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ⅩⅥ 半分だけの悲願



「ラフ&スムース 第三章」






「……くっそ! どうしても上手くいかねえな……

こんなんじゃ、実戦じゃ使えねえ……」


「なにやってんのよ阿部」


「……特訓。 お前らに勝つためだよ」


「ふーん。 ま、何やっても無駄だろうけど

一応訊いてあげるわ。 何やってんの?」


「……はあ……

お前に相談したら意味ねえだろ? 作戦も糞もねえじゃねえか」


「へー、ま、確かにそりゃそうね。

まあ色々小細工してみたら? 

もしかしたら2・3ポイントくらいは通じるかもよ?

どのみち最後に勝つのは私たちだけどねー」


「ふん、言うじゃないか!

でも小細工なんかじゃねえよ。

そんな一度しか通じないようなことを

わざわざ苦労して特訓なんかしても仕方ないだろ」


「…………へえ、ちゃんと先まで考えてるんだ?」


「当たり前だろ。

トーナメントで二度と対戦しない相手とかならともかく

お前らには実力で勝たないと意味がないからな」


「……なんで?」


「な、なんでって、そりゃ、お前…………」


「……ふふっ。 

どーいう”意味”なのかは知らないけれど

じゃあ、待っててあげる。

何してるかは詮索しないでおくから

早く完成させるのね。

返り討ちにするのが楽しみだわ」


「おう、ぜってー勝ってやるからな。

首洗って待っとけ」


「……ま、何やってるかは大体知ってるけどねー(ぼそ)」


「なんか言ったか?」


「あー……、ウチの偵察部隊に感づかれないようにねって言ったの」


「あん?」


「わからないならいいわ、じゃあねー」







「はあ……はあ……」


「おーい! いい加減もうそろそろいいだろ孝志。

僕はもう上がるからなー!」


「ああ! サンキュ! 付き合ってくれてありがとな!

片付けはやっとくから!」






「…………ふう、コートも軽くブラシ掛けたし

まあ、こんなもんかな?」


「…………ねえ」


「うわっ! びっくりした!」


「…………前衛なのに

なんで居残ってまでして

そんなにサーブやストロークの練習、してるの?」


「…………偵察部隊って、

お前のことか……深山」


「え?」


「……いや、なんでもない。

お前こそ、遅くまで何やってたんだよ?」


「えっ? ……え……と…………あっ!

そう! て、偵察よっ! 偵察!」


「やっぱりか!」


「ま、まあね! いくら連戦連勝だからって油断はしないわ!

獅子は兎を狩るにも全力を尽くすものだからね!

この調子で次も勝ちはいただくわ!」


「あっそ、じゃあ、教えてやらん」


「あっ! ウソウソ! ごめんなさい~!

本当は阿部くんが何やってるのか気になっただけなの!

ねえ! 姉さんには絶対言わないから、教えてよー!」


「……いや、日影に言わんでもお前に言ったら半分ダメだろ。

まあ、べつに隠すほどのもんじゃないからいいけど」


「そ、そうなの?」


「……そうだな。 ただの気まぐれかもしれんがな……

今は前衛は前衛の仕事、後衛は後衛の仕事に徹してればそれでいいけど、

そのうち、前衛も後衛もない、そんな時代が来るような気がしてな……」


「え、時代……?」


「だって本来、コートは前衛も後衛も無い、二人で守るものだろ?」


「……あ、あ~! なるほど確かに、それはそうだよね!

へええ、そんなこと考えてるんだ、阿部くん。

ちょっと見直しちゃったなあ~」


「俺を一体何だと思ってたんだ?

ただ考え無しに条件反射でボレー打ってるだけとか思ってたの!?」


「い、いやあ、そ、そんなことナイヨ~」


「声が裏返ってるぞ、深山。

あと、ちゃんと目を見て話せ」


「そ、それより! えと、……そうだ!

阿部くんは、後衛、やってみたいの?」


「いや、まあそういうわけでもないんだが

だけど、サーブやストロークも打ってて楽しいからな。

特に、サーブは極めてみたい。

実は結構いい感じに打てるようになってるんだよ」


「……知ってる」


「え?」


「あっ、……だ、だって、練習中によく打ってるじゃん!

