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風刃の儀(エピローグ2)



「ラフ&スムース」







「……いやあ、災難だったねえ~」


ぽつりと、そう話しかけてきたのは総本家の女性であった。


私は、ぺこりと頭を下げ、道場を後にしようとした。


「あっ!? いやいや! ちょっと待ってよう~!」


「……なんでしょうか? 

目上の方とはいえ、あまり心を覗かれるのは趣味ではないもので」


「ごご、ごめんって!

仕方ないじゃん! うっかり気が緩むと視えちゃうんだから!

まだ完全にコントロールできてないんだよう~!」


「…………」


完全にということは少しはできているということなんだろうか?

じゃあ気を付ければ視えなくできるのか?


「気を付けてれば視えなくできるよ」


「じゃあ、そういうことで」


私はしゅばっと片手を上げて道場の出口に向かった。


「ああっ! ごめんなさい!

だって返事してくれないんだもん~!

何考えてるのか気になっちゃって、つい~!」


「……はあ~……、で、何か私に話でもあるんですか? えと……」


「日向ひなた、だよ。

ひなたって呼んでね」


「じゃあ、ひなたさん。

先ほどは姉さんの暴挙を止めようとしてくれてありがとうございました」


「あ、いえいえ~てへへ……」


「まあ、無駄でしたけどね」


「へうっ!?」


「……で? 用件は?

私は今から姉さんの様子を見に行きたいもので、手短に」


「今度、私のお母さんと妹が、こっちに越してくるの」


「……え?」


いきなりの意外な話の切り出しに私は少し戸惑った。


「妹は、睦月ちゃんの二つ上になる……のかな?

それで、お母さんが教師でね。 

東西中学っていう学校に赴任してくるんだ。

妹も、それに付いてくる感じで……」


姉さんが春から通う予定の私立の学校だ。

私は勉学にはあまり興味が無いから普通に公立に通っている。

まあ、理由はそれだけでもないんだけれど。


「私は、その中学には行かないつもりです」


「それは、お姉さんがいるから?」


「…………」


やっぱり、心を覗かれてるような気がする。

まあ、理由はそれだけでもないんだけれど。


「ああ、なるほど……うん。 いいよ。 そこまで束縛するつもりはないから。

家にいる間だけ護ってくれれば」


護る……?


要人警護の、依頼ということなんだろうか?

しかし……


「家に、いる間……だけ?」


「うん、だってこの春から、その二人はこの家に居候させてもらおうと思ってるから」


「!?」


「あ、心配しないで!

そんな気構えなくとも、少なくともお母さんは貴女のよく知っている……」


「……! 待って! まさか、貴女のお母さんって……!」




――日向ひむかい




そう。 それが総本家の家名だ。

深山も元々はそこから派生した。


つまり大元の源流。


「日向日影。 ここに住んでいた頃は深山日影と、そう名乗っていたよ」


「!!」


――ばっ! こ、この女! いったい何考えて!?

睦月! いいからここから早々に立ち去れ!

私は彼女に会うつもりは無い! 無論、名乗り出る気もない!


「嘘つきは閻魔様に舌抜かれちゃうゾ」


「だから! 頭の中を覗くのはやめていただけますか?

答えはNOです! 話はここで終わりということで」


「深山家当主の件、私が大婆様に進言すれば、

大婆様もそうそう断れないと思うんだけどなあ~……」


「!!」


「ああ、心配しないで。

睦月ちゃんの秘密は私からは何も言うつもりはないから」


「…………取り引き、ということですか?」


「あんまりそういうこと、本当はお代官様みたいでしたくないんだけどねえ~」


べつにお代官様全てがそういうことしてるわけじゃないと思うけど。


「あ、”悪い”お代官様って言わなきゃ駄目だよね、失言失言」


彼女は舌を出して自らの手で頭をこつんと叩いた。


「…………」


――睦月! 断れ! そんなことせずともお前なら実力で当主になれる!

こんな取り引き、無意味だ!


「……それでも、彼女の意見は、

もし大婆様の中でたとえ4:6でこちらに分が悪かったとしても

それを逆転に持って行けるだけの発言力は、あると思う」


――4:6なんかになるわけないだろ!? もっと自分に自信を持て!


「……姉さんを、あまり甘く見ない方がいい」


――! 睦月!?


「まあまあ! そんなに揉めないでよう!

わかった。 中の人にも何か良い条件付けるよ。

どんなのがいい?」


――この女! さっきから黙って聞いてりゃ人の心にずけずけと!

…………いや……待て。 …………それは、どんな条件でもいいのか?


「お? いいでしょう、訊きましょうか?」


「……水無月? 何を!?」


――お前にできることなら何でもいいんだな?


「可能な限り、お応えするよ。 

まあ死ねと言われてはいそうですかとは流石に言えないけどね~」


――そんなことは言わない。 これでも立場はわきまえている。


「それは安心したよ。 じゃあ、他に、どんなお願いかな?」


――お前のその能力。 それを、私にくれ。


「!? 水無月っ!」


「ほほう! それはなかなか良いトコ突いてきますねえ。

ふむ、確かにそれくらいの条件でないと労働とは釣り合いませんか……」


「の、能力って!?

そんなの譲ったり貰ったりできるものじゃないでしょう!?

