6話 覚醒
『ラフ&スムース』
「う~む・・・」
さっきから何をしているかというと・・・
ただ制服を、眺めていた。
「やっぱり、着替えなきゃ・・・学校行けないよなあ・・・」
思わず腕組みしてみる
ふにゅ
「うわ!」
腕が、胸に当たった。
いやいや待て待て!
だから僕は鈴音なんだって!
小さい頃から昨日までの記憶はちゃんとあるんだからっ!
今までだって何度も触っただろ? お風呂とかで・・・
・・・思い出してみた。 ・・・とりあえず昨日を
「・・・・・・っ!」
かああ~~~・・・
恥ずかしくなって、思わず身悶えして転げまわってしまった。
「なんだって、こんな思春期真っ只中の男の子みたいになっちゃってるんだ僕はっ!?」
「とと、とにかく何とかして着替えよう・・・」
着替え方くらいは覚えている
何も問題は無い、目を瞑っててもできるハズ
だから、目を瞑って着替えよう
靴下を履く
俯くと髪の毛が頬にかかってきて・・・なんだか妙な気分だ。
ばばっとパジャマを脱ぎ捨てる
「う・・・」
寒くは、ないが・・・
空気が肌に当たる感触が・・・なんだかくすぐったい
とりあえず、昨日はブラジャーして寝ていたのでまだ助かった。
セーラー服の上着を被って
スカートを履き、腰まで引き上げた。
じいいいい・・・
ファスナーを上げる
「・・・ふう・・・なんとか、完了」
足元がスースーする・・・なんだか、落ち着かない
「いや、でも昨日もこうだったよな?」
スカートの裾をつまんでちょっと上げてみた。
鏡の中の自分の姿を見る・・・パンツが見えた。
ばっ!
即座にスカートを離す。
や、やばい・・・このままだと自分に欲情してしまいそうだ。
欲情したところで自分だからべつになんにもできないのだが・・・
何かがやばい・・・気がする。
あ・・・でも○○○○はできるのか・・・?
一瞬・・・妄想が頭をよぎった。
「うぎゃああああ~~!!」
ごろごろゴロごろごろごろごろごろ・・・
部屋中を転げ回った。
きっと昨日までの鈴音なら、恥ずかしくてもう立ち直れなかったかもしれない。
「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・」
「と、とにかくっ・・・家を出よう・・・出れば、なんとかなる」
このまま部屋に篭っているのはまずい気がしてきた。
かりかりかり・・・
「・・・ん?」
かりかりかり・・・
「にゃあ~」
部屋の隅に目をやる
ケージの中に、猫がいた。
「・・・・・・あれ?・・・なんで猫?」
「・・・・・・あっ! ・・・・・・忘れてた。」
「いってきま~す」
「・・・・・・」
今日も返事がなかった。
昨日は家に帰ってからすぐふて寝してしまったので、父には会っていない
「昨日も、忙しかったのかな?」
病院に入った。
まっすぐICUに向かう
入口付近まで来た時
「あ、鈴音ちゃん!」
研修医さんに呼び止められた。
「あ、おはようございます」
とりあえず、挨拶
「おはよう。 ・・・ごめんな、今は、できたらちょっと遠慮してもらえないかな?」
「・・・えっ?」
どくん
心臓が高鳴ったような気がした。
・・・一体、どういうことだろうか? まさか、容態が・・・悪化した?
「あの患者さんね」
どくんっ
もしかして、もっと悪い・・・? まさか・・・死・・・
「・・・・・・目覚めたんだ」
そうか、目覚めちゃったか・・・ううう・・・・・・え? 何に?
「・・・・・・・・・え、ええっ? そ、そうなのっ?」
「ああ、だからバタバタしてて、今はちょっとまずいんだ」
「そう、ですか・・・」
ついに、目が覚めたんだ・・・
でも、折角目覚めたのに会えないなんて・・・
会えば、何か、わかるかもしれないと思ったんだけどなあ・・・
・・・でも、なんでそんなにバタバタする必要があるんだ?
目覚めただけ、だよな?
「今からMRIにまわすからね、ごめんね」
・・・MRI?
「・・・一体、どこの?」
「う~ん・・・事故当時、CTでは問題無いように見えたんだけどねえ・・・・・・」
MRIで調べるということは、CTでも見落としがあるかもしれない箇所を
じっくり調べるということ、MRIの優位性を考えると、つまりそれは・・・
「頭部だよ・・・・・・記憶が、無いんだ」
「・・・!」
・・・なん、だって?
