ⅩⅣ オリジナル
「ラフ&スムース 第三章」
「…………」
私は、その場でヘナヘナとへたり込んだ。
「す、鈴音! 大丈夫!? 球当たらへんかったか!?」
「はあ……はあ………………
あ、いや…………あ、当たって、ないよ?」
ちょっと受け答えの反応するのに間が出来てしまった。
脳に酸素が行き届いていないのかもしれない。
こ、これしきのことで……情けない。
でも、今のは男の子だったら
タマヒュンものだったろうなとは思う。
なんかこう、風圧というか
一瞬球が通過したような感触があったから
かなりのニアミスだったのだろう。
今世は女の子で助かった……の、かな?
「……あ! ……その…………
ご、ごめん、なさい! 山桃さん。
ちょっと、その、ムキになりすぎて……」
「…………い、いえ……
私もさっき部長にボディショット狙っちゃったので
その、おあいこ、ですから……あ、あはは……」
そう言いながらすぐさま立ち上がろうとしたが
足がもつれて倒れそうになる。
「わっ! とと……」
「危ない! 鈴音!」
咄嗟に春菜ちゃんが抱いて受け止めてくれた。
「あ、ありがと……」
「……凄い汗やん。 鈴音」
「ご、ごめん! 汗臭いよね?」
慌てて離れようとしたが、何故か離してくれなかった。
「ちゃうって! ぜんぜん臭くなんかない!
そうや……なくて……」
「春菜……ちゃん……?」
「ボク、鈴音の力になれてない……
本当は前衛の部長に対抗せなあかんのはボクの方なのに
鈴音に先生と部長、両方の相手をさせてしもうてる……」
「そ、そんなことないよ!
春菜ちゃんはちゃんと仕事してる!
足りてないのは、私の方なだけで……っ!」
春菜ちゃんの抱きついた腕が強ばっているのがわかる。
「悔しいなあ……鈴音…………ほんまはこんなに強かったんやな……
今のボク、鈴音の足でまといにしかなってない……」
「ち、違っ!」
そうじゃない!
今の私はつい先日までの私とは違うのだ。
一気に数年分のテニスの経験が加算されてしまっている。
「…………私のは、ズルだから……」
「……え?」
いきなりのレベルアップ。
他の人のように、コツコツと努力の積み重ねで
身につけた訳じゃない。
意図的ではないにしても
これはズルをしているのも同じことだ。
だからと言って前世の記憶を閉ざしながら
プレイするのは流石に無理がある。
そんな器用なことは私にはできない。
勝つための方法を模索もせず
頭空っぽにしてやるわけにはいかないから。
だけど、そのせいで今、私の身体は悲鳴を上げてしまっている。
頭の中のイメージに沿って動くのは
今の私の身の丈には合っていないのだ。
分をわきまえない力は身を滅ぼす。
常にアフターバーナー全開で飛行している戦闘機のようなものだ。
実際、戦闘機の燃料は五分と保たない。
「春菜ちゃんは今のままで、いいんだよ……
さ、今度はチェンジコートしなきゃ、だから」
「鈴音……」
7ポイント目
チェンジサイズ。
サーブは日影先生となる。
レシーブは、私。
ゴシゴシと体操服で手汗を拭き取る。
手のひらを眺め、何度かギュッと握り締めてみた。
まだ、なんとか握力は保つ。
私は構えを取り、視線を相手に向ける。
「まったく……この一発を打つ為だけに
えらい目に遭ったわ」
「え?」
日影先生がぼやくようにこちらに話しかけてきた。
「正直、貴女のことを侮っていた……
勿論、みゆきが目をつけた子だし、羽曳野戦も見てたから
それなりの実力は持ってるだろうなとは思ってはいたけれど……
でも、それでも危なげなく勝てると、そう踏んでいた」
「…………」
確かに、それが普通の先入観だと思う。
仮にも過去に県大会覇者だった人間と、
同じく現役での”それ”とのペアだ。
部内の、しかも新入部員に負ける要素など、
どこにも見当たらないだろう。
「だからサーブの順番なんてどこでもいいと思っちゃったのよね~。
失敗だったわ、テヘペロ」
戯けて見せる日影先生。
けれど、私はその台詞の方に引っかかっていた。
「…………」
サーブ?
日影先生が、自分のサーブの順番を待ち望んで……いた?
孝志は彼女のサーブを今まで何度も見てきた筈だ。
記憶もちゃんと残っている。
確かに素のフラットは女子にしては相当速いし
変化球の種類も多彩で豊富だ。
しかし特段、これといった魔球や必殺技めいたものがあるわけでもない。
それをわざわざここまで言うってことは……
なにか、あるのだろうか?
「言ったでしょ。 今の私の精一杯を見せてあげるって」
孝志も知らない、サーブ?
「…………貴女のサーブ
だいぶ、近づいたようだけど、まだ荒い……!
おそらく、イメージは大体できてるんだろうけど、
実際には身体がその通りに動いてはいない」
「……え?」
「私も結局、”これ”だけは何度やっても
あいつを超えることはできなかった。
フォームの真似事は出来ても、普段の私では
同じものを放つことは結局、叶わなかった。
だから! 今はその分、”補正”を入れて、打つわ!」
「!」
違う! これは……もしや!?
「一発しか……ううん、二度と打てないから、目に焼き付けなさい!
あいつと同じ素質を持つというのなら……
辿り着いて見せなさい! この領域に!」
「……!」
え? なっ! なんで!?
日向先生の、瞳が……
まるで紅玉のように――――紅く!?
「これが、貴女の求める――完成形!!」
見慣れたはずのトス。
何度も描いたラケットの軌跡。
そして、この可動域を使った、フォーム――!
知っている。 これは、これは! 紛れもなく!
「はあっっ!!」
絶好調時の、孝志そのものの――――!!
ドッ!
ガシャーン!
「……っ!!」
「「「…………」」」
辺りが一瞬静寂に包まれる。
「…………審判……」
「あっ…………い、イン!」
動けなかった。
ただの、一歩も。




