表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/86

風刃の儀(中編)




「ラフ&スムース」





私は、へなへなと尻餅をついたまま動けないでいた。


試合の最後

睦月の豹変ぶりにどうやら腰を抜かしてしまったようだ。


「…………」


あんな形相の睦月、初めて見た。

どう見ても普通じゃなかった。


それに、あのとんでもなく疾く重い打撃。

一瞬で弾き飛ばされ……いや、そんなレベルじゃない。

竹刀が折れた、とかではない。 


竹刀で竹刀を”両断”された。 


果たしてそんなことが可能なのか?

あれは、いったいなんだったんだろう……?


「…………すまないね。 総本家の方よ。

見苦しいものを見せてしまって…………と、

そういえば、見えておられんのですな。 これは失礼」


「大丈夫です。 なにも問題ありません。

十分状況は理解できておりますわ。

そのために付き人にもついてきてもらったのですし」


「……そうですか。

貴女のおかげで人払いもでき、

存分に深山の技で戦わせることができた」


「……いえ、少しでもお力になれて、光栄に思っておりますわ」


道場には4人、私と曾祖母である大婆様と、

来賓の女性とその付き人らしき人が残っていた。


来賓の女性はとても若く、私とそう年は変わらないように見える。

付き人の方はもう少し年上には見えるが

雰囲気的に、もしかしたら外国の人なのかもしれない。


「……結果はこの有様だが、これもまた十分にありえる事象じゃ、

剣道の試合ならば、二度剣を落とせば負けとなるが、

これは通常の試合とは異なる深山流での仕合いじゃ。

技や才能がどうであれ、最後に立っていたのは…………

深雪。 その事実には変わりない」


「良いのですか? おそらく倒れた本人は納得してないと思いますが」


「ま、試合に負けて勝負に勝つ……どころじゃないの、これは、

試合にも勝負にも負けとるが、まあよかろうて、ふぉっふぉっふぉ」


「ぷっ…………お、おほんっ! えほんっ!

で、では、今回の儀は……?」


「うむ……これより、”風刃ふうじんの儀”を執り行う」




「…………」


女性と大婆様との会話をただぼうっと聞いていた。

いや、耳には入っていたが、そのほとんどを頭が理解するのをやめていた。

ただずっと睦月のことだけが気がかりだったのだ。


「深雪! いつまで惚けとるつもりじゃ!

むしろ、これからが本番じゃぞ!」


「…………あ……!

む、睦月はっ! ……睦月は無事なのですか?」


「心配ない。

無理をしたのは間違いないがの……

今は師範代が付き添っておる。

彼女なら、適切な処置を知っておるから、問題なかろう」


「そ、そうですか……よかった……

でも……最後の……アレは……」


「人の心配よりも、自分の心配をするべきじゃな、今は」


「……は、はい! …………えっ?

そ、それでは大婆様っ! 今回の試合はっ!?」


「大負けに負けてじゃが、お主の勝利とする」


「…………しょう……り……」


「喜べ、お前の勝ちじゃよ」


「や、やっ……

…………………………」


一瞬、待望の”勝利”という言葉に浮かれそうになった私だったが、

試合を振り返るとその感情は一瞬で掻き消えてしまった。


「なんじゃ、素直に喜ばんのか?」


「…………いえ……やはり、内容ではどう考えても負けていました。

二度も竹刀を弾き飛ばされ、あの時に躊躇なく打ち込まれていたら

たぶん……」


負けていた。

いや、果たしてその程度で済んだのだろうか?

おそらく睦月にはそれができたはず……でも、やらなかった。


あれは、あの剣は……

もしかしたら、あれこそが、本当の……


「…………それがわかっていれば、今はそれでええ」


「お、大婆様?」


「常に考えておれ。 人はそうやって成長する。

失敗も成功も、全てを糧とせえ」


「はい……」


「――風刃。

深山家に代々伝わる妖刀。

これを手に入れ認められた者は、深山宗家次期当主の最有力候補となる」


「…………」


「どのようにして、風刃に選ばれるか、わかっておるのか?」


「……いえ、詳しくは……」


「まずは身を清め、白装束に着替えてまいれ」


「……! し、白装束、ですか?」


「なんじゃ、知らんのか?

もしかして、リビングに地下室があることも?」


「えっ?」


「…………まあ、ええ。

とにかく、身を清めて来い。

白装束は、わしらが用意しておく」


「は、はいっ!」


ドタドタと、慌てて家屋に入り

私はシャワーを浴び、汗を流した。


「……リビングに、地下室?

そんなの、今まで知らなかった……」


家を出てここ数年はアパートにいたとはいえ

幼い頃は確かにここに住んでいた。

けれど、そんな部屋に行った記憶はただの一度としてない。


「……睦月は、知ってたのかな?」






「やれやれ、どうやら何も知らされておらんかったようじゃの……」


「睦月ちゃん、でしたっけ?