「よし、ベッドごと出すぞ!」
がらがらと看護師にベッドを押されながら、彼が部屋から出てきた。
彼と・・・目が合った。
こちらを、ただまっすぐにじっと・・・
お互いがお互いを見つめていた。
見えなくなるまで・・・
ガタン・・・ゴトン・・・
ききいいいいいい・・・
ぷしゅううううう・・・・
僕は汽車を降りて、歩きながら考えていた。
自分に起こったこの現象
今朝からの変化
これはおそらく、彼が目覚めたから・・・か?
記憶喪失・・・それは、一体どれほどのものなのだろうか?
事故当時の記憶が無い、などという話ならば割とよくある話だが・・・
詳しくは聞けていないが、どうやら自分の名前が思い出せないらしい・・・
だとしたら、彼が今まで歩んできた人生そのものも、無になってしまっている可能性も、ある
もしかしたら、まっさらな子供のようになってしまっているかも?
それとも・・・日常生活には差し障りのない程度のものなのだろうか?
・・・会うのが、怖くなってきた。
でも、会わないわけにはいかないよなあ・・・
これを堺に、僕にも影響が出ているしな
もしかして、彼がそう願った・・・からか?
自分の中学時代と鈴音とを重ね合わせて見て
彼が望んだ結果がこれなのだろうか?
中学時代からやり直したい・・・と・・・
思い起こせば確かに、今朝、クーちゃんの顔を見てもすぐには名前を思い出せなかった。
それは、クーちゃんが彼の中学時代にはいなかったからなのかもしれない
でも、僕の中の彼の記憶も、彼と同じくして消えた、というわけじゃない。
僕の中には中学以降の記憶は、一応・・・存在している。
なんか少し輪部がぼやけて薄まったという感じだが・・・
落ち着いて思い出せば、高校以後も大体思い出せる
つまり記憶に関してのみ言えば、こちらにはさほど大きな問題はないということだ。
それよりも気がかりなのは
心境の変化・・・だ。
この違和感
パソコンで言うならば・・・
僕は、OSが書き換わっている・・・のか?
昨日までの鈴音OSベースだった僕じゃない
・・・これは・・・彼の・・・OS、なのか?
学校の校門を抜けた。
グラウンドでは部活動の朝練の片付けをしている人をちらほら見かけた。
ソフトテニス部員は・・・片付けが終わっていたのか、もういなかった。
下駄箱で上履きに履き替えて廊下を歩く
ふと教室の中を覗き込むと、春菜の姿を見かけた。
実は彼女とはクラスは別なのだ。
彼女の教室は僕とは少し離れている
校舎の同じ階ではあるのだが、結構この学校は広い。
同じクラスでもないのに仲良くなったのは
ご存知の通り、通学コースが同じでよく朝に会っていたからだ。
僕は教室に入り、春菜の席に近づいた。
「よっ! 春菜、おはよー!」
とりあえず、挨拶した。
・・・春菜は、一瞬固まっていたが
くるりとこちらを見て凝視した。
僕は爽やかな笑顔を見せた。 0円で許してあげよう。
「・・・・・・なによ? それ?」
・・・ん? 今の応対になにか問題あったっけ?
あ・・・そういえば昨日、何かあったような・・・?
「いや、おはようって挨拶したんだけど?」
たぶん僕はきょとんとした顔で春菜を見ていた。
春菜もまたきょとんとした顔でこちらを見ている。
「な、なによ・・・昨日のこと、誤魔化すつもり?」
あ・・・そうだ、昨日・・・僕は春菜を泣かせちゃったんだっけ
「いやあごめん! その件はちょっと待って! 明日、明日には結論出すから!」
「親友じゃん、仲良くしようよ、とりあえず”それ”はこっちに置いといて」
身振り手振りで、”それ”を持ったフリして横に持っていった。
「・・・・・・あ・・・」
春菜は、何かを言いかけてバッと机の方に顔を背けた。
・・・なんか、若干震えてるような気がする
「・・・今日も、部活は・・・来えへんつもり?」
俯いたまま、そう呟くように言った。
「・・・うん、今日はまだ、行かない」
固い決意をわかってもらえるよう、ハッキリとそう言った。
「・・・・・・そう・・・・・・わかった」
キーンコーン・・・
予鈴が鳴った
「じゃあ、また後でな」
立ち去ろうとしたらガタっと春菜は立ち上がり、こっちを見た。
「本当に、明日は、来るよね?」
・・・彼の意識はとりあえず戻った。
医師の話の感じでは身体の方は、峠は超えたと見ても良いだろうとのこと・・・
記憶は無いけど、それは今、どうしようもない
とりあえず一度、彼と会って話をしてみたい、ただそれだけだった。
「ああ、約束だ!」
親指を立てて二カッと笑い、歯をキラーン! と輝かせた・・・つもりだった。
もちろんこれも0円、大サービスだ。
「・・・あ・・・・・・あほーっ!」
なぜか顔を赤くして怒られた。
「さて・・・と、早く自分の教室に行かねば・・・」
ててててっと駆け足で廊下を直進していくと
「こらっ! 山桃っ! 山桃鈴音!」
フルネーム名指しでなんか、怒られそうな声がした。
きゅいーーー・・・・・・ピタ!