確かに、阿部くんのサーブ、スピードは部内……というか

私が今まで見てきた人達の中では最速だと思う。

もし、阿部君が後衛であれをバシバシ入れられたなら、

流石に私たちでもちょっと手こずる、かな?」


「そ、そうか? そうかあ~ははは!」


「でも、コントロールがまだまだだよね」


「う! まあ、今のところ趣味で打ってるだけだしなあ……」


「で、今度はストロークなの?」


「ああ、まあちょっとした工夫というか、試してみたいことがあってな。

だけど、俺の脚力じゃなかなか厳しくてな……だから俺は前衛なんだろうけど」


「違うよ」


「え?」


「阿部くんは、反射神経と判断力がいいから前衛なんだよ!

あと、攻撃力も高いし後衛に気も配れるし、それから、それからっ!」


「……深山」

 

「あ……その……私も……前衛、だから…………」


「そうだな、なんか前衛を悪く言ってるように聞こえたならごめん、謝るよ。

深山は俺とは違い、欠点らしい欠点なんか無いもんな」


「…………ううん、違う、そうじゃない」


「深山?」


「阿部くんが自分を悪く言ってるように、聞こえたから……」


「…………」


「もっと自信持っていいと思うよ!

きっと、柊も頼りにしてると思う、から」


「飛鳥が? そう、かな?」


「うん、そもそも、二人して懲りずに姉さんや私に挑んでくるなんて

少しでも勝てる可能性が見えてなきゃやったりしないよ。

じゃなきゃあいつも醜態見せるためにわざわざ付き合ったりしないって!」


「……へえ、深山もそう思うのか?」


「へ?」


「勝てる、可能性」


「え、あ……そ、そうだね……

確かに、現時点で可能性は無くはないと思う……よ?」


「ほ、ホントかっ!?」


「でも、私たちだってべつに今の実力のままって訳じゃないんだからね!

差を縮ませなければ、永遠に勝てる日は来ないでしょうね」


「むー、そ、そうか……そりゃ、そうだよな…………」


「あ…………だ、だから阿部くんは、居残ってこんなことやってるんでしょ?

私が言うのも変な話だけれど……が、がんばれっ!」


「…………」


「な、なによぅ?」


「……深山、おまえ、いいやつだな」


「……っ! ち、違う!

阿部君たちはいい練習相手だからっ!

それが弱くなったりされちゃ、練習相手にならなくなるから!

その…………こ、困るのっ!」


「わかったわかった!

せいぜい頑張りますわ。

そうやって敵に塩贈って油断して寝首掻かれんようにな!」


「うん、楽しみにしてる。 

だから……がんばれ!」







◇◆◇◆







結局、孝志としては最後までお披露目できなかったな……


――ライジングショット


完成して見せる事ができるようになったのは、来世で、なんてね。

神様もなかなか粋なことしてくれる。


でも……








「あああっ!」


パッコーーーン!


ボレー! ジャストミート!


「な!? 渾身のシュートが、返された!?」


驚いた表情のひなの部長。

そして、ひなの部長はまだフォロースルーの体勢だ。


この球には反応できない! 届かない!

 

しかし、目の前には


「!?」


日向日影という壁が立ち塞がっていた。


「奥の手は……最後の最後まで、取っておくものよ!」


死に体だった筈の日影先生が、まさかの前衛!?


「……っ! だとしてもぉっっ!!」



パパアーーーーンッ!



「「!!」」


ほぼ同時に打球音が二度、コートに響き渡った。


日影先生のボレーに咄嗟に反応して打ち返したからだ。



「「……っ!」」



ボールの……行方はっ……!?



打ち合った二人共が完全に見失っていた。



審判である羽曳野先輩が、天を仰ぐ。



そして



ぽすっ!



「んっ……!」



球は、彼女の膝の上に綺麗に収まった。




「「…………」」


「「「…………」」」




「……あ…………げ、ゲームセット! 

7-1で勝者、日向・日向組!」



「はあ……はあ……」



負けた。



完敗だ。


あらゆる場面において、全て上手を取られた。


何一つ、適わなかった。



羽曳野先輩が審判台から降りてきて

両ペアがコート中央に集まる。


「礼!」


ペコリと会釈をし、その全てが終わった。



「…………」


黙って突っ立っている私に、日影先生は声をかけてきた。


「……ふう、まさか、最後のアレを反応して打ち返してくるとはね。

恐れ入ったわ。 正真正銘、取って置きの隠し球だったのになあ……」


「……どう……して? 日影……先生……」


「ボレーのこと?」


「……先生は、確か旧ルールの後衛選手だったはず……ですよね?」


「ん……と……そうね……

確かに、普通だったら私たちの時代は

ボレーやスマッシュは全部前衛に任せるのがセオリーだったわね。

だから、後衛はサーブやストロークだけを

徹底して磨いてさえいれば、それで良かった」


「ならっ……!」


「……そのうち、前衛も後衛もない、

そんな時代が来るような気がしてて……ね」


「……!」


「だってコートは、前衛も後衛も無い。 

二人で守る、ものだから! 

