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風刃の儀(エピローグ3)

久々の鈴音さん登場回です。

あんまり主人公が仕事してくれませんね(笑)


鈴音「えええ? それって私のせいじゃないよね?

新田が仕事しないだけだと思うんだけど」


う! その通りですねごめんなさい!





「ラフ&スムース」





「うう……まだ脚が痺れている感じがする……

ちゃんとまっすぐ歩けてる気がしないよ……」


今日の私は茶道教室の般若先生(勝手に命名)に正座の猛特訓をさせられ

多大なダメージを負っていた。


私が悪いので仕方ないっちゃ仕方ないんだけれども。


でも、反面、あんなに怒ることないのになー。 とも思った。

だって、休めって言うから休んでただけなんだもん。

ちょっとだけ離れた場所にいただけで

ちゃんと敷地内では立っていたんだよ。 ホントだよ。


お隣の道場との境界線ぎりぎりの所だけども。


「う~~ん……やっぱり軽率すぎたかなあ?

そんなに好きでもないのに、そうだ、茶道をやろう! なんて思い至ったのは……」


やり始めた動機があまりにも不純だった。

よくよく考えてみたら

これは純粋に真面目に習っている他の子たちに対しては

相当に失礼な話であるに違いないような気がしないでもないような気がしてきた。

だからやっぱりこれは、きっとその天罰が下ったのだろう。


そう考えだすと、急激に心がヘタレだしてきた。


「ご、ごめんなさい神様! 鈴音は悪い子です!

これを踏まえてかきゅーてき速やかに今後の進退を検討いたしますので

この辺でこらえていただけますよう、どうかよろしくお願いします!」


一応、お天道様に向かって

手を組み祈りを捧げるポーズで謝っておいた。

いるのかどうかはわかんないけれど

もし実在して万一見られてたらと思うと

素直に謝っておくのが得策だと思った。

スマイルと同じでお金もかからないしね。


それに、これ以上の試練を課せられるのは今は正直困る。


「うん、お天気は快晴ですね。 

朝は霜も降りてめちゃくちゃ寒かったけれど

お昼からはポカポカと暖かくて、その点はお天道様に感謝感謝です」


ダメージのせいで若干ふらふらと千鳥足ではあったが特に問題はなく

程無くしてどうやら目的地に無事到達できたようだ。


「お父さん、今日のことちゃんと覚えてるのかなー?」



今日は山桃家に取ってはある意味特別な日。



一応家族全員が(と言っても私と父しかいないんだけど)ここに来ることになっている。

時間を示し合わせて集合できればもっと良かったんだけど、

残念ながら父はここ最近忙しそうでとてもじゃないが予定は合いそうにない。


三日ほど前。


なんか合間に物を取りに帰って来てたのか

珍しく夕方に自宅前で父とばったりと遭遇した。


丁度私は帰宅して玄関に入る直前で、父は家を出ていく直前だった。

数十秒ずれてたら今日も会えなかったのかもしれないが

なんか上手くタイミングが合ったようだ。


「鈴音えぇ! 頼みがあるうううっ!」


「なっ、なに? 藪から棒に」


久しぶりに顔を合わせた場合

いつもなら顔を綻ばせて猪突猛進で抱きついて来ようとしてくるのに

今回はいつになく真剣な表情だった。


「土曜日の件なんだが!」


「う、うん。 ちゃんと覚えてるよ。

朝は茶道教室があるから、それが終わったらいつでも行けるよ。

もちろんお父さんも一緒に行くんでしょ?」


「いや、それが、ちょっとここんとこなんだか知らんがモーーレツに忙しくてな!

それでも必ず、どっかでは抜け出して絶対に絶対に絶対に行くからっ!

すまんが! 鈴音は先に行って掃除とお供え物をどうか、頼むうぅっ!」


と、ばしーん! と

周囲に響き渡るほどの大きな音で両手のひらを合わせ拝むように懇願された。


「う、うん。 わかった、わかったから。 

大変そうみたいだけれど……お、お仕事、がんばってね」


まあ、言われなくたってそのくらいはやるけどね。


自分はただ来るだけで

全部を私にやらせてしまうのが少々後ろめたかったのだろう。


仕事なんだから、そこまで気にしなくてもいいのに。


本当は「がんばってね」じゃなく「無理しないでね」

って言いたかったんだけど

たぶん今はそこを置いといてでも頑張らないといけない状況なんだろう。

だから、言えなかった。


身体、壊さなきゃいいんだけど心配だよ。

頼りになる他のお医者さん、周りにいないのかな?