いったいどうやって……?」


――可能だ。 今なら。


「え?」


「……うん、じゃあちょっと風刃さんを持ってきてくれるかな?」


「…………? ひ、ひなた、さん?」


私は何をするのか疑問に思いながら

継承したばかりの”風刃”を木箱からそっと取り出した。


「これで、何を?」


「ちょっと、触るね」


「……いいですけど、たぶん……大丈夫だとは思いますけど」


「あはは、ちゃんと契約している状態なら

風刃さんは貴女のいうことを聞きますから、心配ないですよ~」


「いったい、何を?」


「……まあ、見ててください」


ひなたが柄を握っている私の手に覆いかぶさるように両掌で包み込み、そっと目を閉じる。


「…………」


何かを念じているように感じた。


「……!」


その時、僅かに刀身が赤く輝いた。


「……これ、は……?

何かが、風刃を介して……流れ込んでくる……?」


「うん、今の貴女なら風刃を介せば理解し模写できると思ったの」


「……貴女の、能力? これが……!

私の中の水無月を見抜き、干渉してきた力!?」


「この剣はこういうこともできるのですよ。

ただエナジーを吸い取るだけではなく、能力を写し取ることも。

もちろんほんの一部しか開示しませんでしたけどね。 でもこれは

貴女の中の人が欲しくてたまらなかった能力ですよ」


――確かに、これは……これなら、

簡単にヤミの使徒を見つけ出すことができるかもしれん!


「……あっ!」


しまった!


色々ありすぎて精神的に疲弊していたのだろうか。

少しぼうっとしてたのか思慮が浅く、迂闊になっていた。

つい周りの流れのままに行動を取ってしまった。


「……っ! 

やって、くれましたね。 ひなたさん」


「あら、睦月さんにはお気に召しませんでした?」


「…………」


「心配しないで、所詮劣化コピーの一部限定紛い物です。

このは対象の能力を取り込み解析して

理解できた部分・使いこなせる部分だけを真似ているだけですから。

つまり、本物の使い手にはどうやっても敵わない。

私のようにサトリ級の心が読めるようにはまず、ならないよ。

元々の使い手じゃない貴女が使いこなすには訓練が必要だし、

おそらく相当意識を集中させないと発動できませんから」


――いや、それで、十分だ。


「…………」


たとえ本家の能力の劣化版だとしても、水無月の目的には十分合致している。

心までを読む必要はない。

相手の、特定の気配さえ感じ取れればそれで良いのだから。


「ま、剣の持ち主の能力適正にある程度依存されますので

一概には言い切れないんですけどね。 

まあ、慣れれば最低でも相手の表情に出さない喜怒哀楽や

裏人格の存在くらいは察知できるようにはなるでしょうけどね。

相手の心に干渉したりするのは……ちょっと才能が要る、かなあ……?

でも、それだけでも大分探しやすくなったんじゃないですか?」


「……。 …………抹殺する、対象を、ですか?」


「それは貴女次第ですよ、深山睦月さん。

でも……」


「……でも?」


「……一族でない者の魂は、おそらく……力に耐えられない。

高確率でいずれは破綻し、自我が崩壊する」


「…………」


――わかった。 家にいる時だけなら護衛でもなんでもしてやる。

ただし、私は絶対に表面には出ていかないからな。


「ちょ、ちょっと! 勝手に!」


「良かったあ~! 実はお母さん、もうあんまり力が出せないの。

本人一人ならまだなんとかなっても、妹の方がどうにも心配だったから」


「……出せないって……日影、さんは……」


「うん……今まで、色々、あってね……」


「…………わかりました。 どのみちもうこの能力は

風刃が取り込んで返すに返せませんし、その押し売り、

受けるしかなさそうですね」


「押し売りだなんて、酷いなあ~」


「押し売りですよこれ、私には内容も伏せたまま説明せずにいきなり。

嬉しそうにしてるの水無月だけじゃないですか」


「それでも、欲しがったのは貴女自身……だよ?」


「…………く……」


こっちはこれからが大変だ。

水無月の行動を逐一見張り、暴走を止めなくてはならないから。


――べつに止めなくていいぞ。 勝手にやらせてもらうから。


「水無月っ!」


「あはは、そこは上手く話し合って折り合いをつけてくださいね。

睦月ちゃんにも、この能力は使いようによっては

便利であることには間違いないですから」


「もちろん、私も使わせてもらいます。

どこまで使いこなせるかはわかりませんが」


「…………この能力ちからはね、

負の感情を原動力としてるの」


「……え?」


「だから、極める必要はないと思うよ。

目的さえ果たせれば、それでいいんじゃないかな?」


「…………ひなた、さん……」


「それに、人の心なんて読めない方が断然良いです。

けっして良いことばかりじゃないですから、ね?」


「…………」


そりゃそうか、

人は皆、普通は言って良いこと悪いこと、絶対に言っては駄目なことなどを

取捨選択し言葉を選びながら他人と上手く付き合い生きている。


その言葉の裏側がぜんぶ理解わかってしまうなんて、

きっと地獄そのものだ。


心の奥底まで完璧な聖人なんて、

果たして世界中探しても何人いることやら。


きっと、今まで数えきれないくらい辛く嫌な思いをしてきたのだろう。


「…………睦月さん」


「……!」


「貴女は、優しいですね」


「…………べ、べつに!

た、ただ、ちょっと想像してみただけです!」


「ふふ…………貴女なら、この能力

きっと上手く使えると思いますよ。

どうかお母さんと妹を、よろしくお願いします」


彼女は柔らかい笑みを見せながら

ぺこりと、一礼をした。





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