急制動、残念ながらABSは装備していないので1メートル近くはスリップした。
「はい?」
振り向くと、そこには綺麗なお姉さんがいた。
シックな感じのボディコンワンピース、
タートルネックの肩見せスタイルで身体のラインが綺麗に出ている
グラマーでオトナ~な感じのセクシーお姉さんだった。
「あ・・・日向先生・・・おはようございます。」
確か、そんな名前だったなと思いながら挨拶をした。
「廊下は・・・走らない!」
ぽこっ!
・・・痛い、出席簿で叩かれた。
「すんません!」
まさか、もう先生が教室付近まで来ているとは思わなかった・・・油断したなあ・・・
「まったく、あなたもっとおとなしい子だと思ってたけど、意外とお転婆なのね」
そう言われてみれば、ここ最近、特に中等部になってからは
あんまり廊下を走った記憶は無いなあ・・・なんでだろう?
「もう、まあいいわ、ほれ、さっさと歩きなさい」
「はい・・・今日は、ウチのクラスへ?」
ぽこっ!
・・・痛い、これって体罰?
「当たり前でしょう? これでも副担任なんだからね、あなた達の」
「でも、担任のせんせーは確か、幾原先生だった・・・ような・・・?」
「彼は、ノロウイルスにやられてしばらく欠勤です。」
「・・・・・・そ、そうですか」
また微妙に季節外れな時期に・・・夏に嘔吐下痢したら・・・大変そうだなあ・・・
「まあ貴女には言わなくてもわかってるとは思いますが、手洗いなどこまめに予防してくださいね」
「はい」
やっぱ病院の娘ってくらいは知ってるんだ・・・
でもこの私立学校なら、他にもそんな子沢山いると思うんだけども
「それで、期限明日だけど・・・どうなの?」
「・・・はい?」
いきなり、なに?
「試合よ、死・遭・い」
・・・なんだか恐ろしい当て字を想像してしまったんだが、気のせいだろうか?
「っていうか、何でそのことを知ってるんですか?」
ぽこっ!
・・・痛い、いじめか? いじめなのか?
「何言ってんのよ? 私、アンタ達の顧問でしょ?」
・・・・・・・・・え
「え、ええええええっ!?」
ぽこっ!
・・・痛い、パワハラ教師かこいつ?
「見たことないんか、あんたは!・・・って、
・・・・・・そういや、正式入部メンバーが揃った日しか・・・顔出してなかったんだっけ・・・?」
・・・ごめんなさい、見てません。
だって僕は遅れて春菜と一緒に入部したから・・・
「最近、ひなのに任せっきりだったしなあ・・・」
ぶつぶつと独り言を言っている・・・
ひょっとして、今、最後のは冤罪で殴られた?
この職務怠慢教師に?
「まあいいや、もう教室に着いちゃったし、明日の返事、待ってるよ」
「・・・は、はあ」
キーンコーンカーンコーン・・・
がらっ
「それじゃあ、はいっ! 委員長!」
委員長「きりーつ!」
しかしこの教師、ど~っかで見たような・・・?
委員長「礼!」
まあ、理科の教師だし、そりゃまあ何回も見てるよね
・・・う~ん・・・そうなんだけど・・・
委員長「着席!」
「・・・あっ!ああああああっ!! 日影かっ!?」
ざわっ・・・
教室の人たちの注目をめっちゃ集めてしまいました。
そして更に
スカーン!
「あうっ?」
チョークが飛んできた。 綺麗に眉間にジャストミートだった。
「先生を大声で呼び捨てにするとは・・・なかなかいい根性してるわね、山桃さあ~ん?」
突っ立ったままだったクラスの皆は、そのまま無言で着席した。
僕を残して・・・
それで一限目が理科って・・・神様ひどいよ!