「医者の不養生」とはよく言うけれど

やっぱり患者さんに言ったりしてることは自分自身も守らなきゃいけないと思う。


多くの患者さんの周りには患者さんを心配してくれる

愛する大切な人や家族がもちろんいるんだろうけど、

それはお医者さんにだって同じことなんだから。

私だってお父さんが身体壊したり寝込んだりしたら嫌だし悲しいよ。


そうこう考えてるうちにいつの間にか

墓地の奥の端っこにポツンとある”山桃家之墓”の

シルエットが見えてくる位置までたどり着いていた。


……!


「……あれ? ウチのお墓の前に、誰か……いる」


ササッと、

思わず余所様のたいそうご立派そうなお墓の裏側に身を隠してしまった。


「……女の人だ…………それも、すごく……若い」


遠目の上、帽子を深く被っているため表情までは読み取れないが

どう見てもお父さん達と同年代の叔父さん叔母さん世代ではない。


確か私の親戚連中にあんな人はいなかったはずだ。

私よりは少し年上だと思うけど……高校生くらい……かな?


色白で……え? もしかして……これ、外人さん?


何か一点をじっと見つめている。


「……山桃……葵……」


彼女は墓誌を見て指先でなぞりながら、その名を呟いた。



山桃 葵



そう、それは、私の母の名だった。


しかし私には母の記憶は殆ど、無い。

物心ついた頃には、もう母はこの世にいなかったからだ。


辛うじて、ハーフで綺麗な人だった、

というのだけは印象としては覚えている……のだが

それがどんな顔だったのかは……もう、既に

モヤがかかったかのように思い出せなくなってきている。


事故死、とだけは教えられている。

おそらく私もその場にはいて、見ていた筈なんだけど

これも残念ながらよく覚えていないっぽい……

なんか怖い目にあったような気がするんだけど

それさえも記憶は朧げだ。


写真も残ってはいないんだよね……

でも、知ってる人は皆、とても綺麗な人だったと口を揃えて言ってくれている。

その面影はちゃんと私にも受け継がれていると、父は言っていた。


けれど、そう言われても自分の顔を鏡で見ても

どうもいまいちピンと来ないんだよねぇ……。


「そこにいるのは……もしかして、鈴音さん……ですか?」


「!!」


嘘! 気づかれていた!?

(自慢じゃないけど私は隠れたら誰にも見つからないという特技があった)


彼女は、こちらを見もせずに墓の方を向いたままそう言った。


「…………あ、あのっ! ご、ごめんなさい! 

なんだか咄嗟に隠れちゃって……」


私は観念して彼女の背後にそろりと姿を現した。


私の名前を…………知っている?

父の、知り合いなのだろうか? それとも……?


「…………」


彼女はその言葉には反応せず、線香を炊き、花を添え、両手を合わせて、黙祷した。


一連の動作を終え、深く被っていた大きめの帽子を取りながら、

彼女はこちらに振り向いた。


「…………!」


ふわっ……と


目を見張るほどに美しい、長い金髪ブロンドが……舞った。

それに、とても綺麗な、澄んだ青い瞳。


「はじめまして、山桃鈴音さん。 

私の名はホリィと申します。 どうか以後、お見知りおきを」


彼女は優しく微笑み、甘い声を伴った流暢な日本語で私に語りかけてくれた。



「あ、あの……えと………… ……っ!!」



……どうしてだろう?

彼女を見ていたら、何故だか、熱いものが、こみ上げて来た。


「あ、あのっ! す、鈴音さん? だ、大丈夫……ですか?」


「……えっ? あっ! いえ! な、なんでもないですっ! ごめんなさい!