彼女、意地でも当主になるつもりだったみたいですし

もしかしてお姉さんには

普通の生活をして貰いたかったのかも知れませんね」


「…………それは、難しいな。

年頃になれば、嫌でも自覚させられる。

深山に生まれたなら遅かれ早かれ気づくことじゃ。

普通の生活は無理ということに……」


「でも、不可能じゃない……でしょ?」


「……! それを、貴女が言うのかえ?」


「……誰にだって、無理強いしてまでやらせる権利はありませんわ。

納得できないなら、それはそれで仕方のないことですから」


「…………」


「でも、まさか、こんな結果になるとは

思ってなかったんでしょうね。 睦月ちゃん」


「……あやつ、自分の身体のことを

どうやら隠しておったようじゃな。

はたして師範代も知っていたのかどうか……

あやつの母もまた、同じ病を患っておった……」


「それをどこかで知ったお姉さんは、だから、あの戦い方を……」


「おそらくはな」


「深山宗家の当主と言うものは、それなりの重責を伴うもの……

当然、身体への影響もはかり知れない。

詳しくは聞いてなかったにせよ、

そのくらいは彼女にもわかっていたんでしょうね」


「……………………。

ま、深雪も十分素養はあると思うがの。

あの歳であれだけの動きができる者はそうはおらん。

睦月が際立っておるだけじゃ」


「けれど、もし、選ばれなかったら?」


「その時は、もう選択肢はなかろう?

そういうことじゃよ」


「ふむ……なるほど。

お優しいのですね、大婆様は」









「…………う……」


――起きたか、マヌケ。


「あ……ここ……は……?」


「お、睦月、気が付いたか?」


目を覚ますと、師範代の先生が傍らに付き添ってくれていた。


「先生……」


周りを見渡す。

そこは自分自身の部屋だった。


「ああ、まだ起きなくていい。

気分はどうだ? 意識ははっきりしてるのか?」


「はい……大丈夫です。 ……すみません」


「ちょっと待て、今大婆様に連絡を入れる」


懐から携帯を取り出し、師範代は通話をし始めた。


「…………」


姉さんとの試合、途中からの記憶がない。

今、こうしてベッドで寝ているということは、おそらく……


「……はい。 ……はい。 

白装束ですね、わかりました。 それでは、ただちに」


会話が終了したようだ。

大婆様達は、まだ道場におられるのだろうか?

あれから時間はどのくらい、経った?


「あ、あの……」


「睦月、お前はしばらくここで寝ているといい。

……今回は、残念だったな」


「……!」


残念……。


つまり、負けた。 ということなのか。


「悪いが、私は道場に戻る。

滅多にない”風刃の儀”を見届けたい。

睦月はここで休んでなさい。 

それに今はそんな気分でもないだろう?

結果はまた、知らせに来るから」


「は……い……」


先生はいそいそと部屋から出て行った。



随分と、淡泊な態度である。

今まであれほど人を持ち上げといて

いざ負けて資格を失うと

こうもあっさりと離れていく。


「まあ、そんなものか……」


このポンコツな身体のことも、隠していたし

自業自得ではあった。


枕元に隠してあった薬を飲みながら、そう呟いていると


――おい! まずいぞ。


「……なに? 今あなたと話する気分じゃないんだけど」


――それはお前が負けるから悪いんじゃないか!

まさか負けるなんて思ってもみなかったわ! この未熟者!

いくら欠点を見抜かれてたとはいえ、私なら確実に勝っていた。


「なら、どうして出てこなかったの?

後からどうこう言っても全部後の祭り……」


――出るに出れなかったんだよ。


「? ……それは、大婆様が、いた、から?」


――そうじゃない。 

いや、あの婆さんに感づかれてバレるのも確かにまずいんだが

問題はその横の来賓客の方だ。


「…………?」


――最初から、見抜かれていた。


「え? なにを…… っ! 私たちのこと……を?」


――そうだ。 どうやら総本家の人間のようだが……

あんな能力持ちは初めて見た。

まるでずっと頭から押さえつけられていたような感覚だった。

出てこようにも、出ていけなかった。


「……純粋に、姉妹での対決を望まれた……ってことなの、かな?」


――おそらく、そうなんだろうな。 どのみちどちらも

私であることに変わりはないというのに


「…………そう」


確かに、もし中の私と途中交代なんかしたら

それは公平性に欠ける。

見抜かれていたんじゃ仕方ない。

交代を実行していたなら失格にされてもおかしくない話だ。

むしろそれで最後までやらせてくれたのだから

ここは納得せざるを得ないだろう。


「…………」


納得するも何も、負けたら全ての意味を失うのだけれど……


――いや違う! そうじゃない!

今話すべきは、そこじゃない!


「もう、いいわ……どのみち結果が出るまで私は何もできない。

まだ、薬も十分に効いていないし今はそっとしておいて……」


――失敗、するぞ!


「え?」


――お前の姉のことだ。


「ど、どうして!?」


――お前には悪いが、お前の知らないうちに私は皆の目を盗んで

数年前、既に風刃とは一度仮契約を済ませている。


「……なっ!?」


――あるじ不在の状態の風刃なら、

”風刃の儀”でトラブルはまず起こりえない。

しかし、そうではない場合、いくら深山の血族といえど

風刃はお前の姉を”敵”と見なすかもしれない。 だとしたら


「ばっ! 馬鹿! なんでさっさと言わないのよ!」


ベッドから飛び起きる。


「…………うっ……」


くらくらと、立ちくらみがした。


―― 一時的とはいえ、限界を超えたんだ。

しかも、その状態で未体験の”力”をお前は無意識に使った。

すぐに動けないのも当然だ。


「そ、そんなこと、言ってる場合じゃ……」


――まあ、仮契約だからな。

もう効力は切れているかもしれない。

いや、それに風刃もおそらくは

お前の姉だと、敵じゃないと認識している……はずだ。

だから、これは杞憂であるとは思うのだが……


「そんな……曖昧なことを、言われて、

じっとしてるわけにいかないでしょ!」


一度でも私で仮契約が成ったのなら

おそらく姉は契約はできない。


それだけで済めばいいのだが

問題は、敵だと見做された場合だ。


「”風刃の儀”、それは妖刀のあるじを選定する為の儀式。

その、方法は――!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