…………かな?」


「…………っ!

…………それ……」


「……ん?」


「それ、先生の言葉じゃ、ないです……よね?」


「あ、わかる?

これはね。 私の、大切な大切な相棒だった子から教わった、

彼女が大切にしていた言葉だったのよ。

私もそれに習ってね、ちょっとだけ、頑張ってみたの」


「……っ」


……なんで、言っちゃうかな?

あの時”姉さんには言わない”って、言ってたのにな……


最後の最後に負けたのは……結局

”あの二人”に、だったんだな……


やっぱり、適わない、なあ……



「…………うっ……」


「ちょっ! ……えっ!?」 


サーブだって、こっちが本家本元のはずなのに

「オリジナル」なんて言って手本見せ付けられちゃうし


「うう……」


「や、山桃……さん?」


最後は、本来は本業であるはずの

前衛の仕事で張り合われて押し負けちゃうし


「うう…………ぐすっ」


「……ちょっと!?

ど、どうして、貴女が泣いてるのよ?

そんなに負けて悔しかったの!?

いや! 新入生にしては十分すぎる善戦だったわよ!?

正直、びっくりしたのはこっちの方よ!?」


ぜんぜんカッコつかないや。

もう、踏んだり蹴ったりだ……



「うあ、うああ!」



何よりも、一番楽しみにしてくれていた彼女に

完成形を見せられなかったのが一番……悔しい!


もう、二度と、見せることができないなんて……


神様も、酷いことしてくれる。



「うああああん! うわああああん!」



「あああ! す、鈴音え! 

鈴音は悪うないんやから、そんな泣かんといてええ!

ボ、ボクが戦力にならんかったんが悪いんやから!

反省するんは、ボクの方なんやから!

泣きたいんはボクやああああ~!」



つられて一緒に泣きだした春菜ちゃんと二人抱き合ったまま

私は、その場でしばらく泣き続けていた。








「……まさか、ガン泣きされるとは思わなかったわ……

ホント、情緒不安定な子ね…………やれやれ……」


「お疲れ様。 お母さん」


そう言いながらスポーツドリンクを手渡すひなの部長。

それを先生はぐっと一気に飲み干した。


「……ぶはっ! つ、疲れたあ……

もう、駄目。 私のライフは完全にゼロよ」


「……でも、お母さん、さっきよりは顔色良くなってる。

……良かった」


「だから、心配ないって言ったでしょ。

一時的に酸欠状態みたいになっただけだから」


「でも、本当に、心配した……」


「……うん……ごめんね。

でも、これで、やっと……

やりたかったことが、やっとできたような……気がする」


「…………お母さん、やっぱり私が思ってたとおり、凄かった」


「そう? ちゃんとひなのにも模範になったかな?

だとしたら、嬉しいけど」


「うん」


「そっか、なら良かった。

でも、もうこれでおしまい」


「え?」


「あとは、若い者同士、切磋琢磨してください」


「お母さん?」


「もちろん、今までサボった分

今後部活にはできるだけ顔出すようにするわよ。

でも、今日みたいなのはもう今回限り。 

精も根も、尽きちゃった」


「あ、うん。

…………良かった……

……そうだね。 流石にまた倒れられたら

私の身が持たない、から…………だから、

部活に来てくれるだけで、十分、嬉しい」


「ふふっ……楽しみね、今度の大会」


「うん。 みゆきと一緒じゃないのはとても残念だったけど、

違う楽しみが、できた、から」


「…………。

山桃……鈴音……か……

この試合中、何度も

まるで、あの頃の続きを見せられている気持ちになった。

ホント、なんだか不思議な子……だったなあ……」



「ああ~ん! あああ~ん!」



「……ま、お子様だけどね」




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[一言] 勝てなかったか……まあ仕方ないですね
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