 ……あ、あれっ? おかしいな……ぐすっ」


自分でも気づかなかった。

いつの間にか頬を伝う涙があったことを。


その私を心配そうに見つめる彼女は

ポケットからハンカチを取り出し

そっと優しく私の目元を拭ってくれた。


「あ、ありがとう……ございまずうぅ」


「いえ……どうぞ、使ってください」


そのままハンカチを手渡される。


「ず、すみばせん。 必ず洗っでお返ししまずからっ!」


「いえいえ、安物ですから、どうかお気になさらずに」


「で、でも……ぐすっ」


何故だかわからなかったが、私には確信があった。

彼女は母に……とても、よく、似ている。


母を覚えていなかった私だったが

彼女を見て、瞬間的にそう思ってしまった。


おそらくだけど私の心の奥底、

深層に眠っていた母の記憶が彼女の姿を見たことによって

一気に呼び覚まされシンクロした結果なのだろう。

それほどに違和感を感じなかった。


「……あの……失礼ですが、貴女……あ、いえ、

ホリィさん……は、ウチと、どういったご関係で……」


「…………そう、ですね…………」


「……?」


なんだか、少し言い淀んでいるようだったが、すぐに


「……あ、時郎トキオさんは、お元気でいらっしゃいますか?」


「えっ? あっ、はい! 父、ですよね? 元気ですよ。 ピンピンしてます」


山桃やまもも 時郎ときおは私の父である院長の名だ。

なるほどそうか、既にこの人、お父さんとは周知の仲、なのかな?


「そうですか、それはなにより、です」


本当に安心したような表情で、柔らかく微笑んでいる。


「あ、あの、そ、それで……」


「あ、ごめんなさい。 私は、鈴音さんのお母さん……葵さんの、姉妹の娘。

……つまり、貴女とは、従姉妹いとこ……ということに、なりますね」


「え! い、いとこ……ですか!? お母さんの、方の?」


「はい」


衝撃の事実!

知らなかった。

だってお母さんの方の親族って

今まで一度も会ったことなかったんだもん。

お正月にもお盆にも、一度も来たことも行ったこともなかったし。


……どうりで、直感で母の面影を感じてしまった訳だ。


私は「この後、家に上がってお茶でもどうですか?」と

お誘いしてはみたんだけれど

「いえ、大変嬉しい申し出ですが、人を待たせているもので」と

申し訳なさそうな表情で断られてしまった。


色々聞きたかったんだけどなあ。


「でも、安心しました」


「え? 何がですか?」


「鈴音さんの姿を見て。

時郎さんに本当に大切に育てられているんだなあ……と」


「そ、そうですか?」


結構仕事にかまけて放置されたりしてるんですけど……


「そうですよ」


にっこりと微笑みかけられるその姿に

私はドキッとした。

でもなんだろう。

この安心感は。

本当に、母が舞い戻って来たようなこの、感覚。


「また、いつかお会いしましょう。 では……」


そう言い残し、ホリィさんは立ち去った。


「…………」


しばらくぼんやりと彼女の後姿を見送った後、

私も今から父からのいいつけ通りにやろうと思った……んだけど。


「……うわ! なんだか凄いピッカピカになってる!」


ホリィさんがかなり気合を入れて掃除してくれたようだ。

墓石がまるで納品直後の新品みたいになっている!


既にお墓参り以外、何もやることが無くなってしまっていた。


それに


「あれ? 花が、ふたつある……」


ひとつはホリィさんだとして

もうひとつは……もう、お父さん、来てたのかな?


……いや、もしそうだとしてもやっぱりそれはない。

私が用意してるんだから

わざわざ新たに買ってきたりはしないと思うし。


「……? なんだろう? 

ホリィさんが、ふたつ置いてった?

…………?」


なんだか、よくわからないけれど。


「……あ! もしかして! お母さんの、姉妹の人の分なのかも?」


お母さんのお姉さんか妹か、どっちか聞き忘れたけど。

つまり、私から見たら叔母さん。 

たぶんきっとそうだ。 

ホリィさんが一緒にお供えとして持ってきてくれたんだろう。


またその人にも、一度会ってみたいなと

今度お父さんに機会があったらお願いしてみようと、そう思った。


「えへへ、そしたらお母さんのこと、いろいろ聞いてみたいな。

ね、お母さん。 お母さんはいったいどんな人だったのかな?」


その問いに、墓石は何も応えてはくれなかったが

私の声はちゃんと届いたような、そんな気がした母の命日であった。






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