無きにしも非ず。
つまり人柱的なものを選択してみた結果、
単に私に白羽の矢がたっただけのような気がしないでもない。
「…………言っとくけど、人体実験してるわけじゃないからね?
お世話になる向こうさんも、そんな一気に人増やすと迷惑だし!
とりあえず一人ずつ送り込んで様子を見てみるって、いうか……」
なんか弁解してるっぽいけど、やっぱりこれ実験的要素がふんだんに盛り込まれてますよね?
「……あんまり他所様に迷惑かけちゃ駄目だよ? おかーさん」
「し、しし心配ないって!
実はお母さんも昔あの家には世話になってた時期があってね?
その頃はすごく家の人達と一緒に仲良く暮らしてたんだから!」
「……ふーん…………そっか」
お母さんの青春時代が詰まっている家か……なんだか少しだけ興味が出てきた。
ほんの少しの微粒子レベルだけど。
「まあ転校ったって、分校から本校に移るだけだからね
そんな特別な手続きも要らないし、どうしても合わなかったら戻ることも可能だから」
「……うん、わかった」
……まあ、べつにいいか
特にそれほど故郷に未練があるわけでもないし
何も知らない新しい環境の方が、逆に落ち着くかもしれないし
もしかしたらお母さんも、そう考えての行動なのかもしれないし……
「…………辛かったら、ちゃんと言うのよ?
あんたどうにも口数少ないし、なんかちょっとズレてるとこあるから」
「…………うん、がんばる」
とりあえず、格好だけでも簡潔に所信表明してみた。
”がんばる”だけだけど
「……あ! 一応言っとくけど」
「ん?」
「ひなの、ジャス○はもう無いからね」
「……え?」
◇
「んーーーーっ!」
とりあえず、必要最低限持ってきた荷物を降ろし
長旅で固まった身体をほぐすため伸びをする。
「なんか、帰ってきたーって、感じ」
あの頃と変わりない佇まい。
若干古ぼけては来ているが
記憶にあるその光景と一致した家屋が目の前にあった。
「ここが、お母さんが昔住んでた、深山のお家、なの?」
「そーよー。 いやあ、懐かしいわねえ
あの頃の記憶が蘇るわあ……」
「青春、時代?」
「まあねー……っと!?」
「……お母さん?」
木造で造られた立派な門の前に、少女が一人、立っていた。
まさか、ここまであの頃と同じ姿を体感するとは……
「…………ま、真……」
その名を言いかけて、思いとどまった。
すぐにそうではないことに気が付きハッと我に返る。
そう、そんな筈はないのだ。
「……こんにちは、初めまして。 深山 睦月です。
お二人のことは聞いています。
空き部屋は好きに使ってくれて構いません。 それでは」
少女は無表情のまま、ぺこりと一礼して門の中に入って行こうとする。
「ちょ、ちょっと!」
「…………何か?」
「貴女は、もしかして……」
「…………」
その問いの内容を察したのかどうかはわからなかったが
それ自体には彼女は何も答えず、代わりに
「……馴れ合うつもりはありませんから。
ただ、ここに住む限り貴方達の最低限の安全は、私が保障します」
そう言い残し、家屋に消えていった。
「…………」
「……お母さん、今の人は?」
「……そっか……あの子が、真歩の……」
深山睦月は
自室に戻ることなく
そのまま道場に向かった。
本当はまだ、顔を合わせる心の準備ができていなかったのだ。
だから、道場に逃げ込んだ。
そして、ただただ無心に木刀を振り続けた。
体力の続く限り。
「…………うっ! ~~~っ!
……はあっ、はあっ、はあっ……はあっ!」
胸を押さえ、跪く。
いくら深山の血に目覚め、”力”に覚醒したとしても
この身体は治らなかった。
外的要因での怪我なんかとは違う。
これは生まれついての、生来のものだからだ。
むしろ、消耗の激しい”力”を使えばそれだけ早くこの症状は出るのだろう。
おそらく、死ぬまで付き纏う、呪いのようなもの。
けれど、だからこそ今世での”生”を感じ取れている。
「ふ……因果なもの……ね……」
打ち明けることはできない。
私は、母を犠牲にしたのだ。
この生は、来たるべき只一つの為だけに使うと決めた。
だから……
「ごめんなさい……姉さん……」
ぽつりと出たその言葉。
それは、どちらの姉に対しての言葉だったのか
自分自身でもよくわからなかった。