キーンコーンカーンコーン
委員長「きりーつ!」
「・・・・・・」
委員長「礼!」
ぺこり
委員長「着席!」
「・・・・・・はああああ~・・・」
へにゃへにゃと椅子にへたり込んだ。
今日、初めて椅子に座ったよ・・・
1時間中、立たされたままで、しかも全部当てられた。
緊張しっぱなしで休まる暇がなかった。
なんか、近年稀に見る体罰を受けたような気がする・・・
まあ、全部答えてやったけど
最後は
「ぐぬぬ! あなた確かに成績は悪くはなかったけど、ここまで理科できたっけ?」
と、事実上の敗北宣言をさせてやった。
ザマアミロ!
自慢じゃないが、理科”だけ”は前世でも校内トップクラスだったんだ。
それに鈴音の知識が加われば、中一程度の理科なら答えられない問題はほぼ無い。
最後の方はあいつ、ムキになって教科書の最後の方の問題まで出してきやがったな
卑怯なやつめ!
まあ、あいつが理科の教師で良かった。
他の教科なら、やばかったかもしれん
「しかしまあ・・・綺麗になったなあ・・・ていうか、
若いよめちゃくちゃ! なにあいつ、不老不死か?」
「誰があいつよ!」
「うわあっ!」
・・・まだいたんですか、日影さん
訝しげにじろりとこっちを見て
「私の実年齢を、あなたに言った覚えは無いんだけど?」
・・・・・・滝汗
「・・・なんか、あなた感じ変わったわね・・・?
今更中学デビューでもしようっての?」
「いい、いえいえ! 滅相もないっ!」
手と首をブンブン振り回して全力否定した。
じい~・・・・・・
だから、何でそんなに見んの? こっち見んな! 可愛いから許しそうになるけど
「目の色、貴女・・・青かったっけ・・・もが!」
慌てて日影の口を塞いだ。
幸い、周りにあまり人はいなかったので誰にも聞こえてなさそうだ。
「ふが・・・ちょっ! 離しなさいよっ!」
振りほどかれた。
「・・・・・・はあ~・・・」
日影はため息をついた。 やれやれって感じに
「悪かったわよ、なんかムキになっちゃって・・・
それに、今のは失言だったわね、ごめん」
・・・青い目のこと気にしているのわかってくれたんだ。
子供の頃、ちょっとあったからなあ・・・反射的に動いてしまったよ
まあ、今なら逆に開き直って自慢しても良いくらいなんだが・・・
「いえ、こちらこそ、すんません」
日影はちょっとキョトンとして
そして柔らかな笑みを浮かべた。
「ふふ・・・不思議ね、なんか貴女を見てると懐かしいものを思い出しそうになるわ」
「そそ、そうっすか?」
「だからつい過激なスキンシップしちゃったけど・・・本当はこんな教師じゃないのよ?」
・・・いや、それはちょっと・・・にわかには信じられんが
「なによう、信じてないわね~?」
あれ?表情に出てしまったのだろうか?
彼女は口を尖らせて不服を申し立てた。
ここはちょっと慎重に受け答えした方がいいな・・・
「せんせー何言ってるんですか? ・・・知ってるんですよ、私・・・先生の過去を」
お、おいおい、何を言い出すんだ僕は! 慎重じゃなかったのか?
「えっ?」
「せんせえ昔、中学生ロックバンド組んでた時・・・あったでしょう?」
「ぎくっ!」
「何故か私、そのVTR、見たことあるんですよ・・・ねええええ~・・・」
あああ・・・なんか僕、小悪魔的な表情になってませんか?
「ぎくぎくっ!」
「いやあ、漫画みたいでしたねえ・・・まさかあんなとこまで完コピするとは思いませんでしたよ。 なかなかに芸術的で官能的でした。
美しかったですよ~・・・最後の・・・ケーブルにつまずいての縞々ぱん・・・」
「きゃあああああああっ!」
ぱっかーんっ!
「つう”ぅーーっっ!!」
・・・なんか星が見えたかと思ったら、目の前が、真っ暗になった。
K.O
・・・・・・気がついたときには、彼女の姿は無かった。
目の前に放置された出席簿は真っ二つに割れていた。
あいつ、人を殴打してそのまま走り去りやがったな?
ええんかいな・・・大切な商売道具を・・・まったく!
しかも次の授業は移動教室で大遅刻だった。
どーりで周りに人いない訳だよなあ・・・・・・あんのアマ~・・・
放課後、僕は帰ってきた。
そう、彼に会うために・・・
果たしてこれからどのような試練が待ち受けているのか?
運命の扉が・・・今、開かれる!
な~んてね!
・・・・・・その前に、ちょっとした難関が立ちはだかっていた。
朝から我慢してたが、もう限界だった。
「もう・・・駄目!・・・お、おしっこ漏れ・・・るっ!」
つづく